こんどはカマシ・ワシントン聴いてみたYo!

  • 2019.07.15 Monday
  • 11:36

 

ちょっと前の更新で、行きつけのバー”スプラウト”のバーテンダーのあべちゃんにロバート・グラスパーを教えてもらって、すっかりどハマりしていることを報告させていただきました。

先日、久しぶりにスプラウトへビールを飲みに出かけたところ、「いや、じつは最近のジャズシーンには、もっとヤバいやつが居るんですよ」とのお言葉。 それがカマシ・ワシントンでした。

 

さっそく、あべちゃんお薦めの3枚組CD「THE EPIC」をポチッて聴いてみました。

ジャケット写真の彼は、どう見てもナゾの教祖様。怪しさこの上ありません。しかし 1枚目からビッグバンドの圧がグイグイ。疾走感満点のアフロなグルーヴと、エレガントなクワイアのミスマッチがカッコいい!

数曲聴いて完全にカマされました。 風体同様、音もスピリチュアルな仕立てですが、’60〜’70年当時のコルトレーンほど深刻ではなく、サン・ラーほどぶっ飛んでいません。なので昔の御大たちのスピリチュアル・ジャズとちがって、消耗することなく何度でも気持ちよく聴けてしまいます。

 

ロバート・グラスパーもそうですが、最近の若手ジャズ・メンは、ヒップホップのミュージシャンとの交流が自然なことのようで、カマシもスヌープ・ドッグやケンドリック・ラマーなどとも共演しています。 ヒップホップ・ムーブメントが日本に上陸した頃、音楽的には魅力を感じたものの「マザーファッカー!」な感じの視野の狭い詞と、何より当時敏感に反応したのがいわゆるヤンキー層だったこともあり、これまであまり聴いて来ませんでした。 しかし、R.グラスパーとK.ワシントンの縁で、ケンドリック・ラマーの「To Pimp a Butterfly」を買ってみました。 いや、カッコいい!  詞はまるで内臓をぶちまけたような生々しい言葉の洪水ですが、音楽的にものすごくクールで、まさに「Fuck'n Dope!」って感じ。 実質’70年代で止まって化石化していた私の音楽的な感受性にちょっと血が通ったみたいです。 若い世代の音楽か知らんけど、ジイさんだって同じ時代を生きているんですから、共感したっていいじゃんね(≧▽≦)

 

さて、ハナシはカマシ・ワシントンに戻ります。 彼は9月の「東京JAZZ」に出演するとのことなので、学生時代のバンド仲間たちと聴きに行くことにしました。

「東京JAZZ」を聴きに行くのは、2002年の第1回を聴きに行って以来です。 その日、H.ハンコック、W.ショーター、O.ポルトゥオンドなどと共に出演した今は亡きマイケル・ブレッカーは、空が夕焼けに染まる頃ステージに立ち、東京スタジアム(味スタ)の銀傘を震わせるソロを吹いてくれましたっけ。そのソロでうっかり泣けてしまったを思い出しました。

今回の東京JAZZもそのとき一緒に聴きに行ったメンバー。楽しみです!

 

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「ビル・エバンス タイム・リメンバード」を観て来ました

  • 2019.07.03 Wednesday
  • 17:35

 

私と同世代のプロピアニストの患者さまから、「とても印象的な映画だったので観たほうがいいよ」と聞いたのは1ヶ月以上前のこと。自転車に乗れない雨の日曜日があったら観に行こうと思っていましたが、この日曜日、上映終了の週になってやっとチャンスが訪れました。

この映画、アップリンク吉祥寺でこの映画が封切られたのが4月27日なので、もう2ヶ月以上の長期にわたって上映され続け、この日も満席でした。

 

ジャズという音楽の進化に大きな功績を残したビル・エバンスですが、じつは私は彼の演奏は好きでも嫌いでもありません。 耳に心地よく知的(モードなんちゃら)でクール。 ジャズ初心者が受ける印象は美しく抒情的。超高度な音楽的感受性が備わった人は、その奥に秘められた狂気を感じるらしいです。 そのどちらでもない私には、何かすべてが整いすぎた彼のピアノはまったく響いて来ないのです。 世界中のジャズファンにこれだけ愛されたピアニストですから、彼が音に込めたものを感じ取れないのは、私の感性の問題なのはまちがいありませんが(>_<) 

 

以前にも書いたように、私が音楽や文学・アートに求めるものは、遺伝子のひだの裏の裏あたりにある、人類の祖先から刻まれた記憶を呼び覚ますスイッチとしての役割です。そう、もっとエモーショナルな激しさであり、美しさなのです。構築された”美しさ”は私が求めるものではありません。

 

映画は評判通りすばらしい作品でした。 才能が突出している分、何かが欠落した人の物語。同じく破滅的な人生を送ったジャズ・トランペッター、チェット・ベイカーの映画「Lets Get Lost」「ブルーに生まれついて」にも通づる切なさでした。

ビル・エバンス史上、最高の録音と言われた1961年のヴィレッジ・ヴァンガードの夜の直後に、盟友のベーシスト、スコット・ラファロが事故死。 仲の良かった兄は病気を苦に自殺。 恋人を苦しめて自殺に追い込み、自身はヘロイン中毒で45分に1回注射。 心身ともにズタボロな状態だった彼。 仲の良かった友人によると「彼の死は、時間をかけた自殺というべきものだった」とも。 CDから聴こえてくる、美しく繊細なタッチのピアノとの対比がますます皮肉です。

 

ビル・エバンスのピアノを聴きに行ったのではなく、ジャズの歴史の勉強のつもりで観に行ったこの映画。 結果、彼の音楽からは感じられないブルースを、彼の人生から感じることになりました。

 

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映画「パーソナルソング」を観て音楽療法の勉強

  • 2019.06.27 Thursday
  • 17:03

 

「パーソナルソング」 。2014年サンダンス国際映画祭ドキュメンタリー部門で観客賞を受賞した作品です。

もともとIT関係の仕事をしていた新米ソーシャルワーカーのダン・コーエンは、認知症患者も自分の好きな歌(パーソナル・ソング)を聞くことによって、音楽の記憶と一緒に何かを思い出すのではないかという着想を得ます。その着想に基づき認知症の方が入所する施設を回って、入所者に当人が若い頃に聴いたであろう楽曲をipodで聴いてもらいました。

 

娘の名前すら思い出せないほど認知症が進行していた94歳のヘンリーは生気がなく、車椅子の上でうなだれて過ごす日々。 ところが彼の好きな曲を聞かせた途端、目を見開いて陽気に歌いはじめ、仕事や家族のことまで饒舌に語りだすという効果が表れました。

彼だけでなく、この音楽療法によって劇的な変化を見せる入所者が何人も紹介されます。

おそらく映画では著効が見られた例のみを取り上げているのだと思います。 それでも入所者が音楽を聴く前と聴き始めてからの変化の大きさには驚かされます。 もし自分が現場に居合わせたら、まちがいなくハグしちゃうだろうなあ。

 

この試みを支持するドクターのコメントも多数紹介されます。 あるドクターによると、施設の認知症患者の肉体・精神活動がかなり抑制されているように見えるのは、薬の作用が大きいとのこと。 発症後、患者は自分の混乱した心を伝えようともがきます。 それを薬で抑え込んでしまうと、彼らは自分の問題を伝えられなくなって心を閉ざし、世界とのつながりを失ってしまう。 こうして彼らは選択肢を失い、人に管理されるしかない状況に陥ってしまうのだと。

 

施設内の安定した状況を維持するために、抑制的にはたらく薬の投与はやむを得ないのかも知れません。 音楽による刺激は脳の広範囲に及んで平和的な気分のまま高揚感が得られる刺激でもあります。 先のドクターはこうも続けます。「音楽は認知症患者に自発性を与えて、彼らが自分自身の世界で本来の自分を取り戻す助けになる」と。

 

この映画が製作されたのは2014年。 この映画を撮り始めたときには、音楽療法を導入してくれる施設はなかなか見つからず、各方面にipod購入のための寄付を依頼しても取り合ってもらえない状況でしたが、撮り終える頃には650もの施設に普及したとのこと。

第二次世界大戦で大量の傷病兵を出したアメリカの野戦病院で、音楽を流してみたら傷病兵の治癒が早まったことから、音楽療法に対する関心が高かったアメリカ。 そのアメリカでも現場レベルでは理解を得るのがたいへんな状況。 わが国でも認知症はもとより、発達障害者や身体障害者、不登校児、高次脳機能障害者などへのケアの一環として、音楽療法を取り入れる活動が活発化しつつあるものの、エビデンスが取れている方法論は限られており、医療として認められるにはまだ時間が必要なようです。

 

よくテレビで見かける脳科学者の茂木健一郎さんは「脳にとって音楽は食べ物です」と言っていました。 脳の報酬系は本来食べ物を食べたり、生きるために必要な刺激に対してのみ働くものなのに、なぜか好きな音楽を聴いたときにも報酬系が活動するのだそうです。


音楽は聴くだけでも認知症予防の効果がありますが、楽器の演奏を続けていると発症する確率がもっと低くなることはよく知られています。 私自身も次の誕生日が来れば60才。これからは次の世代の負担にならないように生きるのが最大のミッションです。 精出してウクレレ弾かねばです!(*^-^*)

 

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”あしびなー”なサイクリング

  • 2019.06.19 Wednesday
  • 11:28

 

日曜日には、いつもお世話になっている「サイクルショップあしびな」のサイクリングに参加してきました。

 

だいたい毎週走っている奥武蔵のルートなので、とくべつブログに書くようなことでもないかなーと思っていましたが、最近カメラを始めたK畠くんの写真が当日の楽しかった空気感を思い出させてくれたので拝借して載せることにしました。

 

 

朝7時、飯能市役所に集合して名栗みちから有馬峠をめざします。

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途中セブンで補給。この日は総勢16名の大所帯。 平地は交通の迷惑にならないように終始3パックに分かれて走りました。

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有馬ダム到着。

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路面の荒れた有馬峠はもともとパンクの名所なのですが、今朝方まで降っていた雨のせいで路面が川になっていたり、ゴロゴロサイズの落石があったり。慎重に走行ラインを選びながら走ります。

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紅一点の「ゆきねえ」。 華奢に見えますがブルベライダーの彼女。昨年はSRも取得したそうです。 とくに下りの速さには舌を巻きました。

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露出が雲に合ってしまっていますが、それでもみんな自然と白い歯がこぼれているのが分かります。それほど気持ちよくて楽しかった!

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この日のゲストは双子のT本兄弟。 ふたりともイケメンでナイスガイ。 もてるんだろうなあ。

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キャリアの浅い参加者に気を配りながらの下山で店長が前輪をサイドカット。 派手にシーラントが吹き出しています。

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名栗湖畔の心地よい木陰で楽しくパンク修理待ち休憩をしたあとは、前回好評だった「ゆずの庄」のうどんを目指し、仁田山峠をゆるゆる越えて中藤川方面へ。

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仁田山峠の終点はここ。 みんなでいっぺんに入店しても16人分のうどんはいっぺんに茹でられませんので、若い子たちはここから竹寺(2km 10%)へ上らせる予定でした。 しかし、のんびり楽しく時間を過ごすうちにみんな腹ぺこりんになってしまったらしく、オプションの希望者なし(^^;

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お店に到着しました。 もともと民家をお店として使っている感じのお店なので、居心地良くて根が生えます。

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あしびなに集う面々は平均年齢がかなり若め、今回も半分ほどは20代の若者たちでした。 息子と同世代の子たちに遊んでもらえて、こちらも若返るよう。

あしびなは店長のキャラのせいか、以前からちょっとおもしろい(個性的な)子が吸い寄せられてくる傾向なのですが、この日は写真左から2人目のUらくんが大ヒット。 彼の女性へのアタックネタには笑わせてもらいましたっけ(≧▽≦)

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みんな、またあそんでね〜!♡

 

 

 

 

 

 

「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」と「彷徨える河」

  • 2019.06.11 Tuesday
  • 17:44

 

日曜日、ほんとうは自転車初心者の友人をアテンドして名栗みちをサイクリングする予定でしたが、朝目覚めて耳を澄ませると窓の外からは雨音が、、

ここのところ、梅雨入り前後の気候の変化で不調を訴える患者さまが多くて仕事が忙しかったこともありましたし、たまには自分自身の体も休めることに決めました。

 

「ゴジラ  キング・オブ・モンスターズ」。 長男は3才くらいの頃に初めてウルトラマンを見せたときには、ジラースのえりまきが剥がされるシーンでギャン泣きしたくせに、その後すっかり怪獣好きになり、今回のゴジラも封切り初日に観たとのこと。 彼の「サイコーだった!」との感想で私も観に行ってみる気になりました。 あ、もちろん私もゴジラ映画は日米の作品のほとんどを観てます。

 

私の感想は「爆音シーンが多くてキツかった〜(>_<)」です。 ストーリーや音楽は1960年代のゴジラ映画へのリスペクトが感じられ、古くからのゴジラファンはニヤッとする場面がたくさん。 怪獣同士の対決シーンはお約束のプロレス仕立て。 いつも通りわざとらしさを楽しむヤツでしたがそこはハリウッド映画、2Dで観ても思わず腰が浮くくらいの迫力でした。 観に行こうか迷っている「爆音カモ〜ン!」な方はぜひ(^^)

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ゴジラの咆哮で耳がキンキンしながら帰宅したわけですが、つい欲張ってamazonプライムビデオで以前から気になっていた映画も観てしまいました。

「彷徨える河」は2015年制作。コロンビアのシーロ・ゲーラ監督の作品です。 20世紀初頭にアマゾンを調査で訪れたドイツ人民族学者と、その約40年後に訪れたアメリカ人植物学者。 それぞれの手記に触発されて監督自身が原住民への取材を繰り返し、4年がかりで書き上げた脚本にもとづいて撮られた作品とのことです。

 

自分以外の部族全員を白人に殺された放浪のシャーマンが何の因果か、40年ほどの時間をまたいで幻の薬草ヤクルナを探すその2人の学者を案内することになり、アマゾン川をひたすら遡って行きます。 旅の途中では現地の人々がゴム農園でひどい扱いを受ける姿や強引にキリスト教に改宗させられるシーンも。

 

この映画、極彩色のアマゾンが舞台なのにモノクロームで撮られています。 遠い記憶や夢の中にいるようなモノクロームの風景。 また、カヌーの速度や櫂の音には一種催眠作用があるようで、見ているうちにだんだん自分も記憶の川を遡る旅の道連れになったような錯覚に陥りました。

 

昨年の暮れの頃だったでしょうか、NHKスペシャルで「アウラ 未知のイゾラド 最後のひとり」という番組が放映されました。 1987年に発見されるまでその存在さえ知られていなかったアマゾンの部族の最後の生き残りで、今は保護されているアウラの日々の暮らしや、彼がひとりぼっちになった理由を探るドキュメンタリーでした。 まさに「彷徨える河」の主人公カラマカテと似た境遇でした。

 

自分自身は文明社会に身を置いていても、遺伝子に残る記憶を新石器時代にまでさかのぼると彼らに行きつくわけですよね。 戦国時代や古代ローマの浴場にタイムスリップする映画はありますが、1万年近く昔を生きる人とコミュニケーションする機会はファンタジーを超えた現実。 おそらくそんな場所はもうアマゾンかアンダマン海の北センチネル島にしか残されていません。 文明世界の存在を知りながら接触を拒否して生きるにせよ、徐々に文明世界に取り込まれていくにせよ、彼らは大きな葛藤と向き合うことになります。 我々はただ感傷的な気持ちで見守るしかありませんね。

 

「ゴジラ」と「彷徨える河」、どちらもちょっと浮世離れした映画でした。おかげでつかの間現実逃避できましたし、梅雨入りした東京の日常をまた元気にがんばって行きます〜(^_-)

 

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通行止め解除された有間峠へ

  • 2019.05.27 Monday
  • 11:39

 

昨年の6月から通行止めが続いていた有間峠。 この5月25日から通行できるようになったと聞き、さっそくその翌日に上って来ました。

 

 

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名栗みちを行き来する自転車乗りならご存じ、看板屋さんのクジラ。

 

 

 

 

林道入り口。 通行止め解除されてすぐなら空いているだろうと思って上り始めたのですが、ひっきりなしにサイクリストが通過します。 みんなちゃんとチェックしてるんですね。 いや、SNSの威力かな。

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着きました。

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標高1,100mの峠からすこしズームして見下ろした名栗湖。 むこうに見える山々の稜線の靄り方はもう、夏の朝のそれでした。

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有間峠はきついカーブの途中にあります。 カーブ内側の岩に取りついて枝葉を伸ばした木々。 なんだか盆栽的。

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この日、奥武蔵や秩父地方ではところにより午後から雨かもねとの予報を聞いていましたので、峠での休憩もそこそこに秩父方面へ下ります。 じつはこの峠から秩父側へ抜ける広河原逆川林道は一度も走ったことがありませんでしたので、どうしても走ってみたかったのです。

 

 

夏の強い日差しが木洩れ日のモザイクを際立たせてくれるこの季節、空気も匂いもすべてが心地良いなぁ、なんて口笛気分で下っていたら、、

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こんな感じの落石があちこちに。 油断禁物です。 写真を撮りながら、大きい石は路肩にどけておきました。

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もうすぐ浦山ダム、というあたりの路肩に木彫りのオブジェがたくさん。 中でもこのカッパはスルーすることは出来ませんでした。

ストローで缶ジュースを飲んでるポーズもそうですが、この目と表情にやられました。 てか、そこは黄桜でしょ!

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秩父さくら湖。

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なんと、ダム湖沿いの道ばたで養蜂!?

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一箱に5万匹のミツバチが入っているそうです。2019.5.26有馬10.JPG

 

 

 

 

この日の秩父地方は気温が35℃近くまで上昇したとのこと。 そんな中、ママチャリの中学生5人連れが汗だくで正丸への上りを押したり乗ったりしていました。 てっきり地元の子かと思いきや、三芳町から秩父を訪れた帰り道だそうです。 片道50kmはあると思われる行程をママチャリで往復とは、、

皆ネクタイ締めたオジサンになっても、再会するたび生ビールのジョッキ片手に「そう言えば、ママチャリで秩父往復したっけね」なんて話すんだろうなあ。

のこりの3人はまだ、はるか後方でヒィヒィ中です(^^;

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芦ヶ久保から山伏峠を越えて、また名栗みちへ戻りました。 小瀬戸で信号待ちしていたら、メダカが泳ぐ鉢にきれいなハスの花が。 

写真を撮っていたら、ここん家のおとうさんが孫と一緒に「こっちにもたくさんあるんだよ」と何種類もの熱帯睡蓮について説明してくれました。

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買って来た球根が発芽したところだそうです。 なんだか可愛いものですね。 ついつい鉢が増えてしまう気持ちが分かる気がしました。

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ゴールの飯能駅にたどり着くと、先週いっしょに走ったサイクルショップあしびなのメンバーにばったり。 しかしみんなよく飽きずに毎週毎週自転車乗ってるなあ(≧▽≦)

 

 

 

 

 

 

ロバート・グラスパー

  • 2019.05.21 Tuesday
  • 11:35

 

ちょっと前のこと、地元の行きつけのバーで一杯目のヒューガルデンに「プハァ〜♡」てなってはじめて、そのときかかっていた音楽が耳に入って来ました。 軽い衝撃を感じるほど印象的だったので、思わずバーテンダーのアベちゃんに 「これ誰!」 と訊くと、「ロバート・グラスパーのCOVERDですよ」 との答え。 ずいぶん前から活躍してる人らしいのですが、まったく知りませんでした。 私は若い頃からブルースやジャズを聴かない日はありませんが、考えてみればもう何十年も新しい音を探さず、自分が30代くらいまでの古い音源ばかりを繰り返し聴いていたのでした。

 

帰宅してYoutubeで 「ロバート・グラスパー」 を検索してみるとどれも私の感性にぴったりの作品ばかり。 ジャズをベースにヒップホップやR&B、ゴスペルなどの要素をクールに取り込んで、それでも押しつけがましくならないところにインテリジェンスが感じられます。 数日中には彼の名義でリリースされたアルバム10枚のうち、6枚を購入していました。

 

もともとジャズにヒップホップやソウルなどを混ぜる試みをしたのは’80年代のロンドンのDJたち。 クラブジャズとかアシッドジャズとか呼ばれてましたっけ。

’70年代後半からのフュージョンの流行に辟易してほとんどジャズを聴かなくなっていた私ですが、’80年代に入り、ウィントン・マルサリスやマイケル・ブレッカーなどがモダンジャズを復活させてくれて、ひさしぶりにタワー・レコードやHMVなどをのぞくようになりました。 そのときにいわゆるアシッドジャズのCDも試聴してみたものの、クラブでのダンス用にひとつのファッションとしてジャズを扱ったそれらの音源はなんだか平板な印象で、まったく惹かれるものがありませんでした。

そんな私が30年ぶりにハマッたのがロバート・グラスパーです。

 

ロバート・グラスパーの初期の作品は、ブラッド・メルドーなどにも通じる内省的な精神世界を見せてくれるオーソドックスなスタイルでした。しかしもうこの頃からところどころに、言葉ではなくフレーズで韻を踏むヒップホップの要素が感じられます。その後の作品はどんどんジャンルレス化して行き、かえってジャズの要素は減るばかり。 それでもアシッドジャズを毛嫌いしていたモダンジャズ・ファンにも受け入れられているのは、そこにジャズのスピリットが生きているからだと思います。

 

それなりに刺激的な歌詞のラップの背景にリリカルなフレーズのピアノ。 彼が多用するこの手法だと、見えてくる世界に奥行きが感じられて、攻撃的なラップも内省的なひとりごとのようにソフィスティケイトされて聴こえるからふしぎ。

 

私のグラスパー・ブームはしばらく続きそう。おっつけ彼のCDはコンプリートしてしまうと思います。

じつは、ロバート・グラスパーはこの夏のサマーソニックに出演が予定されています。しかし、おぢいさんには8月の野外フェスはしんどそうで、、(^^;

 

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ひさしぶりにナマ田中泯

  • 2019.05.07 Tuesday
  • 12:17

 

家人から、池袋の東京芸術劇場を中心に毎年開催されているTACT(Theater Arts for Children and Teens Festival)で田中泯の場踊りが観れると聞いて、連休最終日の6日(月)には、めずらしく街方面へ出かけてきました。

 

以前にも書きましたが、私がはじめて田中泯のことを知ったのは俳優としてでした。 NHK「龍馬伝」の吉田東洋役の鬼気迫る演技に魅了されて、それと知らずにすでに観ていた「たそがれ清兵衛」を観直したりもしましたっけ。

 

田中泯本人はとても肩書きにこだわりがある人で、俳優としての仕事をしているにもかかわらず”俳優”という肩書きを嫌うようです。 あくまで舞踊家であり、”舞踏家”とも違うと。

私は彼のこだわりを聞くまで舞踏と舞踊のちがいを考えたことがありませんでした。

舞踏という字からは、リズムに合わせてステップを踏むことに重点を置いた、おもに自分が楽しむための西洋風ダンスがイメージされますし、舞踊という字からは人が見ていることを前提とした、表現としての踊りがイメージされます。

しかし、土方巽を中心に活動していた「暗黒舞踏」などは、舞踏という呼称でありながら、踊りという手段を用いた前衛的なアートであったように思います。けっきょくよく分かりません(^^;

はたから見ると呼称に縛られたくないように見える彼。 呼称にこだわればこだわるほど、かえって窮屈な思いをしそうに思うのですが、、

 

そんな、ちょっとめんどくさいところにこだわりを見せる田中泯さんですが、実際にはこの笑顔を見ればお分かりいただける通り、とても気さくな人で、ぜんぜん”わからんちん”ではありませんでした。

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10年近く前に一度、彼のライブを見に行ったことがあるのですが、そのときはコンクリート打ちっぱなしの薄暗いステージで彫像のような半裸姿。見ているこちらも息が出来ないほど緊張感を伴った踊りでした。 しかし、この日は街中でのパフォーマンスということもあり、ふだん前衛的な踊りを見ることのない方にも分かりやすい踊りで、観客からもときおり笑い声がもれるほど終始ほっこりした空気でした。 動きや表情、目の力、声、どれを取ってもとても74才には見えなかったです(@_@)

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30分ほどのダンス・パフォーマンスのあとは、地べたに座って彼の踊りが何に由来して何を表現しているのか、もともと彼がなぜ踊る生き方を選んだのかを話してくれました。 言葉や表情から彼の実直な人柄が伝わる、とても良い時間でした。2019.5.6aCT8.jpg

 

 

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お昼は「フォーティン・トーキョー」で。

ハノイの人気店フォーティンの2号店がこの3月にオープンしたと聞いて、いつか行ってみたいと機会を狙っていました。

13時過ぎの入店でしたが、数人待ちで入れました。お客さんの半分以上はベトナムの方のようです。 やはり現地の人気店とのふれ込みに間違いはなさそうです。

メニューは牛肉フォーのみ。 普通盛りと大盛り、パクチーの有無が選べます。 化学的な味がしないやさしいスープ。 シャキシャキねぎとパクチーの香味が新緑のこの季節にぴったり。 美味しかったです♡

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連休明け、ニュースでは体調を崩される方が多いと言っていました。 みなさまご自愛くださいませ〜。

 

 

 

 

 

 

期間限定の八丁峠

  • 2019.05.02 Thursday
  • 17:27

 

ずいぶん前からさんざん「今年のゴールデンウイークは10連休!」などと聞こえて来てはいましたが、もちろん自営業の私はそんなに休めません。

ただ、のんきな私とちがって、組織の一員としてお勤めをされている患者さまの心身の消耗度を見ると、たしかに心をリセットするための長期休暇は必要だなと感じていました。 新しい時代のスタートに向けてしっかり英気を養って頂きたいと思います。

 

さて、私も先の日曜月曜は連休を頂きましたので両日とも外出。 日曜は次男とオートバイでツーリングに出かけて来ました。

左が次男のSR400、右は今回私が借り出した長男のNINJA400。NINJAはまだ新車で、やっと慣らしが終わったばかり。コケたら怒られマス(^^;

 

写真は朝6時過ぎの高坂SA。日中は気温が上がる予報でしたが朝は10℃以下。 ふたりとも皮を着て出たものの、高速巡行は寒いのなんの。 それもそのはず、秩父でガソリンスタンドのおじさんに聞くと朝は3℃だったそうです(*_*

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今回の目的地は八丁峠。 2年前の同じ頃にひとり自転車で訪れて気に入った場所です。 ただ、その直後から道路状況が悪化して、現在まで通行止めが続いていました。 ダメ元で事前に埼玉県農林部に電話で問い合わせたところ、なんとこのゴールデンウィーク中に限り八丁峠までの通行を許可する予定とのこと。 確認したら翌日のHPにもその旨がアップされました。 どこも混雑しそうなGWに穴場を見つけました!

 

 

滝沢ダムに到着する頃には気温も上がって気持ち良い陽気に。 この先で中津川方面へ分岐するのですが、そこから林道・金山志賀坂線の入口まではほとんど交通量がなかったので、初心者の長男が真ん中近辺しか使っていなかったNINJAのタイヤを、ほぼほぼ端っこまで皮むきしときました。

それにしても最近のバイクの速さには舌を巻きました。パワーの出方や、足回り・タイヤの性能の進化が素晴らしく、まったく不安なくスポーツライディングが楽しめました。

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林道・金山志賀坂線へ。 岩の崖の間の谷筋を上っていきます。

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雁掛トンネルを抜けたら、廃墟の町として有名なニッチツ鉱山。

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以前訪れたときにはきちんと営業していた鉱山の郵便局。しばらくの間お休みするそうです。

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ニッチツを過ぎると、路面のコンディションはどんどんスリリングな状況に。

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八丁トンネル。

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予想はしていましたが、標高1,200mを超える八丁峠ではやはり新緑には早かったようです。

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風もなくおだやかな陽光の下、のんびりコーヒー。

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一昨年の6月の写真。 八丁峠から志賀坂方面へ数百メートル下ったところから撮ってます。 今回は通行止めでこの風景には会えず、、

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秩父へ下りてくると新緑はドンピシャ。 電車も緑のトンネルの中を走ってるみたい。 気持ち良さそう。

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ほんの300km弱のツーリングでしたが、翌朝起きると身体がバキバキにこわばっていました。 やはり自転車とオートバイでは負担のかかり方がちがうんですね。 この日は身体をほぐしにのんびり荒川サイクリングロードへ。

 

田植え前の田んぼの匂いが郷愁をそそります。

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毎年楽しみにしている大宮健保グラウンドのメタセコイアの新緑はまだこれから。

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田んぼのオーナーさんもいろいろ。 上の写真のヒメジョオンの田んぼのように、あぜ道の雑草を放置している人もいれば、几帳面な人はタンポポも根こそぎ。 また、通りかかりにそれを見て何を感じるかも人それぞれ。 おもしろいものですね。

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秋ヶ瀬公園で休憩しようと自転車を停めたら、先客が。

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2日ともお天気にも恵まれて良い休日になりました。 次は5月5日(日)6日(月)にまた連休を頂きます。

 

 

 

 

 

 

フアン・ルルフォ「燃える平原」

  • 2019.04.26 Friday
  • 11:46

 

少し前の更新では、同じフアン・ルルフォの「ペドロ・パラモ」について書きました。これは読み進むのに苦労した本でした。

読み終えたあと、日頃から仲良くしている音大生のウッシーが治療で来院した際、ちょっとしたいたずら心で「読んでみ」と手渡したところ、なんとどハマりしたとのこと。 それ以来彼も南米マジックリアリズム遍歴を続けているようです。 本場の音を求めてブラジルまで行っちゃうパーカッショニストのウッシーですから、何か血が呼ぶんでしょうかねえ。

 

さて、そのウッシーがルルフォの「燃える平原」を貸してくれて、昨日読了しました。 ラテンアメリカの作家の中でも重要な存在であるルルフォ。 ただ彼が小説として残した作品はたった2作品だけ。それが1953年出版の短編集「燃える平原」と1955年に出版された上記の「ペドロ・パラモ」です。


「ペドロ・パラモ」は、架空のゴーストタウンで、生物と死者のさかい目が取り払われた不思議な世界を浮遊するマジックリアリズムの作品でした。 一方「燃える平原」は、ゆがんだ時空の世界の話ではなく、地に足の着いたナマの世界の話です。 メキシコの乾いてひび割れた大地で絶望的な貧困の中、いつも死を身近に感じながらその日その日を懸命に生きる人間の、救いのないエピソードを綴った短編集。 ”マジック=魔術”の要素が含まれない分、絶望や死がよりリアルに描かれています。 どれもこれもがしんどい話なのに、途中で投げ出そうという気にならないのは、メキシコの大地同様、乾ききったルルフォの文体のおかげだと思われます。

 

とても創作によるものとは思えないストーリーは、暴力や死が日常に存在したメキシコ革命の真っ最中に少年時代を過ごし、自身も父や叔父を殺されたルルフォが実際に見聞きした話を元にしているような気がします。

傑作と評される2作品を出版したあと、新たな作品を発表することのなかったルルフォ。 勝手な想像ですが、少年時代に見聞きした悲惨な出来事を作品のかたちで言語化することがPTSDの治療のような効果を生み、心的外傷が癒えたあとは創作の源泉を失ってしまったのではないかと。

 

書いているうちに、こんな辛気臭いレビューだと、みなさんが読んでみようという気にならないのではないかと心配になって来ました(^^; まぁヒリヒリなストーリーは置いといて、素朴な登場人物たちの心理、色や匂いや風など牧歌的な情景の描写もすばらしく、名作の評価もうなづける読み応えのある作品でした。おすすめです!

 

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