早すぎたチームメイトの死

  • 2019.10.28 Monday
  • 17:41

 

自転車チームの仲間が40代半ばで召されました。

 

彼が最初に咳による胸部の疲労で来院したのは3年前の秋のこと。

何件かの病院で検査してもらったものの、咳の原因はなかなか特定されませんでした。 その後長く闘病生活を送ることになる相模原の総合病院で肺がんの診断が確定したのは翌年の6月。 その間にも、絶え間ない咳による胸の痛みを訴えて何度も当院へ治療を受けに来てくれました。 何件もの総合病院での検査で心配な病気が除外されているという思い込みから、半年ちかくの間漫然と対症的な治療に終始してしまい、けっきょく不穏な気配を察知してあげられなかったことが悔やまれます。

 

病名が確定しないうちは、繊細なところもある彼のメンタルに由来する症状ではないかと疑うこともありました。 闘病中の彼の頑張りを考えると、天国に向けて何度でも謝りたい気持ちです。

 

彼が奥さんと共に我らがモンテラックに加入したのは、たしか2013年頃。 古参のメンバーの自転車熱があやしくなって来たタイミングで、あきれるほどの自転車熱とチーム愛を持つ彼が加入してくれたおかげで、チームに活気が戻りました

 

彼はとても家族を大切にする人でした。 ひとり息子を含む彼ら家族とは、ヒルクライム・レースや山岳サイクリング、あるいはペンション・モンテラックへのお泊りツーリングなどで、何度も楽しい時間を一緒に過ごしました。 もともとうらやましいほど仲の良かった家族ですので、彼の亡きあともやさしくてタフな奥さんと、だんだん頼もしくなってきた息子で支え合って、しっかり生きて行けると確信しています。 とは言え、お通夜の御焼香の際に母子に黙礼したときには、こちらがこらえきれずに涙があふれてしまいました。

 

まもなく還暦を迎える私自身はもう十分人生を楽しみましたので、人間という縛りから解放されて宇宙と同化できる瞬間を心待ちにしています。しかしそんな風に気持ちが変化したのはここ数年のこと。 彼の年齢の頃には石にかじりついても生きていたいと思っていました。 何度か病院へお見舞いに伺った際には、身体は消耗して行きつつも家族のため、自分のために生き続けることへの強い執着が伝わって来ました。 明るく振舞ってはくれるものの、「夜には泣けちゃうこともあるんじゃないの?」と問いかけると「そりゃ泣けますよ〜」と笑いながら答えてくれましたっけ。

 

我がチームのジャージはまぁまぁ派手め。レース会場では映えますが、今はもうのんびりサイクリングしかしない私にはちょっとオーバースペック(?)です。 なのでここのところはあまり着ていませんでした。 しかし、昨日の日曜日にはちゃんとチームジャージを着て、彼も走った名栗みちを追悼サイクリングして来ました。

チームジャージ、次回のオーダーからは彼のことを象徴する何かがプラスされたデザインになるとのこと。 チームジャージを着てお棺に入るほどチームのことが大好きだった彼の思いを乗せて、これからもみんなと一緒に走り続けたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

コメント
若いお方の悲しいお知らせ、誠にお気の毒に思います。心からご冥福をお祈り申し上げます。合掌。
  • 山野隆康
  • 2019/10/29 7:08 AM
山野さま
ほんとうに残念な気持ちでいっぱいです。
今日は山野さんが頑張る日ですね。またいつも通り元気に来院される日を心待ちにしております。
  • 松本
  • 2019/10/29 9:36 AM
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