「沈黙」サイレンス(ネタバレあり)

  • 2017.01.31 Tuesday
  • 12:13

 

すこし前になりますが、封切り初日に映画 「沈黙」 を見てきました。

 

遠藤周作の原作は読んでいませんでしたが、有名な小説ですのでおおよそのあらすじは把握していました。 見る人によってさまざまな解釈が可能な映画だと思いますので、無宗教ではあるものの人間がなぜ宗教を必要とするのかということには関心が高い一観客の感想としてお読みいただければ幸いです。

 

江戸初期、おもに政治的な理由から幕府は禁教令を発布します。 その後、島原の乱を経てますますキリシタンへの弾圧は激しさを増していくのですが、そんな中、布教の使命感に燃えた二人の若いポルトガル人司祭が長崎のある村へ上陸します。

 

現地の司祭がことごとく連行されてしまったため、道標を失っていた信者たちは彼らの訪日を大いに喜びます。 しかしほどなく密告によって二人とも捕縛されてしまうのです。 一人は信徒を救おうとして殉教してしまうのですが、残った一人は牢に繋がれます。自らは拷問を受けず、その代わりに来る日も来る日も信徒たちの拷問や死を見せられて、ついには棄教してしまいます。

信徒を処刑しても彼らは殉教と受けとめて喜んで死を受け容れたため、幕府は信徒を拷問にかけ、それを指導者である司祭たちに見せて棄教をせまるという手段に方針転換していたのです。 

 

主人公の司祭の苦悩は、信徒の苦しみを見かねたからという単純なものではなく、「殉教」に至るにも複雑な教義があることを知らず、信心をつらぬいて死を得れば必ず天国に行けるという誤った思い込みで死んでいく信徒を見送ることに対する罪悪感。 そして布教の際の民衆や投獄後に接した現地の役人の哲学的な理解度を知るにつけ、自分の行いが思想的に真っ白の未開の地で教えを説いているのではなく、文化的・思想的水準の高い国にある意味戦いを挑む行為であり、はざまに立つ信徒たちにかえって苦悩をもたらしていることへの気づきから来るものでした。 そして何日も苦悶に喘いだあげく、幻聴とはいえ直接神の声を聞いたときに決断するのです。

 

棄教のあと、その司祭は武士として幕府のために働くことになるのですが、その辺はほとんど描かれていません。ただ、彼が亡くなった際、日本人の妻はなんと火葬される彼の手に信者から受け継いだ木彫りの十字架をひそかにしのばせるのです。

 

棄教後の司祭がどう生きたのかは、このラストシーンだけで理解できました。 教義を説いて信者を増やすという大きな達成感を伴う聖職者としてのキリスト教ではなく、教義抜きの実践のキリスト教を生きて、彼自身や彼に関わった人を救ったのだと。

 

 

監督のマーティン・スコセッシはインタビューで試写を見た神父の言葉を紹介していました。 幕府の拷問は疑いようもない暴力ですが、宣教師が民衆に 「これが普遍的な唯一の真実である」 と思い込ませたことも、ある意味暴力なのではないかと。

たしかに、本国の教会からすればキリスト教の影響力を広めていくために信者を洗脳し、消耗品として現地の宗教や政治体制と戦わせることは、自らの腹の痛まない ”戦争” だったのだと思います。

 

宗教は、人の心を救済したり社会に秩序をもたらしたりと、その権威が行き届く範囲ではとても有益なものですが、ひとたび他の宗教や同じ宗教の他宗派との対立の構図が生まれてしまうと、とたんに表情を変えて無慈悲な行いを厭わなくなります。

それは過去の、いや現在に続く歴史が証明していますよね。 フォロワーさんを失いたくないのでこれ以上は書きませんが(笑)

 

 

この映画、スコセッシ作品ということで気合いが入ったのか、俳優たちの身体は干物みたい仕上がっていますし、アカデミー賞撮影賞にノミネートされたように映像の迫力はもの凄いです。スタッフ全員がこの映画に込めた熱量がビシビシ伝わってきました。 なかでも私がいちばん印象に残ったのは、自身も映画監督である塚本晋也が演じるモキチの演技でした。 ”水磔”(干潮のとき磔にし、満潮になると溺死に至る拷問)でなかなか死にきれないシーンの撮影では、日米のスタッフ全員が涙したそうです。

彼の表情や演技を見るだけでも、この映画を観に行く意味があると思います。

 

予想通り 「沈黙」  は今回のアカデミー賞作品賞にはノミネートもされませんでした。 キリスト教社会では受け容れられにくいテーマをあえて映画化したマーティン・スコセッシ監督に敬意を表したいと思います。

 

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コメント
自身は信仰を持たないと公言している院長どのですが、強烈な感動を持ってこのブログを書いた様子が、全文に溢れていますね。「転びバテレン」の汚名に耐えなが、江戸で日本人の妻とともに生き抜いたこの司祭の物語には、政治と人間の関係を本質的に考えさせる含意が有ると思います。私も映画は兎も角、「沈黙」をきちっと読んでみたいと思います。
  • 山野隆康
  • 2017/02/01 6:06 AM
山野さま
ストーリー自体もそうですが、私はマーティン・スコセッシ監督のファンですので、この映画製作に注がれたエネルギーに強く感動しました。
原作も読んでみたいところですが、テーマが重いのでしばらく間を置いてからにします(^^;
  • 松本
  • 2017/02/01 9:11 AM
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