今ごろになって「紅白歌合戦」を観ました

  • 2019.02.07 Thursday
  • 17:28

 

立春過ぎた頃になって年越しネタです。なぜだか私は正月に正月らしいことをするのがこそばゆくて、例年大晦日や元旦にも職場に出て月末の書類をやっつけたりしているのですが、それでも年末年始のテレビ番組は楽しみにしています。

とくに大晦日は大忙し。 総合格闘技をリアルタイムで観て、ボクシングとガキ使を録画するのがいつものパターンです。

NHK紅白歌合戦はもう何十年も観ていなかったのですが、格闘技の試合間のCM中にチェックするタイムタインで「今回の紅白はおもしろい!」という声のなんと多いこと。とっても気になっていました。

 

先日の治療中にその紅白の話題がでた際、患者さまから「ブルーレイに録ってありますよ。観ます?」とのありがたいお言葉。 帰宅後にさっそく観ました。

 

鑑賞前には石川さゆりと布袋寅泰の「天城越え」でのコラボが気になっていたのですが、ぜんぶ観終わっていちばん印象に残ったのは椎名林檎と宮本浩次の「獣ゆく道」でした。 以前にYoutubeで見た「獣・・・」のPVよりもキレッキレのパフォーマンス。 暴れ倒す宮本浩次とクールな椎名林檎。 椎名林檎は個人名義だと、メッセージにブーストをかけるために女性的な繊細さに加えて暴力的な顔を見せることも多いのですが、この曲ではその部分を”リアル獣”な宮本に受け持ってもらえるので、和装の猛獣使いに徹する彼女の色っぽいこと。

 

この曲の演出において、旭日旗を連想させる小道具が使われていたことがいろいろ言われているようですが、人間そのものを歌う彼女が ”国” などという俗な所属にこだわりを持つとは思えないんですよね。 強いて言うなら、あえてタブーをおかしてみせて「もう一度タブーの意味を考えようよ」くらいのメッセージではあったのかも知れませんが。

 

彼女が楽曲やPVであえてタブーをおかして見せるのは、社会で生きやすいようにすっかり飼いならされ、自分の人生を生きていないように見える人々に向けて、「演じている自分像がほんとうに自分自身なのか、心の中に作ったタブーを破ってもう一度見つめ直してみな」ピシッ!ピシッ!( ・`д・´) ということなのではないかと。

 

椎名林檎の歌詞は、ムツカシイ言葉を使うわりにはそれが正しい日本語の用法とは違っていたりします。 私はそこに魅力を感じるのです。テストで高得点を取るための勉強をしすぎてしまうと絶対書けないやつです。

彼女が敬愛する浅井健一(私も大好きです)の日本語もちょっとヘン。万人にとって正しい言葉でなくても、自分自身にとって正しい言葉だからこそ、そこにリアリティが感じられるんですよね。

 

紅白について書くはずが、椎名林檎のことばかりになってしまいました。 トリを務めたサザンオールスターズのステージもなつかしくて楽しかったなー。 紅白、また10年後くらいに観てみようかな(≧▽≦)

 

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「やし酒飲み」を読み、ブルース映画を2本。あと同窓会!

  • 2019.01.16 Wednesday
  • 17:53

 

日曜日、本来は週に一度のサイクリングの日なのですが、こないだの日曜は夕方の早い時間から鍼灸専門学校時代の同窓会が予定されていたのでお休み。 その代わりすこし早めに家を出て、映画を観ることにしました。

 

映画は、元旦に「サイドマン スターを輝かせた男たち」(邦題)を観たときに次回上映のポスターを見てそそられた「I AM THE BLUES」と「約束の地、メンフィス」の2本連続上映。 コテコテのブルース映画です。 どちらも以前に公開された映画ですが、音楽の映画ですしDVDで観るのもねえ(^^;

 

W.Cハンディによってブルースという音楽が発見されたのは、1903年ミシシッピー州のタトワイラー駅だったとされています。「I AM THE BLUES」は、そのタトワイラーにあるジュークジョイント(黒人専用安酒場)に集う、年老いたブルースマンたちの昔話や即興のセッション。2017年に83歳にして初めてグラミー賞の最優秀トラディショナル・ブルース・アルバムを獲った現役ブルースマン、ボビー・ラッシュの日常に密着したインタビュー。あと往年のブルースマンたちの同窓会的セッションの様子などで構成されており、とても味わい深い映画でした。 撮影のあと封切り前に亡くなったミュージシャンが何人も、、R.I.P

 

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「約束の地、メンフィス」は、メンフィスにあったソウルミュージックのレーベル、スタックス・レコードに所属した往年のビッグネームたちと、ヒップホップなどで活躍しながらも地元の大先輩たちへのリスペクトを忘れない若いミュージシャンたちのセッションの様子が中心です。こちらもいい映画でした。メイヴィス・ステイプルズがかっこ良かったなあ。

 

 

 

 

 

映画に向かう電車の中では、エイモス・チュツオーラの「やし酒飲み」を読了しました。 1952年に出版されてアフリカ文学を世に知らしめた作品です。 ヨルバ人の伝承に基づいたアフリカ的マジック・リアリズムの傑作と言われる本書ですが、これはヤバいやつでした。 ぶっ飛んだ感覚で書かれた小説はわりと好物な私ですが、これはかなりしんどかった。 どうやって感じればいいのか分からなかったので人さまの書評を読んでもみましたが、どれもこねくり回した理屈をひねくり回したものばかり。 やっと腑に落ちた書評は朱雀正道さんのものでした。

「チヌア・アチェベやベン・オクリを知性と自意識、表現の戦略をそなえた岡本太郎に喩えるならば、対するチュツオーラはいわばジミー大西である。すなわち天然であり、自分のやっている表現が社会的にいかなる意味をそなえているかに対する考察も自意識などなにもない、ただひたすらあらかじめ爆発しているのである。」

納得でした。 私はジミーちゃんは大好きですが、174頁にわたって彼の芸術と向き合うのはキツかった(^^;

 

 

冒頭に書いたようにこの日の〆は同窓会。 私たちのクラスは当時からみんな兄弟みたいでプライベートでもとても仲良しでした。 卒業してから30年ちかく経つのにノリは当時のまま。 楽しかったなあ。またやろうね(^^)

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元旦に映画館って何十年ぶりだろう

  • 2019.01.03 Thursday
  • 14:50

 

あけましておめでとうございます。

いっこ前のお正月もそうでしたが、今年もおだやかなお天気が続いていいお正月になりましたね。

 

さて、子どもたちもすっかり大人になってしまったわが家では、家族それぞれが好きなように過ごすスタイル。 私はといえば元旦には遅寝してベッドの中からリモコンをゴソゴソ。ニューイヤー駅伝のチャンネルを探したあと、スマホの通知を確認して初めて今日が自分の誕生日だったことを思い出しました。 フェイスブックで最初に誕生日のお祝いメッセージをくれたのは、日本でいちばん好きなブルースギタリストの方。 これは何かのサインだと虫が知らせました。というのも、暮れのうちから観たい映画リストに入れていた「SIDE MEN」はコテコテのブルース映画。 どうやらこれを観に行けという天の思し召しにちがいない(≧▽≦)

 

映画はブルースの巨人、マディ・ウォーターズのバンドでピアノを弾いたパイントップ・パーキンスとドラムのウィリー”ビッグアイズ”スミス。 あとハウリン・ウルフのバンドのギタリスト、ヒューバート・サムリンの3人の彼ら自身による回想と、キース・リチャードやグレッグ・オールマンなど、彼らを敬愛する現役ミュージシャンたちの感謝の気持ちがこもったインタビューで構成されています。

 

ブルースがもとになって生まれたロックやポップスに大きな影響を与えた彼らですが、80年代に入るとブルースは過去の物として忘れ去られます。 たちまち彼らの生活は苦しくなり、生きる意味をも見失いそうになります。 しかしブルースを必要とする時代は繰り返しおとずれるわけで、2000年代に入るとまたまた若いミュージシャンたちがブルースマナーを取り入れた音楽を発信するようになります。 そして2011年のグラミー賞ではパイントップとビッグアイズのアルバムがトラディショナル・ブルース部門で表彰されることに。 ずっとサイドマンで日の目を見ることのなかったパイントップは受賞したその年に97才で亡くなってしまうわけですが、亡くなる直前に撮られたと思われるインタビューは、サイドマンらしくおだやかな物腰でありながら、端々に皮肉と誇りが伺える味わい深いものでした。

 

ブルースは音楽的には素朴きわまりなく、それほど発展の余地はないのかも知れません。 しかし、楽曲としての完成度よりもパフォーマー自身の呪術師的な魅力が表現されるのがブルース。 聴く者の身体を揺すり、陶酔の世界へ誘います。

おそらくいつの時代もこの呪術的なサインを感じることができる者が一定数存在するので、ブルースはこの世から消えてなくなることはないでしょう。まるで亡霊のように(^_^;

 

ミシシッピデルタのプランテーションでの重労働など、過酷な少年時代を過ごしたパイントップの皺だらけの顔を見ながら、本編の中の「生き残った者がブルースを歌うのだ」という言葉を思い出しました。

 

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山野さんのヴァイオリンと合奏!

  • 2018.12.17 Monday
  • 17:45

 

いつも拙ブログにコメントを下さる患者さまの山野さん。 ヴァイオリンの練習で傷めた手関節の治療のために初めて当院されたのが5年前。 来院されるたびに音楽や文学のほか、歴史、政治、哲学などについて、未熟者の私の問いかけにいつもやさしく辛抱強く答えて下さいますので、すこしは私も教養が身に着きそうなものですがそこは相変わらずザンネンなままで、、(^^;

 

まもなく卒寿を迎えられる山野さんですが、若い頃からクラシック音楽が好きで手許にはいつもヴァイオリンを置いていたものの、70才まで某大学で教鞭を執っておられたこともあり、腰を入れて練習する時間が取れなかったとのことです。 そこから指導者に師事して猛特訓。今でも年に数度の発表会に向けて練習に余念がありません。

 

先日のこと、山野さんから「お昼休みに合奏などいかかがでしょう」とお誘いをいただきました。  曲は「聖夜(きよしこの夜)」「ブルー・ハワイ」。 なんとウクレレの楽譜まで用意して来て下さいました。 そして先週の金曜日の昼休み、私と同時期にウクレレを始めたスタッフ女史も交えて3人で初のお手合わせと相成りました。 3人ともそれほど練習時間が取れなかったこともあり、それぞれに満足のいかない部分はあったものの、何しろメチャメチャ楽しかったんです!(*^_^*)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

35年ぶりのライブ

  • 2018.11.27 Tuesday
  • 15:25

 

今年のはじめ頃、学生時代に所属していた音楽サークルの仲間たちがLINEでつながりました。 中にはもう40年以上会っていない仲間も居て10人以上のグループトークはかしましく捗り、気がつくと未読のトークが数十件に及ぶことも。 そのうちに今年還暦を迎える1期上の先輩たちのお祝いライブをやろうという話が持ち上がりました。 当初は実現するのか半信半疑でしたが、なんとこの土曜日に、予想を上回る参加者たちによってほんとに開催されてしまったのです。

 

場所は学芸大学駅近くの「チェロキー・ライブタバーン」。 ライブと言っても、身内や縁の方たちだけの貸切りですので気楽なノリ。 出演する予定がなかった仲間も、みんなに背中を押されると自然と弾いたり歌ったりしたくなる雰囲気に。 そんな空気が出来上がってしまえばもう楽しさは加速するばかりです。

 

私も以前に少しだけかじったことのあるウクレレを引っぱり出して、この1年そこそこまじめに練習しました。

主役である還暦世代の先輩たちの前座で場をあたためるべく気合を入れてステージに上がりましたが、大勢の人の前で演奏する感覚なんてすっかり忘れており、ガッチゴチに。 ミストーンや走りまくるテンポ。 それでも客席から煽ってもらったり励ましてもらったりして楽しく自分の出番を終えました。

 

ライブを終えたあとは学生時代の”庭”だった三軒茶屋に移動。 二次会はカラオケボックスとのことでしたが、なんと幹事さんは深夜0時から朝5時まで予約してありました(@_@) バンドで出演した先輩などは、午前中のスタジオ・リハからビールを飲み続けなのに、キッチリ朝まで歌い続けていましたっけ。 ツェッペリンから演歌まで、まったく途切れることのない大合唱で5時間歌いっぱなしでした。

 

卒業してから35年。 みんな還暦あたりに差しかかり、社会における主役はつぎの世代にゆずる頃。 責任が軽くなったように思いがちですが、それは早計。 これからは次の世代の負担にならないよう身体と心を健康に保って、ピンピンコロリの準備に入らねばなりません。 この週末に過ごした時間は身体にはサイテーでしたが、心にはサイコーの栄養になりましたとさ!

 

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先に帰った人は写っていませんが、20人以上の仲間が参加しました。

 

 

 

 

 

 

百年の孤独

  • 2018.11.21 Wednesday
  • 15:39

 

同名の焼酎のハナシではありません。 ずっと前から読もう読もうと思いながら、なかなか手を着けられなかったガブリエル・ガルシア=マルケスの「百年の孤独」。 やっと読了しました。

1967年に発表されるや世界中にラテンアメリカ文学ブームを巻き起こし、20世紀文学の最高傑作のひとつと言われたこの作品。 いつも次に読む本の候補には挙げつつも、自分自身のコンディションが調ったときに取っておこうと先延ばしにして来ました。

 

やはりすごい作品でした。和訳だと473頁。私の通常ペースなら3日もあれば読み終われるボリュームなのですが、読み進むのためにかなりのエネルギーが必要なので1日に30〜40頁が精一杯。結局2週間ちかく楽しみました。

 

南米の架空の街「マコンド」を開拓した一族6世代の物語。 彼らの屋敷を中心に現実と非現実が混在する不思議な世界が展開します。 読んでいる自分も19世紀〜20世紀にかけての南米、熱帯特有の熱気と狂気に近い旺盛な生命力に満ちた濃密な空気の中に身を置いた気分になって、気分は高揚するのですがちょっと息が上がる感じ(^^;

 

この作品を読み進むうちに、ふと既視感にとらわれました。 30年以上前に「夏の朝の成層圏」を読んで以来、長編はぜんぶ読んでいる池澤夏樹が書く小説の空気感によく似ていたのです。 読後に知ったのですが、どうやら池澤夏樹本人が、「本書を読まなければ ”マシアス・ギリの失脚” は書けなかった」と言っているくらい強い影響を受けたようです。やっぱしか〜(^^)

ほかにも、阿部公房、大江健三郎、筒井康隆、村上春樹など、ガルシア=マルケスの ”魔術的リアリズム” の影響を受けた作家はたくさんいるみたいですね。

 

あとがきによると、ガルシア=マルケスは本書の出版後に42の矛盾点に気づいたそうですが、あえて加筆・訂正はしなかったそうです。「なぜならそれは本書の連続性を失わせることになるから」とのこと。だいたい少々矛盾していても、もともとのハナシがぶっ飛んでいるので、細かいことはどうでもいい感じ。

 

奔放な性の描写や中南米特有の楽天的な死生観は刺激的。 物心つく前から社会で生きるためのがんじがらめの刷り込みを繰り返され、自分が窮屈な人生を生きていることにさえ気づけない日本人にはまぶしく映ります。 この本を読んで「いままで騙されてた!」と気づく人がいるかも知れませんヨ(≧▽≦)

 

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今さらですが「カウンティング クロウズ」気に入ってます

  • 2018.11.08 Thursday
  • 16:01

 

何回か前の更新でご紹介させて頂いた名栗みちの「Cafe やまね食堂」。 その後再訪したときに店内でかかっていたアメリカンなロックがすっかり気に入ってしまって、ここのところ毎日聴いています。

 

「カウンティング クロウズ(Counting Crows)」

CDを聴きながらご店主からバンド名を教えて頂いたとき、枯れかけたアラ還のイマジネイションの泉にぐるぐると渦が巻き始めました。 勝手な想像ですが、その名が「何かを生み出すでもなく、何かを攻撃するでもなく、ただ、世界のあるがままを観察するんだ」というバンドの姿勢の表れのように感じられたのです。

 

’70年代初頭、ロックという音楽が生まれてそれほど間もない頃に音楽に目覚めた私は、思春期の繊細な感受性や暴力衝動をロックを聴いたり演奏したりすることで増幅させたり発散したりして成長しました。 しかし、レコードやCDの制作技術のみならず、表現の手法にまでテクノロジーの波が押しよせると、そのリズムやメロディーに心は動いても、生の空気を震わせて作られたそれまでの音楽のように、本能的な部分で音を感じ取ることが出来なくなってしまいました。

以降はすっかり新しい音楽を追いかけるモチュベーションを失ってしまい、ふだん聴く音楽も打ち込み成分の少ないジャズや古いブルースなどがほとんどでした。

 

 

さて、音楽を言葉で語るのは無粋なことではありますが、批評するわけではなく「こんな風に好きなんだ」っていうのはアリですよね(^^;

 

カウンティング クロウズの音楽は、カントリーやブルースなどのアメリカの伝統的な音楽をベースにしているので、私たちの世代には馴染みの音作り。 バンド全体のトーンにもボーカルのアダム・ドゥリッツの声にも強い説得力を感じます。 とは言え私は英語が得意ではありません。 まぁ、もともと私は和物でも洋物でも歌詞の内容はろくに聞いてないので無問題。 きほん音楽は動物的に理解したいので非言語情報のほうが圧倒的に重要なのです。 意味が限定されてしまう言葉なんてオマケでいいのかなと。 それでも一応つたない英語力で歌詞を拾い読みしてみました。 バンド名から想像した通り歌詞は私的で日常的で且つ抽象的。 もちろんボブ・ディランやニール・ヤングのような挑発的な表現などまるでありません。 時代の空気感がよく反映されているように思いました。

 

下の写真は1993年のデビューアルバム「August And Everything After」のジャケット。 youtubeで検索すると、明らかなヒット狙いの「Mr.Jones」は再生回数がなんと1億回を超えていて2重にびっくりしました。 そんな大ヒット曲を今まで知らなかった自分に対してと、もうひとつはこんな昔ながらのアメリカンなロックがヒットしたことに対してです。

 

今の時代にこんなスタイルのバンドが売れたと知ってちょっと、いや、かなりうれしくなりました♡

 

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へっぽこウクレレ。録画してみました

  • 2018.10.17 Wednesday
  • 11:35

 

ウクレレを再開してあと2ヵ月で1年になります。 7〜8年前、初めてウクレレを購入したときには半年くらいで飽きて弾かなくなってしまいましたので、今回はわりと長続きしてます。

というのも、来月下旬に予定されている学生時代の音楽サークルのライブでは、なんとトップバッター(前座とも言う)で演奏させて頂くことになっており、練習しないわけにはいかないのです(^^;

 

今年のお正月のこと、しばらくぶりに弾いてみるかとウクレレを構えたとき、以前覚えた曲の運指がただのひとつも出てこないことに愕然としました。 私は五線譜が苦手なので脳で運指を記憶するしかないのですが、なにせアラ還の脳ミソ。それこそ指からこぼれ落ちる砂粒のようにはらはらと、、

 

それでもYoutubeなどの動画で気に入った演奏を見つけては、また一からパズルでも組むように目コピを続け、今では15曲ほどの運指がどうにかこぼれ落ちないで脳の中に収まっています。 残念ながら身体の使い方がヘタなので、弾いても弾いてもガチゴチに固い演奏になってしまって一向に上達しませんが(>_<)

 

数日前、ふと思い立って昼休みに録画してみました。どれもライブの本番では演らない曲です。

何度か撮りなおしましたが、カメラに見られていると、手なぐさみでぼんやり弾いているときにも増してひどい演奏になってしまいます。 ライブで活躍しているピアニストの患者さまに話してみたところ、「録音・録画は客前で演るよりヤバイですよ」とのこと。

ちょっと慰められましたが、まぁヘタクソなことには変わりありません(^^;

本番に予定している曲はもっと難易度の高いものばかり。さてどうなることやら、、

 

 

 

 

 

 

 

 

この曲は元ネタの動画からTAB譜がダウンロードできたので助かりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Cafe やまね食堂

  • 2018.09.18 Tuesday
  • 17:02

 

日曜日には、3週間ぶりにサイクリングへ出かけて来ました。ここのところ1ヶ月に一回くらいしか自転車に乗れていないので、漕ぐ力が落ちててしんどいのですが、そのぶん自転車で出かけることがちょっと新鮮に感じられました。

 

 

車に遠慮して路肩近くを走っていると夏草が脚に触れます。 子どもの頃、半ズボンで走り回ってたときのあの感じ(#^.^#)

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流れ着いた草が積もった中の島でくつろぐ鴨三羽。

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刈り取り間近の稲穂の匂いに郷愁を感じて脚を止めるとそこにお地蔵さま。

花崗岩が風化して「かしまし娘」の歌江さんっぽい表情になってました。 いや、お地蔵さま、歌江さん、どちらにもごめんなさい(^^;

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光りを求めガードレールをくぐって咲く花。名前は分かりません(>_<)

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ひさびさの林道奥武蔵支線。前回来たのはまだ新緑の頃だったかしら。 この日はもう初秋の空気でした。

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「朝夕には雨が降るかも」という予報でしたので、このコースで唯一眺望が開けるこの場所に脚を止めても、見えるのは谷筋の民家だけ。

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いつものように刈場坂峠を下り、国道299号を少し下って久通川沿いの道へ入ると陽が差してきました。 ハヤの泳ぎを眺めながらいっとき脚を休め、もういっちょ頑張って天目指峠を越えたらあとは下り基調の名栗みち。

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天目指峠を名栗みちへ下りきった場所に「Cafe やまね食堂」という小さな看板が出るようになったのは、昨年あたりからだったでしょうか。 気にはなっていたものの、お腹いっぱいになったあとにまた飯能駅までの20kmを走るのがおっくうで、いつもスルーしていました。 ですがこの日はどうした加減か足が向き、河原のお店まで下りてみました。

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お店に入ったとたん、居心地のよさを確信しました。 スピーカーからは古いラグタイムが流れ、奥の壁面いっぱいに設えられた書棚には、ご店主の好みを反映した小説や雑誌が並んでいます。

私はその中にめざとく「Guitar Mgazine」の”材”の号を見つけました。 この雑誌はかなりマニアックなアコースティックギター弾きしか読みません。 その中でも材木だけを特集した号だけを棚に並べるとは、、これは確実にご店主が仕掛けたトラップです(じつは私もマーチンを弾いてた頃にこの号を買っていました)。 私のような客がご店主に音楽との関わり方を詰問しないわけがありませんもの。 書棚の中央には年季の入ったソプラノのウクレレが引っかけてありますし、ご店主が私と同じ音楽志向のアコースティックギター弾きなのは間違いありません。

メニューから、野菜の天ぷらと小鉢が添えられた手打ちうどんを選んで注文しつつご店主に探りを入れてみたところ、やはり思った通りでした。 忙しい時間にも関わらず、奥からPONOのテナーサイズのウクレレを出してきて下さり、しばらく音楽談義。 ふだんはマーチンD28でラグタイムなんか弾いてるそうです。

 

食後に頂いたコーヒーも絶品だったので、もしやと訊いてみたら、やはり名栗みちのヤナギコーヒーの豆でした。

また奥武蔵に出かけるたのしみが増えました♡

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お寺で合宿

  • 2018.09.12 Wednesday
  • 10:55

 

以前にも書きましたが、この11月に大学時代の音楽サークルの仲間たちと35年ぶりのライブを予定しています。

そのライブに向けて合宿をしようと言うことになり、4人のメンバーが浜松の先輩が住職を務めるお寺に集まりました。

ほんとうはもう一人参加表明していた先輩が居たのですが、単身赴任先の札幌で先日の地震に遭ってしまい、残念ながら不参加となってしまいました。

 

私以外のメンバーは昼頃には集合して乾杯らしいので、もうすっかり出来上がっている頃だろうなと思いつつ、半ドン終えて新幹線で駆けつけます。 晴れたり降ったりとめまぐるしく天気が変わったこの日、新幹線の車窓からどしゃ降りと晴れ間を何度も繰り返していると、まるで時間が早送りされているようで、到着したころには浦島太郎のような老人になっているのでは? などと、くだらない妄想で時間つぶし(^^;

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新幹線は浜松駅まで。 そこで遠州鉄道に乗り換えて終点の西鹿島駅まで30分のローカルな単線の旅。

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このお寺に泊めてもらうのはこの40年で5回目。 あまりの広さに何度来てもかならず迷子になります。 酔っぱらってしっまうとトイレにもお風呂にもたどり着けません(^^;

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音楽合宿のはずなのに、夜が更けるまで昔話に花が咲き、あやうくただの飲み会になるところでした。

しかし昔話とはおもしろいもので、みんなで会うたび何度も同じ出来事について話しているのに、今さらながらやっと謎が解けたり、新しい解釈が生まれたり。 中には40年ちかく内緒にしていた恥ずかしい秘密をうっかりカミングアウトしてしまう人も(≧▽≦)

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疲れとお酒であくびが出始めた頃、やっと和尚さんの遊び部屋に異動して本番に向けた打ち合わせ。

近隣にほかのお家がないのをいいことに、深夜なのに大音響で(^^;

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欄間の聴衆。 ほかにもGな虫や、おつまみにたかるアリさんなどもその辺をウロウロ。なごむわぁ♡

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宿坊で川の字になって爆睡。 床に就く頃はバケツをひっくり返したような雨でしたが朝にはすっかり上がっていました。

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お世話になったお寺は、浜松市天竜区にある光明寺。 西暦717年に行基(聖武天皇から東大寺大仏造立の責任者として招聘された大僧正)が開いた歴史あるお寺です。 正面に見えるのは大黒殿。 日本一大きな大黒像があります。 一本の杉の木で彫られているそうです。

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こちらがその大黒さま。 境内で「大黒天がヒンドゥー教のシヴァ神の異名であり、日本に伝わったあと”だいこく”の読みが通じることから、神道の神である大国主命と混同・習合されてその後の大黒信仰につながった」などと、昨夜はベロベロに酔っぱらっていた和尚様から大黒さまの歴史をご教授いただき、その流れでこの日は光明寺の歴史もたどってみようということになりました。

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今では標高数十メートルの山の斜面にある光明寺ですが、本来はこの「元光明」と呼ばれる山の頂上にあったのだそう。

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こんな山奥に、今の光明寺よりも大きい伽藍が存在したようです。 残念ながら昭和6年の火事で焼失してしまったのだとか。

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山頂を抜ける心地よい風で涼を取りながら、和尚さまから光明寺の歴史を聞かせてもらいました。

このお寺の門前を通る古い山道は縄文時代から存在していたとのこと。 北は刃物や矢じりの材料として貴重であった黒曜石の産地である八ヶ岳や諏訪方面につながっており、遠州灘で取れた塩と交易する際に使われていたのだとか。 その後も交通の要衝であったらしく、戦国時代には今川氏に城として召し上げられ、その後武田、徳川と所有者が変わりました。 この地が城として使われている間、光明寺は現在の平地の場所に移されていたとのこと 。 江戸時代になり平和が訪れてやっと光明寺はこの山に戻れたそうです。

そしてまた昭和の火事で現在の場所に戻ることに、、 まぁ、平地のほうが先輩の通学は楽だったでしょうけど(^^;

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参道跡にある多羅葉の巨木。 樹形がおもしろかった。

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その後、みんなで昼食を共にして解散。 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいますねえ。

 

 

 

帰宅してひと息ついた頃、釣りに出かけていた長男が帰って来ました。「管理釣り場で60cmのニジマス釣ったからさばいて」とのこと。家人は所用で外泊していたため、ふたりでクックパッドを見ながら理科の解剖感覚でなんとかやり遂げて塩焼きに。 ちょっと大味でしたが美味しかったです。

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やっとベッドにたどり着き、ライブの打ち合わせ事項を反芻してみましたが、酔っぱのテキトーなやりとりだけで本番に臨むのは、何かとってもヤバい気がしてなかなか寝つけませんでしたっけ(^^;

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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