期間限定の八丁峠

  • 2019.05.02 Thursday
  • 17:27

 

ずいぶん前からさんざん「今年のゴールデンウイークは10連休!」などと聞こえて来てはいましたが、もちろん自営業の私はそんなに休めません。

ただ、のんきな私とちがって、組織の一員としてお勤めをされている患者さまの心身の消耗度を見ると、たしかに心をリセットするための長期休暇は必要だなと感じていました。 新しい時代のスタートに向けてしっかり英気を養って頂きたいと思います。

 

さて、私も先の日曜月曜は連休を頂きましたので両日とも外出。 日曜は次男とオートバイでツーリングに出かけて来ました。

左が次男のSR400、右は今回私が借り出した長男のNINJA400。NINJAはまだ新車で、やっと慣らしが終わったばかり。コケたら怒られマス(^^;

 

写真は朝6時過ぎの高坂SA。日中は気温が上がる予報でしたが朝は10℃以下。 ふたりとも皮を着て出たものの、高速巡行は寒いのなんの。 それもそのはず、秩父でガソリンスタンドのおじさんに聞くと朝は3℃だったそうです(*_*

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今回の目的地は八丁峠。 2年前の同じ頃にひとり自転車で訪れて気に入った場所です。 ただ、その直後から道路状況が悪化して、現在まで通行止めが続いていました。 ダメ元で事前に埼玉県農林部に電話で問い合わせたところ、なんとこのゴールデンウィーク中に限り八丁峠までの通行を許可する予定とのこと。 確認したら翌日のHPにもその旨がアップされました。 どこも混雑しそうなGWに穴場を見つけました!

 

 

滝沢ダムに到着する頃には気温も上がって気持ち良い陽気に。 この先で中津川方面へ分岐するのですが、そこから林道・金山志賀坂線の入口まではほとんど交通量がなかったので、初心者の長男が真ん中近辺しか使っていなかったNINJAのタイヤを、ほぼほぼ端っこまで皮むきしときました。

それにしても最近のバイクの速さには舌を巻きました。パワーの出方や、足回り・タイヤの性能の進化が素晴らしく、まったく不安なくスポーツライディングが楽しめました。

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林道・金山志賀坂線へ。 岩の崖の間の谷筋を上っていきます。

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雁掛トンネルを抜けたら、廃墟の町として有名なニッチツ鉱山。

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以前訪れたときにはきちんと営業していた鉱山の郵便局。しばらくの間お休みするそうです。

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ニッチツを過ぎると、路面のコンディションはどんどんスリリングな状況に。

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八丁トンネル。

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予想はしていましたが、標高1,200mを超える八丁峠ではやはり新緑には早かったようです。

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風もなくおだやかな陽光の下、のんびりコーヒー。

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一昨年の6月の写真。 八丁峠から志賀坂方面へ数百メートル下ったところから撮ってます。 今回は通行止めでこの風景には会えず、、

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秩父へ下りてくると新緑はドンピシャ。 電車も緑のトンネルの中を走ってるみたい。 気持ち良さそう。

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ほんの300km弱のツーリングでしたが、翌朝起きると身体がバキバキにこわばっていました。 やはり自転車とオートバイでは負担のかかり方がちがうんですね。 この日は身体をほぐしにのんびり荒川サイクリングロードへ。

 

田植え前の田んぼの匂いが郷愁をそそります。

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毎年楽しみにしている大宮健保グラウンドのメタセコイアの新緑はまだこれから。

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田んぼのオーナーさんもいろいろ。 上の写真のヒメジョオンの田んぼのように、あぜ道の雑草を放置している人もいれば、几帳面な人はタンポポも根こそぎ。 また、通りかかりにそれを見て何を感じるかも人それぞれ。 おもしろいものですね。

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秋ヶ瀬公園で休憩しようと自転車を停めたら、先客が。

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2日ともお天気にも恵まれて良い休日になりました。 次は5月5日(日)6日(月)にまた連休を頂きます。

 

 

 

 

 

 

ETV「熊を崇め 熊を撃つ」

  • 2019.02.22 Friday
  • 17:05

 

先日NHK Eテレで放映された 「熊を崇め 熊を撃つ」 という番組を録画で見ました。

秋田県鳥海山のふもとには、最後のマタギ集落のひとつ 「鳥海マタギ」 の村があります。 番組はその村のマタギ、小沼清弘さん(60才)に密着した記録です。

彼の猟法は ”フシブチ” という単独での追跡猟。猟犬も使わず、ひとりで黙々と熊の足跡を追って尾根をいくつも越えて歩きます。 当然集団の猟より大きなリスクを背負っての猟。 熊と対峙する際には、常に命のやり取りを覚悟して臨んでいるそうです。

マタギが狩猟のみで生活できなくなったのはおよそ50年前。 今では熊皮は買い手がつかず、熊の胆は法律で売買が禁止されてます。

小沼さんが子供の頃、専業のマタギだった父親の収入が減少してだんだん生活が苦しくなっていくのを実感したそうです。

彼は中学2年から上京して出稼ぎし、家族に仕送りをしていたとのこと。 兼業農家の現在は自治体から冬季の除雪作業員としての仕事も請け負っているので出稼ぎはしなくてよくなったそうですが、その分猟に出られる日が減ってしまっているのが悩みの種だと話していました。

 

インタビュアーがもっとも気になる質問をしてくれました。「マタギとは何ですか?」「マタギとハンターの違いは何ですか?」

しかし、小沼さんや集落のマタギたちから明確な答えは聞けませんでした。 おそらくその答えは精神性のハナシ。それを言葉で説明するのは難しいのでしょうね。

 

2013年の夏、自転車で東北地方を旅したときに、1日だけサイクリングをおやすみして白神山地をトレッキングしました。 その前夜に宿泊した青森県西目屋村の公営宿泊施設の書棚に 「白神山地マタギ伝 鈴木忠勝の生涯」 という本があり、部屋で途中まで読んで、読み切れなかった頁は帰京してから読了しました。 それまで漠然としたイメージしかなかったマタギについてかなり詳しく書かれていて、彼らの生き方にとても共感しました。

その後もマタギへの興味は尽きず、白神山地の秋田側、阿仁町のマタギを題材にした志茂田景樹の直木賞受賞作 「黄色い牙」 を読んだりしましたっけ。 そして今日アマゾンから、同じく阿仁町のマタギのお話 「邂逅の森」 が届いたところです。

 

マタギには独特の宗教観があります。 それはメジャーな宗教のように人間社会の中での生き方を導くためのものではなく、山の神との関わり方を教えるもの。 古くから伝承される山のおきては、仲間や自分自身を守るものであったり乱獲を防ぐための智恵であったり。 中でももっとも重要なのは自然への敬意。 読みかじった知識から得た私の結論ですが(^^;

 

私が生まれ育った町は土佐湾沿いの田舎町で海まで徒歩3分、山まで1分。 最寄りの駅まで60kmという自然の濃い町でした。 母の実家は更に田舎で、隣町の川伝いに10kmほど上流へ入った山里の村。 そのあたりでは成人男性のほとんどが鉄砲の免許を所持していました。 祖父や伯父・叔父たちは冬になるとイノシシを撃ちに行くことが何よりの楽しみで、軒下のあちこちにはいろいろな動物の毛皮が板に打ちつけられて乾燥中でした。

私自身も小学生の頃には近所のお兄さんたちに連れられて、冬は山でキジ、ヤマバト、コジュケイ、ヒヨドリ、ツグミ(当時はどの鳥も保護鳥ではありませんでした)など。 夏は川で天然ウナギを罠で獲ったり、磯の魚を銛で突いたりして過ごしました。 それは大人になったあとの本格的な猟に向けてのトレーニングのようなものでした。 もしそのまま地元で就職したら、ひょっとしたら私も毎冬イノシシを追いかけていたかも知れません。

 

食べるために生き物の命を頂くときの、興奮と罪悪感と感謝の気持ちがないまぜになった感覚は、誰かが殺してくれた動物を食べるのが当たり前になってしまった現代では、一度も経験しないまま一生を終える人も多いのではないでしょうか。 マタギのように宗教的な意味を含めた行為でなくても、人間が太古の昔から生き延びるために行ってきた行為をあらためてなぞることは、忘れかけていた大切なことをもう一度知る機会になると確信しています。

 

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写真は青森・目屋の最後のマタギ、鈴木忠勝さん。カッコよすぎる(◎_◎;)

 

 

 

 

 

 

 

 

カブ(2代目)が来た!

  • 2019.01.30 Wednesday
  • 17:35

 

いよいよ冬が本気出してきましたね、、朝夕の寒さと言ったら(+_+)

齢を取るにしたがって週末サイクリングの距離がどんどん少なくなってきているので、せめて通勤くらいは自転車でと心掛けてはいるものの、通勤距離はたった4km。今の時期、寒さで縮こまった身体で幹線道路をハァハァ頑張るのは年寄りには毒です。

なので、例年冬の3ヶ月は電車の定期を買ってしまうのですが、この冬は新たなアシを導入しました。

110ccのカブです。”新た”と言いましても2016年製、走行距離6,000kmの中古です。

 

ホンダ・スーパーカブは2012年から中国で生産されていましたが、昨年からまた生産拠点が熊本工場に戻っており、外観もファンの多い以前の丸目タイプに変更されました。

国内生産に戻ったと言いましてもパーツ類の多くはアジアの国々に生産を依存している状況は変わりません。 もちろん組み上げの精度でバイクの信頼性は変わりますが、なにせ基本設計からウルトラスーパーにタフなカブのこと、どこで生産しようが私がヨボヨボになるくらいまで活躍してくれることは間違いありません。 ということで、あえて角目の中国生産モデルを選択しました。

 

じつは以前から、街でまれに見かけるまっ黒の角目のカブが気になっていました。「あそこをあーしてこーして・・・」なんてカスタムの妄想をふくらませていたのです。 そこで今回、中古オートバイの検索サイト「グーバイク」で探しましたが、黒の角目は一都六県で5台しかヒットしませんでした。 人と同じ物を持つのが好きではない私には個体数が少ないことは願ったり叶ったり。ウシシです(≧▽≦) 

価格と程度で選んだ個体は佐島マリーナ近くのお店でした。さっそく注文して、暮れも押し詰まった頃に納車。

逗子までは湘南新宿ライナーで。そこからはローカルなバスで30分。湘南の海を見ながらウトウトし始めた頃に到着しました。

 

対面した愛車の程度は想像以上。良い買い物でした。 次男の愛車だった一代目の50ccのカブと比べると排気量は倍以上なので、加速は段違い。帰り道の国道16号や1号では、右側車線でも車の流れを余裕でリード出来ました。

 

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これが納車時の状態。

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そしてこちらが現在の状態です。

換装箇所はバックミラー、フロントバッグ(雨ガッパ用)、モリワキマフラー、オリジナルステッカー、リアトランクです。

きほん通勤用ですのでルックスよりも実用重視で。とは言えマフラー換えちゃったので燃費は60km/lを少し下回るようになってしまいましたが(^^;

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色がぴったりだったので、2004年に高円寺のライブハウス「JIRIKICHI」の30周年記念日比谷野音コンサートでもらったシェクターのステッカーも。

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現在の自宅ガレージ。左端は私のカブと1日ちがいで納車になった長男の2019年型NINJA400。右端は次男のSR400。

次男のレガシィはマフラーが換装されており、とてもここで始動できる音量ではありませんので他所に駐車場を借りさせました(^^;

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オマケで初代カブの写真。スタッフ女史のお宅にドナドナされて行き、今も息子さんの通勤用バイクとして活躍しています。

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秋空へ召されたミント

  • 2018.10.08 Monday
  • 12:02

 

土曜日の朝、愛犬のミントが15歳と半年の一生を終えて旅立ちました。

 

次男は2歳の頃から、自分より何倍も大きなよそんちの犬にベタベタじゃれついて行くほどの動物好きでした。 彼が小学2年生になった春、家族で私の友人に紹介してもらったミニチュアダックスのブリーダーさんの犬舎を訪れ、生後2ヵ月ですでに賢さとエレガントさが際立っていた雌のミントを頂いて帰りました。

 

その後、それほど動物に関心のなかった長男も積極的に世話をするようになりました。 ミントの存在はふたりの子どもたちの精神的な成長にどれほど貢献してくれたか分かりません。

 

今は動物同伴禁止になってしまった自宅前の公園を伸びやかなフォームで駆け、猟犬の本能そのままに鋭いターンを決めてこちらに戻って来る美しい姿がありありと思い出されます。

 

 

ミントが最初の癌の手術を受けたのは約1年前。 同じ頃に椎間板ヘルニアも発症してしまいましたので後ろ脚がまったく立たなくなり、身体の力はどんどん落ちて行きました。 それからはずっとオムツの生活。 帰宅してみると尻尾の穴から漏れてリビング中がエライことになっていることもしばしばでした。

 

この8月には乳腺の腫瘍が大きくなってしまい、とても辛そうでしたので2度目の手術。 術後の経過は良好だったのですが、ここ1週間で急激に容態が悪化して食事も摂れなくなってしまっていました。

 

もともと吠えることのない犬でしたが、オムツになってからはトイレを知らせたり、自分で起き上がることが出来なくなった最後の1ヶ月ほどは「起こしてよぅ」などのメッセージで深夜にも吠えるようになりました。 家族のほとんどが最初の一声で反応するので、深夜にリビングで集合なことに(^^;  それでも最後まで誰も不満を感じずに世話ができたのは、ひとえにミントの徳によるものだったと思います。 子供たちが社会人になってからは全員揃って話す機会も少なくなっていましたが、ミントのおかげで家族のコミュニケーションも復活。

 

旅立ちの前夜、千葉県の友人宅に泊めてもらうことになっていた次男にミントの容態を報告すると、雨の中をオートバイで帰って来て、ミントの居るリビングのソファで寝てあげていましたっけ。

 

 

その日のうちに、幼い頃ミントが走り回っていた公園前で、花や家族の写真、次男の書いた手紙と一緒に火葬してもらいました。 家族全員で見送ることが出来てよかったです。

 

日曜日にサイクリングから帰宅すると、家人と長男がリビングのケージを片づけてくれていたのですが、その広さにまた寂しさを誘われましてね、、

 

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晩年のミント。

 

 

 

 

 

 

お盆休みは人生初入院

  • 2018.08.20 Monday
  • 10:29

 

信楽焼のタヌキいるでしょ?  1年半ほど前から、自転車でギャップを越える際にその信楽さまがサドルに打ちつけられると、すこし痛みが出るようになりました。お風呂で確認するとなんと左側の信楽さまは右側の3倍ほどにふくらんでいるではありませんか。

 

近所の泌尿器科で診てもらうとどうやら陰嚢水腫という病気で、もっともっと大きくなってしまうことが多いとのこと。 注射器で数回抜いても再発するようなら手術を選択したほうが良いとのお話しでした。

 

そして穿刺を2回。 やはり再発しました。 穿刺でお世話になった泌尿器科の先生に相談して、お盆休みに手術可能な病院を紹介して頂きました。

 

2〜3年前に下肢静脈瘤の抜去術を受けた際にも全身麻酔は経験済みですが、あのときは手術時間が短いので日帰りできました。 今回は手術前日に入院して検査。 手術の翌日も経過観察で1日。 あわせて2泊3日の予定です。 入院直後は「数日のんびり過ごせるな」と気楽に高校野球を観たり読書したり。

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手術当日、麻酔薬がまわり始めるとあっという間に意識はなくなり、気がついたら手術は終わっていました。 ただ、麻酔明けはまるでお酒を飲みすぎて悪酔いしたようなサイテーな気分。 おまけにその夜は、尿道カテーテル・血中酸素濃度センサー・自動血圧計・酸素マスクに繋がれて寝返りもままならず、熱も38度くらいまで上がってどうにも身体の置きどころがない感じ。 ろくに眠れないまま朝を迎えました(+_+)

朝の回診でドクターがガーゼを取るときにおそるおそる患部をのぞいてみると、予想通り信楽さまはツルツルに剃り上げられており、”たてがみのないライオン”の風情(>_<)

 

とは言え、つらい思いをしたのはひと晩だけ。 先生の「経過良好」のインプレで気分も良くなり、予定通り午前中には退院できました(^^)

 

 

帰宅後はなるべく安静にして、高校野球のほかに録りためておいたNHKスペシャルの戦争特集をいくつか見ました。 なかでも印象に残ったのは、局アナの小野文惠さんが自身のおじいさんのフィリピンのルソン島における戦死をたどった回でした。

 

子供の頃は小説や大河ドラマの主人公のように、歴史を動かした人にあこがれることもありましたが、実際に大人になると、大勢の命を生かしたり殺したりするような立場の人になるのはまっぴらだと思うようになりました。

かえって小野さんのおじいさんや、「この世界の片隅に」のすずさんのように、大きな歴史の流れにもてあそばれてしまった人の人生に強く共感してしまいます。

 

番組の最後で小野さんは「この戦争のことをもっと知りたい」と話されていました。 よっぽどのマニアでもないかぎり、戦争中を生きた人の悲しい体験や愁眉なシーンなどは見たり聞いたりしたくないものです。 それでも胃の中に酸っぱさを感じながらも、より当時のことを知ることで、ぜったいに戦争はダメだという気持ちが強化されていくように思います。 

いい子ぶるつもりはないはないのですが、これからもこの時季にはかならず見ていくつもりです。

 

 

手術の経過も良好ですし、夏休みの最終日には、4月に就職したばかりの次男が買って来た年代物のレガシィB4 RSK(マニュアル)で峠道をドライブして来ました。 ペダルのレイアウトに無理があったのでヒールアンドトゥを教えてあげられなかったのが残念でしたが、まだまだ同乗した彼よりは上手に走れたようで父親の面目躍如でした。 久々のスポーツドライブ楽しかった!

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ボランティア治療前に少しだけサイクリング

  • 2018.08.07 Tuesday
  • 16:54

 

この夏は世界の各地で気温が摂氏50度前後まで上昇したとの報告がありますが、私もオートバイのツーリングでネバダのデスバレーを通過した際に50℃超えを経験したことがあります。あのときの暑さも相当キツかったと記憶していますが、湿度が高い分東京の40℃のほうが堪える気がするなあ(>_<)

 

 

そして週末恒例のサイクリングはもちろんグリーンライン。 下界がかなり暑い日でもめったに30℃を超えることのない尾根みちでも、この日は31℃まで上がりました。

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午後には、日ごろから仲良くさせて頂いている音楽療法の先生の依頼でボランティア治療に。 「NPO法人 福島こども保養プロジェクト@練馬」主催のサマーキャンプに参加する子どもたちの親御さんの癒しのお手伝いです。「どうせ名栗方面を走りに行くんでしょ? だったらさあ♡」みたいなノリで誘われました(^^;

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ボランティア治療は、原発事故のあと双葉町の方たちが避難されていた埼玉スーパーアリーナや、加須の騎西高校へ伺って以来です。

事故からまだ数週間の頃、床に敷いたダンボールの上に少しの身の回りの物と我が身を乗せて、明日のことも知れず固い表情のまま現実を受けとめようと頑張っていらっしゃった皆さまのことが思い出されます。

 

私は原発推進派でも反対派でもありませんが、起こってしまったことを無かったことにはできませんし、ただ自分に出来ることでお手伝いしたいという気持ちでした。

 

今回のキャンプは4泊5日とのこと。 南相馬市から5家族のみなさまが参加されていました。 南相馬市も年間積算線量が20ミリシーベルト以下に下がり居住制限は解除されたものの、子どもの健康のことを考えるとやはり心配は尽きないことでしょう。

 

午前中の川遊びで疲れた子どもたちがお昼寝している間に5人のお母さんの治療をさせて頂きました。 鍼の治療は恐がられるかと思いきや、「こんな機会だから」とほとんどの方が初めての鍼に挑戦されました。 少しでも楽になって頂けていればうれしいなあ(^^)

 

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迷走台風な週末

  • 2018.07.31 Tuesday
  • 18:16

 

台風12号のへんてこりんな進路のせいで関東以西は右往左往な週末でしたね。ともあれ今回は大きな災害につながらずに何よりでした。

日曜日も午前中は雨の予報でしたので、土曜の夜には夜更かししてビール片手にamazonプライムの映画鑑賞。 2017年のお正月に公開された「14の夜」という作品を観ました。

監督は足立紳。安藤サクラの振り切れた演技で話題になった「百円の恋」の脚本を書いた人です。 ヒリヒリするような心理描写は「百円・・・」に通じるものがありますが、「14の夜」は主人公の幼さとバブル時代の能天気さが救いになっていますので、ほのぼのとした気分で観られました。

 

舞台は1987年の田舎町。 中学の同級生4人は女性の身体に興味が尽きません。 あるとき、町で一軒しかないレンタルビデオ店にAV女優の”よくしまる今日子”が来店し、深夜0時になると彼女の生おっぱいを見せてもらえるという噂が立ちます。

校内のヤンキーたちや高校生の暴走族の妨害をクリアして店にたどりつけるのか! いや、そもそも彼女が店に来るという噂は本当なのか???

 

私たちよりひとまわり下の世代が主人公ですが、私も友人たちと町はずれの岬にある海神さまの祠に落ちていたエロ本を、こっそりひろい読みしてドキドキしたりしていましたっけ。 忘れかけていた甘酸っぱい思い出がよみがえって、ついついビールが進みました。

 

 

 

東京では夜半の雨風もたいしたことなくて熟睡。 日曜朝の雨上がりには近所の石神井公園を散歩して来ました。 途中でまたにわか雨に降られましたが、夏の雨に濡れるのも時季の風情というもの。

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夏空。

今週末には夏の甲子園が始まりますね。 高校生の球児たちの灼けた頬に光る玉の汗は、煩悩と好奇心に翻弄された、それこそ「14の夜」的な10代を過ごした私などには眩しく映ります。 しかし、抑えきれない衝動のままにあの頃を生きたという意味では、自分も球児たちと変わりがなかったのかな、とも思えます(^^) 何ひとつ目に見える成果なんか上げられなかったのに自分の人生に不思議な手応えが感じられるのも、あの頃と比較してもまったく出力が衰えない好奇心というエンジンのおかげのような気がしますし(^^)

ともあれ、今年も熱戦を期待してます!

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この日、赤岳は抹茶色でした

  • 2018.07.24 Tuesday
  • 16:47

 

日曜日には、自転車チーム・モンテラックの山好きを誘って八ヶ岳は硫黄岳に登ってきました。

じつは硫黄岳は一昨年にも次男と登ったことがあります。わりと容易にアプローチできるわりにはスケールの大きな風景を楽しめる魅力的な山でしたので、ぜひもう一度登ってみたいと思っていました。

 

モンテラック・トレッキング部の部活はこれで2回目。 昨年は新緑の時季に5人で奥多摩の高水三山に登ったのですが、今年は初心者仲間のシブさんとカスヤさんは都合がつかず欠席。 アオさんとChellちゃんという2人の山の猛者のお荷物にならないように頑張らねばです!

 

 

標高1,900mにある桜平駐車場は早い時間に満車になってしまいます。 朝の起きぬけにバタバタするのもしんどいので、私は前日入りして車中泊することにしました。

八ヶ岳は写真正面の雲の中。その中腹の桜平まではあと10kmほどです。 車の後方500mくらいのところにある「縄文の湯」でのんびりお風呂に浸かって、ビールを仕込んでゴー!

 

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駐車場へ着いた頃にはとっぷり陽も落ちて、月も見えたり見えなかったり。 ほぼほぼ真っ暗けです。 何人か車中泊の方があるかと思っていましたが、どうやら私ひとりだけ。 覚悟は出来ていたものの、やっぱりなかなか心細いものですねぇ。

ある日森の中で出会っちゃう系のあの方たちは、北八ヶ岳での目撃情報はありますが、いちおうこのあたりには居ないことになっています(^^;

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日中、車内の温度が上がっても壊れない丈夫な合板のソプラノサイズのウクレレを1本持参して来ました。 ほろ酔いでつま弾くと、音が森にこだましてゴキゲンちゃんです♡

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朝、当日入りのChellちゃんの到着を待って7時前に出発。 アオさんは数キロ登ったところにあるオーレン小屋のテント場に泊まって私たちを待ってくれています。

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前回次男と来たときには標高2,760mの頂上まで一気に登ってしまってひどい頭痛に苦しめられたので、今回は2,430mの夏沢峠で一服して身体を高度に馴らします。

下はアオさんがフェイスブックに投稿した写真です。 硫黄岳の爆裂火口や湧き立つ夏雲にカメラを向けるChellちゃんの、この瞬間のぜんぶを感じ取ろうとする姿がバレエのダンサーのよう。 抑制された感動が背中から伝わってきます。

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こちらもアオさんが撮ってくれた写真。 17kgものザックを背負ったまま、型落ちiPhoneでバシバシいい写真撮りやがります。 その絵心に嫉妬しちゃうなー。

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写真の右寄り二峰は東西の天狗岳。Chellちゃんは先月に両方とも登ったばかりだそうです。

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岩陰のミヤマダイコンソウ

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奥は小学生のおにいちゃん、手前の弟くんはなんと幼稚園の年長さんとのこと。ナイスな笑顔のお父さんと3人連れでした。

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硫黄岳の爆裂火口。落差は550m。

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そこへ乗り出して写真を撮るアオさん。ロープに気づかず足を取られて真っ逆さま。とはなりませんでした(≧▽≦)

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火口の向こう側のケルンの左側に白っぽいウェアの人が見えるでしょうか。 火口にぶつかって立ち上がる雲が、まるで噴煙のようでした。

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硫黄岳山頂です。 ふだんは集合写真なんか撮らないのですが、この日はあまりに楽しかったので他の登山者の方に撮ってもらいました。

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ある意味ショッキングな火口側の景観とちがって、主峰赤岳方面はChellちゃん曰く「高級抹茶色」の緑に覆われておだやかな表情です。 しかし、写真中央の赤岳と右側の阿弥陀岳の間の鞍部は、20数万年前に当時の富士山より高かった古阿弥陀岳の山体が吹き飛んだ場所だと言われています。

2018.7.22硫黄岳11.JPG

 

 

 

 

 

下山時にみつけた名前が分からないフシギなかたちの花。 

2018.7.22硫黄岳12.JPG

 

登り始めてから下り終えるまで、くだらない話から哲学的な話、またそれぞれのプライベートな話まで、3人でほんとうにたくさんおしゃべりしました。 半分以上は私がしゃべったかもしれませんが(^^; 無口なアオさんもけっこうしゃべりましたっけ。 山が人を饒舌にするのでしょうね。 ほんとうに楽しい一日でした。

 

またあそんでくださいね!

 

 

 

 

 

 

 

すっかりアイスランドチームのファンになりました

  • 2018.07.09 Monday
  • 17:39

 

サッカー・ワールドカップ、盛り上がってますねえ。

戦前には、日本代表にも大会自体にもそれほど大きな期待が寄せられていたわけではありませんでしたが、ふたを開けてみれば好ゲームに次ぐ好ゲーム、おそらく後々まで語り継がれるすばらしい大会になりそうな予感がします。

 

その中でも強く印象に残ったのがアイスランドチームの健闘でした。

北極圏にある人口35万人足らずの小さな国の代表チームが世界の強豪国相手に善戦したのは痛快でしたねえ。 アイスランド国内におけるアルゼンチン戦のテレビ視聴率はなんと99.6%だったそうです。

アイスランドの国内トップリーグはセミプロで、国内外でプロ契約している選手は100人程度しかいないとのこと。

代表チームのプレーはいわゆるコレクティブなスタイルで、守備でも攻撃でも全員が汗かき役。 チームの平均身長が185cmと大男ぞろいで一見スタミナに難がありそうに見えるのに、選手たちは見ているこちらの胸が熱くなるようなハードワークでチームに奉仕します。 監督は「このチームには自分を大きく見せようとする選手はいない」とコメントしていましたっけ。

 

ピンチのときや、ここ一番気合いを込めなければいけないときにサポーター席から起こるヴァイキング・クラップのプリミティブな咆哮と手拍子は、まるで地の底から響いて来るようで心を揺さぶられました。 ラグビーのオールブラックスが行うハカを初めて見たときにも似たような心の動きがありました。 きっと遺伝子に刻まれた古い記憶が共鳴するのでしょうね。

 

この応援スタイルはアイスランドのクラブチーム「ストナルヤン」がスコットランドのチームとアウェーで試合をしたときに、相手チームのサポーターが行っていたものを持ち帰り、いつしか代表チームの応援にも使われるようになったのだとか。

そのストナルヤンのゴール・セレブレイション集の動画を貼っておきます。 サッカーだけでなく人生そのものをを楽しむ人たちであることがいることが伝わって来るようです。

 

 

 

 

もともと私はアイスランドを含めた北欧の人たちに強いシンパシーを感じていました。

北欧、とくにフィンランドやノルウェーの人々からは自然に対する畏敬の念が感じられますし、実直で辛抱強いところなど、われわれ日本人と通じるところが多い気がしていたのです。「自然享受権」などに至っては社会的なモラルの高さがないと運用不可能な法律だと思います。

 

そんな北欧の人々にも、ヨーロッパ全土を股にかけてハッチャケまくった時代がありましたね。そうヴァイキング時代です。

ヴァイキングといえば掠奪と殺戮のイメージが先に立ってしまいますが、彼らのほとんどはもともと農民や漁民であり、おもに交易や移住を目的として航海をしていたようです。 物資現地調達や移住のための行いがかなりやりすぎ感の強いものだったので、今のヴァイキング像が定着してしまったのでしょう。

 

サッカーの試合を観てそこまでやる? と自分であきれながら、「ヴァイキングの歴史」というカタい本と「北欧神話」というオーディンやトールが出てくる本を読みました。 もう充分ハナシが長くなっているので内容は割愛します(^^;)    次には長男が自室のマンガの山から発掘してくれたヴァイキングの少年が主人公の「ヴィンランド・サガ」20巻が待っていることですし(≧▽≦)

 

さて、準決勝のフランス×ベルギーも楽しみですね!

 

 

最後に調べものをしていて見つけたノルウェー・オスロのアイドル「おこりんぼう」の彫刻の写真を貼っておきます。 ノルウェーのアートと言えばムンクの「叫び」が頭に浮かびますが、ヴィーゲランのこの像も大人気らしいです。 アイスランドとは関係ないのですが、この完ペキな地団駄がキュートすぎてご紹介せずにはいられませんでした♡

2018.7.9ブログ用おこりんぼう.jpg

(画像はphotolibraryより)

 

 

 

 

 

 

 

ヒルクライムからの日本史のおさらい

  • 2018.04.11 Wednesday
  • 11:36

 

前々回の更新のネタにした秩父でのサイクリングは ”10年くらい前に走った「龍勢ヒルクライム」のコースをたどってみる” というものでした。

 

道の駅 龍勢会館の近くを流れる石間川に沿って遡上し、城峰神社の鳥居をくぐると、あとは10%を超える斜度がつづく区間。 そのきつい斜面にしがみつくように建てられた民家からなる集落があります。 もう一段上の集落からふり返って見おろしたのが下の写真。 写真のウデがアレで遠くに望めた両神山がまっ白けになってしまったのがザンネンです(>_<)

 

写真を撮っていたときには、「このあたりでは林業で生計を立てていたんだろうな」などと考えていましたが、じつはあとから調べてみると主産業は養蚕でした。 その養蚕業は、こののどかな集落にゆたかな暮らしをもたらしましたが、ある時代にはかなりきびしい局面に向き合うことになりました。

2018.3.25秩父5.JPG

 

 

 

その斜度がきつくなる手前の区間を走っているときのことです。 石間川沿いの道路端に「加藤織平の墓」という看板が立っているのが見えました。 「有名な人かも知れないけど、知らない名前だな」と思いながら通り過ぎましたが、帰宅してから検索してみると、上ののどかな集落や加藤織平が、歴史の教科書に載るような事件の舞台であり、登場人物であったことを知りました。

 

高校の日本史の授業では、歴史がまだ”歴史”として評価が確定していない近代史については、年度の終わりの授業で駆け足でなぞるだけでした。 なので、まさにこの写真の撮影時に私が立っていた半納集落が戦場のひとつになった「秩父事件」についても、私はその概要しか把握していませんでした。

 

秩父事件とは、明治17年にここ秩父で起きた農民による武装蜂起事件です。 このころ秩父地方では養蚕が主要な産業だったのですが、生糸価格の大暴落と大蔵卿 松方正義のデフレ誘導政策で農民は困窮を極めており、政府に対して雑税の減少や負債の延納などを要求したこの蜂起には数千人が参加しました。 事件の詳細は検索していただくとして、興味深いのは事件から130年以上経った現在でもこの事件の評価はさまざまで、政府の圧政に対する民衆の抵抗運動、当時で言えば自由民権運動の一形態として大きな意味があったとする声もあれば、当時の政府のアナウンスと同じく「火付け強盗・暴徒による暴動」と断ずる声もあります。 近年でも、TBSでは「菊池伝説殺人事件」というドラマで、秩父困民党軍の参謀・菊池貫平を悪逆の限りを尽くした大罪人として放映し、視聴者から抗議を受けたことがあったそうです。 昨夜、この事件を題材にした映画「草の乱」を見たのですが、困民党側から見た当時の状況はたしかに同情に値するものでした。 歴史上の出来事の中には、法的判断と民衆の心情的な受けとめ方が一致しないものがたくさんありますよね。

512Ufm0PR4L._SY445_.jpg

 

 

じつは私が所属する自転車チームのメンバーのご先祖さまも秩父事件に関わっていたとのこと。 彼からそのことを聞いたのはお酒の席でしたが、これだけ時代が下っても、やはりそのことについて話すのは彼にとって少し酔いを醒ますほどの事だったのでしょう、心なしか声を潜めて話してくれたことが思い出されます。

 

それにしても、のどかな山里のほのぼのサイクリングが、まさか歴史の勉強につながるとは思いもしませんでしたっけ(^^;

 

 

 

 

 

 

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