こんどはカマシ・ワシントン聴いてみたYo!

  • 2019.07.15 Monday
  • 11:36

 

ちょっと前の更新で、行きつけのバー”スプラウト”のバーテンダーのあべちゃんにロバート・グラスパーを教えてもらって、すっかりどハマりしていることを報告させていただきました。

先日、久しぶりにスプラウトへビールを飲みに出かけたところ、「いや、じつは最近のジャズシーンには、もっとヤバいやつが居るんですよ」とのお言葉。 それがカマシ・ワシントンでした。

 

さっそく、あべちゃんお薦めの3枚組CD「THE EPIC」をポチッて聴いてみました。

ジャケット写真の彼は、どう見てもナゾの教祖様。怪しさこの上ありません。しかし 1枚目からビッグバンドの圧がグイグイ。疾走感満点のアフロなグルーヴと、エレガントなクワイアのミスマッチがカッコいい!

数曲聴いて完全にカマされました。 風体同様、音もスピリチュアルな仕立てですが、’60〜’70年当時のコルトレーンほど深刻ではなく、サン・ラーほどぶっ飛んでいません。なので昔の御大たちのスピリチュアル・ジャズとちがって、消耗することなく何度でも気持ちよく聴けてしまいます。

 

ロバート・グラスパーもそうですが、最近の若手ジャズ・メンは、ヒップホップのミュージシャンとの交流が自然なことのようで、カマシもスヌープ・ドッグやケンドリック・ラマーなどとも共演しています。 ヒップホップ・ムーブメントが日本に上陸した頃、音楽的には魅力を感じたものの「マザーファッカー!」な感じの視野の狭い詞と、何より当時敏感に反応したのがいわゆるヤンキー層だったこともあり、これまであまり聴いて来ませんでした。 しかし、R.グラスパーとK.ワシントンの縁で、ケンドリック・ラマーの「To Pimp a Butterfly」を買ってみました。 いや、カッコいい!  詞はまるで内臓をぶちまけたような生々しい言葉の洪水ですが、音楽的にものすごくクールで、まさに「Fuck'n Dope!」って感じ。 実質’70年代で止まって化石化していた私の音楽的な感受性にちょっと血が通ったみたいです。 若い世代の音楽か知らんけど、ジイさんだって同じ時代を生きているんですから、共感したっていいじゃんね(≧▽≦)

 

さて、ハナシはカマシ・ワシントンに戻ります。 彼は9月の「東京JAZZ」に出演するとのことなので、学生時代のバンド仲間たちと聴きに行くことにしました。

「東京JAZZ」を聴きに行くのは、2002年の第1回を聴きに行って以来です。 その日、H.ハンコック、W.ショーター、O.ポルトゥオンドなどと共に出演した今は亡きマイケル・ブレッカーは、空が夕焼けに染まる頃ステージに立ち、東京スタジアム(味スタ)の銀傘を震わせるソロを吹いてくれましたっけ。そのソロでうっかり泣けてしまったを思い出しました。

今回の東京JAZZもそのとき一緒に聴きに行ったメンバー。楽しみです!

 

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「ビル・エバンス タイム・リメンバード」を観て来ました

  • 2019.07.03 Wednesday
  • 17:35

 

私と同世代のプロピアニストの患者さまから、「とても印象的な映画だったので観たほうがいいよ」と聞いたのは1ヶ月以上前のこと。自転車に乗れない雨の日曜日があったら観に行こうと思っていましたが、この日曜日、上映終了の週になってやっとチャンスが訪れました。

この映画、アップリンク吉祥寺でこの映画が封切られたのが4月27日なので、もう2ヶ月以上の長期にわたって上映され続け、この日も満席でした。

 

ジャズという音楽の進化に大きな功績を残したビル・エバンスですが、じつは私は彼の演奏は好きでも嫌いでもありません。 耳に心地よく知的(モードなんちゃら)でクール。 ジャズ初心者が受ける印象は美しく抒情的。超高度な音楽的感受性が備わった人は、その奥に秘められた狂気を感じるらしいです。 そのどちらでもない私には、何かすべてが整いすぎた彼のピアノはまったく響いて来ないのです。 世界中のジャズファンにこれだけ愛されたピアニストですから、彼が音に込めたものを感じ取れないのは、私の感性の問題なのはまちがいありませんが(>_<) 

 

以前にも書いたように、私が音楽や文学・アートに求めるものは、遺伝子のひだの裏の裏あたりにある、人類の祖先から刻まれた記憶を呼び覚ますスイッチとしての役割です。そう、もっとエモーショナルな激しさであり、美しさなのです。構築された”美しさ”は私が求めるものではありません。

 

映画は評判通りすばらしい作品でした。 才能が突出している分、何かが欠落した人の物語。同じく破滅的な人生を送ったジャズ・トランペッター、チェット・ベイカーの映画「Lets Get Lost」「ブルーに生まれついて」にも通づる切なさでした。

ビル・エバンス史上、最高の録音と言われた1961年のヴィレッジ・ヴァンガードの夜の直後に、盟友のベーシスト、スコット・ラファロが事故死。 仲の良かった兄は病気を苦に自殺。 恋人を苦しめて自殺に追い込み、自身はヘロイン中毒で45分に1回注射。 心身ともにズタボロな状態だった彼。 仲の良かった友人によると「彼の死は、時間をかけた自殺というべきものだった」とも。 CDから聴こえてくる、美しく繊細なタッチのピアノとの対比がますます皮肉です。

 

ビル・エバンスのピアノを聴きに行ったのではなく、ジャズの歴史の勉強のつもりで観に行ったこの映画。 結果、彼の音楽からは感じられないブルースを、彼の人生から感じることになりました。

 

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映画「パーソナルソング」を観て音楽療法の勉強

  • 2019.06.27 Thursday
  • 17:03

 

「パーソナルソング」 。2014年サンダンス国際映画祭ドキュメンタリー部門で観客賞を受賞した作品です。

もともとIT関係の仕事をしていた新米ソーシャルワーカーのダン・コーエンは、認知症患者も自分の好きな歌(パーソナル・ソング)を聞くことによって、音楽の記憶と一緒に何かを思い出すのではないかという着想を得ます。その着想に基づき認知症の方が入所する施設を回って、入所者に当人が若い頃に聴いたであろう楽曲をipodで聴いてもらいました。

 

娘の名前すら思い出せないほど認知症が進行していた94歳のヘンリーは生気がなく、車椅子の上でうなだれて過ごす日々。 ところが彼の好きな曲を聞かせた途端、目を見開いて陽気に歌いはじめ、仕事や家族のことまで饒舌に語りだすという効果が表れました。

彼だけでなく、この音楽療法によって劇的な変化を見せる入所者が何人も紹介されます。

おそらく映画では著効が見られた例のみを取り上げているのだと思います。 それでも入所者が音楽を聴く前と聴き始めてからの変化の大きさには驚かされます。 もし自分が現場に居合わせたら、まちがいなくハグしちゃうだろうなあ。

 

この試みを支持するドクターのコメントも多数紹介されます。 あるドクターによると、施設の認知症患者の肉体・精神活動がかなり抑制されているように見えるのは、薬の作用が大きいとのこと。 発症後、患者は自分の混乱した心を伝えようともがきます。 それを薬で抑え込んでしまうと、彼らは自分の問題を伝えられなくなって心を閉ざし、世界とのつながりを失ってしまう。 こうして彼らは選択肢を失い、人に管理されるしかない状況に陥ってしまうのだと。

 

施設内の安定した状況を維持するために、抑制的にはたらく薬の投与はやむを得ないのかも知れません。 音楽による刺激は脳の広範囲に及んで平和的な気分のまま高揚感が得られる刺激でもあります。 先のドクターはこうも続けます。「音楽は認知症患者に自発性を与えて、彼らが自分自身の世界で本来の自分を取り戻す助けになる」と。

 

この映画が製作されたのは2014年。 この映画を撮り始めたときには、音楽療法を導入してくれる施設はなかなか見つからず、各方面にipod購入のための寄付を依頼しても取り合ってもらえない状況でしたが、撮り終える頃には650もの施設に普及したとのこと。

第二次世界大戦で大量の傷病兵を出したアメリカの野戦病院で、音楽を流してみたら傷病兵の治癒が早まったことから、音楽療法に対する関心が高かったアメリカ。 そのアメリカでも現場レベルでは理解を得るのがたいへんな状況。 わが国でも認知症はもとより、発達障害者や身体障害者、不登校児、高次脳機能障害者などへのケアの一環として、音楽療法を取り入れる活動が活発化しつつあるものの、エビデンスが取れている方法論は限られており、医療として認められるにはまだ時間が必要なようです。

 

よくテレビで見かける脳科学者の茂木健一郎さんは「脳にとって音楽は食べ物です」と言っていました。 脳の報酬系は本来食べ物を食べたり、生きるために必要な刺激に対してのみ働くものなのに、なぜか好きな音楽を聴いたときにも報酬系が活動するのだそうです。


音楽は聴くだけでも認知症予防の効果がありますが、楽器の演奏を続けていると発症する確率がもっと低くなることはよく知られています。 私自身も次の誕生日が来れば60才。これからは次の世代の負担にならないように生きるのが最大のミッションです。 精出してウクレレ弾かねばです!(*^-^*)

 

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「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」と「彷徨える河」

  • 2019.06.11 Tuesday
  • 17:44

 

日曜日、ほんとうは自転車初心者の友人をアテンドして名栗みちをサイクリングする予定でしたが、朝目覚めて耳を澄ませると窓の外からは雨音が、、

ここのところ、梅雨入り前後の気候の変化で不調を訴える患者さまが多くて仕事が忙しかったこともありましたし、たまには自分自身の体も休めることに決めました。

 

「ゴジラ  キング・オブ・モンスターズ」。 長男は3才くらいの頃に初めてウルトラマンを見せたときには、ジラースのえりまきが剥がされるシーンでギャン泣きしたくせに、その後すっかり怪獣好きになり、今回のゴジラも封切り初日に観たとのこと。 彼の「サイコーだった!」との感想で私も観に行ってみる気になりました。 あ、もちろん私もゴジラ映画は日米の作品のほとんどを観てます。

 

私の感想は「爆音シーンが多くてキツかった〜(>_<)」です。 ストーリーや音楽は1960年代のゴジラ映画へのリスペクトが感じられ、古くからのゴジラファンはニヤッとする場面がたくさん。 怪獣同士の対決シーンはお約束のプロレス仕立て。 いつも通りわざとらしさを楽しむヤツでしたがそこはハリウッド映画、2Dで観ても思わず腰が浮くくらいの迫力でした。 観に行こうか迷っている「爆音カモ〜ン!」な方はぜひ(^^)

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ゴジラの咆哮で耳がキンキンしながら帰宅したわけですが、つい欲張ってamazonプライムビデオで以前から気になっていた映画も観てしまいました。

「彷徨える河」は2015年制作。コロンビアのシーロ・ゲーラ監督の作品です。 20世紀初頭にアマゾンを調査で訪れたドイツ人民族学者と、その約40年後に訪れたアメリカ人植物学者。 それぞれの手記に触発されて監督自身が原住民への取材を繰り返し、4年がかりで書き上げた脚本にもとづいて撮られた作品とのことです。

 

自分以外の部族全員を白人に殺された放浪のシャーマンが何の因果か、40年ほどの時間をまたいで幻の薬草ヤクルナを探すその2人の学者を案内することになり、アマゾン川をひたすら遡って行きます。 旅の途中では現地の人々がゴム農園でひどい扱いを受ける姿や強引にキリスト教に改宗させられるシーンも。

 

この映画、極彩色のアマゾンが舞台なのにモノクロームで撮られています。 遠い記憶や夢の中にいるようなモノクロームの風景。 また、カヌーの速度や櫂の音には一種催眠作用があるようで、見ているうちにだんだん自分も記憶の川を遡る旅の道連れになったような錯覚に陥りました。

 

昨年の暮れの頃だったでしょうか、NHKスペシャルで「アウラ 未知のイゾラド 最後のひとり」という番組が放映されました。 1987年に発見されるまでその存在さえ知られていなかったアマゾンの部族の最後の生き残りで、今は保護されているアウラの日々の暮らしや、彼がひとりぼっちになった理由を探るドキュメンタリーでした。 まさに「彷徨える河」の主人公カラマカテと似た境遇でした。

 

自分自身は文明社会に身を置いていても、遺伝子に残る記憶を新石器時代にまでさかのぼると彼らに行きつくわけですよね。 戦国時代や古代ローマの浴場にタイムスリップする映画はありますが、1万年近く昔を生きる人とコミュニケーションする機会はファンタジーを超えた現実。 おそらくそんな場所はもうアマゾンかアンダマン海の北センチネル島にしか残されていません。 文明世界の存在を知りながら接触を拒否して生きるにせよ、徐々に文明世界に取り込まれていくにせよ、彼らは大きな葛藤と向き合うことになります。 我々はただ感傷的な気持ちで見守るしかありませんね。

 

「ゴジラ」と「彷徨える河」、どちらもちょっと浮世離れした映画でした。おかげでつかの間現実逃避できましたし、梅雨入りした東京の日常をまた元気にがんばって行きます〜(^_-)

 

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ロバート・グラスパー

  • 2019.05.21 Tuesday
  • 11:35

 

ちょっと前のこと、地元の行きつけのバーで一杯目のヒューガルデンに「プハァ〜♡」てなってはじめて、そのときかかっていた音楽が耳に入って来ました。 軽い衝撃を感じるほど印象的だったので、思わずバーテンダーのアベちゃんに 「これ誰!」 と訊くと、「ロバート・グラスパーのCOVERDですよ」 との答え。 ずいぶん前から活躍してる人らしいのですが、まったく知りませんでした。 私は若い頃からブルースやジャズを聴かない日はありませんが、考えてみればもう何十年も新しい音を探さず、自分が30代くらいまでの古い音源ばかりを繰り返し聴いていたのでした。

 

帰宅してYoutubeで 「ロバート・グラスパー」 を検索してみるとどれも私の感性にぴったりの作品ばかり。 ジャズをベースにヒップホップやR&B、ゴスペルなどの要素をクールに取り込んで、それでも押しつけがましくならないところにインテリジェンスが感じられます。 数日中には彼の名義でリリースされたアルバム10枚のうち、6枚を購入していました。

 

もともとジャズにヒップホップやソウルなどを混ぜる試みをしたのは’80年代のロンドンのDJたち。 クラブジャズとかアシッドジャズとか呼ばれてましたっけ。

’70年代後半からのフュージョンの流行に辟易してほとんどジャズを聴かなくなっていた私ですが、’80年代に入り、ウィントン・マルサリスやマイケル・ブレッカーなどがモダンジャズを復活させてくれて、ひさしぶりにタワー・レコードやHMVなどをのぞくようになりました。 そのときにいわゆるアシッドジャズのCDも試聴してみたものの、クラブでのダンス用にひとつのファッションとしてジャズを扱ったそれらの音源はなんだか平板な印象で、まったく惹かれるものがありませんでした。

そんな私が30年ぶりにハマッたのがロバート・グラスパーです。

 

ロバート・グラスパーの初期の作品は、ブラッド・メルドーなどにも通じる内省的な精神世界を見せてくれるオーソドックスなスタイルでした。しかしもうこの頃からところどころに、言葉ではなくフレーズで韻を踏むヒップホップの要素が感じられます。その後の作品はどんどんジャンルレス化して行き、かえってジャズの要素は減るばかり。 それでもアシッドジャズを毛嫌いしていたモダンジャズ・ファンにも受け入れられているのは、そこにジャズのスピリットが生きているからだと思います。

 

それなりに刺激的な歌詞のラップの背景にリリカルなフレーズのピアノ。 彼が多用するこの手法だと、見えてくる世界に奥行きが感じられて、攻撃的なラップも内省的なひとりごとのようにソフィスティケイトされて聴こえるからふしぎ。

 

私のグラスパー・ブームはしばらく続きそう。おっつけ彼のCDはコンプリートしてしまうと思います。

じつは、ロバート・グラスパーはこの夏のサマーソニックに出演が予定されています。しかし、おぢいさんには8月の野外フェスはしんどそうで、、(^^;

 

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ひさしぶりにナマ田中泯

  • 2019.05.07 Tuesday
  • 12:17

 

家人から、池袋の東京芸術劇場を中心に毎年開催されているTACT(Theater Arts for Children and Teens Festival)で田中泯の場踊りが観れると聞いて、連休最終日の6日(月)には、めずらしく街方面へ出かけてきました。

 

以前にも書きましたが、私がはじめて田中泯のことを知ったのは俳優としてでした。 NHK「龍馬伝」の吉田東洋役の鬼気迫る演技に魅了されて、それと知らずにすでに観ていた「たそがれ清兵衛」を観直したりもしましたっけ。

 

田中泯本人はとても肩書きにこだわりがある人で、俳優としての仕事をしているにもかかわらず”俳優”という肩書きを嫌うようです。 あくまで舞踊家であり、”舞踏家”とも違うと。

私は彼のこだわりを聞くまで舞踏と舞踊のちがいを考えたことがありませんでした。

舞踏という字からは、リズムに合わせてステップを踏むことに重点を置いた、おもに自分が楽しむための西洋風ダンスがイメージされますし、舞踊という字からは人が見ていることを前提とした、表現としての踊りがイメージされます。

しかし、土方巽を中心に活動していた「暗黒舞踏」などは、舞踏という呼称でありながら、踊りという手段を用いた前衛的なアートであったように思います。けっきょくよく分かりません(^^;

はたから見ると呼称に縛られたくないように見える彼。 呼称にこだわればこだわるほど、かえって窮屈な思いをしそうに思うのですが、、

 

そんな、ちょっとめんどくさいところにこだわりを見せる田中泯さんですが、実際にはこの笑顔を見ればお分かりいただける通り、とても気さくな人で、ぜんぜん”わからんちん”ではありませんでした。

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10年近く前に一度、彼のライブを見に行ったことがあるのですが、そのときはコンクリート打ちっぱなしの薄暗いステージで彫像のような半裸姿。見ているこちらも息が出来ないほど緊張感を伴った踊りでした。 しかし、この日は街中でのパフォーマンスということもあり、ふだん前衛的な踊りを見ることのない方にも分かりやすい踊りで、観客からもときおり笑い声がもれるほど終始ほっこりした空気でした。 動きや表情、目の力、声、どれを取ってもとても74才には見えなかったです(@_@)

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30分ほどのダンス・パフォーマンスのあとは、地べたに座って彼の踊りが何に由来して何を表現しているのか、もともと彼がなぜ踊る生き方を選んだのかを話してくれました。 言葉や表情から彼の実直な人柄が伝わる、とても良い時間でした。2019.5.6aCT8.jpg

 

 

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お昼は「フォーティン・トーキョー」で。

ハノイの人気店フォーティンの2号店がこの3月にオープンしたと聞いて、いつか行ってみたいと機会を狙っていました。

13時過ぎの入店でしたが、数人待ちで入れました。お客さんの半分以上はベトナムの方のようです。 やはり現地の人気店とのふれ込みに間違いはなさそうです。

メニューは牛肉フォーのみ。 普通盛りと大盛り、パクチーの有無が選べます。 化学的な味がしないやさしいスープ。 シャキシャキねぎとパクチーの香味が新緑のこの季節にぴったり。 美味しかったです♡

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連休明け、ニュースでは体調を崩される方が多いと言っていました。 みなさまご自愛くださいませ〜。

 

 

 

 

 

 

フアン・ルルフォ「燃える平原」

  • 2019.04.26 Friday
  • 11:46

 

少し前の更新では、同じフアン・ルルフォの「ペドロ・パラモ」について書きました。これは読み進むのに苦労した本でした。

読み終えたあと、日頃から仲良くしている音大生のウッシーが治療で来院した際、ちょっとしたいたずら心で「読んでみ」と手渡したところ、なんとどハマりしたとのこと。 それ以来彼も南米マジックリアリズム遍歴を続けているようです。 本場の音を求めてブラジルまで行っちゃうパーカッショニストのウッシーですから、何か血が呼ぶんでしょうかねえ。

 

さて、そのウッシーがルルフォの「燃える平原」を貸してくれて、昨日読了しました。 ラテンアメリカの作家の中でも重要な存在であるルルフォ。 ただ彼が小説として残した作品はたった2作品だけ。それが1953年出版の短編集「燃える平原」と1955年に出版された上記の「ペドロ・パラモ」です。


「ペドロ・パラモ」は、架空のゴーストタウンで、生物と死者のさかい目が取り払われた不思議な世界を浮遊するマジックリアリズムの作品でした。 一方「燃える平原」は、ゆがんだ時空の世界の話ではなく、地に足の着いたナマの世界の話です。 メキシコの乾いてひび割れた大地で絶望的な貧困の中、いつも死を身近に感じながらその日その日を懸命に生きる人間の、救いのないエピソードを綴った短編集。 ”マジック=魔術”の要素が含まれない分、絶望や死がよりリアルに描かれています。 どれもこれもがしんどい話なのに、途中で投げ出そうという気にならないのは、メキシコの大地同様、乾ききったルルフォの文体のおかげだと思われます。

 

とても創作によるものとは思えないストーリーは、暴力や死が日常に存在したメキシコ革命の真っ最中に少年時代を過ごし、自身も父や叔父を殺されたルルフォが実際に見聞きした話を元にしているような気がします。

傑作と評される2作品を出版したあと、新たな作品を発表することのなかったルルフォ。 勝手な想像ですが、少年時代に見聞きした悲惨な出来事を作品のかたちで言語化することがPTSDの治療のような効果を生み、心的外傷が癒えたあとは創作の源泉を失ってしまったのではないかと。

 

書いているうちに、こんな辛気臭いレビューだと、みなさんが読んでみようという気にならないのではないかと心配になって来ました(^^; まぁヒリヒリなストーリーは置いといて、素朴な登場人物たちの心理、色や匂いや風など牧歌的な情景の描写もすばらしく、名作の評価もうなづける読み応えのある作品でした。おすすめです!

 

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旧作映画な日々(その9)

  • 2019.03.26 Tuesday
  • 17:03

 

ひさしぶりに自宅で何本か映画を観ました。

と言うのも、CDラックから取り出して久しぶりに聴いたカエターノ・ヴェローゾがきっかけで、彼のライブのシーンが挿入された映画「トーク・トゥ・ハー」を思い出し、その映画の冒頭でダンスシーンが取り上げられた振付家・舞踊家ピナ・バウシュを追ったドキュメンタリー映画「PINA」を見逃していたことを思い出したからです。

 

「PINA/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち」の監督はヴィム・ヴェンダース。「パリ・テキサス」以来、彼の作品は何本も観ていますが、当時「PINA」の公開をまったく知らなくて見逃してしまい、おおいに後悔しました。

今回、オンラインで「PINA」をレンタルするにあたり、ついでに3本ばかり見つくろってみたのが、ぜんぶ「トーク・トゥ・ハー」のペドロ・アルモドバル監督の関わった作品ばかり。 内容は「オール・アバウト・マイ・マザー」「私の秘密の花」「人生スイッチ」。 3本とも「トーク・トゥ・ハー」同様、既存の価値観への挑戦状のような作品で、かなり見応えがありました。

ただやはり「PINA」のインパクトがあまりに大きかったので、今回は「PINA」について書かせていただきます。

 

今は亡きピナ・バウシュは、ドイツ・ヴッパタール舞踊団の芸術監督でした。 この映画は彼女と親交のあったヴィム・ヴェンダース監督が彼女とヴッパタール舞踊団を追ったドキュメント。 映画のほとんどはダンスシーンと団員へのインタビューで構成されています。

 

ヴッパタール舞踊団の各メンバーはいろいろな人種・民族で構成されています。 中には韓国や日本人のメンバーも。 それが人種や性別や価値観のちがいによって生じるもどかしさや悲しみを表現するときに、大きな説得力を生んでいます。 それぞれのダンサーがソロを取ると、その踊りには彼らの出自たる民族の個性が反映されているのも興味深いところです。 スラヴ人は力強く、ラテン系は情熱的に、アジア人は繊細ではにかみがちに。 民族性という意味では、人間の本性を暴き出すために特化した無駄のない演出にはピナの生真面目なドイツ人気質が反映されているのかも知れません。

 

団員の”身体言語”を目的にして進化した身体の美しさは、他人と競い合うために特定のスポーツで鍛え上げられた身体とは異質のもので、例えるなら刀剣のよう。静謐な佇まいの中に恐ろしいほどの力が秘められていることが感じられます。 いったん力が放たれると、その力は身体の動きだけでなく、空気を切り裂いたり優しくなでたりする残像にまで及んでいくようです。

 

私はもともと舞踊や舞踏というものにあまり関心がありませんでした。 しかし10年ほど前のこと、俳優として魅力を感じていた舞踊家・田中泯のルーツを知りたくなり、彼の独演舞踊ライブを観に行って衝撃を受けました。 彼が伝えたいものが何なのかはよく理解できませんでしたが、何かが取り憑いて狂気に支配された彼の踊りを見ていると、こちらの毛穴も全開になる感じでした。 ただ、その理解できなかったものが何なのか、自分の感受性の限界をもどかしく感じながら帰路についたことを覚えています。

 

ピナの手法は”タンツテアター(ダンスシアター)”と呼ばれるダンスに演劇的要素を取り入れたもの。 このスタイルだと彼女がテーマとする「愛と痛み」「美」「悲しみ」「孤独」などが、しっかりと伝わって来ました。

 

何度も観たい映画でしたので、結局DVDを買ってしまいました(^^;

 

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人の縁を辿って

  • 2019.03.05 Tuesday
  • 17:16

 

昨今、アマゾンをはじめとしたインターネットショッピングやヤフオクの配送などで、宅配便のお世話になる機会が増えましたよね。 我が家では日中全員留守になりますので、私物もなるべく院に配送して頂くように心がけています。

 

なかでも(=^・^=)な宅配便さんにもっともお世話になっているわけですが、以前当院のエリアを担当されていたのは私と同年代のIさん。 たいへん朴訥な方で一度も笑顔を見たことがありませんでした。 ある昼休みのこと、午前中の診療を終えた解放感からサニーボーイだかJ.L.フッカーだかを大音量で流しているところへ荷物が届きました。

 

いつも通り、聞こえるか聞こえないかの声で受領のやりとりを終えたあと、Iさんから予想もしないひと言が。「ブルースお好きなんですか?」

 

それからCDの貸し借りが始まりました。 配送があるごとに短いインプレのやりとりをしながら1年くらいが経過。 あるときとつぜん別の配送担当の方が見えたので訊いてみると、Iさんは異動されたとのこと。 サラリーマンに異動はつきものですが、日常の中から生まれたちょっと素敵な時間がなくなってしまったことに一抹のさみしさを感じました。

数ヶ月が経過した冬のある日の昼休み、バーチカルツインのエンジン音が院の駐輪場で止まりました。 休日のIさんがトライアンフに乗って遊びに来てくれたのです。 そう、彼とは音楽以外にもオートバイや自転車の趣味が丸かぶり。

折しもウクレレ練習中でしたので少し聴いてもらうと、ウクレレでブルースが演奏できることに驚いてくれて、「ぜひ行きつけのバーで演奏してもらいたい」とのご提案を頂きました。 初心者の私が知らない人たちの前で演奏するなんてとんでもない事ですので、一度は丁重にお断りしましたが、翌週には古いモトグッツィで、その翌週にはTW200で。そのまた翌週にはサーリーのファットバイクで現われては何度も口説くのです。

どうやらそのお店の若い女性バーテンダーがウクレリストで、私の演奏を聴きたがって下さっているとのこと。

根負けして、ついに「では、3月になって暖かくなったら一度お酒を飲みにうかがいます」と約束してしまいました。

 

そして先週末、ついに院から自転車で15分ほどで行ける東上線沿いのそのバーへ行ってきました。うっかり愛器も背負って、、(^^;

 

IさんはSNSをやらない方なのでまったくのアポなし。ご本人がお店に居るかどうかも分からないままお店に突入。

もしIさんが不在でアウェーな印象だったら、ビールを1杯だけ飲んで退散しようと思っていました。 しかし、カウンターの隅にはシブ〜い感じでIさんが収まっていました。

お店はカウンターが6席のみの小さなバー。 件の女性バーテンダーYちゃんはじめ、マスターやほかのお客さまたちも想像以上に歓待してくれました。 なので調子に乗ってへっぽこウクレレも披露してきましたヨ(^^;

 

バーテンダーのYちゃんはカクテル全般を作れて、連載こそないもののアマゾンでも高評価の漫画家で、漆器の山中塗りの作家で、バンドのボーカル。 やりたいことが多すぎて彼氏を作る余裕がないそうです。

 

同席したほかのお客さまも音楽通の方が多くて話が弾みすぎました。閉店時間をかなり過ぎて日付が変わる頃にやっと解散。

思えば学生の頃って、こんな感じの人の縁で友だちが増えていった覚えがあります。

きっとまた行っちゃうな〜(^^;

 

 

私が持参したウクレレでYちゃんが歌ってくれました。 調子っぱずれのカホンは同席のドラマーの演奏。 ほんとはプロドラマーのローディーまでやってた人らしいのですが、なにしろベロベロで、、(≧▽≦)

 

 

 

 

 

 

 

「ペドロ・パラモ」を読みました

  • 2019.02.14 Thursday
  • 11:56

 

先ごろガブリエル・ガルシア=マルケスの「百年の孤独」を読んで以来、マジック・リアリズム沼から抜け出せないで居ます。

今回読んだのは、フアン・ルルフォの「ペドロ・パラモ」。 初版は1955年に出版され、上記のガルシア=マルケスにも大きな影響を与えたマジック・リアリズムの名著です。

 

ある男が、母の死に際の言葉をきっかけに、顔を見たこともない父親のペドロ・パラモに会うため、ゴーストタウンのコマラを訪れます。 そこは ”ひそかなささめきに包まれた死者ばかりの町” でした。

物語はそのペドロ・パラモの人生を中心に進むのですが、まぁこの人が絵に描いたような悪党で、人殺しや裏切りは日常茶飯事。むちゃくちゃな言いがかりをつけて他人の土地を巻き上げるわ、手当たり次第に女性に手をつけるわ。 ただそんな彼がある一人の女性には純粋な愛を貫くのです(その女性は父親と近親相姦関係)。 妻となったその女性は精神を病んでおり、ペドロの見守るなかで息絶えます。 そして彼自身も金を無心に来た息子のひとりに殺されるのですが、精神的には妻とともに死んだも同然の彼の死は、とても淡々としたものでした。

なにしろ救いのないストーリーです。 しかし、メキシコ人にとってこの小説は自分たちを語る上でとても重要な意味を持つのだそうです。

 

メキシコはスペインの植民地時代が終わったあとも、独立戦争、ディアス独裁、メキシコ革命ときびしい時代が続きました。 ルルフォが少年時代を送ったのも、まさにメキシコ革命の真っ只中。 死は身近なものであり、人間の本性を見ながら成長したことでしょう。

ルルフォ自身も自らの境遇について 「父は山賊に殺された。伯父も殺され、祖父は足の親指から逆さ吊りにされて指を駄目にしてしまった。とにかく暴力がすさまじくて、たいがいの者は若死にした」 と語っています。 父親が殺されたときルルフォは7歳。母親も数年後には亡くなり、その後は孤児院へ。

 

自分を取り巻く殺伐とした環境の中でルルフォは、生きている者とのコミュニケーションは困難を極めるが、死者には自分の言葉がスムーズに届くということに気づきます。 作品中にも生者と死者の会話や死者同士の会話があたりまえのように出てくるのですが、そこに馴染めない読者は読み進むのがつらくなるかもしれません。

もうひとつ、読者を混乱させるのがこの小説の特殊な手法。 全体が70もの断片からなっているのですが、互いに関連しあう断片同士が網状に絡み合ってやっと全体像が見えてくるというもの。

「ペドロ・パラモ」もほかのマジック・リアリズムの作品と同じでストーリーよりも、作品全体に流れる空気感を感じるのがキモなのだと思います。

 

ノーベル文学賞を受賞したメキシコの詩人オクタビオ・パスは 「メキシコ人は、ぼんやりとでも、自分の中に消しがたい”しみ”を隠している。自分自身を全面的に肯定できない傷、暗さを抱えているのだ。それは、大多数の先住民が少数のスペイン人に犯され、隷属させられ ”メキシコ人” を名乗らざるを得なかった運命から来ている。自分たちのアイデンティティは ”犯された女の子供たち” であり、恨む相手も敵も自分たちの中にいる。だから、楽天的にあっけらかんとは自己肯定できない」 と言っています。

 

そういえば、私の好きなイニャリトゥ(メキシコ人)の映画などでも、全体を覆ううっすらとした影のようなものを感じます。 現世で救いを求めることに対する絶望感というか、、

 

オクタビオ・パスはメキシコ人の死生観についてはこう語っています。「ニューヨーク、パリ、あるいはロンドンの市民にとって、死は唇を焦がすからと決して口にしない言葉である。反対にメキシコ人は、死としばしば出合い、死をちゃかし、かわいがり、死と一緒に眠り、そして祀る。それは彼らが大好きな玩具の一つであり、最も長続きする愛である。もどかしさ、軽蔑、あるいは皮肉をこめて、死を正面から見つめるのである。」

 

アステカ時代からの輪廻転生の考え方に加えて、長い年月にわたる戦乱の時代がメキシコ人の死生観を形作っていったのでしょう。

 

ぬるい時代を生きる私たちはいくらでも考える時間があるのに、なるべく生きることや死ぬことの意味を考えないようにして過ごす傾向。 しかし、きびしい時代を生きる人たちは、いやでもそれを肌で感じてしまうんでしょうね。 世界の中ではいまだにそんな時代の真っ只中にいる人々も多いのですが、もちろん彼らはまだ振り返って何かのかたちとして残す余裕もないことでしょう。 民族としての宿命を背負った上に長い戦乱を経験し、薄いベールのような憂いとともに今を生きる南米やメキシコの人々。 ちょっと会いに行ってみたくなりました。

 

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