旧作映画な日々(その8)

  • 2018.06.05 Tuesday
  • 19:51

 

陽気の加減か、仕事以外のことは何もやる気がしないので、久しぶりにamazonプライムビデオでおすすめ映画リストを見つくろっていると、昨年ケイシー・アフレックがアカデミー賞主演男優賞を受賞した作品「マンチェスター・バイ・ザ・シー」が目に留まりました。

 

マンチェスターといってもサッカーで有名なイングランドのあの街ではなく、アメリカはボストン近郊にある小さな港町マンチェスター・バイ・ザ・シーが舞台のヒューマンドラマです。

 

海から眺めた街の全景から始まる冒頭部分は油彩画のようなノイズやトーンがとても印象的。ものの数分で内省的な心に誘導されてしまいます。

 

主人公はボストンでアパートのメンテナンスを仕事をしているリー。3人の幼い子を持つ子煩悩な父親でしたが、何気ない日常のなかで起こった衝撃的な事故が原因で離婚し、故郷のマンチェスターを離れて暮らしています。

いちどは家族を持ってその家族をとても大切に思って過ごしていたのに、不本意なきっかけから失うことになったリーは、その喪失感からすっかり表情を失い、人生を前向きに考えるきっかけを探すことさえ疎ましく思える日々を送っていました。

 

そんなある日、故郷で暮らしていたリーの兄が急逝してしまい、リーはその兄の息子パトリック(16才)の後見人になります。兄にも離婚歴がありました。日常生活には問題がないものの、あまり予後の良くない病気を持っていた兄は、息子のことはもちろん、気の塞いだリーのことも心配していたので、リーの了承を得ないまま遺言に後見人のことを書いてしまっていたのです。 2人の揺れ動く心と表出される言葉や態度。 交わされるコミュニケーションにおける齟齬とそれを埋める深い愛情。

 

ストーリー展開にはまったく関係ない何気ない会話のシーンにおけるセリフや間がすばらしく、登場人物のそれぞれが受け容れがたいことを抱えながらも受け容れようとする際の葛藤や、人物同士の関係性における微妙な感覚のちがいや距離を表現するときの空気感が、ヒリヒリするほどリアルに伝わってきます。このあたりはちょっと日本映画的かもしれません。

 

たとえば、パトリックの父親が安置されている病院の前に停車した車の中で、遺体と面会するかどうか迷うパトリックとリーのやりとりなんかが気に入りました。

 

リー「どうする?」

パトリック「・・・」

L「家に帰るか?」

P「・・・」

L「決めてほしいのか?」

P「、、行くよ」

助手席のドアが開くのと車の発進が同時

L「あぶねッ!」

P「病院に行くんだってば」

L「ちゃんとそう言え!」

P「なんでキレんのよ」

L「轢くとこだったじゃねぇか!」

P「、、、悪かったよ。言葉足らずで」

 

う〜ん、文字で書いてもいまいち伝わらないなァ(^^;)

 

 

本編とは関係ありませんが、主人公リーが乗っている車は2001年で生産終了した二代目のJEEPチェロキー。じつはこの車、今まで私が所有した中でもいちばん気に入っていた車です。V8ではありませんでしたが、OHV直6の無骨さと運転席に座ったとたんに感じるアメ車特有のゆったり感が大好きでした。

 

この映画は自分の人生の出来事を上書きしながら生きて行ける人にはそれほど響かないと思います。それぞれの出来事にタイトルをつけてフォルダ保存してしまい、データが重くなりすぎて心がときどきフリーズしながらも、在るのか無いのかさえ分からない救いを求めて頑張っている人。はやいハナシが、傷を抱えながらも頑張ってる中年以降の男性にはものすごく響く映画だと思います(^^;

映画はだいたい1度しか観ない私が、この映画はめずらしく続けて2回観ましたっけ。

 

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関係人口って?

  • 2018.05.09 Wednesday
  • 11:36

 

いつもお世話になっている「サイクルショップあしびな」の自転車仲間にはおもしろい人がたくさん居ます。

「おもしろい人」とは、もちろんお笑い芸人的なおもしろさではなく、ライフスタイルや価値観が個性的で、ひとりひとりをもっともっと掘り下げて観察してみたくなるような人という意味です。

 

その、おもしろさん達の中でも私がいま最も注目しているのがM間くんです。 一流大学を出て一流企業に勤務するイケメン・アラサー男子なのですが、一旦仕事を離れるとこれがとんだ世捨て人で、自転車に乗らない休日には女っ気もなく、ひとりでフラフラと観光地化されていない離島へ旅して過ごすような極楽トンボです。

 

そのM間くんが紹介してくれたのが「関係人口をつくる」という本でした。

 

関係人口とは、旅行や物産のお取り寄せなど、何かのきっかけで人口減少に悩む農山漁村部に縁が生まれたあと、定住はしないまでもその地域との間に旅行者や消費者以上の関わりを持つ人々のこと。 その関係人口を増やして活性化に成功しつつある島根県の例について書かれたのがこの本です。

 

1950年の三大都市圏の人口は34.7%、その他の地方は65.3%。 これが2005年には前者50.2%、後者49.8%と比率は逆転してしまいました。 2015年の国勢調査では、日本の総人口は1920年の調査開始以来初めて減少に転じたのですが、減少したのは地方の39都道府県のみで、このままでは消滅していく自治体が増えていくことが予想されます。

 

しかし2014年の内閣府の都市住民へのアンケートでは、農山漁村部への定住願望がある人は31.6%に上り2005年調査時の20.6%から大きく増加。 中でも最も高い20代男性では43.8%でした。

 

数字だけ見ると「さっさと移住すればいいのに」と思いますよね。 しかし実際に地方に移住するとなると、仕事はあるの?現地のコミュニティに溶け込めるの?といった不安から、実際に移住を予定していると答えた人の割合は1%台でした。

 

これまでの行政の視点は、定住人口を増やす、あるいは旅行者などの交流人口を増やす。そのどちらに重きを置くかということに限定される傾向でした。 全国で2番目に人口が少なく「過疎」という言葉の発祥地でもある島根県の担当者は、そのような既存の取り組み方に限界を感じて雑誌ソトコトの編集長などを巻き込み、新しい取り組み方を模索しました。 そのソトコト編集長の指出一正さんは定住人口でも交流人口でもない関係人口を増やすことが地方の未来を開くことになると考えました。 具体的な例を挙げると、

 

|楼茲離轡Д▲魯Ε垢暴擦鵑如行政と協働でまちづくりのイベントを企画・運営するディレクタータイプ。

東京でその地域のPRをするときに活躍してくれる、都市と地方を結ぶハブ的存在。

E垈駟襪蕕靴鬚靴覆ら、地方にも拠点を持つ「ダブルローカル」。

ぁ岼掬歸にその地域が好き」というシンプルな関わり方。

 

なんだか楽しそう。

 

私が20代の頃はバブル経済の真っ只中で、本気で幸せがお金で買える物であると思っている人が多かったように思います。 若者は街の万能感に酔っていました。 そんな時代の価値観に違和感を感じたことも、私が会社員を辞めてちょっと浮世離れした今の仕事に転職した理由のひとつでした。

 

リーマンショックや東日本大震災など、日本人のそれぞれが深く自分と向き合う機会となる大きな出来事を経て、若者たちは固有の価値観に目覚め、経済的な豊かさ以外の生きがいを求めるようになりました。 筆者によると彼らは「足るを知る世代」。 たしかに自分の息子たちを見ても、物質的な豊かさに執着はなさそうです。 そんな彼らの中に、生きがいを感じられそうな場所として地方に目を向ける人が出てくるのは自然なことかも知れません。 

 

齢を取ることで出会う新たな発見に、「人生どんどんおもしろくなるもんだなあ」と思っていましたが、この本を読んでちょっとだけ若さに嫉妬しました。 いや、まだ何かできるかな。 てかカンボジアにも関わりたいしなー。 やっぱり齢なんか取ってられないじゃん(^^;

 

 

 

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映画観るまでが長かったっておはなし

  • 2018.04.16 Monday
  • 19:00

 

土曜日の終業後、音楽評論家の患者さまから教えていただいた映画を観に行きました。

 

劇場は東中野ポレポレ。インターネット予約は受け付けておらず、劇場窓口で整理番号をもらう今やなつかしいシステムなので、封切日は混むかもと早めに出かけました。上映3時間前なのでさすがに若い番号でした。ちなみに午前中の上映は満席だったそうです。

 

整理番号を確保したあとは、時間つぶしを兼ねて古い機械式クロノグラフの修理を依頼するために西荻窪へ。 会社員時代の30年前に購入したのですが、そのあとすぐスーツと縁のない現在の仕事を始めてしまったので、オーバーホールもしないまま引き出しの中で眠らせていた時計です。

先週、入社式に向かう次男に使わせようと引っぱり出してみたものの、さすがにオイルが切れており、すこし動いたあとすぐに止まってしまいました。

 

ご店主の見立てでは修理費は私の予算を越えそうな雲行き。 ただ彼曰く「父親から息子へ引き継がれる時計を手入れするのは職人としてもうれしい話です。それにこのタイプは現在お客様の購入時の数倍の価格で取引されていますよ。ぜひ直して大切に使っていただきたい」とのこと。 そんなん言われたらねえ(^^;

評判の高い職人さんなので、正確な見積もりを出すまでにも2週間かかるとのことでしたが、もちろんお願いして来ました。

現在の取引き価格を聞いてしまったので、次男にはちょっともったいないなーと、、 さて誰の腕に巻かれることになるのでしょう(≧▽≦)

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(画像はトライフルのHPから拝借しました)

 

 

 

 

時計修理のお店から徒歩2分のところにあるジャズ喫茶JUHA。 時代にあわせてPOPでかわいいメニューなんか出してみても、このドアのしつらえが「ジャズ好きしか入るんじゃねえぞ」と主張してますよねえ(^^;

スピーカーはなつかしのDIATONE DS-77HRX 。 まだアナログレコードとCDの売り上げが拮抗していたころの普及品の名器です。もちろんレコードでアコースティックな時間を楽しんで来ました。

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お茶をしてもまだ少し時間があったので、阿佐ヶ谷のLAST GUITARでウクレレを数本試奏。 小金井在住のルシアー、濱田隆則氏によるインディアンローズ・シトカスプルースのコンサートサイズが素晴らしくてお持ち帰りしたくなりましたが、すんでのところで踏みとどまりました。 塗装はフレンチポリッシュでニカワ接着。ヘッドやブリッジの意匠は庭の柊の葉をモチーフにしたそうです。

クライマーでもある濱田氏の自然へのリスペクトがそのまま音に表れた繊細なトーンは、いつまでも弾いていたくなるほど魅力的でした。

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(こちらも画像はお店のHPから拝借)

 

 

 

 

前置きが長くなりましたが、肝心の映画はなかなか重い内容でした。 タイトルは「ラッカは静かに虐殺されている」。

ここのところに来てやっとISILの支配が終わりを迎えたシリアの街ラッカ。 ISILが首都と定め、外部のメディアが入れなくなったあの街で何が行われていたのか。 危険を覚悟でスマートフォンのカメラを武器にISILに立ち向かい、世界にラッカの惨状を発信し続けたR.B.S.S(Raqqa is Being Slaughtered Silently/ラッカは静かに虐殺されている)のメンバーたちを追ったドキュメンタリーです。

 

顔出しで登場するのは、ラッカを逃れトルコやドイツから現地メンバーの情報を発信する数人。 しかしその潜伏先でも次々にメンバーが暗殺されていきます。 恐怖に怯えながらも父親が処刑される動画を繰り返し見て、自らを奮い立たせるひとりのメンバーの目から、彼の心の動きを探ろうとしましたが、遠く離れた日本でぬるい日々を生きる私などに彼の心の闇の深さが理解できるわけはありませんでした。

それでもせめて、世界のあちこちで何が起きているのかを知ろうとする努力だけは心がけていきたいと思います。

 

あとから知ったのですがこの映画、封切り前からamazonプライムビデオで公開されていたらしいです。なんかビミョー、、(´Д`)

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「いつかロロサエの森で」

  • 2018.03.13 Tuesday
  • 12:20

 

小学生の頃からおかあさんのお供で当院に来ては、待合いのベンチで漫画を読みふけっていたユウキくんも、いまや音楽療法を学ぶ音大生。 先日、打楽器の練習でバキボキに凝った肩甲間部をほぐしに来た際に一冊の本を貸してくれました。

「いつかロロサエの森で」。 報道写真記者の南風島渉という人が東ティモール独立前の7年間を現地で取材した手記です。

 

ずいぶん前にこのブログで「カンタ・ティモール」という映画のことを紹介させていただきました。 東ティモールが独立したあとの子どもたちの明るさや、25年間にわたってこの国を不法に侵略・占拠し続けたインドネシアをゆるしてしまう東ティモール人の気質の大らかさを描いた作品です。 その映画の監修を務めたのもこの南風島渉でした。

 

東ティモールは旧ポルトガル領。 おとなり同士とはいえ、旧オランダ領だったインドネシアとは400年以上にわたって言語も宗教もまったく違う過ごし方をして来たので、すっかり別の国になってしまいました。

1974年にポルトガルが植民地支配を放棄した直後にインドネシアの東ティモールへの侵攻が始まり、数年間で東ティモールでは人口の約1/3にあたる20万人が命を落としたとのこと。 この間はもちろん、その後も続いたインドネシア兵やインドネシアの支援を受けた民兵による拷問・虐殺・レイプなどはかなりひどいものだったようです。 民族浄化を目的として妊婦の腹を割き胎児を殺すなどということまでも、、

 

その後、東ティモールが独立を勝ち得るまでの25年間、独立派の兵士たちは山岳にこもってゲリラ戦で抵抗。 苦境にあっても彼らはテロ行為には走らず、インドネシア兵を捕虜にしても武装解除だけして本隊へ帰すということを繰り返しました。憎しみの連鎖は独立への道のりを困難にするという彼らの判断の正しさは、1998年のスハルト独裁終了時に新政権が急転東ティモール独立容認の立場を取ったことにも表れています。

 

 

インドネシアの不法な侵攻・占拠に対して国連はその行為を非難し、即時撤退を求める決議案を8回出しました(賛成国72、反対国10、棄権国43)。日本はそのほとんどに反対票を投じ、インドネシアに多額の援助を続けました。エネルギー源のほとんどを中東の石油に頼らざるをえない日本は、シーレーンの安全確保のため、またインドネシアからの地下資源や森林資源の安定供給のために、良好な関係を維持する必要があったのでしょう。

 

軍事はさておき、経済的には世界の中でも大きな影響力を持つ日本の国民で居る以上、その影響力がどう行使されているのかを知る義務があるのだと思います。世界情勢や政治の動向を追うことが好きな人にはあたり前のことでも、ふだんあまり政治に関心を持てない私などには、これがなかなか。 しかし25年間も虐殺を繰り返していた国を支持し、多額の援助さえ惜しまなかったと聞くとやはり無知の罪を感じずにはいられません。意識を改めねばと感じた次第です。

 

電車の中吊り広告みたいな帯のコピーが陳腐で逆効果な気が、、(>_<)

 

 

 

 

 

 

 

ひさしぶりにウクレレ弾いてます

  • 2018.02.27 Tuesday
  • 12:35

 

「マイブーム」って言葉はもう死語なんですよね? それに代わる言葉を知らないのであえて使わせていただくと、ここ一ヶ月くらい私のマイブームはウクレレです。 あ、もちろんカンボジア語学習も併行してますヨ(^_-)

 

学生時代は音楽サークルに所属して、ブルースやロック、フュージョンなどを演ってました。ヘタクソでしたけどね(^^;)

当時は肩より長い髪でエレキギターを背負って歩いてましたっけ。

 

↓素顔ははずかしいので、学祭の出し物でやったKissメイクの写真。

 

 

 

昨年のこと、その音楽サークルの先輩がLINEのグループを作ったのがきっかけで、今年11月に某ライブハウスで35年ぶりに同窓会ライブが開催されることになりました。 ドイツやイタリア在住の仲間もそれに合わせて帰国するのだとか(@_@)

 

学内ライブで演奏したオールマン・ブラザーズ・バンドの「ステイツボロ・ブルース」を覚えていてくれた先輩が、そのライブに向けて「またあの曲やろうよ」と声をかけてくれましたが、もう大音響でバンドをやるのもしんどいので「ウクレレで何かやります」と言ってしまいました。

 

思えば20年ほど前のこと、大学を卒業してからまったくギターを弾いていなかった私の前に、高校時代のバンド仲間のスーパーギタリストが現われました。 飲みに行ったあと彼のマンションで泊めてもらうことになり、その夜アコギでラグタイムをズビズビな感じで弾きまくられた私は完全にノックアウト。 1週間と経たずにマーチン00-18を手に入れ、デルタブルースやラグタイムを弾くようになりました。

 

しかし、マッサージや鍼の仕事が忙しくなるにつれ、右親指で6弦をスラップするブルーススタイルの演奏が仕事に障るようになり、5〜6年ほどでまたすっかり弾かなくなってしまいました。 同じころ自転車に乗り始めて時間が取れなくなったのも理由のひとつかも知れません。

 

そして2010年、ハワイ好きの自転車仲間に触発されてこんどはウクレレ。 これは指の負担も軽く、それなりに楽しめたのですが、やっぱり1年くらいしか持ちませんでした。 いろいろ理由をつけても、つまるところ飽きっぽい性格が災いして長続きしないということは認めざるを得ないようです(^^;)

 

 

まぁ、なにしろそんなことで7年ぶりにウクレレを弾き始めて1ヶ月。 11月の本番に向けて、ジェイク・シマブクロの曲やブルース、Jazzを何曲かYoutubeでコピーして弾いています。 夢中で弾いている間は、カンボジア移住計画の妄想も忘れられるので一石二鳥です(^^;

本番終わったら動画もアップしちゃおうかしらん(≧▽≦)

 

 

日曜には荒川をサイクリングして来ました。 カンボジアだウクレレだと浮かれている間にも季節は移ろっており、大好きな梅が咲いてるのさえ見逃してしまうところでした。

 

 

 

 

 

 

 

夜と霧

  • 2017.11.23 Thursday
  • 17:42

 

両親の離婚後は父親と離れて暮らしていたボクサーの村田諒太。 ある試合の前に心が不安定になり、涙声で父親に電話したそうです。 そして父親は 「この本を読んでみなさい」 とひと言。 送られて来たのはヴィクトール・E・フランクルの 「夜と霧」 でした。 そしてこの本を読んだ村田は 「人生に意味を問うてはならない。人生からの問いかけにどう答えるかが大切なのだ」 という一節に救われたのだとか。


フランクルはユダヤ人の精神科医・心理学者です。 1942年8月から1945年4月までナチスの強制収容所に収容され、そのときの体験記をまとめたのがこの本。 名著としてタイトルは聞いたことがありましたが、なにしろ読まないうちから想像される内容の重さに押しつぶされてしまって、なかなか手に取る勇気が持てませんでした。 先日村田父子を特集したNHKスペシャルで上記のエピソードを聞いて、いよいよ読むしかないかと図書館で借りて来ました。

 

ナチスの非道さや被収容者の悲惨さを書いた本はほかにもありますが、フランクル自身が、苦悩に満ちた極限状態の収容所生活の中で確信するに至ったひとつの真理が書かれたこの本からは、私も強い衝撃を受けました。 アメリカで 「私の人生に最も影響を与えた本」 ベスト10に入ったり、読売新聞の 「読者の選ぶ21世紀に伝えるあの一冊」 で翻訳ドキュメント部門の3位に選ばれたりしたのもうなづけます。

 

私ごときがあれこれ批評するのもおこがましい内容なので、印象に残った文章をそのまま引用しちゃいます。

 

ドストエフスキー 「私が恐れるのはただひとつ、私が私の苦悩に値しない人間になることだ」 の引用から始まる一文。

※おおかたの被収容者を悩ませていたのは、収容所を生きしのぐことができるのか、という問いだった。 生きしのげないのならこの苦しみのすべてには意味がない、というわけだ。 しかし、私の心をさいなんでいたのは、これとは逆の問いだった。 すなわち、わたしたちを取り巻くこのすべての苦しみや死には意味があるのか、という問いだ。 もしも無意味だとしたら、収容所を生きしのぐことに意味などない。 抜け出せるかどうかに意味がある生など、その意味は偶然の僥倖に左右されるわけで、そんな生はもともと生きるに値しないのだから※

 

いやぁ、激しいですね。(*_*; 

フランクルは戦後、生きがいを見つけられずに悩む人たちに 「人生はどんな状況でも意味はある」 「生きる意味は自ら発見するものであり、苦しみは真実への案内役だ」 と説いたそうです。

 

もうひとつ。村田の心に響いたのがこのくだりです。

※「我々は人生から何を期待できるか」 ではなく 「人生が我々に何を期待しているか」。「私が人生の意味を問う」 のではなく 「私自身が人生から問われたもの」 として体験される。

生きることは日々、時々刻々問いかけてくる。 その問いは漠然としたものではなくとことん具体的である。 私たちは考え込んだり言辞を弄するのではなく、行動によって正しい答えを出し続けなければならない。 その正しい答えが人間を苦しめるのなら、人はその苦しみと向き合い、その苦しみに満ちた運命とともに全宇宙にたった一度、そしてふたつとないあり方で存在しているのだという意識にまで到達しなければならない※(←途中ちょっと端折りました。あと旧訳と新訳ごっちゃです)

 

ここで言う 「人生」 という言葉の中にはなんとなく 「神」 の存在が見え隠れしている気がします。 しかしこの ”具体的な” 状況の中に身を置いたフランクルは、宗教とは距離を置いたひとりの心理学者としての確信からこのような結論に至ったようです。

 

 

アイヌでは、大切なことを伝えるときに囲炉裏を囲みながら一晩かけて長い長い神話を聞かせるのだとか。 伝えたいことを直接的に言葉にするよりも、その話を聞いたときの言語化できない心の動きにこそ、本質的な理解が含まれているということだと思います。 村田のお父さんが息子にこの本を贈ったのも、きっとアイヌの長老と同じような意図があったのではないでしょうか。 そんな父親になりたいけど、なかなかねぇ(^^;

 

写真は在りし日のヴィクトール・E・フランクル。映画.comさんから拝借しました。

 

 

 

 

 

 

 

「ミルカ」ミタヨ。(ネタバレあり)

  • 2017.09.19 Tuesday
  • 17:24

 

日曜日は台風が近づいているとのことで朝から雨。 週に一度のリラクゼーションなサイクリングはおやすみ。 家でのんびり過ごしました。 ごろごろしながら、ひさしぶりにamazonプライムビデオで映画鑑賞。 観たい映画もなかったので、”おすすめ” の欄に出てきた2015年日本公開の 「ミルカ」という作品を観ました。

 

主人公はミルカ・シンという1950年代後半から60年代前半にかけて活躍し、45秒8という当時の世界記録を出したこともある、いまでもご存命のインドの英雄です。

 

ミルカは1935年に現在のパキスタン領にあったシク教徒の村に生まれました。 1947年に英領インド帝国が解体されインドとパキスタンが分離独立する際、シク教団はインド帰属を決断。 しかし村の指導者的存在であった彼の父は土地を捨ててインドへ移り住むことを拒否。 彼と姉はかろうじて難を逃れましたが、一家は彼の目の前でパキスタン人たちに虐殺されてしまいます。

 

その日の食べる物にも事欠く難民同然の暮らしの中、泥棒はもとより生きるためには何でもしました。しかしある恋をきっかけに真っ当になろうとインド軍への入隊を決意。そこで陸上競技に出会い一気にのめり込みます。

 

世界記録を出したあとのローマ五輪で優勝が確実視されていた彼は、こともあろうにゴール直前で大きく後ろを振り返ってしまい、4着に沈みました。 何がきっかけになったのかは分かりませんが、少年時代のトラウマがフラッシュバックしてしまい、首を刎ねられる父をそこに見てしまったのです。 その後失意の日々を送っていた彼ですが、インド・パキスタンの親善競技会で数十年ぶりに故郷の村を訪れた際、独立時の混乱で死んだと思っていた幼なじみと再会します。 大人たちに物置にかくまわれて生き延びた幼なじみは、その後改宗して子供にも恵まれていました。その幼なじみはミルカに言います 「人じゃない。時代が悪かったんだ」。

 

高校で日本史を選択した私は、ニュースや映画鑑賞をきっかけにしてほかの国や地域の歴史を勉強することが多いのですが、今回はムガル帝国あたりからのインドの歴史を知る機会になりました。 そしてやっぱり、どこの国いつの時代でも歴史とは ”悲しみ” なのだと再認識した次第です。 人間はいつか悲しみを繰り返さずに済む、今よりましな世界を作ることができるのでしょうか。 う〜ん、悲観的にならざるをえないなァ、、

 

 

あとから知ったのですが、この映画にはブレイク前の武井壮が端役で出演しています。 日本選手役を探してした製作スタッフは、フェイスブックに「英語が話せて単身インドに来れる陸上と芸能に通じた人募集」と投稿。 もちろん選ばれたのは彼。 当時お金がなかった彼はマネージャーから1万円借りて飛行機に乗ったものの、両替を忘れて一文無し。マーケットのコブラ使いのおじさんの横で逆立ちで踊って2万円ほど稼ぎ、滞在期間をしのいだのだとか。 もう一度本編のそのシーンを見ると、しっかり彼の個性的なフォームが写っていました。

ミルカと武井壮の縁の話には続きがあります。 ミルカ・シンの息子のジーブ・ミルカ・シンは現役のプロゴルファーでジャパン・ツアーにも参戦しており、その際に武井壮がコーチングしていた市原選手とプレーオフで優勝を争ったのだとか。 結果は市原選手の勝ちだったようです。

 

インド映画特有の出演者たちがとつぜん踊り出すシーンや、ちょっと大げさな感情表現が気にならなければ、かなり楽しめる映画だと思いますヨ (^^;

 

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宗教は文明?それとも文化?

  • 2017.08.18 Friday
  • 17:56

 

ここのところのお天気は、いったいどうなっちゃってるんでしょうねえ。

このお盆には3日ほどお休みをいただきました。 初日はすこし自転車に乗りましたが、あとは学生時代の友人や自転車仲間からのお誘いで夜だけ活躍して、ひさしぶりにのんびり過ごしました。 テレビで高校野球をつけっぱなしにしてゴロゴロ読書。 ぜいたくな時間でした。

昨日読み終えたのは、同志社大学の教授の内藤正典と元同大客員教授の中田考による対談集「イスラームとの講和」。2016年3月発売と、ちょっと前の本です。

 

私の夏休みの最終日は終戦の日でした。 昨今、日本を取り巻く状況もにわかに緊張感を帯びてきていますが、こちらに関するニュースは毎日目や耳に入って来ますので、重要な情報を見逃すことはないと思います。 しかし、すでにコトが起こっているイスラム圏のことは、悲惨な写真や映像のインパクトばかりが頭に焼きついてしまい、複雑極まりない現地の状況はなかなか伝わって来ません。

 

イスラム圏の歴史は大まかには把握していましたし、”アラブの春” 以降の急激な変化を解説した本も読んだりもしましたが、どれもイスラムの外側から分析・評価したものばかりでした。 中田氏は自身がイスラム教徒、内藤氏もしばらくトルコに在住したりと、自国や隣国あるいはヨーロッパで苦難の日々を送るムスリムに近い目線で書かれたこの本を読んで、やっと全体像が掴めたように思います。

 

中東諸国においては、スンナ派とシーア派。原理主義と世俗主義。多様な民族が後づけの国境線に分断されていることなど、同じイスラムでも対立軸はいろいろ。 それぞれについての現状をこまかく解説してくれています。

 

ヨーロッパ各国においては、移民や難民を受け入れはするものの、ムスリムたちとの間にはどうやっても相容れないバメンが出てきてしまいます。 ドイツやイギリスのように”異質な人たち”として同化を拒絶する国もあれば、”ライシテ”と呼ばれるゴリゴリの世俗主義を掲げるフランスでは、「ブルカを被るな」など宗教的な習慣を捨てて同化しろと迫るようで、いろいろ問題が起こり続けています。

 

おそらくヨーロッパの国々も移民・難民も、ほんとうはお互いに良い関係を築きたかったはずなのに、何十年かけてもうまくいきませんでした。 内藤氏はこの状態を「文明の衝突」と呼んで、もうお互いに同化することはあきらめて”講和”の道を探るべきだと言っています。

 

生まれたときはお宮参り、教会で結婚式を挙げて、お寺のお墓に入る。 こんな感じで宗教に関しては、きほんユルユルでテケトーな日本。 新聞記事によると、西暦2070年にはイスラム教徒はキリスト教徒と同数になり、その後はイスラム教徒が世界で最大勢力になる予想とのこと。 アジアにもイスラム教徒が多数を占める国はいくつもありますし、日本にもモスクが増えて彼らと日常的に関わる時代が来るかもです。 正直なところちょっと宗教アレルギーがある私でも、そりゃできれば仲良くしたいもの。 なのでこれからも彼らのことを知る努力は怠らないでおこうと思います。 てか2070年? ワシ110才やん(≧▽≦)

 

 

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雨の高原で読書

  • 2017.07.29 Saturday
  • 12:34

 

ちょっと前のことですが、先週末は ”サイクルショップあしびな” 主催の那須サイクリングでした。

コテージで一泊して涼しい那須高原をのんびり走ろうという企画。 私は土曜の仕事を終えてからバーベキューに間に合うよう新幹線で現地入り。 着いてみると泊まりはムサい男ばかり12人。 明日には日帰りの参加者も3人来るようですが、どうやらこちらも♂ばかりとのこと。 参加者の半分は20〜30代の独身ナイスガイなのに、なんとももったいない (>_<)

 

電車に乗らなくても布団までズルズル引きずってもらえば寝れる環境は、やはりとても危険です。 ものすごく濃いハイボールのせいで2名ほどは完全に”泥”でした(^-^;

 

翌朝、奇特な誰かが朝食を作るいい匂いで気分良く目覚めたものの、外はイケズな雨。

ただ、この朝の森の空気はとても気持ち良くて、見渡しても退屈がストレスになっている顔はありませんでした。 チェックアウトの10時までのんびり過ごそうと満場一致。 私もテラスのデッキチェアに身体をあずけ、しばらく木々の間にこだまするウグイスの声に聴きほれていましたが、持参していた本を思い出してゆるゆるページを進めました。

 

ミシェル・ウェルベックの 「服従」。 かなりインパクトのあるタイトルですよねえ。

2022年のフランス大統領選挙では国民戦線のル・ペンと穏健イスラム政党党首が決選投票に挑みます。 「ファシズムとイスラムかよ。なかなかキッツイ選択だなぁ」 という当地のリベラル層の声が聞こえて来そうですね。 そこで政治的主導権を手に入れた勢力はその後フランスのみならずEU全体をコントロールするようになります。 しかしこの本、ただのポリティカルフィクションではありません。 主人公は大学で文学を教える40代の教授。 おもに年齢的なものによる自分自身の身体や心の変化から、生きることに疲れ始めたタイミングでの急激な政情の変化。 考える力も失われるほどすっかり疲れ切ってしまったときに忍び寄ってくるのがファシズムや宗教。 インテリであるはずの彼でさえいともかんたんに流れに飲みこまれちゃうんですねえ。 いや、かえってインテリほど長いものに巻かれやすいのかも知れません。 いずれにせよ主人公の葛藤がよく描かれていて、文学としてもよく書けていると思います。

 

ウェルベックはこの主人公に、21世紀に入ってすっかり行き詰った感のある共産主義や自由民主主義などの人間中心主義を重ねたのではないでしょうか。 筆者はヨタヨタになってしまった人間中心主義だけでなく、どんどん勢いを増すばかりのイスラム教をもおちょくりまくっています。「イデオロギーも宗教も結局人間を救ってはくれないヨ」 なスタンス。 ほかにも差別・性などのタブーも全シカト。 気持ちいいくらい振り切れています。 これ、タブーで縛りつけたり、自身が縛り上げられたりするのが大好きな日本人が書いたら大炎上間違いなしだろうなあ。 

 

この本は世界中の知的な層を刺激したようで、 書名で検索すればものすごく高度で深い書評をたくさん見ることができます。 インテリなあなたはしょっぱい私の感想などではなく、ぜひそちらを参考にしてくださいね (≧▽≦)

 

それにしても、那須合宿の帰りにみんなで食べた蕎麦はおいしかった (^-^)

 

2017.7.23あしびな那須1.JPG

 

 

 

 

 

ハクソー・リッジ(ネタバレなし。たぶん)

  • 2017.06.28 Wednesday
  • 11:27

 

日曜日は雨の予報でしたので、前夜から映画を観に行こうと決めていました。 候補は自転車仲間のシゲさんにおしえてもらったソウルミュージックのドキュメンタリー映画 「約束の地、メンフィス」 か、ソ連に侵略される前後のポーランドの画家の全体主義に対する抵抗を描いた映画 「残像」、あとは封切りになったばかりの 「ハクソー・リッジ」。 折しも前々日が沖縄の慰霊の日であったことと、散歩圏内の映画館が開館13年記念で1000円鑑賞日だったことが決め手となり、朝イチで 「ハクソー・リッジ」 を観て来ました。

 

おおよそのストーリーはテレビのCMなどでご覧になったその通りで、第二次世界大戦時、銃を持たないと誓った青年がそれでも衛生兵として志願し、沖縄戦の激戦地のひとつである前田高地において日本兵を含む75人をひとりで救出したという実話です。

 

少年時代の彼を紹介するシーンでは、いわゆる天然キャラであることが強調されています。 偉人でもスポーツ選手でも、ふつうの人が出来ないようなことを成し遂げる人は、やっぱりちょっと特殊な物差しで生きている人が多い気がしますよね(^^;

 

宗教上の理由と幼い頃のトラウマから銃に触れないという誓いを立てた彼ですが、祖国の危機に居ても立ってもいられず、衛生兵としてなら貢献できるはずと志願します。 しかし衛生兵とはいえ銃の訓練は必須。 戦時中の軍隊の中で規律に反する個人の信念を貫き通すことは容易ではなかったことでしょう。 

 

そして彼は沖縄へ。 リアルすぎると話題の戦闘シーンは、まさしく息もできないくらいの緊張感で、たちまち客席から現場に放り込まれました。 タメを効かせた恐怖ではなく、何というか恐怖を感じる余裕もなく一気に圧倒的な力に吞み込まれる感じ。 生き延びれるイメージがまったく持てなくて頭の中がまっ白になりました。

 

そんな前田高地における文字通りの白兵戦の中、高地から自軍の拠点がある断崖の下まで、立木を滑車にしてロープたったひとりで負傷兵を下ろし続けた彼。

 

敬虔なクリスチャンである監督のメル・ギブソンはインタビューで 「彼が行ったことは超自然的で、彼はその働きをただ信仰を通して行ったのです。ドス氏はただ信仰によって武装したのです」 と話しています。

 

たしかにドス氏の行いは超人的で賞賛に値するものではありますが、常人には不可能とも思われる行いの根源が信仰となるとちょっとコワい気も(^^;

歴史的には宗教的な信念が悲惨な戦争を生んできたことも事実ですし、そこはちょっと複雑かなー。

 

とは言え結論としては、観てよかったです。 この映画は戦争について考えるというよりも個人の生き方がテーマになっているように感じました。 あと沖縄の人々のたいへんさはまったく描かれていません。いろいろ盛り込むととっ散らかっちゃいますもんね。 

この映画で私がつい泣けてしまったのはクライマックスではなく、志願前の故郷において形質をもつと思われる主人公を愛し、適応をサポートする家族や恋人の温かさでした。天然仲間としては沁みるんですよね〜(*^_^*)

 

 

私は、死や戦争など忌まわしいことを遠ざけて過ごすのではなく、いつでも起こりえるものとして心の準備をしておきたいクチ。 いま、リアリティのある戦場のシーンを再現できるコンテンツは映画だけだと思います。 文字情報を前頭葉で処理するよりも映像で見て扁桃体をぐりぐり刺激して、戦争の恐怖をたっぷり刷り込んでおくことで「戦争ダメ」の感覚が強化される気がします。

 

上映前に客席を見渡すと半分以上の席が埋まっていました。そしてその半分ちかくが〇ゲ頭(≧▽≦)  朝早いせいもあるのでしょうけど、やはりご自身が出征されたり、私と同じで復員した親戚のおじさんたちの話を聞かされた世代がほとんどだったのではないかと思います。 出口で一緒になった80代後半と思しきご夫婦に感想を聞いてみました。「う〜ん、やっぱり何があっても戦争はぜったいダメだよね」 とのこと。 同感です。

こういう映画は若い人にこそ見てほしいと思いました。

 

Hacksaw-Ridge-790x445.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

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