「ペドロ・パラモ」を読みました

  • 2019.02.14 Thursday
  • 11:56

 

先ごろガブリエル・ガルシア=マルケスの「百年の孤独」を読んで以来、マジック・リアリズム沼から抜け出せないで居ます。

今回読んだのは、フアン・ルルフォの「ペドロ・パラモ」。 初版は1955年に出版され、上記のガルシア=マルケスにも大きな影響を与えたマジック・リアリズムの名著です。

 

ある男が、母の死に際の言葉をきっかけに、顔を見たこともない父親のペドロ・パラモに会うため、ゴーストタウンのコマラを訪れます。 そこは ”ひそかなささめきに包まれた死者ばかりの町” でした。

物語はそのペドロ・パラモの人生を中心に進むのですが、まぁこの人が絵に描いたような悪党で、人殺しや裏切りは日常茶飯事。むちゃくちゃな言いがかりをつけて他人の土地を巻き上げるわ、手当たり次第に女性に手をつけるわ。 ただそんな彼がある一人の女性には純粋な愛を貫くのです(その女性は父親と近親相姦関係)。 妻となったその女性は精神を病んでおり、ペドロの見守るなかで息絶えます。 そして彼自身も金を無心に来た息子のひとりに殺されるのですが、精神的には妻とともに死んだも同然の彼の死は、とても淡々としたものでした。

なにしろ救いのないストーリーです。 しかし、メキシコ人にとってこの小説は自分たちを語る上でとても重要な意味を持つのだそうです。

 

メキシコはスペインの植民地時代が終わったあとも、独立戦争、ディアス独裁、メキシコ革命ときびしい時代が続きました。 ルルフォが少年時代を送ったのも、まさにメキシコ革命の真っ只中。 死は身近なものであり、人間の本性を見ながら成長したことでしょう。

ルルフォ自身も自らの境遇について 「父は山賊に殺された。伯父も殺され、祖父は足の親指から逆さ吊りにされて指を駄目にしてしまった。とにかく暴力がすさまじくて、たいがいの者は若死にした」 と語っています。 父親が殺されたときルルフォは7歳。母親も数年後には亡くなり、その後は孤児院へ。

 

自分を取り巻く殺伐とした環境の中でルルフォは、生きている者とのコミュニケーションは困難を極めるが、死者には自分の言葉がスムーズに届くということに気づきます。 作品中にも生者と死者の会話や死者同士の会話があたりまえのように出てくるのですが、そこに馴染めない読者は読み進むのがつらくなるかもしれません。

もうひとつ、読者を混乱させるのがこの小説の特殊な手法。 全体が70もの断片からなっているのですが、互いに関連しあう断片同士が網状に絡み合ってやっと全体像が見えてくるというもの。

「ペドロ・パラモ」もほかのマジック・リアリズムの作品と同じでストーリーよりも、作品全体に流れる空気感を感じるのがキモなのだと思います。

 

ノーベル文学賞を受賞したメキシコの詩人オクタビオ・パスは 「メキシコ人は、ぼんやりとでも、自分の中に消しがたい”しみ”を隠している。自分自身を全面的に肯定できない傷、暗さを抱えているのだ。それは、大多数の先住民が少数のスペイン人に犯され、隷属させられ ”メキシコ人” を名乗らざるを得なかった運命から来ている。自分たちのアイデンティティは ”犯された女の子供たち” であり、恨む相手も敵も自分たちの中にいる。だから、楽天的にあっけらかんとは自己肯定できない」 と言っています。

 

そういえば、私の好きなイニャリトゥ(メキシコ人)の映画などでも、全体を覆ううっすらとした影のようなものを感じます。 現世で救いを求めることに対する絶望感というか、、

 

オクタビオ・パスはメキシコ人の死生観についてはこう語っています。「ニューヨーク、パリ、あるいはロンドンの市民にとって、死は唇を焦がすからと決して口にしない言葉である。反対にメキシコ人は、死としばしば出合い、死をちゃかし、かわいがり、死と一緒に眠り、そして祀る。それは彼らが大好きな玩具の一つであり、最も長続きする愛である。もどかしさ、軽蔑、あるいは皮肉をこめて、死を正面から見つめるのである。」

 

アステカ時代からの輪廻転生の考え方に加えて、長い年月にわたる戦乱の時代がメキシコ人の死生観を形作っていったのでしょう。

 

ぬるい時代を生きる私たちはいくらでも考える時間があるのに、なるべく生きることや死ぬことの意味を考えないようにして過ごす傾向。 しかし、きびしい時代を生きる人たちは、いやでもそれを肌で感じてしまうんでしょうね。 世界の中ではいまだにそんな時代の真っ只中にいる人々も多いのですが、もちろん彼らはまだ振り返って何かのかたちとして残す余裕もないことでしょう。 民族としての宿命を背負った上に長い戦乱を経験し、薄いベールのような憂いとともに今を生きる南米やメキシコの人々。 ちょっと会いに行ってみたくなりました。

 

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コメント
院長どのを魅了して止まない「ペドロ・パラモ」。死者ばかりの町、救いのないストーリー、それらの根源に、コロンブスによって発見(1492)された先住民たちの苦難の歴史が有るとのこと。その当時のスペイン軍と先住民たちの戦闘力には、埋めようの無い格差が有ったわけですが・・。我が国では織田信長が産まれる少しまえの時代ですね。西暦552年に仏教が伝来し、蒙古襲来が有った1274年頃には、国家総動員に近い安全保障体制が出来ていた訳ですから・・。西部劇などで、画面が急にメキシコの地に変わった時、独特の暗さを感じさせられた記憶が有りますが、やはり先祖の時代からの因縁なのでしょうね。
  • 山野隆康
  • 2019/02/15 10:46 AM
山野さま
中南米に限らず、世界のあちこちには悲劇的な出来事が何度も繰り返された場所がありますよね。そして今このときにも、、
何が出来るわけではありませんが、何が起きているかを知ろうとする努力は続けていこうと思います。
  • 松本
  • 2019/02/15 5:19 PM
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