刺激的だわプノンペン♡ 3日め

  • 2018.02.02 Friday
  • 16:30

 

今日来院された患者さまに、「きのうのブログ長いよ」とツッコまれました。 ただ、このシリーズは自分用の旅の記録でもあるのでどうかご容赦くださいませ。 じつは今回も長くなります(^^;

 

きのうの朝はトロピカルな鳥たちの声で目覚めたのですが、この日は5時前から窓を打ち始めた雷雨にたたき起こされました。

もっとも今日は自転車はなし。トゥクトゥクドライバーに乗せてもらってあちこち見学に行きます。

バイクの3人乗りはふつう。子どもにもちゃんとヘルメットを被せてる人はめずらしいかも。

 

 

 

 

日本で使い倒されたあとも、こんなところで活躍を待つ”郵政カブ”。 

 

 

ご存知、世界のトップブランド「Keweseki」いや、よく見ると「Kewesekl」でした(≧▽≦)

なぜこんな中古バイク屋街に来たかというと、このあたりにトゥクトゥクドライバーのロイのお気に入りの弁当屋があるらしいのです。 彼はこのあともお腹が空くと勝手に寄り道を繰り返します(^^;

 

 

 

 

 

この日、最初の目的地は「アプサラ・アート・アソシエーション」。 カンボジアの伝統舞踊、アプサラ・ダンスの教室です。

ポル・ポト政権時代、伝統文化はすっかり破壊されてしまいました。 ここは内戦終結後に、貧困にあえぐ子どもたちの救済と伝統舞踊の復活を目指して立ち上げられたNGOです。

土曜日のこの日は7:30から練習が公開されるはずでしたが、門には鍵が締まっていました。 ロイが隙間からスルッと侵入して先生を連れて来てくれましたが、説明によると、たまたまこの日はアプサラ・ダンスのコンクールがある日だったようで、練習はお休みなのだとか。

残念ですが寄付だけして失礼しました。それにしてもさすが先生。立ち姿が美しかった。

 

”AAA” についてご興味のある方は↓をご覧になって下さいね(^_-)

http://apsaraaaa.web.fc2.com/

 


 

 

 

次なる目的地は「トゥール・スレン」。「S21」とも呼ばれ、ポル・ポト政権時代に極秘とされていた拷問・虐殺の機関をそのまま保存してある博物館です。

猜疑心の強かったポル・ポトは、彼の原始共産主義政権に敵なす可能性のある知識人たちをここに集めては拷問・虐殺を繰り返していました。

おもに密告によって逮捕され、収容された人の数は2万人とも言われています。そのうち生還できた人は7人だけ。

収容された人のほとんどは”濡れ衣”で、「外国語がしゃべれる」「メガネをかけている」「手がやわらかい」が逮捕の基準だったのだとか。

 

もともと”リセ”(エリートのための中等教育の学校)だった建物を拷問用に改造して使用していたようで、子どもたちがロープ上りで遊んでいたこの遊具は、逆さ吊りで頭を水に浸ける拷問具として使われていたそうです。

向こうに見えるA棟には、各部屋の中央ににマットレスを取り外されたベッドが1台ポツンと置いてあり、被尋問者を固定するための金具とともに錆びるにまかせて保存されています。 それぞれの部屋の壁にはベトナム軍が踏み込んだときにベッドに放置されていた、人のかたちを留めない遺体の写真が、、

 

 

 

 

 

上にも書いた通り、ここに収容されて生きのびた人は7人だけ。 職業が芸術家ということで、所長の”ドッチ”から「使い道があるかも知れないから生かしておけ」と処刑されなかったBou Mengさんはそのうちの1人。 当時のトゥール・スレンの状況を伝える絵を見たことがある人もいらっしゃるかと思いますが、おそらくそれは彼の手によるものです。 歴史を繰り返させないための使命感からなのか、サバイバーズ・ギルティによるものなのか、いずれにせよ毎朝ここに来るのはきっとつらいことでしょう。

写真は拷問による背中の傷を見せてくれているところ。

 

以前、ブログの題材にしたヴィクトール・E・フランクルの「夜と霧」では、ナチスの収容所などでも、サディスティックな形質が濃い個体がしかるべき部署にスカウトされるようだ、と書いてありました。 おそらくどこの国にも同じ形質の人間は一定数存在するのですが、「類は友を呼ぶ」で、必要とされれば同じ形質はあっという間に集まってくるのでしょう。 おとろしや(◎_◎;)

 

 

 

 

 

トゥール・スレンで刑が確定した受刑者は郊外のチューン・エックにある処刑場、いわゆる「キリング・フィールド」に連れて来られます。ここが今日の最後の目的地。

 

写真は女性や子どもが処刑された場所。

 

 

その東屋の横にある「キリング・ツリー」と呼ばれる木。 裸にした母親を処刑する前に、彼女たちの目の前で、子どもの両足を持った兵士がこの木に頭を叩きつけて殺していたのだとか。 後年、木に埋まった歯や髪の毛から、その実態が明らかになったそうです。犯した罪の重さを母親に知らしめるためだったのでしょうが、何とも、、

 

 

 

 

このような穴が無数に空いています。発見当時、この穴に埋められていた遺体の発するガスで地表は膨れ上がり、たいへんな悪臭が立ちこめていたそうです。

 

 

 

慰霊棟には発見された遺体の頭蓋骨が無数に安置さてています。

カンボジアにはこのようなキリング・フィールドが100ヵ所以上あるのだとか。

考えてみると一連の悲惨な出来事は、素朴でおだやかで真面目な国民性の国だからこそ起こったのではないかと思えてなりません。そんな皮肉は歴史のあちこちに散見されますもんね。

 

 

 

 

 

 

「キリング・フィールド」の駐車場で待っていてくれたロイは、おそらく蒼白だった私の顔を見て「Are You Happy?」と冗談をカマして来ました。そして帰りみち、頼みもしないのにパゴダ(仏塔のあるお寺)に寄ってくれたのです。彼なりの気配りなのでしょう。

師匠と問答する若い僧侶。まじめな顔して修行に励んでいるのかと思いきや、ちみジュース飲んでるやん、、

 

 

 

境内でたまたま見つけたタマリンドの木。じつは私がカンボジアに興味を持つきっかけになったのは、若い頃に’85年に公開された映画「キリング・フィールド」を見たことと、’91に書かれた池澤夏樹の「タマリンドの木」を読んだことでした。 どれだけこの木に逢いたかったことか。

ロイが「噛んでごらん」と若芽をちぎって渡してくれました。 かすかな刺激と爽やかに鼻に抜ける独特の香り。

実も食べてみたかったのですが、落ちていたやつは雨でグショグショ(>_<)

イケイケキャラなのに、寺院の中では帽子を取って僧侶に深々と頭を下げ手を合わせるロイ。 かわいいとこあるじゃん(^^)

 

 

 

 

 

渋滞でお子ちゃま爆睡中。

 

 

 

 

 

 

 

1時間ほどで渋滞を抜けてプノンペン市内に戻って来ました。あとはホテルで昼寝かな、なんて思っていたら、またロイが急停車。

途中でいろいろ話をしながら客の指向を読むのでしょう。 地雷被害者やポリオ後遺症、知的障害、視覚障害、難聴などの女性が裁縫技術を身につけて自立することを支援するNGOのお店に寄ってくれたのです。

店の奥には作業スペースがありました。みんな楽しそうに会話しながら作業していましたよ。

 

 

 

 

 

 

ロイと別れ、ホテルで30分ほど昼寝をしたあと、徒歩10分ほどの場所にあるセントラルマーケットへ。 ここでの目的はタマリンドの実を仕入れることと、タランチュラの唐揚げを食べること。

 

 

エビもカニもシャコも青みを帯びててフシギ。

 

 

 

 

見つけました、タマリンドの実。でも何かがちょっと違う気が。

 

 

この日はタランチュラ料理は作らなかったのだそう。がっかりしたような、ほっとしたような(^^;

 

 

 

 

マーケットをあとにして、リバーサイドに向けて歩いてみます。 ブラシ売りのあんちゃん。

 

 

 

結婚式? お葬式? よく分かりません(^^;

 

 

 

 

隣接する国立博物館と国立芸術大学の北側の通りは、通称”アートショップ・ストリート” 。 芸大の学生や先生の作品を売る店が並びます。 観光客向けに分かりやすくアンコールワットを描いたものが多く、とくに興味を引かれる作品には会えなかったかなー。

それでも、このモノクロの絵だけはちょっと気になって5分くらい眺めていました。 ほんとは載せてはいけないんでしょうけどゴメンナサイ(^^;

 

 

 

店番の学生。

 

 

 

 

トンレサップ川沿いに整備された公園シソワット・キーに出ました。 右手下流でメコン川と合流するのが見えます。

 

 

 

 

 

歩き疲れたので、帰りはトゥクトゥクで。 左下のソラマメ状のが熟成したタマリンドの実。干し柿のような風味でした。 左上はご存知マンゴスチン。 そのとなりのアルマジロみたいのは、おそらくサラク(スネークフルーツ)だと思います。 これは皮がかたくてけっきょくギブしました。

 

 

 

夜はまたお向かいの「Romdeng」。 今日もおいしかった。黄色いのはパパイヤ♡

 

 

 

ホテルに戻るとロビーが騒がしい。 何かと思ったら、テレビでU-23アジア選手権のベトナム×ウズベキスタン戦が放映されており、ベトナムからのツアー客がほっぺに国旗を描いて応援していました。 惜しかったね!

 

明日はフェイスブック友達のPinさんと、南方のトンレバティにあるタ・プロームという遺跡まで往復80kmのサイクリングを予定していますが、天気予報ががが(;_:)

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
第三回報告が予感どおり連日の搭載となりました。当ブログが「著者自身の備忘録を兼ねる」旨の記述に、強い同感を覚えました(文筆業者とは異なる立場)。教育機関名にリセという語が残されているのですね。仏領インドシナの時代が長かったせいもありますが、文化的な影響力が、日韓関係のケースより遥かに強かったと、私は想像しています。「タマリンドの樹」で触れられているように理事長どのは、若いときから池澤夏樹の世界観に心酔してきました。折にふれ交わすご意見などに、コスモポリタニズムの匂いが少なからず有ります。海外への渡航回数の多寡とは別次元の話です。話題が少しずれてしまいましたが、悪しからず。
  • 山野隆康
  • 2018/02/03 5:54 AM
山野さま
そういえば山野さんのブログからも、ひょっとしたら自分に向けて書いていらっしゃるのかな?と思える空気がかんじられました。
実際に目にした風景や体験そのものの記録よりも、今このときの心象風景を記録しておきたいと思うのですが、文章能力が追いついていかずもどかしい気持ちです。
  • 松本
  • 2018/02/03 9:18 AM
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