『ヒトは「いじめ」をやめられない』を読みました。

  • 2020.07.27 Monday
  • 12:03

 

テレビのバラエティ番組でときどき見かける、脳科学者の中野信子さん。頭の良い人にはめずらしく、人を見下ろすようなところがない素敵な人だなと感じていました。

 

先日何かの調べものをしていた折に、彼女の書いた『ヒトは「いじめ」をやめられない』という本がオススメに出てきたので、読んでみることにしました。以前から”いじめ”の根底には、あらかじめ脳に設定された構造的な問題があるのだろうな、ということは感じていましたが、それを分かりやすく解説してくれてあり、腑に落ちるところが多々ありました。

 

集団社会では、その集団を守るために、逸脱者を排除あるいは制裁しようとする傾向があります。その行為は利他的懲罰であり、ヒトの種としての存続を有利にしてきたと考えられていますが、ともすると過剰な制裁(オーバーサンクション)につながりやすい面も。いじめの対象になりやすいのは、身体が小さい、あるいは弱い、太っている、行動や反応が遅い、空気が読めないなど、身体的・あるいは性質的に他の人と少し違った特徴を持っている人。このような人はとくに集団維持に問題を起こすわけではないのに、異質な者・逸脱者と認識されてしまうことがあるのです。また、いじめる側がリベンジを受けるリスクが小さいことも、いじめの対象に選ばれやすい理由になっているようです。

 

いじめを過激化させる要因には、いくつかの脳内ホルモンが関わっている可能性があるとも書かれていました。

愛情ホルモンとも呼ばれるオキシトシンのはたらきの二面性。安心ホルモンであるセロトニンの不足による問題。異質な者を排除する行動が正しい行いだという認識から放出されるドーパミン(快楽物質)の作用。これらの問題が、いじめる側の脳内で複雑に絡み合って、いじめを過激化させているようです。

 

なかでも、愛情ホルモン・オキシトシンは、愛する人や仲間と認識している人と居るときに大きな幸福感をもたらしますが、それ以外の者に対しては排外感情を高めてしまう側面も持ち合わせています。仲間と認識していても、その仲間意識が強化され、規範意識が強くなりすぎると、かえってサンクションが起こりやすい環境が整ってしまうのです。団結がいじめを生む、愛情が強いほど攻撃的になる。認めにくいことではありますが、これが現実です。

 

ほかにも、いじめにつながる脳内のメカニズムについていろいろ解説してありましたが、結論としては人間がいじめを根絶することは不可能であろうということでした。とは言え、少しでもいじめを回避するための方策もいくつか提案されていました。中でもインパクトがあったのは学校内への監視カメラの設置でした。

先進国の中ではとくにいじめが多いとされる英国では、全中学校の9割に監視カメラが設置されたそうです。設置場所はいじめが起こりやすい「教室」「トイレ」「更衣室」など。これらの空間はある意味密室です。人は誰にも見られていないとか、自分が特定されないという条件がある場合、倫理的に正しくないことをする確率が高まります。これが「匿名化によるルシファー・エフェクト」です。ふつうの人が一瞬で悪魔=ルシファーのようになってしまう心理学の実験からそう呼ばれるようになりました。

 

たしかに、監視カメラは効果的だと思います。ただ、子供は清らかな心を持った天使でいて欲しいという大人の願望。教育・指導の監視に対する教員側の抵抗。カメラが設置されたことによる、いじめの巧妙化や陰湿化の懸念など、ちょっと考えただけでも設置を妨げる要因がいくつも浮かびます。「学校に対して、きれいで正しくあることを求めすぎるために、かえっていろいろな歪みが生まれてしまっているように見える。学校はもっと立体的に人間の在り方を学ぶ場であって良いのではないか。」というのが筆者の意見でした。

ある時期、警察によって繁華街にたくさんの監視カメラが設置されるようになったとき、市民活動家やマスコミからは「プライバシーの侵害だ」と批判されました。しかし、その後たしかに防犯効果は上がり、最近では批判の声は聞こえなくなったように思います。

 

私も学校への監視カメラ設置の是非について考えてみましたが、結論は出ませんでした。ただ、このことについては、自分の子供が被害者や加害者、あるいは傍観者でなくても、みんなで考えてもっと議論されるべき事案だと思います。

 

 

 

 

 

 

コメント
ヒトは「いじめをやめられない」ものであることを、脳内ホルモンの動きによって解説されているとのこと。「さもありなん」と思いました。しかし私は以前に較べると家族や他人に対して、怒りを感ずる度合いが減って来たように思っておりましたが、それは長年月の修養の結果ではなくて、加齢によるホルモン分泌の涸渇に過ぎないのか?と、軽い落胆を覚えた次第です。ただし歴史上有名な名僧高僧の方々は、旺盛なホルモン分泌を持続しつつも、世俗的な怒りの感情を他人に悟られぬよう演技する能力を磨かれていたのだ!と想像しています。では。
  • 山野隆康
  • 2020/07/27 10:23 PM
山野さま
怒りは身体的・精神的に”危険にさらされた”と感じたに起きると言われています。危険にさらされる対象、すなわち生や自尊心に執着がなければ怒りの感情は起こらないはず。それが”悟りの境地”かと考えます。山野さんはもう悟られたのかと。悟りに向かう人生、俗世に執着する人生、ちょうど私くらいの年齢が分岐点であるような気がしてます。
  • 松本
  • 2020/07/28 9:54 AM
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