2回目でもやっぱり刺激的だわプノンペン(初日)

  • 2019.12.23 Monday
  • 12:37

 

2年ぶりにカンボジアを旅して来ました。

前回は深夜0時発という紛らわしい時間の飛行機を予約してしまったものですから、うっかり出発日をまちがえてしまい、深夜に羽田からトボトボ帰宅という羽目に。しかしどうしても行ってみたい気持ちが抑えきれずその1ヶ月後に執念でこの地にたどり着いたのでした。

前回の旅日記はこちら→http://blog.matsumoto-sekkotsu.com/?eid=333

 

もう、そうそう海外旅行することもないだろうと思っていましたが、この夏のある日、クレジットカード会社から利用明細が届いた際に何年ぶりかでポイント残高を確認してみたところ、なんとマイルに変換すれば余裕でプノンペン往復の飛行機代が出るではありませんか! そうなるともう気はそぞろ、さっさと乾季に入る12月の飛行機を予約してしまいました。

 

前回はロードバイクを持参して、家人が勤務していたNPOが運営する孤児院や、その途中にあるリハビリ病院や小学校の授業風景を見学したり、トゥールスレン(虐殺博物館)やキリングフィールドなど内戦時代の爪痕を訪れたりと、おもにお勉強的目的の旅でした。生きる意味を考える上でとても意味のある旅になりましたが、やはりメンタルはかなり削られましたので、今回は純粋に楽しむための旅にする予定。

 

飛行機は往復とも前回と同じ便で、席も往復同じ31ーGを予約しました。なにせ掛布ファンなもので(^^;

 

 

プノンペン国際空港には、上記のNPOの現地スタッフだったPinさんが迎えに来てくれていました。彼は今は自営のトゥクトゥク(バイクタクシー)のドライバーに転職していたのです。前回は持参した自転車を空港前で組み立てて走り出し、ほとんどの行程をひとりで過ごしましたが、今回はPinさんのアテンドでよりカンボジア

 

まずは、彼が懇意にしている自転車屋さんへ翌日のサイクリングに使うMTBを借りに行きました。そのショップがあるのはメコン川の対岸。乗船時間10分ほどのフェリーで渡ります。

ここで私は偶然2年前に果たせなかったある目的を果たすことになります。それはおばちゃんが頭に載せている”クロラン”を食べること。じつはこのクロラン、アンコールワットがあるシェムリアップあたりの名物でプノンペンで見かけたことはありません。

前回、当初の計画ではシェムリアップからプノンペンまでの約300kmをサイクリングして、途中の補給でこいつを食べるつもりだったのです。けっきょく再出発の旅程ではシェムリアップには行けませんでした。今回もプノンペン以北に行く予定はありませんでしたので、まさか出会えるとは!

 

 

 

クロランは、もち米、小豆、ココナッツミルクを竹筒に入れて真っ黒になるまで焼いて中身を蒸しあげた食べ物。焼いた後の外皮はあらかじめ剥がしてくれてありますので、てっぺんのフタ役の葉っぱをポイして薄皮を大まかに手で剥がしながらかじります。3000リエルでしたから75円くらい。素朴ですがとてもおいしい、というか、感慨が深すぎて味覚以外のところで味わってしまった気がします。

 

 

 

 

 

プノンペンの対岸カンダールからの夕焼け。

 

 


そしてそれを眺めてた美人さん。カメラに気づくと「あらひゃだ〜!♡」なリアクションいただきました。カンボジアの女性たちは若くてもご年配でも、表情や対応がとてもチャーミングです。

 

 

 

 

自転車屋さんの坊や。 まぁ元気! 店に"ガイジン"来てテンション上がってマス(^^;

GIANTのMTBが2日間のレンタルで12ドル。安っ! ひょっとしたらこの日は夕方からのレンタルだったので、オマケしてくれたのかも。

 

 

 

 

さっきクロランを食べたばかりなので夕食は軽めに。 トリップアドバイザーで評価の高かった「David's Noodles」へ向かいました。

 

 

 

店頭で若いあんちゃんがバッシバシに打った麺は沖縄そばっぽい食感と風味。しかしカンボジアのスープは何を食べてもほんとに美味しい。ハーブの使い方が絶妙なんだよなあ。

 

 

 

 

 

明日はMTBサイクリングで4:30起きなので、21時には夢の国でした。

 

 

2日めに続きます〜。

 

 

 

 

 

コメント
マイレージで交通費が賄えるので出掛けたという院長どの。やはり非日常を追い求める気持ちが常に溢れているのですね。4枚目の写真(夕焼け)をじーっと拝見している私の頭に先ず浮かんだのは、小説「浮雲(林芙美子)」でした。しかし調べてみると、その舞台は同じ仏印の領内でもハノイ(ベトナム)でした。子供の頃憧れた事のある山田長政の舞台はシャム(現在のタイ)で、これは仏印の外側。結局ポルトガル人が日本へ持ち込んだ「カンボジアの瓜」を「カボチャ瓜」遂には略して「カボチャ(南瓜)」にしてしまった故事だけしかプノンペンに結びつくものは有りませんでした。なお私は読んでいませんが、「天皇陛下乙夜の覧」と大書された分厚い著書「アンコールワット」なる紀行文が、敗戦直後の我が家に急遽持ち込まれていた件も、プノンペン絡みとして付記致しておきます。
  • 山野隆康
  • 2019/12/23 4:44 PM
山野さま
インドシナの国々はどこもエキゾチックなイメージが先に立ってしまいますが、カンボジアなどは訪れてみるとわりと日本人と近いものを感じます。
「乙夜の覧」という言葉は初めて知りました(^^)
  • 松本
  • 2019/12/24 11:12 AM
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