花見嫌いだけど、ここはとくべつ

  • 2019.04.09 Tuesday
  • 22:16

 

新元号が発表になり、本州のほとんどの地域では桜が満開。 練馬区の区立小中の通学路では入学式へ向かう笑顔いっぱいの親子連れ。お陽さまの光が増したせいか、なんだか街行く人々の表情まで一段階明るくなったように感じられます。

 

桜が満開と聞いても、私は人混みが苦手で名所と言われるような場所には行ったことがありません。 ただ、春の奥武蔵の山々を借景にぽつんと咲くこの桜だけは、なぜかどうしても見に行きたくなるんですよね。

 

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なんか間違えて日付入れちゃった、、

 

 

 

武蔵横手までは国道299号。広葉樹が芽吹き始めていました。 桜色と混ざり合い、山がパステルカラーで染まるまであとすこし。

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武蔵横手駅が見えたら右折して林道関の入線へ。

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林道脇には春の花がいろいろ。

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顔振峠のお茶屋で休憩。 手すりで動かないムシ。

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この桜を見に通いはじめて4年め。 昨日今日咲き揃ったばかりのドンピシャ満開は初めてかも知れません。

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たしかにこの木の下に居るとちょっと気分がアガるんです。 家族連れで花見を楽しんだあとも、ひとり離れ難そうにしている坊や。ついには「ほら、帰るよ!」と叱られてトボトボの図(^^;

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花見を終えたあとは吾野から中藤川上流へ抜ける無名の峠を越えます。 ほとんど車の通らない道なので、伐りっぱなした杉の木も道路っぷちに放置(^^;

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こちらもひさしぶり、中藤川上流にある ”ゆずの庄” で昼ごはん。 うどんのエッジを見ただけで、ただ硬いだけでなくほどよい弾力があることがわかって頂けるかと思います。 粉の香りもしかっり立っており、うどんのおいしい四国で育った私も大満足です。

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山の桜、いつまであの坂を上れるのか分かりませんが、身体が動いてくれるうちは毎年見に行きます!

 

 

 

 

 

 

 

旧作映画な日々(その9)

  • 2019.03.26 Tuesday
  • 17:03

 

ひさしぶりに自宅で何本か映画を観ました。

と言うのも、CDラックから取り出して久しぶりに聴いたカエターノ・ヴェローゾがきっかけで、彼のライブのシーンが挿入された映画「トーク・トゥ・ハー」を思い出し、その映画の冒頭でダンスシーンが取り上げられた振付家・舞踊家ピナ・バウシュを追ったドキュメンタリー映画「PINA」を見逃していたことを思い出したからです。

 

「PINA/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち」の監督はヴィム・ヴェンダース。「パリ・テキサス」以来、彼の作品は何本も観ていますが、当時「PINA」の公開をまったく知らなくて見逃してしまい、おおいに後悔しました。

今回、オンラインで「PINA」をレンタルするにあたり、ついでに3本ばかり見つくろってみたのが、ぜんぶ「トーク・トゥ・ハー」のペドロ・アルモドバル監督の関わった作品ばかり。 内容は「オール・アバウト・マイ・マザー」「私の秘密の花」「人生スイッチ」。 3本とも「トーク・トゥ・ハー」同様、既存の価値観への挑戦状のような作品で、かなり見応えがありました。

ただやはり「PINA」のインパクトがあまりに大きかったので、今回は「PINA」について書かせていただきます。

 

今は亡きピナ・バウシュは、ドイツ・ヴッパタール舞踊団の芸術監督でした。 この映画は彼女と親交のあったヴィム・ヴェンダース監督が彼女とヴッパタール舞踊団を追ったドキュメント。 映画のほとんどはダンスシーンと団員へのインタビューで構成されています。

 

ヴッパタール舞踊団の各メンバーはいろいろな人種・民族で構成されています。 中には韓国や日本人のメンバーも。 それが人種や性別や価値観のちがいによって生じるもどかしさや悲しみを表現するときに、大きな説得力を生んでいます。 それぞれのダンサーがソロを取ると、その踊りには彼らの出自たる民族の個性が反映されているのも興味深いところです。 スラヴ人は力強く、ラテン系は情熱的に、アジア人は繊細ではにかみがちに。 民族性という意味では、人間の本性を暴き出すために特化した無駄のない演出にはピナの生真面目なドイツ人気質が反映されているのかも知れません。

 

団員の”身体言語”を目的にして進化した身体の美しさは、他人と競い合うために特定のスポーツで鍛え上げられた身体とは異質のもので、例えるなら刀剣のよう。静謐な佇まいの中に恐ろしいほどの力が秘められていることが感じられます。 いったん力が放たれると、その力は身体の動きだけでなく、空気を切り裂いたり優しくなでたりする残像にまで及んでいくようです。

 

私はもともと舞踊や舞踏というものにあまり関心がありませんでした。 しかし10年ほど前のこと、俳優として魅力を感じていた舞踊家・田中泯のルーツを知りたくなり、彼の独演舞踊ライブを観に行って衝撃を受けました。 彼が伝えたいものが何なのかはよく理解できませんでしたが、何かが取り憑いて狂気に支配された彼の踊りを見ていると、こちらの毛穴も全開になる感じでした。 ただ、その理解できなかったものが何なのか、自分の感受性の限界をもどかしく感じながら帰路についたことを覚えています。

 

ピナの手法は”タンツテアター(ダンスシアター)”と呼ばれるダンスに演劇的要素を取り入れたもの。 このスタイルだと彼女がテーマとする「愛と痛み」「美」「悲しみ」「孤独」などが、しっかりと伝わって来ました。

 

何度も観たい映画でしたので、結局DVDを買ってしまいました(^^;

 

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あぁ、やっと春が来た

  • 2019.03.12 Tuesday
  • 17:04

 

昨冬シーズンにヘビーウィンター用のサイクリンググローブを紛失してしまいました。 平地をサイクリングするときには頂きもののバーミッツ(防寒ハンドルカバー)でどうにかなるのですが、バーミッツはドロップハンドルの下の部分が持てない構造になっており、ハードなブレーキが必要な山方面の下りには向きません。 新しいグローブの購入も考えました。しかし、買うやいなや紛失したヤツがひょっこり現われるって経験はどなたにもおありですよね?(^^; それもくやしいのでけっきょく冬場は山には行かず、荒川サイクリングロードばかり走っていました。

 

日曜日、やっと春らしい暖かさになるというので、どうしてもこの時季にしか見られないあの風景を見たくて奥武蔵の山方面へ出かけてきました。

 

 

ムーミンバレーパークは来週オープンです!

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田中交差点のセブンのベンチで補給していたら、足元にしゃがんで離れないこのネコ。 おにぎりを少しおすそ分けしても見向きもしません。 怪訝に思っていたら、私が席を立つなりベンチの上へ。どうやら席の順番待ちをしていたようです。

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梅どころの越生あたりでは、道路を走っていてもいい香りが漂ってきてトロ〜ンとした気分に。

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都幾川のお地蔵さまにも梅の花が供えられていました。

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都幾川沿いの斜面に立つトトロ。 なんか以前より毛並みが良くなっている気がします。夏毛に生え変わったのかしら(^^)

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あの風景に会うためには林道奥武蔵支線を上らなければなりません。 ひさしぶりの登坂です。 しかし、たかだか三ヶ月サボッただけでこんなに劣化するものでしょうか、のんびり上っているのに青息吐息。それでもたのしいけど♡

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見たかったのはこの景色です。 ここからの眺めは何度もアップしているので見飽きた方があるかも知れませんが悪しからず。

あずき色の新芽が霧のように低く立ち籠めた中にポツンと佇む一本杉。ここ数年、この画こそが私にとっての春の訪れなのです。 これからこの新芽がぜんぶ新緑に変わる日を楽しみに待ちます。

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刈場坂峠を下り天目指峠へ。 子の権現への分岐点にある祠をお掃除するお母さん。 笑顔もおしゃべりも最高に素敵な方でした。 ちょっとお話ししただけなのに半径10mくらいを覆ういい人オーラに包まれて心が安らぐ感じがしました。 老後を幸せに過ごすにはこういう人にならねばだなぁ。

左上のガードレールはネノゴンへの上り。凶悪(>_<)

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名栗みちに下りて、初冬の頃以来の「Cafe やまね食堂」へ。 いつも以上ににぎわっていて驚きました。 どうやらテレビ番組で取り上げられたらしく、いっぺんにお客様が増えてご主人てんてこ舞い。

コーヒーカップは何種類も用意されているのに、私がこちらにおじゃまする度になぜかこのカップが出てきます。プリミティブなこの器の質感がヤナギコーヒーの素朴な風味と相まって、ふいに異空間へ。 訊けば 近くに住む縄文土器好きな作家さんの作だそう。  やまね食堂でも販売して下さるのとのことですので、次回こそ余分にお金を持参せねばです。

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名栗みちの斜面に建つお宅へのスロープにちいさな木人形が。 ここはそれこそ何百回も通りかかっているのに、こんなところに人形が居たなんて気がつきませんでした。 笛を吹く姿がホピ族のココペリっぽいかな。

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飯能駅に戻って電車に乗ったとたんに目と鼻に花粉症の症状が。 リラックスして走っていても、やっぱり走行時にはけっこうな量のアドレナリンが出ているのですね。 齢やら花粉やらに負けないで今シーズンもしっかり遊びます!

 

 

 

 

 

 

人の縁を辿って

  • 2019.03.05 Tuesday
  • 17:16

 

昨今、アマゾンをはじめとしたインターネットショッピングやヤフオクの配送などで、宅配便のお世話になる機会が増えましたよね。 我が家では日中全員留守になりますので、私物もなるべく院に配送して頂くように心がけています。

 

なかでも(=^・^=)な宅配便さんにもっともお世話になっているわけですが、以前当院のエリアを担当されていたのは私と同年代のIさん。 たいへん朴訥な方で一度も笑顔を見たことがありませんでした。 ある昼休みのこと、午前中の診療を終えた解放感からサニーボーイだかJ.L.フッカーだかを大音量で流しているところへ荷物が届きました。

 

いつも通り、聞こえるか聞こえないかの声で受領のやりとりを終えたあと、Iさんから予想もしないひと言が。「ブルースお好きなんですか?」

 

それからCDの貸し借りが始まりました。 配送があるごとに短いインプレのやりとりをしながら1年くらいが経過。 あるときとつぜん別の配送担当の方が見えたので訊いてみると、Iさんは異動されたとのこと。 サラリーマンに異動はつきものですが、日常の中から生まれたちょっと素敵な時間がなくなってしまったことに一抹のさみしさを感じました。

数ヶ月が経過した冬のある日の昼休み、バーチカルツインのエンジン音が院の駐輪場で止まりました。 休日のIさんがトライアンフに乗って遊びに来てくれたのです。 そう、彼とは音楽以外にもオートバイや自転車の趣味が丸かぶり。

折しもウクレレ練習中でしたので少し聴いてもらうと、ウクレレでブルースが演奏できることに驚いてくれて、「ぜひ行きつけのバーで演奏してもらいたい」とのご提案を頂きました。 初心者の私が知らない人たちの前で演奏するなんてとんでもない事ですので、一度は丁重にお断りしましたが、翌週には古いモトグッツィで、その翌週にはTW200で。そのまた翌週にはサーリーのファットバイクで現われては何度も口説くのです。

どうやらそのお店の若い女性バーテンダーがウクレリストで、私の演奏を聴きたがって下さっているとのこと。

根負けして、ついに「では、3月になって暖かくなったら一度お酒を飲みにうかがいます」と約束してしまいました。

 

そして先週末、ついに院から自転車で15分ほどで行ける東上線沿いのそのバーへ行ってきました。うっかり愛器も背負って、、(^^;

 

IさんはSNSをやらない方なのでまったくのアポなし。ご本人がお店に居るかどうかも分からないままお店に突入。

もしIさんが不在でアウェーな印象だったら、ビールを1杯だけ飲んで退散しようと思っていました。 しかし、カウンターの隅にはシブ〜い感じでIさんが収まっていました。

お店はカウンターが6席のみの小さなバー。 件の女性バーテンダーYちゃんはじめ、マスターやほかのお客さまたちも想像以上に歓待してくれました。 なので調子に乗ってへっぽこウクレレも披露してきましたヨ(^^;

 

バーテンダーのYちゃんはカクテル全般を作れて、連載こそないもののアマゾンでも高評価の漫画家で、漆器の山中塗りの作家で、バンドのボーカル。 やりたいことが多すぎて彼氏を作る余裕がないそうです。

 

同席したほかのお客さまも音楽通の方が多くて話が弾みすぎました。閉店時間をかなり過ぎて日付が変わる頃にやっと解散。

思えば学生の頃って、こんな感じの人の縁で友だちが増えていった覚えがあります。

きっとまた行っちゃうな〜(^^;

 

 

私が持参したウクレレでYちゃんが歌ってくれました。 調子っぱずれのカホンは同席のドラマーの演奏。 ほんとはプロドラマーのローディーまでやってた人らしいのですが、なにしろベロベロで、、(≧▽≦)

 

 

 

 

 

 

 

ETV「熊を崇め 熊を撃つ」

  • 2019.02.22 Friday
  • 17:05

 

先日NHK Eテレで放映された 「熊を崇め 熊を撃つ」 という番組を録画で見ました。

秋田県鳥海山のふもとには、最後のマタギ集落のひとつ 「鳥海マタギ」 の村があります。 番組はその村のマタギ、小沼清弘さん(60才)に密着した記録です。

彼の猟法は ”フシブチ” という単独での追跡猟。猟犬も使わず、ひとりで黙々と熊の足跡を追って尾根をいくつも越えて歩きます。 当然集団の猟より大きなリスクを背負っての猟。 熊と対峙する際には、常に命のやり取りを覚悟して臨んでいるそうです。

マタギが狩猟のみで生活できなくなったのはおよそ50年前。 今では熊皮は買い手がつかず、熊の胆は法律で売買が禁止されてます。

小沼さんが子供の頃、専業のマタギだった父親の収入が減少してだんだん生活が苦しくなっていくのを実感したそうです。

彼は中学2年から上京して出稼ぎし、家族に仕送りをしていたとのこと。 兼業農家の現在は自治体から冬季の除雪作業員としての仕事も請け負っているので出稼ぎはしなくてよくなったそうですが、その分猟に出られる日が減ってしまっているのが悩みの種だと話していました。

 

インタビュアーがもっとも気になる質問をしてくれました。「マタギとは何ですか?」「マタギとハンターの違いは何ですか?」

しかし、小沼さんや集落のマタギたちから明確な答えは聞けませんでした。 おそらくその答えは精神性のハナシ。それを言葉で説明するのは難しいのでしょうね。

 

2013年の夏、自転車で東北地方を旅したときに、1日だけサイクリングをおやすみして白神山地をトレッキングしました。 その前夜に宿泊した青森県西目屋村の公営宿泊施設の書棚に 「白神山地マタギ伝 鈴木忠勝の生涯」 という本があり、部屋で途中まで読んで、読み切れなかった頁は帰京してから読了しました。 それまで漠然としたイメージしかなかったマタギについてかなり詳しく書かれていて、彼らの生き方にとても共感しました。

その後もマタギへの興味は尽きず、白神山地の秋田側、阿仁町のマタギを題材にした志茂田景樹の直木賞受賞作 「黄色い牙」 を読んだりしましたっけ。 そして今日アマゾンから、同じく阿仁町のマタギのお話 「邂逅の森」 が届いたところです。

 

マタギには独特の宗教観があります。 それはメジャーな宗教のように人間社会の中での生き方を導くためのものではなく、山の神との関わり方を教えるもの。 古くから伝承される山のおきては、仲間や自分自身を守るものであったり乱獲を防ぐための智恵であったり。 中でももっとも重要なのは自然への敬意。 読みかじった知識から得た私の結論ですが(^^;

 

私が生まれ育った町は土佐湾沿いの田舎町で海まで徒歩3分、山まで1分。 最寄りの駅まで60kmという自然の濃い町でした。 母の実家は更に田舎で、隣町の川伝いに10kmほど上流へ入った山里の村。 そのあたりでは成人男性のほとんどが鉄砲の免許を所持していました。 祖父や伯父・叔父たちは冬になるとイノシシを撃ちに行くことが何よりの楽しみで、軒下のあちこちにはいろいろな動物の毛皮が板に打ちつけられて乾燥中でした。

私自身も小学生の頃には近所のお兄さんたちに連れられて、冬は山でキジ、ヤマバト、コジュケイ、ヒヨドリ、ツグミ(当時はどの鳥も保護鳥ではありませんでした)など。 夏は川で天然ウナギを罠で獲ったり、磯の魚を銛で突いたりして過ごしました。 それは大人になったあとの本格的な猟に向けてのトレーニングのようなものでした。 もしそのまま地元で就職したら、ひょっとしたら私も毎冬イノシシを追いかけていたかも知れません。

 

食べるために生き物の命を頂くときの、興奮と罪悪感と感謝の気持ちがないまぜになった感覚は、誰かが殺してくれた動物を食べるのが当たり前になってしまった現代では、一度も経験しないまま一生を終える人も多いのではないでしょうか。 マタギのように宗教的な意味を含めた行為でなくても、人間が太古の昔から生き延びるために行ってきた行為をあらためてなぞることは、忘れかけていた大切なことをもう一度知る機会になると確信しています。

 

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写真は青森・目屋の最後のマタギ、鈴木忠勝さん。カッコよすぎる(◎_◎;)

 

 

 

 

 

 

 

 

「ペドロ・パラモ」を読みました

  • 2019.02.14 Thursday
  • 11:56

 

先ごろガブリエル・ガルシア=マルケスの「百年の孤独」を読んで以来、マジック・リアリズム沼から抜け出せないで居ます。

今回読んだのは、フアン・ルルフォの「ペドロ・パラモ」。 初版は1955年に出版され、上記のガルシア=マルケスにも大きな影響を与えたマジック・リアリズムの名著です。

 

ある男が、母の死に際の言葉をきっかけに、顔を見たこともない父親のペドロ・パラモに会うため、ゴーストタウンのコマラを訪れます。 そこは ”ひそかなささめきに包まれた死者ばかりの町” でした。

物語はそのペドロ・パラモの人生を中心に進むのですが、まぁこの人が絵に描いたような悪党で、人殺しや裏切りは日常茶飯事。むちゃくちゃな言いがかりをつけて他人の土地を巻き上げるわ、手当たり次第に女性に手をつけるわ。 ただそんな彼がある一人の女性には純粋な愛を貫くのです(その女性は父親と近親相姦関係)。 妻となったその女性は精神を病んでおり、ペドロの見守るなかで息絶えます。 そして彼自身も金を無心に来た息子のひとりに殺されるのですが、精神的には妻とともに死んだも同然の彼の死は、とても淡々としたものでした。

なにしろ救いのないストーリーです。 しかし、メキシコ人にとってこの小説は自分たちを語る上でとても重要な意味を持つのだそうです。

 

メキシコはスペインの植民地時代が終わったあとも、独立戦争、ディアス独裁、メキシコ革命ときびしい時代が続きました。 ルルフォが少年時代を送ったのも、まさにメキシコ革命の真っ只中。 死は身近なものであり、人間の本性を見ながら成長したことでしょう。

ルルフォ自身も自らの境遇について 「父は山賊に殺された。伯父も殺され、祖父は足の親指から逆さ吊りにされて指を駄目にしてしまった。とにかく暴力がすさまじくて、たいがいの者は若死にした」 と語っています。 父親が殺されたときルルフォは7歳。母親も数年後には亡くなり、その後は孤児院へ。

 

自分を取り巻く殺伐とした環境の中でルルフォは、生きている者とのコミュニケーションは困難を極めるが、死者には自分の言葉がスムーズに届くということに気づきます。 作品中にも生者と死者の会話や死者同士の会話があたりまえのように出てくるのですが、そこに馴染めない読者は読み進むのがつらくなるかもしれません。

もうひとつ、読者を混乱させるのがこの小説の特殊な手法。 全体が70もの断片からなっているのですが、互いに関連しあう断片同士が網状に絡み合ってやっと全体像が見えてくるというもの。

「ペドロ・パラモ」もほかのマジック・リアリズムの作品と同じでストーリーよりも、作品全体に流れる空気感を感じるのがキモなのだと思います。

 

ノーベル文学賞を受賞したメキシコの詩人オクタビオ・パスは 「メキシコ人は、ぼんやりとでも、自分の中に消しがたい”しみ”を隠している。自分自身を全面的に肯定できない傷、暗さを抱えているのだ。それは、大多数の先住民が少数のスペイン人に犯され、隷属させられ ”メキシコ人” を名乗らざるを得なかった運命から来ている。自分たちのアイデンティティは ”犯された女の子供たち” であり、恨む相手も敵も自分たちの中にいる。だから、楽天的にあっけらかんとは自己肯定できない」 と言っています。

 

そういえば、私の好きなイニャリトゥ(メキシコ人)の映画などでも、全体を覆ううっすらとした影のようなものを感じます。 現世で救いを求めることに対する絶望感というか、、

 

オクタビオ・パスはメキシコ人の死生観についてはこう語っています。「ニューヨーク、パリ、あるいはロンドンの市民にとって、死は唇を焦がすからと決して口にしない言葉である。反対にメキシコ人は、死としばしば出合い、死をちゃかし、かわいがり、死と一緒に眠り、そして祀る。それは彼らが大好きな玩具の一つであり、最も長続きする愛である。もどかしさ、軽蔑、あるいは皮肉をこめて、死を正面から見つめるのである。」

 

アステカ時代からの輪廻転生の考え方に加えて、長い年月にわたる戦乱の時代がメキシコ人の死生観を形作っていったのでしょう。

 

ぬるい時代を生きる私たちはいくらでも考える時間があるのに、なるべく生きることや死ぬことの意味を考えないようにして過ごす傾向。 しかし、きびしい時代を生きる人たちは、いやでもそれを肌で感じてしまうんでしょうね。 世界の中ではいまだにそんな時代の真っ只中にいる人々も多いのですが、もちろん彼らはまだ振り返って何かのかたちとして残す余裕もないことでしょう。 民族としての宿命を背負った上に長い戦乱を経験し、薄いベールのような憂いとともに今を生きる南米やメキシコの人々。 ちょっと会いに行ってみたくなりました。

 

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今ごろになって「紅白歌合戦」を観ました

  • 2019.02.07 Thursday
  • 17:28

 

立春過ぎた頃になって年越しネタです。なぜだか私は正月に正月らしいことをするのがこそばゆくて、例年大晦日や元旦にも職場に出て月末の書類をやっつけたりしているのですが、それでも年末年始のテレビ番組は楽しみにしています。

とくに大晦日は大忙し。 総合格闘技をリアルタイムで観て、ボクシングとガキ使を録画するのがいつものパターンです。

NHK紅白歌合戦はもう何十年も観ていなかったのですが、格闘技の試合間のCM中にチェックするタイムタインで「今回の紅白はおもしろい!」という声のなんと多いこと。とっても気になっていました。

 

先日の治療中にその紅白の話題がでた際、患者さまから「ブルーレイに録ってありますよ。観ます?」とのありがたいお言葉。 帰宅後にさっそく観ました。

 

鑑賞前には石川さゆりと布袋寅泰の「天城越え」でのコラボが気になっていたのですが、ぜんぶ観終わっていちばん印象に残ったのは椎名林檎と宮本浩次の「獣ゆく道」でした。 以前にYoutubeで見た「獣・・・」のPVよりもキレッキレのパフォーマンス。 暴れ倒す宮本浩次とクールな椎名林檎。 椎名林檎は個人名義だと、メッセージにブーストをかけるために女性的な繊細さに加えて暴力的な顔を見せることも多いのですが、この曲ではその部分を”リアル獣”な宮本に受け持ってもらえるので、和装の猛獣使いに徹する彼女の色っぽいこと。

 

この曲の演出において、旭日旗を連想させる小道具が使われていたことがいろいろ言われているようですが、人間そのものを歌う彼女が ”国” などという俗な所属にこだわりを持つとは思えないんですよね。 強いて言うなら、あえてタブーをおかしてみせて「もう一度タブーの意味を考えようよ」くらいのメッセージではあったのかも知れませんが。

 

彼女が楽曲やPVであえてタブーをおかして見せるのは、社会で生きやすいようにすっかり飼いならされ、自分の人生を生きていないように見える人々に向けて、「演じている自分像がほんとうに自分自身なのか、心の中に作ったタブーを破ってもう一度見つめ直してみな」ピシッ!ピシッ!( ・`д・´) ということなのではないかと。

 

椎名林檎の歌詞は、ムツカシイ言葉を使うわりにはそれが正しい日本語の用法とは違っていたりします。 私はそこに魅力を感じるのです。テストで高得点を取るための勉強をしすぎてしまうと絶対書けないやつです。

彼女が敬愛する浅井健一(私も大好きです)の日本語もちょっとヘン。万人にとって正しい言葉でなくても、自分自身にとって正しい言葉だからこそ、そこにリアリティが感じられるんですよね。

 

紅白について書くはずが、椎名林檎のことばかりになってしまいました。 トリを務めたサザンオールスターズのステージもなつかしくて楽しかったなー。 紅白、また10年後くらいに観てみようかな(≧▽≦)

 

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カブ(2代目)が来た!

  • 2019.01.30 Wednesday
  • 17:35

 

いよいよ冬が本気出してきましたね、、朝夕の寒さと言ったら(+_+)

齢を取るにしたがって週末サイクリングの距離がどんどん少なくなってきているので、せめて通勤くらいは自転車でと心掛けてはいるものの、通勤距離はたった4km。今の時期、寒さで縮こまった身体で幹線道路をハァハァ頑張るのは年寄りには毒です。

なので、例年冬の3ヶ月は電車の定期を買ってしまうのですが、この冬は新たなアシを導入しました。

110ccのカブです。”新た”と言いましても2016年製、走行距離6,000kmの中古です。

 

ホンダ・スーパーカブは2012年から中国で生産されていましたが、昨年からまた生産拠点が熊本工場に戻っており、外観もファンの多い以前の丸目タイプに変更されました。

国内生産に戻ったと言いましてもパーツ類の多くはアジアの国々に生産を依存している状況は変わりません。 もちろん組み上げの精度でバイクの信頼性は変わりますが、なにせ基本設計からウルトラスーパーにタフなカブのこと、どこで生産しようが私がヨボヨボになるくらいまで活躍してくれることは間違いありません。 ということで、あえて角目の中国生産モデルを選択しました。

 

じつは以前から、街でまれに見かけるまっ黒の角目のカブが気になっていました。「あそこをあーしてこーして・・・」なんてカスタムの妄想をふくらませていたのです。 そこで今回、中古オートバイの検索サイト「グーバイク」で探しましたが、黒の角目は一都六県で5台しかヒットしませんでした。 人と同じ物を持つのが好きではない私には個体数が少ないことは願ったり叶ったり。ウシシです(≧▽≦) 

価格と程度で選んだ個体は佐島マリーナ近くのお店でした。さっそく注文して、暮れも押し詰まった頃に納車。

逗子までは湘南新宿ライナーで。そこからはローカルなバスで30分。湘南の海を見ながらウトウトし始めた頃に到着しました。

 

対面した愛車の程度は想像以上。良い買い物でした。 次男の愛車だった一代目の50ccのカブと比べると排気量は倍以上なので、加速は段違い。帰り道の国道16号や1号では、右側車線でも車の流れを余裕でリード出来ました。

 

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これが納車時の状態。

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そしてこちらが現在の状態です。

換装箇所はバックミラー、フロントバッグ(雨ガッパ用)、モリワキマフラー、オリジナルステッカー、リアトランクです。

きほん通勤用ですのでルックスよりも実用重視で。とは言えマフラー換えちゃったので燃費は60km/lを少し下回るようになってしまいましたが(^^;

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色がぴったりだったので、2004年に高円寺のライブハウス「JIRIKICHI」の30周年記念日比谷野音コンサートでもらったシェクターのステッカーも。

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現在の自宅ガレージ。左端は私のカブと1日ちがいで納車になった長男の2019年型NINJA400。右端は次男のSR400。

次男のレガシィはマフラーが換装されており、とてもここで始動できる音量ではありませんので他所に駐車場を借りさせました(^^;

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オマケで初代カブの写真。スタッフ女史のお宅にドナドナされて行き、今も息子さんの通勤用バイクとして活躍しています。

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「やし酒飲み」を読み、ブルース映画を2本。あと同窓会!

  • 2019.01.16 Wednesday
  • 17:53

 

日曜日、本来は週に一度のサイクリングの日なのですが、こないだの日曜は夕方の早い時間から鍼灸専門学校時代の同窓会が予定されていたのでお休み。 その代わりすこし早めに家を出て、映画を観ることにしました。

 

映画は、元旦に「サイドマン スターを輝かせた男たち」(邦題)を観たときに次回上映のポスターを見てそそられた「I AM THE BLUES」と「約束の地、メンフィス」の2本連続上映。 コテコテのブルース映画です。 どちらも以前に公開された映画ですが、音楽の映画ですしDVDで観るのもねえ(^^;

 

W.Cハンディによってブルースという音楽が発見されたのは、1903年ミシシッピー州のタトワイラー駅だったとされています。「I AM THE BLUES」は、そのタトワイラーにあるジュークジョイント(黒人専用安酒場)に集う、年老いたブルースマンたちの昔話や即興のセッション。2017年に83歳にして初めてグラミー賞の最優秀トラディショナル・ブルース・アルバムを獲った現役ブルースマン、ボビー・ラッシュの日常に密着したインタビュー。あと往年のブルースマンたちの同窓会的セッションの様子などで構成されており、とても味わい深い映画でした。 撮影のあと封切り前に亡くなったミュージシャンが何人も、、R.I.P

 

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「約束の地、メンフィス」は、メンフィスにあったソウルミュージックのレーベル、スタックス・レコードに所属した往年のビッグネームたちと、ヒップホップなどで活躍しながらも地元の大先輩たちへのリスペクトを忘れない若いミュージシャンたちのセッションの様子が中心です。こちらもいい映画でした。メイヴィス・ステイプルズがかっこ良かったなあ。

 

 

 

 

 

映画に向かう電車の中では、エイモス・チュツオーラの「やし酒飲み」を読了しました。 1952年に出版されてアフリカ文学を世に知らしめた作品です。 ヨルバ人の伝承に基づいたアフリカ的マジック・リアリズムの傑作と言われる本書ですが、これはヤバいやつでした。 ぶっ飛んだ感覚で書かれた小説はわりと好物な私ですが、これはかなりしんどかった。 どうやって感じればいいのか分からなかったので人さまの書評を読んでもみましたが、どれもこねくり回した理屈をひねくり回したものばかり。 やっと腑に落ちた書評は朱雀正道さんのものでした。

「チヌア・アチェベやベン・オクリを知性と自意識、表現の戦略をそなえた岡本太郎に喩えるならば、対するチュツオーラはいわばジミー大西である。すなわち天然であり、自分のやっている表現が社会的にいかなる意味をそなえているかに対する考察も自意識などなにもない、ただひたすらあらかじめ爆発しているのである。」

納得でした。 私はジミーちゃんは大好きですが、174頁にわたって彼の芸術と向き合うのはキツかった(^^;

 

 

冒頭に書いたようにこの日の〆は同窓会。 私たちのクラスは当時からみんな兄弟みたいでプライベートでもとても仲良しでした。 卒業してから30年ちかく経つのにノリは当時のまま。 楽しかったなあ。またやろうね(^^)

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元旦に映画館って何十年ぶりだろう

  • 2019.01.03 Thursday
  • 14:50

 

あけましておめでとうございます。

いっこ前のお正月もそうでしたが、今年もおだやかなお天気が続いていいお正月になりましたね。

 

さて、子どもたちもすっかり大人になってしまったわが家では、家族それぞれが好きなように過ごすスタイル。 私はといえば元旦には遅寝してベッドの中からリモコンをゴソゴソ。ニューイヤー駅伝のチャンネルを探したあと、スマホの通知を確認して初めて今日が自分の誕生日だったことを思い出しました。 フェイスブックで最初に誕生日のお祝いメッセージをくれたのは、日本でいちばん好きなブルースギタリストの方。 これは何かのサインだと虫が知らせました。というのも、暮れのうちから観たい映画リストに入れていた「SIDE MEN」はコテコテのブルース映画。 どうやらこれを観に行けという天の思し召しにちがいない(≧▽≦)

 

映画はブルースの巨人、マディ・ウォーターズのバンドでピアノを弾いたパイントップ・パーキンスとドラムのウィリー”ビッグアイズ”スミス。 あとハウリン・ウルフのバンドのギタリスト、ヒューバート・サムリンの3人の彼ら自身による回想と、キース・リチャードやグレッグ・オールマンなど、彼らを敬愛する現役ミュージシャンたちの感謝の気持ちがこもったインタビューで構成されています。

 

ブルースがもとになって生まれたロックやポップスに大きな影響を与えた彼らですが、80年代に入るとブルースは過去の物として忘れ去られます。 たちまち彼らの生活は苦しくなり、生きる意味をも見失いそうになります。 しかしブルースを必要とする時代は繰り返しおとずれるわけで、2000年代に入るとまたまた若いミュージシャンたちがブルースマナーを取り入れた音楽を発信するようになります。 そして2011年のグラミー賞ではパイントップとビッグアイズのアルバムがトラディショナル・ブルース部門で表彰されることに。 ずっとサイドマンで日の目を見ることのなかったパイントップは受賞したその年に97才で亡くなってしまうわけですが、亡くなる直前に撮られたと思われるインタビューは、サイドマンらしくおだやかな物腰でありながら、端々に皮肉と誇りが伺える味わい深いものでした。

 

ブルースは音楽的には素朴きわまりなく、それほど発展の余地はないのかも知れません。 しかし、楽曲としての完成度よりもパフォーマー自身の呪術師的な魅力が表現されるのがブルース。 聴く者の身体を揺すり、陶酔の世界へ誘います。

おそらくいつの時代もこの呪術的なサインを感じることができる者が一定数存在するので、ブルースはこの世から消えてなくなることはないでしょう。まるで亡霊のように(^_^;

 

ミシシッピデルタのプランテーションでの重労働など、過酷な少年時代を過ごしたパイントップの皺だらけの顔を見ながら、本編の中の「生き残った者がブルースを歌うのだ」という言葉を思い出しました。

 

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