離島へIターンの自転車仲間

  • 2020.03.24 Tuesday
  • 11:39

 

日曜日のこと、いつもお世話になっている ”サイクルショップあしびな” の自転車仲間が、今週末に東京を離れるというので急遽送別会が催されました。

 

場所は荒川土手です。この日の予想最高気温は24℃。おそらく桜もいっぺんに開くはずですが、時節柄目立つ場所での花見宴会は憚られます。それほど人目につかない場所を見つけて短時間・少人数・静粛なランチ会を、ということになりました。

飲みたい人はバス亭から徒歩。私はノンアルコールの(はずの)ビールや、ノンアルコールの(はずの)ワインを舐めるだけなので自転車で(^^;

 

 

 

 

下赤塚のブーランジェリー・ケンでカスクートを3種ほど買って、高島平から荒川サイクリングロードを南下。集合場所の江北橋を目指します。背中のリュックの中にはカスクートサンドのほかにも、牛乳パックで作ったまな板、パン切り包丁、ポータブルチェア、ウクレレ、アルコールフリーの(はずの)ワインなどでずっしり。なのでカメラは置いて来ました。この日の写真はすべて骨董品のiphone5Sです。

京浜東北線南の土手の芝桜は五分咲き。ソメイヨシノは三分咲きというところでしょうか。土手では少年野球の子供たちが休憩中。

 

 

 

 

岩淵水門あたりで鷹の訓練をする鷹匠さん。2才のこの鷹、フォルムや色合いも美しいのですが、なによりジッと見合ったときの、その眼の力に怯んでしまいました。生きるために迷いも容赦もない眼。人間の世界では不条理とされる行為が彼らにとってはあくまで正義なんですもんね。

 

 

 

 

 

繰り返しますが宴会ではなく、あくまでもサイクリングやウォーキングの合間のランチです(^^;

今回東京を離れるM間くんは31才。都内の某有名国立大学を出て一流企業で社会人生活を送って来ました。ふつうに考えれば、そのまま成功者のレールに乗って定年まで過ごせば大満足な人生。しかしどうやら数年前からヘンなムシが騒ぎ始めたらしく、休みのたびに国内の離島という離島を旅してまわるようになりました。おそらくそこで出会う自然や人が彼を変えてしまったのでしょう、島根県と雑誌ソトコトがコラボして運営される「しまコト・アカデミー」という講座に参加してことをきっかけに、ついに会社を辞めて、島根県は隠岐へ移住することを決めてしまったのです。まずは市の職員として働きながらクラフトビール作りを学び、隠岐でブリューワリーを立ち上げる予定なのだとか。早く飲ませてほしいわあ(*^-^*)

しんどくても何でも、楽しめる人生がいちばん。がんばりや〜!

M間くんはアタマしか写ってなかった(^^;

 

 

 

えんか、、いやランチ会は13時過ぎには解散。あくまで日焼けで赤らんだ顔のまま家路に就きました。

今年8月から段階的に閉園することが決まった家の近所の ”としまえん”。新型コロナウィルスの影響で先月29日から休園していましたが、この週末から営業再開しました。閉園に向けて名残りを惜しむ方たちでしょう、午後だというのに次々に入場されていました。

 

 

 

 

帰宅。自宅前の公園のコブシも満開です。東京の空がもう少し青ければもっと花が映えるんだけどなあ(^^;

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりのボランティア

  • 2019.10.22 Tuesday
  • 10:58

 

台風19号の通過から1週間が経ちましたね。

河川が氾濫した地域や山間部の道路などは、まだ復旧にはほど遠い状況で心が痛みます。

すこしはお役に立てないものかと、お隣の県の埼玉県災害ボランティアセンター設置状況を見てみましたが、募集条件が自治体内に在住・在勤・在学の人に限られている市町がほとんど。 ただ、人口の少ない小川町はよそからのボランティアを受け入れてくれていましたので、日曜日の朝次男とオートバイで出かけて来ました。

 

それほど意識が高くない私が、最初にボランティアに参加したのは2011年4月。 東日本大震災のあと爆発した福島第一原発のあった双葉町の方々が避難されていた埼玉スーパーアリーナ、そして避難所移転後の加須市の騎西高校へ治療ボランティアでうかがいました。 帰宅してボランティアへの参加をSNSにアップしたものの、なんだかいい子ぶってるようで気恥ずかしく、すぐ削除してしまいましたっけ。しかし、被災した方からの心からの感謝の言葉を頂いたとき、ちょっと胸が熱くなるこんな気持ちを友人たちにも知ってもらいたくて、その後はブログに書くようにしています。

 

 

小川町の町内で合流して都幾川に流れ込む槻川と兜川はどちらも氾濫しましたが、その二河川が合流する場所のすぐ下流はこんな感じ、、

 

 

 

表札っぽい。

 

 

 

 

朝9時、町の社会福祉協議会にあるボランティアセンターでのブリーフィング。50人ほどの参加者が、被災された町内各地の家の濡れた畳の搬出や泥の撤去など、いくつかのチームに分けられます。

参加させてもらえるかどうか分からないまま受付に並んだので、弁当を持参していませんでした。ところがセンターの女性担当さんときたら「足りないかもですが、よろしかったらおふたりで私の自分用のお弁当を食べてください」。もちろんお気持ちだけ頂きましたが、こんなん言われたらそら気合い入るっしょ!(^^)

 

 

 

 

まず私と次男が振り分けられたのは、民間の介護施設前の側溝。 泥が詰まってしまい、水が噴き出して駐車場への出入りが困難になったという現場。 いや、これふだんから定期清掃しとこうよ。施設の担当者は最後まで一度も顔見せてくれないしさー、、作業自体はみんなで仲良く助け合って楽しく出来たのですが、そこがちょっとザンネンでした。

 

 

 

側溝に居たカンタロウミミズ(シーボルトミミズ)。 日本最大のミミズで北限は中部地域までのはずですが、こんなところにも温暖化の影響が出ているんですね。 子どもの頃、天然ウナギを獲るワナを仕掛けるときのエサにするために、よく山に捕まえに行きましたっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

介護施設の側溝がキレイになったので次の現場へ。 最初の写真の二河川合流地点のすこし下流です。 床上まで浸かったお家から道路までの小道に槻川の泥が入り、ぬかるんだらお年寄りが歩けなくなってしまう箇所の泥撤去です。 時間に追われていたので、現場の状況をうまく撮れた写真がないのですが、この泥地はもともと畑があった場所。 左奥の写真に写っているコンクリートは塀ではなく土台です。その土台の上の住居の床上まで水が上がったそうです。

そのお家のご主人と高齢のお母さまにお茶をごちそうしてもらい、繰り返し感謝の言葉を頂いて疲れが吹っ飛びました(^^)

 

 

 

 

上の写真の反対側。 向こうに見えている林は槻川の向こう岸です。 川が大きく蛇行する箇所なのに護岸だけで堤防はありません。川底のしゅんせつは、このお家のご当主が小学生だった40年前が最後だったとのことですので、かなり氾濫のリスクが高くなっていたと思われます。

 

 

 

 

撤去した泥は土嚢に詰めて次の災害のために保管しておくそうです。この場所では、軽トラの荷台が沈むくらい積んで2車分の作業でした。

 

 

 

 

いちおう働いてきた感出してみました(≧▽≦)

 

朝から夕方まで慣れないスコップ作業と土嚢運び。 情けないハナシなのですが、翌日は身体中がバキバキ。自分で全身に鍼をしてほぐしました(^^;

台風20号から変わった熱帯低気圧の影響で、昨夜からまた雨量が多くなっていますね。被災地の復旧の妨げにならないと良いのですが、、

 

 

 

 

 

 

台風

  • 2019.10.16 Wednesday
  • 19:59

 

先週末は台風、こわかったですねえ。

 

前にも書いたかもしれませんが、私が生まれた室戸の実家では、私が中学2年まで江戸時代に建てた家屋で暮らしていました。 ご存じのように台風の上陸地点にご指名を受けることが多い室戸ですので、ちょくちょく風速60m/s以上の台風の直撃を受けることがあり、そんなときには家族7人で別棟のお風呂場でやり過ごしましたっけ。 たいしたもので時代物の母屋は建て直すまで壊れることはありませんでした。

 

それに引きかえ、いま暮らしている東京の家は狭い敷地に無理やり立てた半地下の3階建て。 30m/sくらいで家が揺れますので、925hPaくらいの強さで近くまで迫ってこられると背中のあたりが涼しい気分になります。

ただ、同居している長男は私より防災意識が高く、あっという間に半地下車庫前に水嚢をならべて水害対策をしてくれたり、飛びそうなものを片付けてくれたり。今回の仕切りは彼にお任せでした。 こうやって年寄りはだんだん存在感が薄くなっていくんですね。それはそれでありがたいことです(^^)

 

21時過ぎにスマホのアラームが鳴り、練馬区と板橋区に名指しで大雨特別警報が出たと知らせてくれましたが、そのとき練馬区ではもう雨は峠を越えた感じでした。 結果自宅、職場とも無事でした。

しかし、テレビでは各地の河川の切迫した状況を伝えており、氾濫が懸念される大きな川の近くに住む友人のことが気がかりで、夜半まで落ち着かない時間を過ごしました。

 

明けて日曜、被害の状況が少しづつ明らかになるにつれ、水害の恐ろしさを再認識した次第です。

ご家族を亡くされた方、また被災された皆様、心よりお見舞い申し上げます。

 

 

 

土曜日の午後はずっと家でテレビにかじりついて過ごし、心がふさぎ気味でしたので、日曜の朝には少し自転車で出かけて来ました。 いつもの山方面や荒川に近づいてご迷惑になってもアレなので、何年ぶりかで多摩湖サイクリングロードをのんびり1周。

 

突堤ではまだ、カメラを持つ手があおられるくらいの強風が吹いており、湖面には白波も立っていました。

翌日はまた雨の予報でしたので、この写真の1時間後には富士山はすっかり雲に覆われてしまいました。

 

 

 

 

この日、西武ドームでは午後からパ・リーグのクライマックスシリーズ第4戦が行われました。 朝10時くらいに通過したのですが、ライオンズ・ユニを着た気の早いファンがもう何人も到着していました。

 

 

 

 

多摩湖サイクリングロード。 路面はドンコロな箇所があったりしますので慎重に。

 

 

 

 

 

 

 

 

仲良くおしゃべりしながらお散歩を楽しむご夫婦。

 

 

 

 

多摩湖の突堤の、湖と反対側はこんな風景。多摩湖は多摩川の水を地下の導水管で運んで来て貯めた貯水池なので水位はコントロールされており、氾濫することはないようです。 西武園遊園地の観覧車が見えます。

 

 

 

 

 

 

まだ風が強かった帰り道、道路の真ん中でカマを路面に引っかけたまま動けなくなっているカマキリが居ました。 道路に出てみたものの、風の強い場所があってにっちもさっちもになったのでしょう。 追い風でしたので私の自転車は30km/h以上で走っており、助けに戻ろうかと思ったときにはもう数十メートル先。後続の車が近づいていて断念しました。 もう少し早く決断していれば、、と重い気分で帰宅しました。 みなさんにもそんな経験ありません?

 

 

まもなく自宅という所、路肩で風に遊ぶキバナコスモスがしょんぼり気分を慰めてくれました。

 

 

 

オレンジ色の花と言えば、名前を調べないまま先日拙ブログに写真をアップした荒川土手の花。 植物に詳しい患者さまに教えて頂いて名前が判明しました「キクイモ」というのだそうです。

その患者さまは地下に出来る塊茎を味噌漬けにして食べるとのこと。 含有されるイヌリンには血糖値を抑制する働きがあるのだとか。 へぇ〜!(@_@)でした。

 

 

被災地のみなさまのご健康と、一日も早い復興をお祈りしております。

 

 

 

 

 

 

 

益子。ちょっとかよってみたくなる町でした

  • 2019.09.10 Tuesday
  • 12:23

 

日曜日には台風が来るとの予報でしたので、なにか自転車以外のことをしようと、次男と一緒に益子町へ陶芸体験に出かけて来ました。

次男は小さい頃から創作が得意でしたので、彼も母親や兄と同じようにクリエイターとして生きていくのではないかと思っていました。しかしまわりの予想に反して彼が選んだのは文系大学から一般的な会社員という進路。 ただ、ときどき創作の衝動が湧き上がってくるようで、今回は私もお供で同行してみました。

 

この日お世話になったのは、工房「風和里」。 益子の町はずれ、山の手の行き止まりにある小さな工房です。

主催されているのは作家の佐藤仁思さんと大和知子さんご夫妻。 インターネットの体験講座のリストの中から、何の気なしに選んだ工房でしたが、いろいろな意味で大当たりでした。 まず、お二人の人柄がすばらしかった。おだやかでやさしいご主人と、テキパキと手順を示して下さる奥さま。 体験者が持つ作品のイメージを共有して、それをかたちに出来るようやさしく辛抱強く取り組んで下さいました。 あと、音楽の好みが私とドンピシャ。 ジャズドラマーのご主人と、ジャズ好きで何度もニューヨークを訪れたという奥さまは、音楽が縁で出会われたとか。 1987年に仙台で行われたマイルス・デイビスのステージでは、私とご夫妻が同じ客席にいたことも判明。 ほかにもお婿さんが次男と同窓であったりと、陶芸以外のことでもずいぶん話が弾みました。

 

 

 

 

 

奥さまが、手のおもむくままひねったという作品の数々。 それぞれの作品の、光の当たり方で変化する表情は見飽きませんでした。

 

 

 

 

ご主人の模範制作。 ふわっとしたオーラを纏ってロクロの前に座ったと思ったら、鈍色の土のかたまりがあっという間に器のかたちに。 どんなプロもそうですが、仕事に集中する瞬間の気の発散はすごいものだなあ、と見とれてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

親子ふたりでロクロ初体験中。 オーラのオの字もありません(^^;  

 

 

 

 

次男はどうしてもかたちにしたいイメージがあるらしく、奥さまの指導で手びねりにも挑戦。

 

 

 

 

 

 

 

出来を採点されているわけではありません。 焼く前に釉薬の種類を選んで記入して頂いているところです。

 

 

 

 

名残惜しい気持ちで工房をあとにして向かったのは、人間国宝の陶芸家、濱田庄司の旧邸。

彼が生前に使っていたという登り窯が邸内に移設されていました。

 

 

 

 

 

 

この日、座敷ではお茶会が催されていました。

 

 

 

 

濱田庄司邸に隣接する陶芸美術館では、同じく人間国宝の島岡達三の作品展が開催されていました。次男は彼の作品に相当インスパイアされたようで、ゆっくり鑑賞したあとにもう一周していましたっけ。

 

その後、益子焼窯元共販センターで日用的な陶器を見学がてら次男は彼女のためにマグを購入。 お昼は栃木名物のそばをいただきました。 グルメサイトでリーズナブルな名店と紹介のあった「明水」はお店センターから車で数分。店内にはギャラリーも併設されています。 気になったのは什器やテーブル、椅子などがひとつひとつ違っていて、明らかに手作業による調度であったこと。訊いてみるとやはり金工作家さんによるものだとのこと。 毎年石神井公園のギャラリーで個展を開かれる木工作家の安彦年朗さんもこの町に移って創作活動を行っていると聞きましたし、自然とアーティストが集まってくる町のようです。 歴史的なこともあって町の人たちがアートへの感受性が高く、また多様性を尊重する風土があるのではないかと推察しました。

もちろん、明水のそばは美味しかったです。 陶芸教室の緊張が解けて自覚された空腹感がやっと満たされました。

 

 

 

 

 

数日前、院のスタッフ女史に益子行きのことを話したところ、彼女は小学2年までお父さんの仕事の都合でこの益子で暮らしたとのこと。 ちょうど通り道でしたので、彼女が通っていた星の宮分校の写真を撮って見せてあげようと立ち寄ってみました。

しかし予想通り今は廃校になっており、旧校舎だった左奥の建物は屋根が葺き替えられて地域の自治公民館になっていました。

それでも写真を喜んでもらえたので寄った甲斐がありました。

これでミッション・コンプリート。思ったよりも台風の足が遅くて帰りの車もほとんど降られずに帰宅。良い休日でした(^^)

 

 

 

 

 

 

 

モンテ・トレッキング部。今年の部活は霧ケ峰!

  • 2019.08.06 Tuesday
  • 11:21

 

私が所属する自転車チーム「モンテラック」。 最近ではみんなでサイクリングする機会も少なくなってしまいましたが、なにせお酒好きが多い我がチーム、新年会だけは毎年欠かさず開催されています。その新年会において、チーム内の山好きメンバーを中心に毎年その夏のトレッキングの相談をするのも、楽しみな酒の肴のひとつなのです。

 

今年のトレッキングコースは、メンバーの中でももっとも山登りの経験が豊富なアオさんのリコメンドで車山〜霧ケ峰に決まっていました。 車山は私は学生時代に生まれて初めてスキーをした山。 ビーナスラインをオートバイでツーリングしたことはありますが、車山の頂上まで登るのはそのとき以来で約40年ぶりでした。

 

 

ぎりぎりニッコウキスゲに間に合いました。 下方に見える道路がビーナスラインです。

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左上に霞むレーダードームが車山の山頂。

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(M沢さん撮影)

 

 

 

山頂に到着です。 正面に八ヶ岳。山塊の中ほどに去年の部活で登った硫黄岳も見渡せました。

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山頂に着く頃にはリフトも動いており、普段着の方もちらほら。 白樺湖を見下ろすベンチで仲良くおしゃべりするミュージシャン風のカップルに写真を撮らせてもらいました。

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ナデシコ。

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ウスユキソウ。

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ホタルブクロ。

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すれ違ったカップルの女性に「スターウォーズに出てた方ですよね。写真撮らせてください!」とお願いしたら、快諾頂きました(≧▽≦)

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霧ケ峰の草原。 向こうの稜線から下りて来ました。

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そして向こうの稜線に上ります。

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その稜線のピークが物見岩。 今回の参加者はこの5人。主要メンバーのChellちゃんは都合が合わず参加できませんでしたが、アオさんのお友達のM沢さんがゲスト参加。 とても気さくな方でした。ぜひまたご一緒したいなー。2019.8.4車山22.jpg

 

 

 

「昭和の大スター 小林旭かよ!」な、すかしたポーズでM沢さんに写真を撮らせるアオさん。

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八島湿原へ流れ込むせせらぎ。

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お昼ご飯。 山行のトレーニングを兼ねて30kgくらい詰め込んだザックを担ぐアオさん。 ドラえもんのポッケのように、次から次へとどこでも生活できるセットが出て来ます。 その割にメニューはやっつけメシ。どうやらベーコン入りチャーハンとチキンラーメンの模様です。そのぜんぶが茶色いメニューでした(≧▽≦)

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(M沢さん撮影)

 

 

 

そうこうしている間に、東の空に雲がもくもく。 ほんとうは八島湿原の外周を回って帰る予定でしたが、山で雷雲に追われるのはカンベンなのでコースを短縮することに。

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案の定、大粒の雨がバラバラ落ちて来たので慌ててカッパを着込んだものの、10分もしないうちに上がってしまいました。 ほんと山の天気は読めません。

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スタート・ゴールの車山肩駐車場に着いた頃には、すっかり良いお天気に。

最後の上り区間を「ア、アイス、、 ソ、ソフトクリーム、、」と呪文のように呟きながら上りきったら、ゴールでこの人形が迎えてくれました(^^)

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M沢さんは信州りんごサイダー。 帽子の上でおねだりしているトンボにはまったく気づいていないようです(^^;

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K谷さんが帰路の道の駅で買ったおみやげはカブトムシのペア。 どうやら3才になるお孫さん(♀)が昆虫好きらしいのです。

分校育ちで野生児だったというおばあちゃんからの遺伝だろうなあ(^^;

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今年の部活も楽しかった! 来年はどこ行こうかな。

 

 

 

 

 

 

期間限定の八丁峠

  • 2019.05.02 Thursday
  • 17:27

 

ずいぶん前からさんざん「今年のゴールデンウイークは10連休!」などと聞こえて来てはいましたが、もちろん自営業の私はそんなに休めません。

ただ、のんきな私とちがって、組織の一員としてお勤めをされている患者さまの心身の消耗度を見ると、たしかに心をリセットするための長期休暇は必要だなと感じていました。 新しい時代のスタートに向けてしっかり英気を養って頂きたいと思います。

 

さて、私も先の日曜月曜は連休を頂きましたので両日とも外出。 日曜は次男とオートバイでツーリングに出かけて来ました。

左が次男のSR400、右は今回私が借り出した長男のNINJA400。NINJAはまだ新車で、やっと慣らしが終わったばかり。コケたら怒られマス(^^;

 

写真は朝6時過ぎの高坂SA。日中は気温が上がる予報でしたが朝は10℃以下。 ふたりとも皮を着て出たものの、高速巡行は寒いのなんの。 それもそのはず、秩父でガソリンスタンドのおじさんに聞くと朝は3℃だったそうです(*_*

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今回の目的地は八丁峠。 2年前の同じ頃にひとり自転車で訪れて気に入った場所です。 ただ、その直後から道路状況が悪化して、現在まで通行止めが続いていました。 ダメ元で事前に埼玉県農林部に電話で問い合わせたところ、なんとこのゴールデンウィーク中に限り八丁峠までの通行を許可する予定とのこと。 確認したら翌日のHPにもその旨がアップされました。 どこも混雑しそうなGWに穴場を見つけました!

 

 

滝沢ダムに到着する頃には気温も上がって気持ち良い陽気に。 この先で中津川方面へ分岐するのですが、そこから林道・金山志賀坂線の入口まではほとんど交通量がなかったので、初心者の長男が真ん中近辺しか使っていなかったNINJAのタイヤを、ほぼほぼ端っこまで皮むきしときました。

それにしても最近のバイクの速さには舌を巻きました。パワーの出方や、足回り・タイヤの性能の進化が素晴らしく、まったく不安なくスポーツライディングが楽しめました。

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林道・金山志賀坂線へ。 岩の崖の間の谷筋を上っていきます。

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雁掛トンネルを抜けたら、廃墟の町として有名なニッチツ鉱山。

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以前訪れたときにはきちんと営業していた鉱山の郵便局。しばらくの間お休みするそうです。

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ニッチツを過ぎると、路面のコンディションはどんどんスリリングな状況に。

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八丁トンネル。

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予想はしていましたが、標高1,200mを超える八丁峠ではやはり新緑には早かったようです。

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風もなくおだやかな陽光の下、のんびりコーヒー。

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一昨年の6月の写真。 八丁峠から志賀坂方面へ数百メートル下ったところから撮ってます。 今回は通行止めでこの風景には会えず、、

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秩父へ下りてくると新緑はドンピシャ。 電車も緑のトンネルの中を走ってるみたい。 気持ち良さそう。

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ほんの300km弱のツーリングでしたが、翌朝起きると身体がバキバキにこわばっていました。 やはり自転車とオートバイでは負担のかかり方がちがうんですね。 この日は身体をほぐしにのんびり荒川サイクリングロードへ。

 

田植え前の田んぼの匂いが郷愁をそそります。

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毎年楽しみにしている大宮健保グラウンドのメタセコイアの新緑はまだこれから。

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田んぼのオーナーさんもいろいろ。 上の写真のヒメジョオンの田んぼのように、あぜ道の雑草を放置している人もいれば、几帳面な人はタンポポも根こそぎ。 また、通りかかりにそれを見て何を感じるかも人それぞれ。 おもしろいものですね。

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秋ヶ瀬公園で休憩しようと自転車を停めたら、先客が。

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2日ともお天気にも恵まれて良い休日になりました。 次は5月5日(日)6日(月)にまた連休を頂きます。

 

 

 

 

 

 

ETV「熊を崇め 熊を撃つ」

  • 2019.02.22 Friday
  • 17:05

 

先日NHK Eテレで放映された 「熊を崇め 熊を撃つ」 という番組を録画で見ました。

秋田県鳥海山のふもとには、最後のマタギ集落のひとつ 「鳥海マタギ」 の村があります。 番組はその村のマタギ、小沼清弘さん(60才)に密着した記録です。

彼の猟法は ”フシブチ” という単独での追跡猟。猟犬も使わず、ひとりで黙々と熊の足跡を追って尾根をいくつも越えて歩きます。 当然集団の猟より大きなリスクを背負っての猟。 熊と対峙する際には、常に命のやり取りを覚悟して臨んでいるそうです。

マタギが狩猟のみで生活できなくなったのはおよそ50年前。 今では熊皮は買い手がつかず、熊の胆は法律で売買が禁止されてます。

小沼さんが子供の頃、専業のマタギだった父親の収入が減少してだんだん生活が苦しくなっていくのを実感したそうです。

彼は中学2年から上京して出稼ぎし、家族に仕送りをしていたとのこと。 兼業農家の現在は自治体から冬季の除雪作業員としての仕事も請け負っているので出稼ぎはしなくてよくなったそうですが、その分猟に出られる日が減ってしまっているのが悩みの種だと話していました。

 

インタビュアーがもっとも気になる質問をしてくれました。「マタギとは何ですか?」「マタギとハンターの違いは何ですか?」

しかし、小沼さんや集落のマタギたちから明確な答えは聞けませんでした。 おそらくその答えは精神性のハナシ。それを言葉で説明するのは難しいのでしょうね。

 

2013年の夏、自転車で東北地方を旅したときに、1日だけサイクリングをおやすみして白神山地をトレッキングしました。 その前夜に宿泊した青森県西目屋村の公営宿泊施設の書棚に 「白神山地マタギ伝 鈴木忠勝の生涯」 という本があり、部屋で途中まで読んで、読み切れなかった頁は帰京してから読了しました。 それまで漠然としたイメージしかなかったマタギについてかなり詳しく書かれていて、彼らの生き方にとても共感しました。

その後もマタギへの興味は尽きず、白神山地の秋田側、阿仁町のマタギを題材にした志茂田景樹の直木賞受賞作 「黄色い牙」 を読んだりしましたっけ。 そして今日アマゾンから、同じく阿仁町のマタギのお話 「邂逅の森」 が届いたところです。

 

マタギには独特の宗教観があります。 それはメジャーな宗教のように人間社会の中での生き方を導くためのものではなく、山の神との関わり方を教えるもの。 古くから伝承される山のおきては、仲間や自分自身を守るものであったり乱獲を防ぐための智恵であったり。 中でももっとも重要なのは自然への敬意。 読みかじった知識から得た私の結論ですが(^^;

 

私が生まれ育った町は土佐湾沿いの田舎町で海まで徒歩3分、山まで1分。 最寄りの駅まで60kmという自然の濃い町でした。 母の実家は更に田舎で、隣町の川伝いに10kmほど上流へ入った山里の村。 そのあたりでは成人男性のほとんどが鉄砲の免許を所持していました。 祖父や伯父・叔父たちは冬になるとイノシシを撃ちに行くことが何よりの楽しみで、軒下のあちこちにはいろいろな動物の毛皮が板に打ちつけられて乾燥中でした。

私自身も小学生の頃には近所のお兄さんたちに連れられて、冬は山でキジ、ヤマバト、コジュケイ、ヒヨドリ、ツグミ(当時はどの鳥も保護鳥ではありませんでした)など。 夏は川で天然ウナギを罠で獲ったり、磯の魚を銛で突いたりして過ごしました。 それは大人になったあとの本格的な猟に向けてのトレーニングのようなものでした。 もしそのまま地元で就職したら、ひょっとしたら私も毎冬イノシシを追いかけていたかも知れません。

 

食べるために生き物の命を頂くときの、興奮と罪悪感と感謝の気持ちがないまぜになった感覚は、誰かが殺してくれた動物を食べるのが当たり前になってしまった現代では、一度も経験しないまま一生を終える人も多いのではないでしょうか。 マタギのように宗教的な意味を含めた行為でなくても、人間が太古の昔から生き延びるために行ってきた行為をあらためてなぞることは、忘れかけていた大切なことをもう一度知る機会になると確信しています。

 

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写真は青森・目屋の最後のマタギ、鈴木忠勝さん。カッコよすぎる(◎_◎;)

 

 

 

 

 

 

 

 

カブ(2代目)が来た!

  • 2019.01.30 Wednesday
  • 17:35

 

いよいよ冬が本気出してきましたね、、朝夕の寒さと言ったら(+_+)

齢を取るにしたがって週末サイクリングの距離がどんどん少なくなってきているので、せめて通勤くらいは自転車でと心掛けてはいるものの、通勤距離はたった4km。今の時期、寒さで縮こまった身体で幹線道路をハァハァ頑張るのは年寄りには毒です。

なので、例年冬の3ヶ月は電車の定期を買ってしまうのですが、この冬は新たなアシを導入しました。

110ccのカブです。”新た”と言いましても2016年製、走行距離6,000kmの中古です。

 

ホンダ・スーパーカブは2012年から中国で生産されていましたが、昨年からまた生産拠点が熊本工場に戻っており、外観もファンの多い以前の丸目タイプに変更されました。

国内生産に戻ったと言いましてもパーツ類の多くはアジアの国々に生産を依存している状況は変わりません。 もちろん組み上げの精度でバイクの信頼性は変わりますが、なにせ基本設計からウルトラスーパーにタフなカブのこと、どこで生産しようが私がヨボヨボになるくらいまで活躍してくれることは間違いありません。 ということで、あえて角目の中国生産モデルを選択しました。

 

じつは以前から、街でまれに見かけるまっ黒の角目のカブが気になっていました。「あそこをあーしてこーして・・・」なんてカスタムの妄想をふくらませていたのです。 そこで今回、中古オートバイの検索サイト「グーバイク」で探しましたが、黒の角目は一都六県で5台しかヒットしませんでした。 人と同じ物を持つのが好きではない私には個体数が少ないことは願ったり叶ったり。ウシシです(≧▽≦) 

価格と程度で選んだ個体は佐島マリーナ近くのお店でした。さっそく注文して、暮れも押し詰まった頃に納車。

逗子までは湘南新宿ライナーで。そこからはローカルなバスで30分。湘南の海を見ながらウトウトし始めた頃に到着しました。

 

対面した愛車の程度は想像以上。良い買い物でした。 次男の愛車だった一代目の50ccのカブと比べると排気量は倍以上なので、加速は段違い。帰り道の国道16号や1号では、右側車線でも車の流れを余裕でリード出来ました。

 

2019.1.28カブ9.jpg

 

 

 

 

これが納車時の状態。

2019.1.28カブ4.JPG

 

 

そしてこちらが現在の状態です。

換装箇所はバックミラー、フロントバッグ(雨ガッパ用)、モリワキマフラー、オリジナルステッカー、リアトランクです。

きほん通勤用ですのでルックスよりも実用重視で。とは言えマフラー換えちゃったので燃費は60km/lを少し下回るようになってしまいましたが(^^;

2019.1.28カブ12.JPG

 

 

20191.28カブ7.JPG

 

 

色がぴったりだったので、2004年に高円寺のライブハウス「JIRIKICHI」の30周年記念日比谷野音コンサートでもらったシェクターのステッカーも。

2019.1.28カブ13.JPG

 

 

 

 

現在の自宅ガレージ。左端は私のカブと1日ちがいで納車になった長男の2019年型NINJA400。右端は次男のSR400。

次男のレガシィはマフラーが換装されており、とてもここで始動できる音量ではありませんので他所に駐車場を借りさせました(^^;

2019.1.28カブ10.jpg

 

 

 

 

オマケで初代カブの写真。スタッフ女史のお宅にドナドナされて行き、今も息子さんの通勤用バイクとして活躍しています。

2016.4.17カブ23.JPG

 

 

 

 

 

 

 

 

秋空へ召されたミント

  • 2018.10.08 Monday
  • 12:02

 

土曜日の朝、愛犬のミントが15歳と半年の一生を終えて旅立ちました。

 

次男は2歳の頃から、自分より何倍も大きなよそんちの犬にベタベタじゃれついて行くほどの動物好きでした。 彼が小学2年生になった春、家族で私の友人に紹介してもらったミニチュアダックスのブリーダーさんの犬舎を訪れ、生後2ヵ月ですでに賢さとエレガントさが際立っていた雌のミントを頂いて帰りました。

 

その後、それほど動物に関心のなかった長男も積極的に世話をするようになりました。 ミントの存在はふたりの子どもたちの精神的な成長にどれほど貢献してくれたか分かりません。

 

今は動物同伴禁止になってしまった自宅前の公園を伸びやかなフォームで駆け、猟犬の本能そのままに鋭いターンを決めてこちらに戻って来る美しい姿がありありと思い出されます。

 

 

ミントが最初の癌の手術を受けたのは約1年前。 同じ頃に椎間板ヘルニアも発症してしまいましたので後ろ脚がまったく立たなくなり、身体の力はどんどん落ちて行きました。 それからはずっとオムツの生活。 帰宅してみると尻尾の穴から漏れてリビング中がエライことになっていることもしばしばでした。

 

この8月には乳腺の腫瘍が大きくなってしまい、とても辛そうでしたので2度目の手術。 術後の経過は良好だったのですが、ここ1週間で急激に容態が悪化して食事も摂れなくなってしまっていました。

 

もともと吠えることのない犬でしたが、オムツになってからはトイレを知らせたり、自分で起き上がることが出来なくなった最後の1ヶ月ほどは「起こしてよぅ」などのメッセージで深夜にも吠えるようになりました。 家族のほとんどが最初の一声で反応するので、深夜にリビングで集合なことに(^^;  それでも最後まで誰も不満を感じずに世話ができたのは、ひとえにミントの徳によるものだったと思います。 子供たちが社会人になってからは全員揃って話す機会も少なくなっていましたが、ミントのおかげで家族のコミュニケーションも復活。

 

旅立ちの前夜、千葉県の友人宅に泊めてもらうことになっていた次男にミントの容態を報告すると、雨の中をオートバイで帰って来て、ミントの居るリビングのソファで寝てあげていましたっけ。

 

 

その日のうちに、幼い頃ミントが走り回っていた公園前で、花や家族の写真、次男の書いた手紙と一緒に火葬してもらいました。 家族全員で見送ることが出来てよかったです。

 

日曜日にサイクリングから帰宅すると、家人と長男がリビングのケージを片づけてくれていたのですが、その広さにまた寂しさを誘われましてね、、

 

2018.10.6 享年15歳 ミント.jpg

晩年のミント。

 

 

 

 

 

 

お盆休みは人生初入院

  • 2018.08.20 Monday
  • 10:29

 

信楽焼のタヌキいるでしょ?  1年半ほど前から、自転車でギャップを越える際にその信楽さまがサドルに打ちつけられると、すこし痛みが出るようになりました。お風呂で確認するとなんと左側の信楽さまは右側の3倍ほどにふくらんでいるではありませんか。

 

近所の泌尿器科で診てもらうとどうやら陰嚢水腫という病気で、もっともっと大きくなってしまうことが多いとのこと。 注射器で数回抜いても再発するようなら手術を選択したほうが良いとのお話しでした。

 

そして穿刺を2回。 やはり再発しました。 穿刺でお世話になった泌尿器科の先生に相談して、お盆休みに手術可能な病院を紹介して頂きました。

 

2〜3年前に下肢静脈瘤の抜去術を受けた際にも全身麻酔は経験済みですが、あのときは手術時間が短いので日帰りできました。 今回は手術前日に入院して検査。 手術の翌日も経過観察で1日。 あわせて2泊3日の予定です。 入院直後は「数日のんびり過ごせるな」と気楽に高校野球を観たり読書したり。

2018.8.17.jpg

 

 

 

手術当日、麻酔薬がまわり始めるとあっという間に意識はなくなり、気がついたら手術は終わっていました。 ただ、麻酔明けはまるでお酒を飲みすぎて悪酔いしたようなサイテーな気分。 おまけにその夜は、尿道カテーテル・血中酸素濃度センサー・自動血圧計・酸素マスクに繋がれて寝返りもままならず、熱も38度くらいまで上がってどうにも身体の置きどころがない感じ。 ろくに眠れないまま朝を迎えました(+_+)

朝の回診でドクターがガーゼを取るときにおそるおそる患部をのぞいてみると、予想通り信楽さまはツルツルに剃り上げられており、”たてがみのないライオン”の風情(>_<)

 

とは言え、つらい思いをしたのはひと晩だけ。 先生の「経過良好」のインプレで気分も良くなり、予定通り午前中には退院できました(^^)

 

 

帰宅後はなるべく安静にして、高校野球のほかに録りためておいたNHKスペシャルの戦争特集をいくつか見ました。 なかでも印象に残ったのは、局アナの小野文惠さんが自身のおじいさんのフィリピンのルソン島における戦死をたどった回でした。

 

子供の頃は小説や大河ドラマの主人公のように、歴史を動かした人にあこがれることもありましたが、実際に大人になると、大勢の命を生かしたり殺したりするような立場の人になるのはまっぴらだと思うようになりました。

かえって小野さんのおじいさんや、「この世界の片隅に」のすずさんのように、大きな歴史の流れにもてあそばれてしまった人の人生に強く共感してしまいます。

 

番組の最後で小野さんは「この戦争のことをもっと知りたい」と話されていました。 よっぽどのマニアでもないかぎり、戦争中を生きた人の悲しい体験や愁眉なシーンなどは見たり聞いたりしたくないものです。 それでも胃の中に酸っぱさを感じながらも、より当時のことを知ることで、ぜったいに戦争はダメだという気持ちが強化されていくように思います。 

いい子ぶるつもりはないはないのですが、これからもこの時季にはかならず見ていくつもりです。

 

 

手術の経過も良好ですし、夏休みの最終日には、4月に就職したばかりの次男が買って来た年代物のレガシィB4 RSK(マニュアル)で峠道をドライブして来ました。 ペダルのレイアウトに無理があったのでヒールアンドトゥを教えてあげられなかったのが残念でしたが、まだまだ同乗した彼よりは上手に走れたようで父親の面目躍如でした。 久々のスポーツドライブ楽しかった!

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