夜と霧

  • 2017.11.23 Thursday
  • 17:42

 

両親の離婚後は父親と離れて暮らしていたボクサーの村田諒太。 ある試合の前に心が不安定になり、涙声で父親に電話したそうです。 そして父親は 「この本を読んでみなさい」 とひと言。 送られて来たのはヴィクトール・E・フランクルの 「夜と霧」 でした。 そしてこの本を読んだ村田は 「人生に意味を問うてはならない。人生からの問いかけにどう答えるかが大切なのだ」 という一節に救われたのだとか。


フランクルはユダヤ人の精神科医・心理学者です。 1942年8月から1945年4月までナチスの強制収容所に収容され、そのときの体験記をまとめたのがこの本。 名著としてタイトルは聞いたことがありましたが、なにしろ読まないうちから想像される内容の重さに押しつぶされてしまって、なかなか手に取る勇気が持てませんでした。 先日村田父子を特集したNHKスペシャルで上記のエピソードを聞いて、いよいよ読むしかないかと図書館で借りて来ました。

 

ナチスの非道さや被収容者の悲惨さを書いた本はほかにもありますが、フランクル自身が、苦悩に満ちた極限状態の収容所生活の中で確信するに至ったひとつの真理が書かれたこの本からは、私も強い衝撃を受けました。 アメリカで 「私の人生に最も影響を与えた本」 ベスト10に入ったり、読売新聞の 「読者の選ぶ21世紀に伝えるあの一冊」 で翻訳ドキュメント部門の3位に選ばれたりしたのもうなづけます。

 

私ごときがあれこれ批評するのもおこがましい内容なので、印象に残った文章をそのまま引用しちゃいます。

 

ドストエフスキー 「私が恐れるのはただひとつ、私が私の苦悩に値しない人間になることだ」 の引用から始まる一文。

※おおかたの被収容者を悩ませていたのは、収容所を生きしのぐことができるのか、という問いだった。 生きしのげないのならこの苦しみのすべてには意味がない、というわけだ。 しかし、私の心をさいなんでいたのは、これとは逆の問いだった。 すなわち、わたしたちを取り巻くこのすべての苦しみや死には意味があるのか、という問いだ。 もしも無意味だとしたら、収容所を生きしのぐことに意味などない。 抜け出せるかどうかに意味がある生など、その意味は偶然の僥倖に左右されるわけで、そんな生はもともと生きるに値しないのだから※

 

いやぁ、激しいですね。(*_*; 

フランクルは戦後、生きがいを見つけられずに悩む人たちに 「人生はどんな状況でも意味はある」 「生きる意味は自ら発見するものであり、苦しみは真実への案内役だ」 と説いたそうです。

 

もうひとつ。村田の心に響いたのがこのくだりです。

※「我々は人生から何を期待できるか」 ではなく 「人生が我々に何を期待しているか」。「私が人生の意味を問う」 のではなく 「私自身が人生から問われたもの」 として体験される。

生きることは日々、時々刻々問いかけてくる。 その問いは漠然としたものではなくとことん具体的である。 私たちは考え込んだり言辞を弄するのではなく、行動によって正しい答えを出し続けなければならない。 その正しい答えが人間を苦しめるのなら、人はその苦しみと向き合い、その苦しみに満ちた運命とともに全宇宙にたった一度、そしてふたつとないあり方で存在しているのだという意識にまで到達しなければならない※(←途中ちょっと端折りました。あと旧訳と新訳ごっちゃです)

 

ここで言う 「人生」 という言葉の中にはなんとなく 「神」 の存在が見え隠れしている気がします。 しかしこの ”具体的な” 状況の中に身を置いたフランクルは、宗教とは距離を置いたひとりの心理学者としての確信からこのような結論に至ったようです。

 

 

アイヌでは、大切なことを伝えるときに囲炉裏を囲みながら一晩かけて長い長い神話を聞かせるのだとか。 伝えたいことを直接的に言葉にするよりも、その話を聞いたときの言語化できない心の動きにこそ、本質的な理解が含まれているということだと思います。 村田のお父さんが息子にこの本を贈ったのも、きっとアイヌの長老と同じような意図があったのではないでしょうか。 そんな父親になりたいけど、なかなかねぇ(^^;

 

写真は在りし日のヴィクトール・E・フランクル。映画.comさんから拝借しました。

 

 

 

 

 

 

 

コメント
ナチスの強制収容所に入れられたフランクル氏が、3年余の苦役に耐え抜き、アメリカ軍によって解放されたとき、彼は40歳に達していたようです。そして「夜と霧」が出版されたのは1946年と報じられていますから、彼は出獄後1年足らずのうちにこれを書き上げたことになります。未読の私にコメントする資格は有りませんが、30歳台のうちに心理学者としての立ち位置を築き上げ、その目でアウシュビッツなどを観察していたからこそ、直ぐに出版出来たのだと思います。これは学者研究者として、誠に素晴らしいことだと思います。院長さん、啓蒙の書をご紹介頂き、有り難うございました。では。
  • 山野隆康
  • 2017/11/24 8:48 AM
山野さま
旧訳版は文体が硬いうえにショッキングな写真が掲載されているようです。出版社は若い世代にも読み継いでもらうために新訳版を出したのだとか。私は新訳版で読み、村田のエピソードのくだりの部分だけ旧訳版をひろい読みしました。ちなみに「マウトハウゼン強制収容所」で画像検索すると解放時のショッキングな写真がたくさんヒットします、、
山野さんの感想も聞かせてくださいね。
  • 松本
  • 2017/11/24 9:09 AM
この度私はNHK出版の諸富祥彦著「フランクル夜と霧」をひもといて見ました。「人生に意味を問うてはならない。人生からの問いかけに、どう答えるかが大切なのだ」。信仰の場での議論じゃなく、科学としての心理学〜精神医学上の主張です。実証と論理的推論に基づく、体系的整合性が求められる場での議論です。門外漢の私に上記の主張を解読出来る筈が有りません。しかし著者諸富氏に、自身の体験も加えて諄々と説かれると、やはり信じさせられてしまいそうです。それにしてもホロコーストという、凄絶な場を得て初めて主張の論証が可能になったのだとすれば、フランクル氏の科学者としての偉大さに打たれるだけでなく、私は人間というものの「業の深さ」に絶望しそうになるんですが・・・。
  • 山野隆康
  • 2018/01/14 4:00 PM
山野さま
諸富氏の著書のご紹介ありがとうございます(^^) 読んでみたいとは思うのですが、残念ながら長い期間この題材を考え続けられるほど私の心は強くありません(>_<)

そうは言っても、長い人生において人間の「業の深さ」をたくさん見て来たにもかかわらず、けっきょく絶望しなかった山野さんを見習っていきます!

  • 松本
  • 2018/01/15 11:41 AM
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