お盆休みは人生初入院

  • 2018.08.20 Monday
  • 10:29

 

信楽焼のタヌキいるでしょ?  1年半ほど前から、自転車でギャップを越える際にその信楽さまがサドルに打ちつけられると、すこし痛みが出るようになりました。お風呂で確認するとなんと左側の信楽さまは右側の3倍ほどにふくらんでいるではありませんか。

 

近所の泌尿器科で診てもらうとどうやら陰嚢水腫という病気で、もっともっと大きくなってしまうことが多いとのこと。 注射器で数回抜いても再発するようなら手術を選択したほうが良いとのお話しでした。

 

そして穿刺を2回。 やはり再発しました。 穿刺でお世話になった泌尿器科の先生に相談して、お盆休みに手術可能な病院を紹介して頂きました。

 

2〜3年前に下肢静脈瘤の抜去術を受けた際にも全身麻酔は経験済みですが、あのときは手術時間が短いので日帰りできました。 今回は手術前日に入院して検査。 手術の翌日も経過観察で1日。 あわせて2泊3日の予定です。 入院直後は「数日のんびり過ごせるな」と気楽に高校野球を観たり読書したり。

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手術当日、麻酔薬がまわり始めるとあっという間に意識はなくなり、気がついたら手術は終わっていました。 ただ、麻酔明けはまるでお酒を飲みすぎて悪酔いしたようなサイテーな気分。 おまけにその夜は、尿道カテーテル・血中酸素濃度センサー・自動血圧計・酸素マスクに繋がれて寝返りもままならず、熱も38度くらいまで上がってどうにも身体の置きどころがない感じ。 ろくに眠れないまま朝を迎えました(+_+)

朝の回診でドクターがガーゼを取るときにおそるおそる患部をのぞいてみると、予想通り信楽さまはツルツルに剃り上げられており、”たてがみのないライオン”の風情(>_<)

 

とは言え、つらい思いをしたのはひと晩だけ。 先生の「経過良好」のインプレで気分も良くなり、予定通り午前中には退院できました(^^)

 

 

帰宅後はなるべく安静にして、高校野球のほかに録りためておいたNHKスペシャルの戦争特集をいくつか見ました。 なかでも印象に残ったのは、局アナの小野文惠さんが自身のおじいさんのフィリピンのルソン島における戦死をたどった回でした。

 

子供の頃は小説や大河ドラマの主人公のように、歴史を動かした人にあこがれることもありましたが、実際に大人になると、大勢の命を生かしたり殺したりするような立場の人になるのはまっぴらだと思うようになりました。

かえって小野さんのおじいさんや、「この世界の片隅に」のすずさんのように、大きな歴史の流れにもてあそばれてしまった人の人生に強く共感してしまいます。

 

番組の最後で小野さんは「この戦争のことをもっと知りたい」と話されていました。 よっぽどのマニアでもないかぎり、戦争中を生きた人の悲しい体験や愁眉なシーンなどは見たり聞いたりしたくないものです。 それでも胃の中に酸っぱさを感じながらも、より当時のことを知ることで、ぜったいに戦争はダメだという気持ちが強化されていくように思います。 

いい子ぶるつもりはないはないのですが、これからもこの時季にはかならず見ていくつもりです。

 

 

手術の経過も良好ですし、夏休みの最終日には、4月に就職したばかりの次男が買って来た年代物のレガシィB4 RSK(マニュアル)で峠道をドライブして来ました。 ペダルのレイアウトに無理があったのでヒールアンドトゥを教えてあげられなかったのが残念でしたが、まだまだ同乗した彼よりは上手に走れたようで父親の面目躍如でした。 久々のスポーツドライブ楽しかった!

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ボランティア治療前に少しだけサイクリング

  • 2018.08.07 Tuesday
  • 16:54

 

この夏は世界の各地で気温が摂氏50度前後まで上昇したとの報告がありますが、私もオートバイのツーリングでネバダのデスバレーを通過した際に50℃超えを経験したことがあります。あのときの暑さも相当キツかったと記憶していますが、湿度が高い分東京の40℃のほうが堪える気がするなあ(>_<)

 

 

そして週末恒例のサイクリングはもちろんグリーンライン。 下界がかなり暑い日でもめったに30℃を超えることのない尾根みちでも、この日は31℃まで上がりました。

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午後には、日ごろから仲良くさせて頂いている音楽療法の先生の依頼でボランティア治療に。 「NPO法人 福島こども保養プロジェクト@練馬」主催のサマーキャンプに参加する子どもたちの親御さんの癒しのお手伝いです。「どうせ名栗方面を走りに行くんでしょ? だったらさあ♡」みたいなノリで誘われました(^^;

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ボランティア治療は、原発事故のあと双葉町の方たちが避難されていた埼玉スーパーアリーナや、加須の騎西高校へ伺って以来です。

事故からまだ数週間の頃、床に敷いたダンボールの上に少しの身の回りの物と我が身を乗せて、明日のことも知れず固い表情のまま現実を受けとめようと頑張っていらっしゃった皆さまのことが思い出されます。

 

私は原発推進派でも反対派でもありませんが、起こってしまったことを無かったことにはできませんし、ただ自分に出来ることでお手伝いしたいという気持ちでした。

 

今回のキャンプは4泊5日とのこと。 南相馬市から5家族のみなさまが参加されていました。 南相馬市も年間積算線量が20ミリシーベルト以下に下がり居住制限は解除されたものの、子どもの健康のことを考えるとやはり心配は尽きないことでしょう。

 

午前中の川遊びで疲れた子どもたちがお昼寝している間に5人のお母さんの治療をさせて頂きました。 鍼の治療は恐がられるかと思いきや、「こんな機会だから」とほとんどの方が初めての鍼に挑戦されました。 少しでも楽になって頂けていればうれしいなあ(^^)

 

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迷走台風な週末

  • 2018.07.31 Tuesday
  • 18:16

 

台風12号のへんてこりんな進路のせいで関東以西は右往左往な週末でしたね。ともあれ今回は大きな災害につながらずに何よりでした。

日曜日も午前中は雨の予報でしたので、土曜の夜には夜更かししてビール片手にamazonプライムの映画鑑賞。 2017年のお正月に公開された「14の夜」という作品を観ました。

監督は足立紳。安藤サクラの振り切れた演技で話題になった「百円の恋」の脚本を書いた人です。 ヒリヒリするような心理描写は「百円・・・」に通じるものがありますが、「14の夜」は主人公の幼さとバブル時代の能天気さが救いになっていますので、ほのぼのとした気分で観られました。

 

舞台は1987年の田舎町。 中学の同級生4人は女性の身体に興味が尽きません。 あるとき、町で一軒しかないレンタルビデオ店にAV女優の”よくしまる今日子”が来店し、深夜0時になると彼女の生おっぱいを見せてもらえるという噂が立ちます。

校内のヤンキーたちや高校生の暴走族の妨害をクリアして店にたどりつけるのか! いや、そもそも彼女が店に来るという噂は本当なのか???

 

私たちよりひとまわり下の世代が主人公ですが、私も友人たちと町はずれの岬にある海神さまの祠に落ちていたエロ本を、こっそりひろい読みしてドキドキしたりしていましたっけ。 忘れかけていた甘酸っぱい思い出がよみがえって、ついついビールが進みました。

 

 

 

東京では夜半の雨風もたいしたことなくて熟睡。 日曜朝の雨上がりには近所の石神井公園を散歩して来ました。 途中でまたにわか雨に降られましたが、夏の雨に濡れるのも時季の風情というもの。

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夏空。

今週末には夏の甲子園が始まりますね。 高校生の球児たちの灼けた頬に光る玉の汗は、煩悩と好奇心に翻弄された、それこそ「14の夜」的な10代を過ごした私などには眩しく映ります。 しかし、抑えきれない衝動のままにあの頃を生きたという意味では、自分も球児たちと変わりがなかったのかな、とも思えます(^^) 何ひとつ目に見える成果なんか上げられなかったのに自分の人生に不思議な手応えが感じられるのも、あの頃と比較してもまったく出力が衰えない好奇心というエンジンのおかげのような気がしますし(^^)

ともあれ、今年も熱戦を期待してます!

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この日、赤岳は抹茶色でした

  • 2018.07.24 Tuesday
  • 16:47

 

日曜日には、自転車チーム・モンテラックの山好きを誘って八ヶ岳は硫黄岳に登ってきました。

じつは硫黄岳は一昨年にも次男と登ったことがあります。わりと容易にアプローチできるわりにはスケールの大きな風景を楽しめる魅力的な山でしたので、ぜひもう一度登ってみたいと思っていました。

 

モンテラック・トレッキング部の部活はこれで2回目。 昨年は新緑の時季に5人で奥多摩の高水三山に登ったのですが、今年は初心者仲間のシブさんとカスヤさんは都合がつかず欠席。 アオさんとChellちゃんという2人の山の猛者のお荷物にならないように頑張らねばです!

 

 

標高1,900mにある桜平駐車場は早い時間に満車になってしまいます。 朝の起きぬけにバタバタするのもしんどいので、私は前日入りして車中泊することにしました。

八ヶ岳は写真正面の雲の中。その中腹の桜平まではあと10kmほどです。 車の後方500mくらいのところにある「縄文の湯」でのんびりお風呂に浸かって、ビールを仕込んでゴー!

 

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駐車場へ着いた頃にはとっぷり陽も落ちて、月も見えたり見えなかったり。 ほぼほぼ真っ暗けです。 何人か車中泊の方があるかと思っていましたが、どうやら私ひとりだけ。 覚悟は出来ていたものの、やっぱりなかなか心細いものですねぇ。

ある日森の中で出会っちゃう系のあの方たちは、北八ヶ岳での目撃情報はありますが、いちおうこのあたりには居ないことになっています(^^;

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日中、車内の温度が上がっても壊れない丈夫な合板のソプラノサイズのウクレレを1本持参して来ました。 ほろ酔いでつま弾くと、音が森にこだましてゴキゲンちゃんです♡

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朝、当日入りのChellちゃんの到着を待って7時前に出発。 アオさんは数キロ登ったところにあるオーレン小屋のテント場に泊まって私たちを待ってくれています。

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前回次男と来たときには標高2,760mの頂上まで一気に登ってしまってひどい頭痛に苦しめられたので、今回は2,430mの夏沢峠で一服して身体を高度に馴らします。

下はアオさんがフェイスブックに投稿した写真です。 硫黄岳の爆裂火口や湧き立つ夏雲にカメラを向けるChellちゃんの、この瞬間のぜんぶを感じ取ろうとする姿がバレエのダンサーのよう。 抑制された感動が背中から伝わってきます。

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こちらもアオさんが撮ってくれた写真。 17kgものザックを背負ったまま、型落ちiPhoneでバシバシいい写真撮りやがります。 その絵心に嫉妬しちゃうなー。

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写真の右寄り二峰は東西の天狗岳。Chellちゃんは先月に両方とも登ったばかりだそうです。

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岩陰のミヤマダイコンソウ

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奥は小学生のおにいちゃん、手前の弟くんはなんと幼稚園の年長さんとのこと。ナイスな笑顔のお父さんと3人連れでした。

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硫黄岳の爆裂火口。落差は550m。

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そこへ乗り出して写真を撮るアオさん。ロープに気づかず足を取られて真っ逆さま。とはなりませんでした(≧▽≦)

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火口の向こう側のケルンの左側に白っぽいウェアの人が見えるでしょうか。 火口にぶつかって立ち上がる雲が、まるで噴煙のようでした。

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硫黄岳山頂です。 ふだんは集合写真なんか撮らないのですが、この日はあまりに楽しかったので他の登山者の方に撮ってもらいました。

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ある意味ショッキングな火口側の景観とちがって、主峰赤岳方面はChellちゃん曰く「高級抹茶色」の緑に覆われておだやかな表情です。 しかし、写真中央の赤岳と右側の阿弥陀岳の間の鞍部は、20数万年前に当時の富士山より高かった古阿弥陀岳の山体が吹き飛んだ場所だと言われています。

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下山時にみつけた名前が分からないフシギなかたちの花。 

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登り始めてから下り終えるまで、くだらない話から哲学的な話、またそれぞれのプライベートな話まで、3人でほんとうにたくさんおしゃべりしました。 半分以上は私がしゃべったかもしれませんが(^^; 無口なアオさんもけっこうしゃべりましたっけ。 山が人を饒舌にするのでしょうね。 ほんとうに楽しい一日でした。

 

またあそんでくださいね!

 

 

 

 

 

 

 

すっかりアイスランドチームのファンになりました

  • 2018.07.09 Monday
  • 17:39

 

サッカー・ワールドカップ、盛り上がってますねえ。

戦前には、日本代表にも大会自体にもそれほど大きな期待が寄せられていたわけではありませんでしたが、ふたを開けてみれば好ゲームに次ぐ好ゲーム、おそらく後々まで語り継がれるすばらしい大会になりそうな予感がします。

 

その中でも強く印象に残ったのがアイスランドチームの健闘でした。

北極圏にある人口35万人足らずの小さな国の代表チームが世界の強豪国相手に善戦したのは痛快でしたねえ。 アイスランド国内におけるアルゼンチン戦のテレビ視聴率はなんと99.6%だったそうです。

アイスランドの国内トップリーグはセミプロで、国内外でプロ契約している選手は100人程度しかいないとのこと。

代表チームのプレーはいわゆるコレクティブなスタイルで、守備でも攻撃でも全員が汗かき役。 チームの平均身長が185cmと大男ぞろいで一見スタミナに難がありそうに見えるのに、選手たちは見ているこちらの胸が熱くなるようなハードワークでチームに奉仕します。 監督は「このチームには自分を大きく見せようとする選手はいない」とコメントしていましたっけ。

 

ピンチのときや、ここ一番気合いを込めなければいけないときにサポーター席から起こるヴァイキング・クラップのプリミティブな咆哮と手拍子は、まるで地の底から響いて来るようで心を揺さぶられました。 ラグビーのオールブラックスが行うハカを初めて見たときにも似たような心の動きがありました。 きっと遺伝子に刻まれた古い記憶が共鳴するのでしょうね。

 

この応援スタイルはアイスランドのクラブチーム「ストナルヤン」がスコットランドのチームとアウェーで試合をしたときに、相手チームのサポーターが行っていたものを持ち帰り、いつしか代表チームの応援にも使われるようになったのだとか。

そのストナルヤンのゴール・セレブレイション集の動画を貼っておきます。 サッカーだけでなく人生そのものをを楽しむ人たちであることがいることが伝わって来るようです。

 

 

 

 

もともと私はアイスランドを含めた北欧の人たちに強いシンパシーを感じていました。

北欧、とくにフィンランドやノルウェーの人々からは自然に対する畏敬の念が感じられますし、実直で辛抱強いところなど、われわれ日本人と通じるところが多い気がしていたのです。「自然享受権」などに至っては社会的なモラルの高さがないと運用不可能な法律だと思います。

 

そんな北欧の人々にも、ヨーロッパ全土を股にかけてハッチャケまくった時代がありましたね。そうヴァイキング時代です。

ヴァイキングといえば掠奪と殺戮のイメージが先に立ってしまいますが、彼らのほとんどはもともと農民や漁民であり、おもに交易や移住を目的として航海をしていたようです。 物資現地調達や移住のための行いがかなりやりすぎ感の強いものだったので、今のヴァイキング像が定着してしまったのでしょう。

 

サッカーの試合を観てそこまでやる? と自分であきれながら、「ヴァイキングの歴史」というカタい本と「北欧神話」というオーディンやトールが出てくる本を読みました。 もう充分ハナシが長くなっているので内容は割愛します(^^;)    次には長男が自室のマンガの山から発掘してくれたヴァイキングの少年が主人公の「ヴィンランド・サガ」20巻が待っていることですし(≧▽≦)

 

さて、準決勝のフランス×ベルギーも楽しみですね!

 

 

最後に調べものをしていて見つけたノルウェー・オスロのアイドル「おこりんぼう」の彫刻の写真を貼っておきます。 ノルウェーのアートと言えばムンクの「叫び」が頭に浮かびますが、ヴィーゲランのこの像も大人気らしいです。 アイスランドとは関係ないのですが、この完ペキな地団駄がキュートすぎてご紹介せずにはいられませんでした♡

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(画像はphotolibraryより)

 

 

 

 

 

 

 

ヒルクライムからの日本史のおさらい

  • 2018.04.11 Wednesday
  • 11:36

 

前々回の更新のネタにした秩父でのサイクリングは ”10年くらい前に走った「龍勢ヒルクライム」のコースをたどってみる” というものでした。

 

道の駅 龍勢会館の近くを流れる石間川に沿って遡上し、城峰神社の鳥居をくぐると、あとは10%を超える斜度がつづく区間。 そのきつい斜面にしがみつくように建てられた民家からなる集落があります。 もう一段上の集落からふり返って見おろしたのが下の写真。 写真のウデがアレで遠くに望めた両神山がまっ白けになってしまったのがザンネンです(>_<)

 

写真を撮っていたときには、「このあたりでは林業で生計を立てていたんだろうな」などと考えていましたが、じつはあとから調べてみると主産業は養蚕でした。 その養蚕業は、こののどかな集落にゆたかな暮らしをもたらしましたが、ある時代にはかなりきびしい局面に向き合うことになりました。

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その斜度がきつくなる手前の区間を走っているときのことです。 石間川沿いの道路端に「加藤織平の墓」という看板が立っているのが見えました。 「有名な人かも知れないけど、知らない名前だな」と思いながら通り過ぎましたが、帰宅してから検索してみると、上ののどかな集落や加藤織平が、歴史の教科書に載るような事件の舞台であり、登場人物であったことを知りました。

 

高校の日本史の授業では、歴史がまだ”歴史”として評価が確定していない近代史については、年度の終わりの授業で駆け足でなぞるだけでした。 なので、まさにこの写真の撮影時に私が立っていた半納集落が戦場のひとつになった「秩父事件」についても、私はその概要しか把握していませんでした。

 

秩父事件とは、明治17年にここ秩父で起きた農民による武装蜂起事件です。 このころ秩父地方では養蚕が主要な産業だったのですが、生糸価格の大暴落と大蔵卿 松方正義のデフレ誘導政策で農民は困窮を極めており、政府に対して雑税の減少や負債の延納などを要求したこの蜂起には数千人が参加しました。 事件の詳細は検索していただくとして、興味深いのは事件から130年以上経った現在でもこの事件の評価はさまざまで、政府の圧政に対する民衆の抵抗運動、当時で言えば自由民権運動の一形態として大きな意味があったとする声もあれば、当時の政府のアナウンスと同じく「火付け強盗・暴徒による暴動」と断ずる声もあります。 近年でも、TBSでは「菊池伝説殺人事件」というドラマで、秩父困民党軍の参謀・菊池貫平を悪逆の限りを尽くした大罪人として放映し、視聴者から抗議を受けたことがあったそうです。 昨夜、この事件を題材にした映画「草の乱」を見たのですが、困民党側から見た当時の状況はたしかに同情に値するものでした。 歴史上の出来事の中には、法的判断と民衆の心情的な受けとめ方が一致しないものがたくさんありますよね。

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じつは私が所属する自転車チームのメンバーのご先祖さまも秩父事件に関わっていたとのこと。 彼からそのことを聞いたのはお酒の席でしたが、これだけ時代が下っても、やはりそのことについて話すのは彼にとって少し酔いを醒ますほどの事だったのでしょう、心なしか声を潜めて話してくれたことが思い出されます。

 

それにしても、のどかな山里のほのぼのサイクリングが、まさか歴史の勉強につながるとは思いもしませんでしたっけ(^^;

 

 

 

 

 

 

ひそかな野望

  • 2018.02.20 Tuesday
  • 11:46

 

早いもので、カンボジア旅行を終えてもう3週間。  旅慣れない私にとってはなかなかの大冒険でしたので、帰国後は抜け殻になってしまうのではないかと心配しましたが、自分に起こった変化は意外なものでした。

 

それまで以上に日々がとても充実しているのです。 現地の人々のひたむきな生き方に触発されたことがいちばんなのですが、あともうひとつ、ある妄想が私の頭を支配してしまって、その妄想がふくらむわふくらむわ(^^;)

 

その妄想とはカンボジアへの移住計画です。 いや、おそらく実現することはないと思いますが、いろいろシミュレーションするだけで毎日が楽しくなるのです。

 

住む街はシアヌークビル。 プノンペンの南西250kmの海岸線の街です。 近年ビーチリゾートとして脚光を浴びています。

 

カンボジアでビジネスビザを延長し続ければ長期滞在が可能です。 昨年の9月からはビジネスビザの更新に労働許可証の提出が必要になったようで、ほかの東南アジアの国々と同じく少しづつ審査が厳しくなりつつあるようですが。

 

経済的には、家賃や食費のほか娯楽の費用などいろいろひっくるめても、月に750ドルほどあればふつうの生活ができそう。私の場合は国民年金のほうが払込期間が長いので、その金額にはすこし足りません。 さてどう埋めましょう。

彼の国の定期預金の金利は2017年末で5〜6%。それも現地通貨のリエルではなくドル建てで預金できます。 ただ、いくら日本のメガバンクが出資しているとはいえ銀行の経営状態や政情に対して気を抜くことはできません(^^;)

さしあたって預けるお金がないので明日から500円貯金するし! $$$(≧▽≦)$$$

 

どうにか移住に関する条件面が調ったとしても、大きな日本人コミュニティが存在しないカンボジアでは、言語や文化を理解することはマストです。 東南アジアの国で年金生活を送ろうと移住して失敗するシニア層は、孤立が原因で帰国することが多いとも聞きますし。

 

なので、さっそくカンボジア語の教科書を取り寄せました。当院では診療時間以外はほとんどこのCDが流れていますので、配達に来た宅配便のお兄さんが目パチクリになってました。

 

 

先週末には神楽坂にあるクメール料理のお店「バイヨン」で情報収集。 たまたまこの日、現地への渡航歴は数えきれないというという人たちの集まりが開催されており、いろいろ刺激を受けてしまいました(^^)

 

 

もし野望が現実のものになったとしたら、もちろん現地に骨をうずめるつもりです。 比叡山の千日回峰行を2回成し遂げた酒井雄哉大阿闍梨の言葉に「行き道は いずこの里の 土まんじゅう」というのがあります。 この言葉が大好きな私は勝手に、これはただ死に方について語った言葉ではなくて「何にも執着しない生き方をする」という宣言ではないかとも思っています。 それはまさしく私が理想とする生き方なのです。

 

ただ、カンボジアで死亡した場合の処理については、ちょこっとググッても出てこないのでもうちょっと調べます。 ちなみにタイでは病院以外で死亡するとすべての死体は司法解剖されるようです(病院以外でも医師が看取った場合は除外)。 私は平気ですが「解剖? ムリ!」という方は気をつけましょうね(^_^;)

 

さっきも書いた通り移住計画は妄想で終わると思いますが、必ずまたカンボジアへ旅行に行きます!

 

 

 

クロン・チバー・モンへのサイクリング以来まったく自転車に乗っていなかったのですが、冷たい北風が吹いた日曜日に久しぶりに入間川サイクリングロードを走って来ました。 いやぁ、ツラかった。アラ還ともなると体力維持の努力はサボれないのですね。

サイクルコンピューターが衛星をひろうまでの数十秒、時刻表示がカンボジアの現地時間になっており、いまさらながらの旅愁を覚えてしまいましたっけ。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

あけましておめでとうございます(^^)

  • 2018.01.03 Wednesday
  • 17:39

 

みなさま、よいお正月を過ごされましたか?(^^)   東京は、ちょっとお散歩にでも出かけたくなるようなおだやかな陽気の三が日でした。三日の今日はちょっと風がちべたいけど。

 

私的なハナシですが、前回の更新でネタにしたとおり昨年末には予定していたカンボジア旅行がとんでしまい、いやはや大爆笑な年の暮れでした(T_T)

家で悶々と自分のポンコツさを反省するのもしんどいし、患者さまたちに笑っていただいて気分転換しようと、旅行予定の期間も結局休まず診療していました。 その作戦が奏功してか、ことのほか気持ちの立ち直りが早かったので、この1月下旬に再度彼の地への旅行を段取りしてしまいました。 笑われるかもしれませんが、懲りない自分をすこし頼もしく感じました。 患者さまには、またご迷惑をおかけすることになりますが、どうかおゆるしくださいませ(^^;

 

 

さて新年を迎えて、、いやじつは私は生まれてこの方、年が変わるからといって特段前年をふり返ったり新年にむけて何かを決意したりしたことがありません。 何かを決意して自分を縛るのが窮屈でしょうがないのです。 間違って何かを決意したところで、たぶん3日くらいでその決意を忘れてしまうような人間なんです。

 

若い頃はそんな自分を心底ダメな人間だと思っていましたが、還暦まであと2年を切ったこの齢までどうにか楽しく生きて来れたことを考えると、ひょっとしたら 「頑張らない人は幸せになれない」 は都市伝説だったのではないか思っています。

 

私が子どもの頃の日本では、何かを成し遂げるようなりっぱな人は言動も優等生的で、オリンピック選手などは 「日本国民の代表として」 とか 「期待してくれる方、応援してくれる方たちのために」 なんてのばかりでしたが、最近では 「楽しんで来ます」 が定番ですよね。 いや、今でも 「子どもたちに勇気を与えられるように」 なんてのもあるか。⇦こっちは好きじゃないなー。だいたい何さまじゃ!<`ヘ´>

きっと昔の人だってほんとは、ただ頑張ることが”好き”だっただけなんじゃないのかなあ。

 

あえて自分に縛りをかけて頑張る人はきっとエライし、そんな人がたくさん居てくれないと世の中うまく回らないので、ぜひぜひ皆さんには精出して頑張っていただきたいと思いますが、年頭にあたり私はあえて宣言します。「今年も好きなようにやらせていただきます!」(≧▽≦)

 

 

 

 

 

 

SRでモンテラック

  • 2017.11.07 Tuesday
  • 11:45

 

日曜日はチーム恒例の 「ペンション・モンテラック」 へのお泊りサイクリングでした。

私は土曜の仕事を終えたあと、高速バスで輪行して復路は道志みちをみんなとサイクリングする予定だったのですが、14才になる愛犬が急に具合がわるくなってしまい、私が獣医さんに連れて行くことに。

診察が終わったのは17時。 バスで向かうと宴会に乗り遅れてしまうので、納車間もない次男のSR(オートバイ)を借りて行くことにしました。

 

北西の強い風に凍えながら中央高速を走り、いよいよふるえが止まらなくなった藤野PAで、房総の友人宅から富士吉田の自宅へ帰るというライダーと "連れcoffee"。 夜のPAにはオートバイは2台だけでした。 オートバイに乗ることが生活の一部だった20代の頃にはこんなシーンがよくあったっけなあ。

 

 

1時間ほど遅参しましたが、気心の知れたメンバーなのであっという間に場のノリに追いつきます。 ディナーを1名分作り直してくれたオーナーのはんくまさんに感謝です!<m(__)m>

 

 

この日は先着メンバーで本館のベッドが埋まってしまったので、数人のメンバーとコテージでzzz

通路を歩きながら見上げた月を、酔っぱで撮れるかチャレンジしてみました(^^)

 

 

 

「朝メシだよ〜!」と起こされ、コテージ組のタカトリと一緒に本館ダイニングへ。 写真は 「パリ・ブレスト・パリ」(1200kmを90時間で走るイベント) を2回完走した彼のケツ(≧▽≦)

 

 

 

 

湖畔で記念写真を撮ったあと、みんなは道志みち組と箱根組に分かれて自転車で家路に。 ちょっとさみしいけど私はここから単独行動です。

(この写真ははんくまさんの投稿から拝借)

 

 

 

はんくまさんが教えてくれた御殿場のSR専門のカスタムショップ 「Stinky」 のウィンドウを覗いていたら、その横を 「ツール・ド・沖縄200km」 を来週に控えたイノッチがビュ〜ン!って駆け抜けて行きました。籠坂峠越えもあるのにオートバイに追いつくって、どんだけ(^^;

美術品のようなカスタムSRを、おもちゃ屋のプラモデルを眺める小学生のように貼りついて見ていたら、「コーヒーでもいかがですか?」 とオーナーさん。よろこんでお呼ばれしました。

年齢も近いので少年時代からのオートバイ談義に花が咲き、果ては音楽・文学の話まで。 気がついたら30分以上経っており、そろそろお仕事に障りが出そうなので慌てて失礼しました。

 

 

隅々にまで手の入った宝石のようなSRたち。 

 

 

 

その後は30年ぶりくらいに箱根スカイラインへ。 紅葉シーズンのわりには交通量が少なかったので、レッドゾーン付近を維持してスポーツライドっぽいことをしてみました。 もちろん年寄りの冷や水にならないようにほどほどにね(^_-) 

 

 

駿河湾までくっきり。左に見える伊豆半島の岬は大瀬崎あたりでしょうか。

 

 

 

 

 

 

月曜日に子宮と卵巣、あと乳腺の腫瘍を摘出する手術を受け、麻酔から覚めたミント。 幸い経過は良好とのこと。 おそらく家族の中でいちばん賢い彼女は、術後に家人が面会に行っても動揺を見せなかったとか。 見習うところが多いです(^^;

 

 

 

 

 

 

 

 

台風

  • 2017.10.30 Monday
  • 17:06

 

ここのところ週末は毎度毎度の雨降りで、ぜんぜん自転車に乗れていません。 この日曜日も次男のSRをいじったり、テレビで映画を観たりして過ごしました。

 

2週続きの台風も狙いすましたように週末でしたね。 先の台風21号は中心気圧が925hpで東海・関東に迫って来ましたので、上陸前には久しぶりに家の周りをいろいろチェックしました。 この台風は停滞していた秋雨前線をさんざん刺激してたくさん雨を降らせ、増水などで亡くなられた方もありましたね。 ただ、東京に来るころには勢力が衰えていて瞬間最大風速も30m/sくらい。 月曜の朝には台風一過、何事もなかったように出勤できました。

 

東京では台風の被害がまれだとはいえ、いちおう油断せず備えはします。 それは高校時代まで暮らした室戸での背筋が強ばるような恐怖の記憶があるからです。

 

ご存知のように、室戸地方は台風が上陸する頻度が高いので「台風銀座」と呼ばれています。 とりわけ凶悪だったのは、私の父が2才だった1934年の室戸台風。 あと私が1才だった1961年の第2室戸台風です。 室戸台風では室戸岬漁港の堤防が高潮で決壊。堤防近くにあった祖母の実家では祖母の家族が数人流されて帰らなかったと聞かされました。 その後も大きな台風が何度も上陸し、友人のお母さんが乗っていた車が土砂崩れに巻き込まれて亡くなったりしました。

 

下の写真の室戸岬灯台のすぐ近くには気象庁の気象観測所があります。 前身の室戸岬測候所が設置されたのは1920年。 室戸台風(上陸時の最低気圧911.6hpaは当時世界最低)の上陸時には風速計が壊れてしまい、最大風速を計測できなかったそうです。 第2室戸台風のときにも風速計は84.5m/sで振り切れてしまい、またしても計測不能だったのだとか、、

 

私の生まれた家は江戸時代の後期に建てられた、それはそれは古〜い家でしたので、60m/sクラスの台風が接近して来ると家族7人で別棟の風呂場に籠ってラジオに耳を傾けていましたっけ。 ときおり吹きつけるブロウの音や振動は、恐怖で鳥肌が立つほど暴力的で、自然が本気出したときの力を思い知りました。

 

台風の目の中に入ると一刻うそのように風がおさまります。 大人たちは家の様子を見に行ったりするので、子どもの私も非日常の外の世界が見たくて見たくてしょうがありません。「歩いて3分の海はどれほど荒れ狂っているのか、川は、大木は!」 

ただ、好奇心が強すぎる私のキャラを親はすっかりお見通しで、風呂場から出ようものならどこからともなく罵声が飛んで来ました(^^;

 

 

話は変わりますが台風な日曜の夜、前日録画しておいたNHKスペシャル「村田諒太 親子でつかんだ世界王座」 を見ました。 

以前からインタビューや練習への取り組み方を見て哲学的な人だなあと感じていましたが、どうやら追い詰められたときにお父さんから贈られた、ユダヤ人の心理学者ヴィクトール・E・フランクルの 「夜と霧」 の一節に救われたのがきっかけで、今や心理学や哲学の本が手放せないのだとか。その一節には私もハッとさせられました。

 

人生に意味を問うてはいけない

人生からの問いかけに

どう答えるかが大切なのだ

 

「人生という修行を楽しめ」ってことでしょうかね。しらんけど(^^;

 

 

室戸岬灯台。画像は「風景倉庫」さんから拝借しました

 

 

 

 

 

 

 

 

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