映画「だってしょうがないじゃない」

  • 2020.06.10 Wednesday
  • 12:34

 

今年のはじめの頃、単館系映画好きの患者さまから薦めて頂いたのが、「だってしょうがないじゃない」という作品でした。。

自らADHD(注意欠陥多動性障害)の形質に苦しんでいた映画監督の坪田善史が、親戚のおじさんである広範性発達障害の「まことさん」との3年間にわたる交流を描いた作品です。

ただ、患者さまから教えて頂いたときにはもう各館とも上映が終了しており、残念ながら私は同作を観ることができませんでした。

ところが、先日その患者さまが久しぶりに来院され、コロナ禍の中で各映画館が通常営業できない中、ミニシアターの”ユジク阿佐ヶ谷”が「仮説の映画館」として同作をオンライン配信していると教えて下さったのです。

 

さっそく観てみました。

 

1957年生まれのまことさんは、中学を出てから職を転々としてきましたがどれも長くは続かず、20代の頃には最後の職業だった自衛官をやめて、以降は藤沢市辻堂の実家で40年間お母さんとふたりで暮らしてきました。そのお母さんが数年前に亡くなり、後見人となった叔母さんが彼の形質に気づいて精神科を受診して初めて広範性発達障害との診断を受け、障害年金や福祉の支援を受けられるようになりました。

 

彼とはそれほど近い縁ではない監督の坪田でしたが、まことさんの母の葬儀に参列した父から彼の存在を聞き、40才を過ぎて精神的な不調の苦しんでいた自分の生きるヒントを得ようと、まことさんに会いに行ったのがこの映画を撮るきっかけでした。

 

映画の冒頭、坪田がはじめてまことさん宅を訪れたとき、ふたりの距離感はまさしく初めて会う遠縁の親戚同士というビミョーなものでした。映像も坪田自身がスマホで撮ったプライベートな動画レベルのもの。しかしまことさんに会って、彼の中だけに流れる時間があり、彼だけに見える世界があることを知り、坪田はまことさんのもとを頻繁に訪れるようになります。もちろん映画監督として「これは作品として成立するな」という打算もあったでしょうが、まことさんに会うことが坪田にとって自分の人生を見つめ直すヒントになり、救いになっていったのです。まことさんにとっても坪田は色眼鏡なしに親身に話を聞いてくれる大切な友人となり、彼の訪問を心待ちにするようになりました。

 

まことさんのことは親戚の人々がいつも気にかけていますし、障害者基礎年金・相談支援専門員・掃除ヘルパー・買物ヘルパー・傾聴ボランティアなど、福祉やボランティアの助けもあって、どうにかひとりで暮らせてはいます。しかし、風の強い日にポリ袋をいくつも飛ばして、その動きを楽しんでいるうちに近所から苦情を受けたり、玄関先でマッチを擦ったときの火がおもしろくて何本も燃やしていることで周りをハラハラさせたり。身内やご近所からすれば心配なことが多いのも事実です。そして、坪田がまことさんの元を訪れるようになって3年目、土地の権利の問題で独居を続けていくことが難しくなり、ついに施設へ入居する相談を始めざるを得なくなりました。

 

映画では、まことさんの日常の大変さに寄り添いすぎて観客が少しつらい気持ちになりかけると、効果的なタイミングでちょっと調子っぱずれなトロンボーンのソロが流れて、気持ちがほっこりします。

 

 

発達障害の勉強をするにつれ、自分自身にも符号する要素が多いことに気づいた私は、発達障害児の音楽療法サークルを主宰されている患者さまにそのことを話したところ、「え!先生今ごろ気がついたの?」との反応。学生時代の先輩で、同じく発達障害児の施設を運営する方にも同じことを言われました。精神科を受診したわけではありませんが、ほぼほぼADHDでビンゴだと思っています。

振り返ってみると、たしかに子どもの頃から健常者のコミュニティの中ではちょっと”浮く”こともしばしばでした。しかし形質はそれほど強いものではなく、成長とともに発現が穏やかになって行ったこともあって、少しの生きにくさを感じつつも一般社会に受け入れてい頂いてどうにかここまで過ごして来れました。ほんとうにありがたいことです。

 

坪田はインタビューで「発達障害自体が、生活に支障をきたせば障害です。それが個性としてとらえられる部分もある。障害をひとつの特性、個性として、今まで自分がやってきた表現行為につなげて、オリジナルの世界観をつくっていきたい」と話しています。

私自身も、自分に固有の視点が存在することを感じています。この先も「ちょっと変わった人」としての人生を楽しんで行きたいと思っています。

 

最後に、評価の高かった坪田の前作「シェル・コレクター」に主演した俳優のリリー・フランキーが、この「だってしょうがないじゃない」に寄せたコメントが心に残ったのでそのまま引用させて頂きます。

「幸福というものを求めて、前に前にと歩んできた僕らは、もしかしたらとっくにその場所を通り過ぎていたのかもしれない。この映画を観て、何故だかそう思った。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
「だってしょうがないじゃない」と冒頭で読まされた瞬間、「仕様がない」「他に良い手段がない」「やむを得ない」と言った状況から、自分が逃れなくなったとき、俺はどうやって過ごして来たんだろう?と反省させられました。障害を持つ方との、直接の関わりを持ったことは有りませんが、子供の頃親達が困り顔で、色々取り沙汰していたのを何度も記憶しております。国や自治体の財政支出を基本に、各種の福祉事業が行われている今日と違って、昔は障害を持つ方々の平均寿命が、明らかに短かかったように想像しています。では。
  • 山野隆康
  • 2020/06/10 3:17 PM
山野さま
親御さんが気を揉まれたのも納得、私の中では山野さんもりっぱな形質仲間の候補です(≧▽≦)
坪田が言うように、多少の形質があっても山野さんや私のように、いわゆる普通の生活が出来ていれば障害のうちには入らないと思っています。ただ、今まで感じていた生きづらさの原因のひとつが脳の構造にあると知れたことは、自分にとってひとつの救いになりました。
  • 松本
  • 2020/06/10 5:28 PM
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