SRでモンテラック

  • 2017.11.07 Tuesday
  • 11:45

 

日曜日はチーム恒例の 「ペンション・モンテラック」 へのお泊りサイクリングでした。

私は土曜の仕事を終えたあと、高速バスで輪行して復路は道志みちをみんなとサイクリングする予定だったのですが、14才になる愛犬が急に具合がわるくなってしまい、私が獣医さんに連れて行くことに。

診察が終わったのは17時。 バスで向かうと宴会に乗り遅れてしまうので、納車間もない次男のSR(オートバイ)を借りて行くことにしました。

 

北西の強い風に凍えながら中央高速を走り、いよいよふるえが止まらなくなった藤野PAで、房総の友人宅から富士吉田の自宅へ帰るというライダーと "連れcoffee"。 夜のPAにはオートバイは2台だけでした。 オートバイに乗ることが生活の一部だった20代の頃にはこんなシーンがよくあったっけなあ。

 

 

1時間ほど遅参しましたが、気心の知れたメンバーなのであっという間に場のノリに追いつきます。 ディナーを1名分作り直してくれたオーナーのはんくまさんに感謝です!<m(__)m>

 

 

この日は先着メンバーで本館のベッドが埋まってしまったので、数人のメンバーとコテージでzzz

通路を歩きながら見上げた月を、酔っぱで撮れるかチャレンジしてみました(^^)

 

 

 

「朝メシだよ〜!」と起こされ、コテージ組のタカトリと一緒に本館ダイニングへ。 写真は 「パリ・ブレスト・パリ」(1200kmを90時間で走るイベント) を2回完走した彼のケツ(≧▽≦)

 

 

 

 

湖畔で記念写真を撮ったあと、みんなは道志みち組と箱根組に分かれて自転車で家路に。 ちょっとさみしいけど私はここから単独行動です。

(この写真ははんくまさんの投稿から拝借)

 

 

 

はんくまさんが教えてくれた御殿場のSR専門のカスタムショップ 「Stinky」 のウィンドウを覗いていたら、その横を 「ツール・ド・沖縄200km」 を来週に控えたイノッチがビュ〜ン!って駆け抜けて行きました。籠坂峠越えもあるのにオートバイに追いつくって、どんだけ(^^;

美術品のようなカスタムSRを、おもちゃ屋のプラモデルを眺める小学生のように貼りついて見ていたら、「コーヒーでもいかがですか?」 とオーナーさん。よろこんでお呼ばれしました。

年齢も近いので少年時代からのオートバイ談義に花が咲き、果ては音楽・文学の話まで。 気がついたら30分以上経っており、そろそろお仕事に障りが出そうなので慌てて失礼しました。

 

 

隅々にまで手の入った宝石のようなSRたち。 

 

 

 

その後は30年ぶりくらいに箱根スカイラインへ。 紅葉シーズンのわりには交通量が少なかったので、レッドゾーン付近を維持してスポーツライドっぽいことをしてみました。 もちろん年寄りの冷や水にならないようにほどほどにね(^_-) 

 

 

駿河湾までくっきり。左に見える伊豆半島の岬は大瀬崎あたりでしょうか。

 

 

 

 

 

 

月曜日に子宮と卵巣、あと乳腺の腫瘍を摘出する手術を受け、麻酔から覚めたミント。 幸い経過は良好とのこと。 おそらく家族の中でいちばん賢い彼女は、術後に家人が面会に行っても動揺を見せなかったとか。 見習うところが多いです(^^;

 

 

 

 

 

 

 

 

台風

  • 2017.10.30 Monday
  • 17:06

 

ここのところ週末は毎度毎度の雨降りで、ぜんぜん自転車に乗れていません。 この日曜日も次男のSRをいじったり、テレビで映画を観たりして過ごしました。

 

2週続きの台風も狙いすましたように週末でしたね。 先の台風21号は中心気圧が925hpで東海・関東に迫って来ましたので、上陸前には久しぶりに家の周りをいろいろチェックしました。 この台風は停滞していた秋雨前線をさんざん刺激してたくさん雨を降らせ、増水などで亡くなられた方もありましたね。 ただ、東京に来るころには勢力が衰えていて瞬間最大風速も30m/sくらい。 月曜の朝には台風一過、何事もなかったように出勤できました。

 

東京では台風の被害がまれだとはいえ、いちおう油断せず備えはします。 それは高校時代まで暮らした室戸での背筋が強ばるような恐怖の記憶があるからです。

 

ご存知のように、室戸地方は台風が上陸する頻度が高いので「台風銀座」と呼ばれています。 とりわけ凶悪だったのは、私の父が2才だった1934年の室戸台風。 あと私が1才だった1961年の第2室戸台風です。 室戸台風では室戸岬漁港の堤防が高潮で決壊。堤防近くにあった祖母の実家では祖母の家族が数人流されて帰らなかったと聞かされました。 その後も大きな台風が何度も上陸し、友人のお母さんが乗っていた車が土砂崩れに巻き込まれて亡くなったりしました。

 

下の写真の室戸岬灯台のすぐ近くには気象庁の気象観測所があります。 前身の室戸岬測候所が設置されたのは1920年。 室戸台風(上陸時の最低気圧911.6hpaは当時世界最低)の上陸時には風速計が壊れてしまい、最大風速を計測できなかったそうです。 第2室戸台風のときにも風速計は84.5m/sで振り切れてしまい、またしても計測不能だったのだとか、、

 

私の生まれた家は江戸時代の後期に建てられた、それはそれは古〜い家でしたので、60m/sクラスの台風が接近して来ると家族7人で別棟の風呂場に籠ってラジオに耳を傾けていましたっけ。 ときおり吹きつけるブロウの音や振動は、恐怖で鳥肌が立つほど暴力的で、自然が本気出したときの力を思い知りました。

 

台風の目の中に入ると一刻うそのように風がおさまります。 大人たちは家の様子を見に行ったりするので、子どもの私も非日常の外の世界が見たくて見たくてしょうがありません。「歩いて3分の海はどれほど荒れ狂っているのか、川は、大木は!」 

ただ、好奇心が強すぎる私のキャラを親はすっかりお見通しで、風呂場から出ようものならどこからともなく罵声が飛んで来ました(^^;

 

 

話は変わりますが台風な日曜の夜、前日録画しておいたNHKスペシャル「村田諒太 親子でつかんだ世界王座」 を見ました。 

以前からインタビューや練習への取り組み方を見て哲学的な人だなあと感じていましたが、どうやら追い詰められたときにお父さんから贈られた、ユダヤ人の心理学者ヴィクトール・E・フランクルの 「夜と霧」 の一節に救われたのがきっかけで、今や心理学や哲学の本が手放せないのだとか。その一節には私もハッとさせられました。

 

人生に意味を問うてはいけない

人生からの問いかけに

どう答えるかが大切なのだ

 

「人生という修行を楽しめ」ってことでしょうかね。しらんけど(^^;

 

 

室戸岬灯台。画像は「風景倉庫」さんから拝借しました

 

 

 

 

 

 

 

 

SRが来た

  • 2017.10.24 Tuesday
  • 11:47

 

「通学用にバイト代で原付を買う」 と言う次男にカブを勧めて一緒にカスタムしたのが1年半前。 それまではバイクのバの字も話題にしたことがなかったのに、このカブに乗り始めてからというもの、1年で1万キロも走るほどのカブ好きになってしまいました。「ちょっと出かけてくる」 なんて言って1日300kmとか。 どうやらひとりでのんびり走るのが好きなようです。 私の自転車の乗り方に似てるのは血なのかも知れません。

そんな彼が 「バイト代で中免をとって単気筒の250か400を買う」 と言い出したとき、流れの速いバイパスを原付で走る危険性を心配していた両親は反対できませんでした。

 

カブはスタッフ女史の長男くんの通勤用にドナドナされて行きました。 私もかなり気に入っていましたので、知ってる人が乗っててくれてうれしいです。

 

 

 

買ってきたのは2002年製ヤマハSR400の3型。 たまに借りる約束で私もすこし手伝いましたが、彼の予算だとこのへんが精いっぱい。 エキパイにシートカバーの焼跡がベットリ付いていたので安かったのですが、ほかは機外とも良好。エンジンはだいたいキック一発でかかります。

うちの親子がノーマルで乗るわけがなく、さっそくヤフオクでマフラーやらエキパイやらを落札して作業開始。 父親におまかせだったメカいじりも最近はだいたい自分で出来るようになりました。 

 

 

次男がさんざんいろんな動画を見て選んだのは  ”モーターガレージGOODS”  のテーパーコーン。 101dbでまぁまぁの音量です。家の前で始動するには気が引けるので、100mほど押して目白通りに出てからキックしてます(^^;

オートバイを下りて久しい私は法規を把握していなかったのですが、どうやらSRの3型は94dbを超えると騒音規制にひっかかるようです。 2000年まで生産された2型にしておけば法規上99dbまでオッケーだったので、バッフルを入れれば98dbになるこのマフラーでもクリアできたのですが、、

音質はものすごく気に入ってるものの、イタイ大人になるのは嫌なので規制内で良さげなものを物色中です。 ただ、アフターファイア対策で二次エアキャンセルの微改造くらいはゆるしてもらいたいところ(^^;

 

 

こんな感じの音色です。

 

 

 

週末は台風の影響でサイクリングはお休み。 合宿で二輪免許を取りに行ってる次男に代わってウィンカーを交換しておきました。

巨大なノーマルを外して

 

スモークレンズのPOSH71タイプに。

 

 

 

買って来た日のSR。 エキパイがきちゃない。

 

いちおう出来上がり。

 

 

 

キャブやエアフィルター、ステップ、ハンドルなどもいじりたいところですが、ほどよくノーマル臭を残して乗るのも悪くないかなとも思ってます。

ツーリングには最高の季節。 さてどこにでかけようか♡

 

 

 

 

 

 

 

 

自ら燃えなければどこにも光はない

  • 2017.10.17 Tuesday
  • 18:00

 

たった5分の通勤電車ですが、車内のポスターを目にするたび気になっていたハンセン病資料館。

雨降りで自転車に乗れなかった日曜日に出かけて来ました。

 

東村山市にあるこの場所は、「国立療養所 多磨全生園」 という1909年(明治4年) に設立されたハンセン病患者の療養施設です。

1907年、浮浪のハンセン病患者を強制隔離するために 「法律第十一号癩予防ニ関スル件」 が制定されて以降、国は在宅のハンセン病患者をも強制的に隔離するために法律を厳しくしていきます。 全国13ヵ所の国立療養所のうちいちばん最初に出来たのがここ全生園の前身の第一区府県立全生病院でした。

その後1943年に 「プロミン」 という薬の有効性が確認されてからハンセン病は治る病気になりました。 その後も治療法はどんどん進歩して行き1981年に確立された多剤併用療法によって完治した患者からの感染の可能性は全く無くなり、新たに発症する人も全国で年間数人という状況になりました。 しかし1996年に 「らい予防法」 が廃止されるまで隔離政策は続いて行きました。 

2001年、ハンセン病患者の強制隔離を定めた 「らい予防法」 が憲法に反していたとする判決が出て、当時の総理大臣であった小泉純一郎は患者および元患者に対して謝罪しました。

 

映画を観るにも60kmほどバスに乗らなければならない過疎の町で育った私は、中学生のころに公民館の体育館で上映された 「砂の器」 を見てはじめてハンセン病のことを知りました。 ただ、近隣の町で発症した人がいたということは聞きませんでしたし、映画を見たときこの病気についてどう感じたかも忘れてしまっていました。

 

 

資料館です。 

 

 

本来資料館の中は撮影禁止なのですが、たまたま受付に学芸員の方がいらっしゃって許可を下さいました。

フィギュアがリアルすぎてドキッとします。

 

 

 

重い、、

 

 

「深海に生きる魚族のように、自ら燃えなければどこにも光はない」。 どこかで聞いた言葉だと思ったら、これは学生時代から明石海人のファンだったという大島渚監督がときどき紹介していた言葉でした。 当時、大島監督は文学に溺れながらも文学に対して好意よりも嫌悪を抱いていたそうです。 なぜなら、深く文学の匂いの中にいるということは、すなわち死の匂いの中にいるということ。 若かった自分は死の匂いを嫌ったんだろうと後に自ら分析しています。 絶望の中においてもどこか生きるよすがを探していた大島青年に答えをくれたのが明石海人のこの言葉だったのだとも。

 

 

 

最後の展示ブースにはいくつものモニターとヘッドホンが置いてあり、70人以上の高齢になった元患者がそれぞれ自らの人生を語る動画を視聴できるようになっていました。 一人のお話しを聞くのに20分ほど。 おふたりの方のお話しを聞いたのですが、時間を忘れて聞き入ってしましました。

この日曜日、私が資料館に滞在した3時間に居合わせた方は2人だけでした。 かえって学校の社会科見学などで子どもたちが訪れる平日の方が来館者が多いのかもしれません。

 

 

 

 

 

全生園のほとんどの場所は、一般の人も自由に歩けるようになっています。

昭和3年に入所者たちの手で建てられ、昭和52年まで使われていたという男子独身寮 「山吹舎」 が復元されていました。

12畳半の部屋に多いときは8人が生活していたそうです。

 

 

 

全生学園跡のグラウンドの碑。 幼少期に発症し、一生をここで過ごした人もいたのでしょう、、

 

 

 

 

 

 

園内には真言宗、浄土真宗、日蓮宗のお寺のほか、カトリック、聖公会、プロテスタント、それぞれ宗派ごとの教会が建てられています。

 

 

軽症の方たちの住宅の各戸には自転車が。 今では外へもおつかいに行けるようになったんですね。

 

思えば私は社会人になってからの数年間、ここから3kmほどしか離れていない場所にあった社宅に住んでいました。1980年代のことですから、当時はまだここに住む方々は外の世界に出ていくことが許されていなかったのです。 

恥ずかしながら、20代の私は自分のことばかり考えていて、まったく人さまのことを思いやれるような人間ではありませんでした。

心弱くなる齢になってやっと少し人の痛みが分かるようになって来たのか、ここで生きた人々のさまざまな痕跡を見るたび激しく心が揺さぶられ、その夜はなかなか眠りに就くことができませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

サッカーW杯出場決定おめ!

  • 2017.09.06 Wednesday
  • 16:47

 

サッカーワールドカップ。 予選の最終戦はサウジアラビアに負けてしまいましたが、日本代表は今回も本選出場を決めましたね。 ホームでのオーストラリアとの試合はテレビで観戦しました。 浅野・井手口などの若い選手が躍動して、胸のすくような試合でしたね。

 

とくに私が興味を引かれたのは井手口選手です。 失礼ですが、ふだんJリーグの試合を観ない私は彼のことをまったく知りませんでした。 ニッカボッカ&半キャップヘルでスクーター転がしてそうな、気のいいガテン系あんちゃん的風貌。 顔はたしかにちょっと中田(英)に似てますよね。 なにしろびっくりさせられたのは彼の運動量でした。後半になっても猟犬のようにしなやかな身のこなしで相手にチャージしていく姿にはほれぼれしました。 

 

ほとんど忘れかけていたのですが、じつは私も高校時代サッカー部でした。 そんなにサッカーが好きなわけでもなかったのですが、音楽仲間の南海くんがサッカー部で、彼が楽しそうに練習しているのを見ているうちにちょっとやってみたくなり、1年生か2年生の頃に1年間くらいまじめに練習したのを覚えています。

 

小学4年から中学2年までは柔道、2年次の途中からは陸上部で長距離走をやっていましたので、「コンタクトや走力はどうにかなるだろう」と高を括っていましたが、その両方をいっぺんにやらなければならないサッカーはそれまで経験したスポーツとはぜんぜん別物で、まったくオハナシになりませんでした。 集団の中で発揮しなければならない闘争本能は柔道とは全く違う種類のもので、面食らったのを覚えています。

 

それから20年くらい経って、次男が小学校低学年の頃、仲のよい友人に誘われて地元の少年サッカーチームに入りたいと言い出し、試合を観に行ったところ、ボールの周りの密集から離れてぽつねんと立ち尽くす次男。 彼の姿に数十年前の自分が重なりましたっけ。 血は争えないものですね(^^;

 

運動や勉強がイマイチなところがばっちり私に似てしまって、ちょっと「悪りぃな」とも思いますが、どうやら毎日を楽しむ才能も似てくれたようなので、まいっか(≧▽≦)

 

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(ばっちりヤンキー風味が効いたこの写真はフットボールチャンネルより拝借)

 

 

 

 

 

 

 

 

終わっちゃったね、夏の甲子園

  • 2017.08.25 Friday
  • 11:50

 

東京ではすっかり暑さがぶり返して、お盆の頃の涼しさに慣れてしまった身体がびっくりしてます。

ところで今年は夏の甲子園にもびっくりさせられましたねえ(@_@)   地区予選の頃には早実の清宮くんばかりが注目されていましたが、漫画にも描けないような劇的な大逆転劇が連日繰り返されて例年以上に印象深い大会になりました。 広陵高校の中村奨成くんの大活躍もりっぱでしたね。

 

私は診療中、ときおりラジオで中継を聴いていました。 NHKマナーのお上品な実況と関西なまりのおじさんの解説、空まで届きそうなブラスバンドの演奏やスタンドのどよめき。 40年経った今でもウララ〜やサウスポーが愛されているなんて、山本リンダさんやピンクレディ本人も想像してなかっただろうなあ(^^)

 

テレビ中継を観れない分、「熱闘甲子園」は毎日たのしみに観ていましたヨ。 高校生の灼けた顔に光るまっすぐな澄んだ目。 気迫で引き締まった顔もそこはやはり高校生、きびしい局面ではたちまち不安や緊張で強ばった表情に変わります。 これほど彼らの顔を見つめる機会は高校野球以外では思い当たりません。 大人になると他人、いや自分対してさえ本当の心を隠すのが上手になってしまうもの。「どうせチミたちもいつかそんなオッサンになっちゃうんだけどねー♪」なんてイヂワル言いながら見てましたっけ(≧▽≦)

 

それにしても最近の球児たちは、プレー中もベンチでもはじける笑顔でその一瞬を楽しんでいますよね。 

私が中高生の頃、家族総出の稲刈りの昼休み。座敷の窓を全部開け放ってゴロゴロしながら父と甲子園を見ていたときのこと、笑顔でプレーする球児を見た父が 「ニヤニヤしよって、ええ仕事が出来るかや!」(ニヤニヤしてていい仕事が出来るわけがない)と苦々しく独り言ちていたのを思い出します。 昭和ひとケタ世代には、プレーを楽しんだりリラックスを心がけたりすることがより良いパフォーマンスにつながるという今風の引き出しはなかったようで(^^;

 

ただ、時代は移り変わっても子供と大人のはざまを必死で生きる彼らの顔にとくべつな輝きが宿っていることに違いはありません。 彼らの発する強い光は、むかし自分も少しは輝いてたであろうおじさん世代に刺さるんですよねえ(^^;

 

夏の甲子園が終わると夏そのものが終わってしまうようでさみしい気持ちになりますが、きっとまた来年もあの場所で球児たちは、夏のお陽さまにも負けない強い光を日本中に届けてくれることでしょう。

 

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(写真は朝日新聞から拝借しました)

 

 

 

 

 

 

 

行ってみたいよ縄文時代

  • 2017.07.19 Wednesday
  • 11:44

 

amazonプライムビデオのおすすめ映画を物色していたら「ライアの祈り」という作品の評価が高かったので観てみました。

ざっくり言うと、バツイチで結婚に絶望してしまった中年女性と、恋愛に不器用な八戸市の考古学研究員の中年男の分かりやすいラブストーリーなのですが、私が興味を惹かれたのはふたりが距離を縮めていくきっかけになったのが、お互いの中に存在した縄文時代を生きた人々に対する深い共感であったことです。

 

映画を観ながら昨年春ころのニュースを思い出しました。 それは、山口大と岡山大の研究グループが縄文時代の人骨を242ヵ所から2582点収集し、暴力による死亡率を算出したところ、傷を受けた痕跡があるものは23点で全体の1.8%であり、他国や他の時代と比較すると5分の1以下だったというもの。

 

縄文時代の世界人口は縄文前期で約100万人。後期でも1億人くらいだったようです。 たしかにこの人口だと、もめ事は少ないように思われますが、ヨーロッパなどでは同じ狩猟採集民時代でも大量虐殺を示唆する人骨が発掘されているようです。

 

いずれにせよご存知のようにその後の世界は、貨幣経済の浸透や産業革命などにより人口が爆発的に増加していきます。 そうするとどんな平和な社会でも住む場所や食料などを確保するための戦争が起こります。そのうえテクノロジーの発達で世界はどんどん狭くなっていき、結果たび重なる悲惨な戦争が繰り返されて来ました。

 

私たち日本人もすっかりその波にのみ込まれてしまった現代において、今さら何千年も昔の縄文時代の何かをほじくり返してみたところで何の役にも立たないのかも知れません。 しかしその縄文時代から3000年後、聖徳太子が定めた十七条憲法の第一条には「和を以て貴しと為す」とあります。 やはり私たちは平和が大好きな民族であることは間違いないところだと思います。

 

ちなみにその十七条憲法について検索してみると、「和(やわらぎ)を以って・・・」は、どうやら空気を読んで自分の意見を飲みこめと言っているのではないようで、第十条には 「人が自分の意見と違うからと言って怒ってはならない。人にはみな心があり、心があればそれぞれ正しいと思う考えがある。・・・自分は聖人でもなく、相手が愚人でもない。ともに凡人なのである。それゆえ相手が怒ったら、省みて自らの過失を恐れよ・・・」。 また第十七条には「重大な事柄はひとりで決定してはならない。必ず多くの人々と議論するべきである。多くの人々と論じ、是非を検討してゆくならば、その結論は道理にかなうものになるであろう」 と書かれていることからも、何ごとも公正で闊達な議論を重ねて皆が納得できるような政治運営をしましょうね、ということだったらしい。 知らんかった、、(>_<)

 

ハナシがあさっての方へ逸れましたが、世界がキナ臭くなってきた今の時代に、1万年も戦争がなかった縄文時代の暮らしに思いを馳せて、いっときほっこりしました(#^^#)

 

 

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写真は映画の舞台である八戸の是川遺跡の近くで出土した国宝「合掌土偶」。 シャーマンの住居の祭壇跡で発見されたそうです。

乳房や強調された性器から性別は女性? 他の土偶とちがってその性器に切れ目があることや凹んだお腹は出産後を意味している? 仮面を被っている? 合掌のポーズは何に対しての祈り?  ナゾだらけの土偶です。 縄文時代の平均寿命は、途方もなく高かった乳幼児の死亡率のために14.6才だったと推計されているとのこと。 やはり ”産まれた赤ちゃんの無事の成長を祈る母親” を象徴しているのでしょうかねえ。

 

 

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(是川縄文館パンフ)

 

 

 

 

 

 

30年ぶりの鎌倉散歩

  • 2017.05.16 Tuesday
  • 18:05

 

日曜日、古い友人が関西から上京し、「鎌倉を案内してほしい」と頼まれましたので、サイクリングはおやすみして電車で湘南方面に出かけて来ました。

 

地元駅までの道、ご近所の植え込み。 アジサイの季節ももうすぐですね。 

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逗子や材木座の浜はウィンドサーファーだった頃に何度も通いましたが、じつは私も鎌倉らしい鎌倉には一度だけしか来たことがありませんでした。それも30年くらい前のこと。 はたしてアテンドだいじょうぶでしょうか(;_:)

 

まずは北鎌倉駅で電車を降りて駅前の円覚寺へ。

有名な円覚寺の山門。 この写真を撮るとき屋根の棟で水平を見ていました。 柱の並びを見るとたしかに私はすこし正面より左に立ってはいましたが、それでもこの門すこし傾いでいません?(^^;

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鎌倉時代には国内トップレベルの大学でもあった円覚寺。 知識よりも悟りを重んじる禅宗の教えを基礎に育てられた優秀な頭脳は、現代につながる日本の歴史の中において大きな貢献をしてきたのでしょう。 がんばれ若者たち!

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方丈では座禅会が開かれていたのですが、退屈してしまった坊やはお父さんと息抜き。 そっぽを向いたままですので、だいぶヘソが曲がってしまったようです(^^;

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円覚寺の次は明月院。 花菖蒲はあと2週間ほどでしょうか。 そしてそのあとに控える紫陽花の季節にはたいへんな人出になるとのこと。 さいわいこの日は参拝客もまばらで方丈も貸切り状態でした。

円窓からの眺めを悟りのヒントにするアイディアはなかなかイケてると思いました。 受付の若い女性から「円窓からその先の縁側に出てみてください」と促され、同じ庭の風景を円窓の外で眺めてみると、たしかにまったく違う世界のように感じられます。

むかしはここでエラいお坊さんが 「どうじゃ、同じ対象でも捉え方ひとつで別のものになってしまうであろう」 とか説教してたのかしら(≧▽≦)

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明月院の境内には小動物を餌付けする巣箱がいくつか置かれていました。 表札の「タピー」はどちらの鳥なのんだろう、と眺めていたら、、

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まさかのおまえ!?   そんなわけないね(^^;

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明月院の山門前。 気の早いアジサイはもう開きはじめていました。

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鎌倉駅からは江ノ電に乗って江の島へ。 

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海育ちの私はあまり磯のキワには近づきません。 ボケボケ水中を眺めていると、いくつかにひとつ大波が来てえらいことになるのを知っているからです。

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江の島は龍とかカメとかと縁が深いらしいです。

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昔話に花が咲き過ぎてけっきょく観光名所は数ヵ所しか回れませんでしたが、友人は満足してくれたようです。

そう言えば、以前に鎌倉に来たときにも時間が足りないのでまたすぐリピートしようと思ったことを思い出しました。 しかし実際に訪れたのは30年後の今日。 ということはきっと次に来るのも30年後。 って90才かよ!(≧▽≦)

 

 

 

 

 

 

 

三宝寺池(石神井公園)散歩

  • 2017.04.11 Tuesday
  • 12:40

 

ずいぶん前からこの日曜は雨予報でサイクリングはあきらめていましたが、それでももしや、、と朝のベッドで耳を澄ましてみたものの、やはりしとしと雨垂れの音が。。

午後には上がるという予報も降り止んだのは夕方。 読書ですっかりこわばってしまった身体をほぐしに石神井公園へ散歩に出かけて来ました。

 

行きしなにちょっと遠まわりして「けんか広場」の一本桜をチェック。 2年前にバッサリ剪定されて見るも無残な姿になっていたのに、もうかなり元の樹容に近づいていました。 なんとも見事なバランス。この巨大盆栽になにか自分だけの名前をつけようと思っているのですが、まだ見つかっていません。

 

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石神井公園に到着。 都立石神井公園は、西の三宝寺池と東のボート池を中心に広がる武蔵野の自然を残した緑豊かな公園です。 この日は、より緑の濃い三宝寺池の周りの木道を歩いて来ました。

写真は公園入口の案内板下にある廃物利用のほほえましい?植え込み。 切断されたボートに植えられて生き生きと咲く花。 こんなことを書くとまた変わり者だと言われそうですが、車やバイクなどにも生き物に近い思い入れをしてしまう私などは、役目を終えても中途半端なかたちでその実体が残されていることをちょっとかわいそうに思いました。

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新緑はまだちらほら。写真に色がうまく乗らなかったので、どうせならモノクロで三宝寺池。

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ふつうはボート切断画像よりもこちらの画のほうが気持ちわるいんでしょうね(笑) ごめんあさーせ(≧▽≦)

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お口直しにヤマブキ

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何やしらんおもしろいかたちのつぼみ

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シャガの花

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池にせり出した厳島神社。 「出て行ったおかあちゃんが帰って来ますように」とお祈りする親子。 ウソです、悪ノリが過ぎました。ほんとごめんなさい<m(__)m>

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翌朝には自転車で石神井川伝いに出勤。 この日は良いお天気になりました。 10年くらい前までは、どこかの桜の名所と同じでコンクリートで護岸された巨大排水溝みたいな川だったのですが、水底に天然石を入れて水辺の環境が変わって来ました。 ときおり鷺や鴨がえさを啄む姿が見られます。 ”なんちゃって” の自然でもやはりちがうものですね。

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ことしも正月は箱根駅伝!

  • 2017.01.09 Monday
  • 11:32

 

もう1週間経ってしまいましたが、すっかり日本のお正月の風物詩となった箱根駅伝。 今年も去年同様好天に恵まれて、沿道で応援された方には絶好の観戦日和だったのではないでしょうか。 ただ、すこし気温が高かったせいで体調に不安を抱えたまま出走した選手の何人かが脱水気味でペースダウンしてしまい、ちょっと気の毒ではありますが観ているファンにはかえってレースの展開がおもしろくなりましたね。

 

それにしても優勝した青山学院大学は強かったですねえ。 昨日には渋谷センター街で優勝パレードまで行われたとのこと。 選手もファンもいい顔してました。 3連覇ということでもうすっかり強豪校の仲間入りです。

 

箱根駅伝が好きな私は10年以上前から高校生の実績上位のスカウト状況を観察していますが、青学がずいぶんスカウトを強化したな、と感じ始めてほんの数年で初優勝までこぎつけてしまいました。

 

青学が強化を図る数年前、川島伸次監督が就任した頃からスカウトを強化した東洋大学も、監督が酒井監督に変わった今に至るまで実績を残し続けています。 やはり駅伝で結果を残すには有力な高校生のスカウトが必須であることは間違いないようです。

 

しかし、じつは青学のスカウト強化と同じ頃に、久しく箱根とは縁のなかったある旧強豪校が青学に負けないくらい有力高校生を入学させ始めましたが、いまだにまったく結果につながっていません。 どうしてそれほどの差が生まれるのでしょう。

 

本を出したりメディアに露出することも学生の勧誘にプラスになると考えているフシのある青学・原晋監督の指導方法を聴いていると、やはり人の集団を踊らせることができる人なんだなあ、と感じます。 プロ野球の監督などでも同じことが言えますが、自身の選手時代の実績よりも人間的な魅力や指導力が、すばらしいチーム、すばらしい人を作るのでしょう。 昨年にはちょっと調子に乗りすぎた元エースのスキャンダルもありましたが(^^;

 

今春高校を卒業する高校生の中で、大学に入ってもエースと呼ばれる選手に育つ可能性の高い5000m 13分台の選手は9人。 予想される彼らの進路は、実業団へ2人、青学へ2人、東海へ2人、東洋へ2人、駒澤へ1人というところです。 新人の補強状況や監督の指導力から、この先数年は青学、東洋、東海、早稲田、駒澤が上位を争うことになると予想します。

 

 

駅伝観戦は、優勝争いに固唾を飲んだり、思い入れの強い学校を応援しながら観ると楽しいものですが、ひと手間かけて暮れの高校駅伝や、来る1月22日に行われる全国男子駅伝から選手たちをチェックして、表情やフォームなどから気になる選手をピックアップしておくと、彼らを箱根でみつけたときに、ひいきのチームでなくてもその成長ぶりに驚かされてうれしくなります。 箱根駅伝がよりたのしく観られますので、みなさまもぜひ!

 

トップを争う選手たちに限らず、次の世代を担う若者たちが生きることの充実感を感じて自分を精いっぱい表現する姿は、ほんとうにまぶしく頼もしく、見ているこちらもエネルギーをもらえる気がします。

 

来年も楽しんで、そして楽しませてね〜♡

 

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