魅力的な声はD?

  • 2019.10.09 Wednesday
  • 16:03

 

最近youtubeのおすすめでちょくちょく出てくる「Char meets 〇〇〇〜TALKING GUITARS〜」という動画。 私も昔すこしだけギターを弾いていたことがありますので、つい見てしまいます。 CSのフジテレビONEで放送されたものをアップしてあるようですが、著作権的なことはよく分かりません。

 

番組はギタリストのCharが、同じくギタリストのゲストを招いて楽器や音楽についておしゃべりしたり、セッションを楽しんだりする内容。 昨日見たのはウクレリストのジェイク・シマブクロがゲストの回でした。 収録は2007年のようですのでCharも若いしジェイクもまだ初々しい感じ。

 

ムッシュかまやつや布袋寅泰など古くからのミュージシャン仲間とのおしゃべりは、古いエピソードやギョーカイの裏話などが面白おかしく語られるのですが、ジェイクとはステージでの共演はあったものの、じっくり話すのは初めてのよう。

 

私はウクレレを再開してまもなく2年。以前は1年で飽きてしまったのですが、今回はまだウクレレ弾きの端くれですし、ジェイクのアレンジも何曲かコピーさせてもらっていますので、正座する気持ちで見させてもらいました。

 

ジェイクの音楽のルーツであるハワイの伝統音楽について、また自らの音楽観についての話は引き込まれました。 言葉の選び方や表情から人間性が伝わって来ます。

 

ふたりの会話の中で、二つほど印象に残ったやりとりがありました。
最初のセッションのあと、ジェイクが「音楽はコミュニケーションをより親密にしてくれる」と切り出し、「音楽を介すると親友だと思えるのに一緒にコーヒーを飲んだりしてもほとんど会話が弾まない」と音楽の不思議さを語り始めました。 するとCharも、15年続けたバンド(たぶんJohnny,Louis&Char)の頃、音楽での意思疎通は問題がなかったのに、あるとき音楽論をぶつけあったら大モメな事態になって解散してしまった例を挙げ、言葉でやりとりすると話の流れから思ってもいないことを口にしてしまったり、誤解が生じたりするけど、音楽でのコミュニケーションには齟齬が生じにくいという話を返しました。

 

音楽の授業で「マイナーの曲では悲しい気持ちになりなさい」なんて教わらないのに世界中の人が同じように悲しい気持ちになるのが不思議。 きっと音楽は”第六感”みたいなもので感じ取っている気がする、なんて話も。

 

言葉は主に前頭葉で処理されますが、音楽は情動を処理する辺縁系との関わりがより大きいので、より深いところで理解し合えるのかも知れませんね。 とは言え、情動を言葉に変換する際の不自由さで悶々とするのも、それはそれで”M”っぽい楽しみではありますが(^^;

 

 

あともうひとつ私が興味深く感じたのは、ジェイクの「ベートーベンは”Dmの響きはもっとも悲しい音だ”と言った」という話。 それを聞いたCharは「俺もマイナーに限らずDの音はスピリチュアルで官能的だと感じてた」と同意。

私も時おり、話の内容ではなく声の質やトーンに魅力を感じる人に出会います。私は音感の無さには自信がありますので、今まで人の声の音階なんて考えてもみませんでしたが、ぜったいD音成分が多いんだわ(≧▽≦)

 

自分は声には自信がないので、せいぜいウクレレで良い音が出せるように頑張ります!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイムマシーンなライブ

  • 2019.09.04 Wednesday
  • 18:29

 

今年の夏はなかなかしぶといですねえ。それでも朝夕は、心もち凌ぎ易くなって来たような。

ライオンに追いかけられているときにちょっとした痛みやかゆみなど感じないように、命に関わる暑さをしのいでいる最中には感じられなかった不調が、すこしほっとする今頃に自覚されるようで、ここのところ来院される患者さまの数が増えています。

もっともらしいことを書いていますが、もちろんライオンには夢の中でしか追いかけられたことはありません(^^;

 

さて、先週末には2日つづけてライブを聴いて来ました。

土曜日は午前中の診療を終えたあと、ビルボード東京で ”ザ・ウェイト・バンド” のライブへ。 自転車チームのシゲさんに教えてもらってその日のうちに申し込んだ公演です。 このバンド結成の由来をお話しすると長くなるのですが、ひとことで言うと伝説のアメリカンロック・バンド ”ザ・バンド” の末裔です。 今回はゲストとしてリトル・フィートのフロントマン2人も出演するとのこと。

 

1978年の大学入学と同時に音楽サークルに入り、先輩に誘って頂いて最初にステージに立ったのはCSN&Yの「Teach Your Childlen」のコーラス隊としてでした。 高校生の頃の私はブルース色の強いロックが好きでしたが、それ以降はアメリカの広大な風景や人の懐の深さが感じられるカントリーっぽいアメリカン・ロックも聴くようになりました。 その年に公開されたザ・バンドの解散コンサートを記録した映画「THE LAST WALTZ」も観に行きましたっけ。

 

また同じ1978年の7月8日、まだ1年生でアルバイトもしていなかった私は、ぎりぎりでやりくりしていた生活費をつぎ込んで、オリジナルメンバーではただ一度きりしか実現しなかったリトル・フィート日本公演を聴きに行きました。 その公演は「On The Eastern Front」というCDにもなっています。 たぶん歓声の中には私の声も入っているはず。 今回のライブに出演したポール・バレアを見るのはそれ以来でした。

 

 

 

 

40年の歳月が流れて今はもう、クラプトンなどたくさんのビッグネームに影響を与えた音楽的な先進性は感じられませんでしたが、アメリカの原風景が見えるような大らかさと、心に沁みるハーモニーはすばらしかった。 とくにアンコールで演ってくれたリトル・フィートの「Dixie Chicken」を聴いたときには、18才で上京してからの自分の人生が、よくSF映画に出てくるタイムマシンの逆行シーンのように回想されて、齢でゆるくなった涙腺がヤバかったです。 やはり音とか匂いとかの刺激は直接古い脳に働きかけるんですね。

ライブがハネたあとは、シゲさんと六本木のジャズ・バーで一杯やってお開き。たのしい夜でした。

 

 

日曜日は学生時代の音楽仲間と「TOKYO JAZZ 2019」に出演するカマシ・ワシントンを聴きにNHKホールへ。

「TOKYO JAZZは2002年の第一回も聴きに行ったっけねー♡」なんておしゃべりしながら、数十年ぶりに仲間たちと公園通りの坂を歩きました。

 

こちらもサイコーなパフォーマンスでした。 昨夜の枯れ倒したシブいオジサンたちと違って、まだ30才代のカマシ。 精神的肉体的な熱量が圧となって伝わって来ます。 こちらもその圧に負けない力と感性をこれからも維持して行こうと決意を新たにしました。

 

夜は下北に流れて居酒屋からの、この日もジャズ・バー。 オートバイやら音楽やら、いろいろ悪だくみの相談もはかどりました(≧▽≦) 

 

 

 

 

 

 

 

ジャズ史動画(著作権的にそのうち削除されるかも)

  • 2019.08.20 Tuesday
  • 12:14

 

今夏の暑さは堪えますねえ。 若い頃は一年中夏でもいいと思うくらいの夏好きでしたが、齢のせいか温暖化のせいか、どうかもう許してください(´Д`)って感じです。 とはいえお盆も過ぎたことですし、あと1〜2週間もすればいくらか楽になると信じて頑張りましょう。

 

当院は14,15日の2日間、短い夏休みを頂きました。 ただ、台風の影響で自転車には乗れず、ひたすら家でのんびり。

たまたまお休みに入る数日前に、音大生の患者さんのウッシーから興味深い動画を紹介されていましたので、絶好の機会とばかりに43分×12本を全巻観てしまいました。それはBBCなどが製作したジャズの歴史を紹介する動画。 自分の好きな音楽のルーツがどこにあるのかきちんと辿ってみたことがありませんでしたので、近代アメリカ史とからめたこの動画はとても勉強になりました。 また、ルイ・アームストロングやベニー・グッドマン、ビリー・ホリデイなど、個々のミュージシャンたちのの生い立ちには感じるものがありました。

 

 

1800年代後期のニューオーリンズでは、南部の黒人のブルースと、クレオール(スペイン人やフランス時と黒人の混血の人たち)が身に着けた西洋音楽が融合して、ジャズの卵のような音楽が生まれました。 1917年に初めてジャズのレコードが発売されると、あっという間に大ヒット。ジャズという音楽が全米に知られるところとなりました。

 

 

 

その後、ジャズはビッグバンド、スウィングの時代を経て、1940年代にはチャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーなどが始めたビバップの時代に。 ビバップはそれまでの譜面にもとづいたジャズとちがってアドリブを主体とするスタイル。即興芸術としての色合いが濃い音楽でした。 ビバップ以降のジャズはモダンジャズとも呼ばれました。1950年代から’60年代にかけてはマイルス・デイビスのモード奏法やコルトレーンのスピリチュアルなアプローチ、オーネット・コールマンなどのフリー・ジャズなど、さまざまな方向へ進化を遂げます。また電子楽器の導入、ラテンやロック、ヒップホップなどとの融合も図られました。

 

私が好きなのは、ジャズが新しい表現を求めて苦悩し続けたモダンジャズ期以降です。「聴衆の前で瞬間的に創造する芸術は、いわば安全ネットなしの綱渡り。成功も失敗もそのぜんぶを見られてしまうことになる。」ときにはドラッグや酒に溺れなければならないほど身を削って表現されるスリルに満ちた音楽は、文学やアートと同じで聴いているこちらの原始の魂を揺さぶられるようです。

 

私とジャズの出会いは高校時代にさかのぼります。 家ではロックやブルースばかり聴いていた私でしたが、放課後に通い詰めた喫茶店「ヘリオス」でかかる音楽は、ジャズとバロック音楽だけでした。 お店は美大出のマスターの好みで当時まだ珍しかったコンクリート打ちっぱなしのシンプルなしつらえ。 店内にしずかに響くマイルスのトランペットは内省的な気分に誘導してくれるので、青春期の混乱した自分自身を見つめ直すためにとても大切な時間でした。「彼の音楽は人の心にひそむ孤独感に訴えてくる。そして誰もが同じ孤独を抱えているのだと語りかけてくる」「彼の繊細極まりないソロは薄い氷の上を歩くよう。恐ろしいほどプライベートな感じで、個人的なつぶやきを盗み聞きしているよう」 動画の中のある評論家のマイルス評ですが、まさしく当時私が感じていた印象そのものです。

 

元々、黒人奴隷の間で歌われていたブルースを起源に持ち、酒場や売春宿で育ち、長い間低俗な音楽として差別を受けていたジャズも、誕生してから100年以上が経って、今ではその芸術性がクラシック音楽と並んで評価されるほどになりました。 ちょっと痛快な感じがします。

 

ブルースやロックも同じですが、自分の成長にとって黒人由来の音楽は欠かせないものでした。 きっとこの先も「No Black Music,No Life」なんだろうなあ。

 

 

 

 

 

 

映画「アヤクーチョの唄と秩父の山」を観て来ました。

  • 2019.07.30 Tuesday
  • 17:36

 

土曜の夜には台風が接近する予報でしたが、とても楽しみにしていた映画はその週末の2日間しか上映されないと聞いていましたので、半ドン仕事を終えてアップリンク吉祥寺へ向かいました。

 

映画は「アヤクーチョの唄と秩父の山」。監督は写真家のホンマタカシ。 彼がギターを習うためにギタリストの笹久保伸の元を訪れた際に、笹久保の妻イルマ・オスノと出会い、彼女の半生を映画化する決心をしたのだそうです。 劇場は2日間とも予約の段階で満席でした。

 

'74年にイルマが生まれ育ったのは、ペルー南部の標高2,731mの街アヤクーチョから、さらに車で数時間上ったところにある人口100人足らずの小さな村。 アヤクーチョは毛沢東主義の急進派アビマエル・グスマンが率いた極左武装組織「センデロ・ルミノソ」の拠点となった街です。 とくに周辺の山岳農村部では政府軍とゲリラの激しい戦闘が繰り返され、毎夜どちらかの兵士が現れては村人を拘束して行き、拘束された村人は拷問を受けて二度と帰って来ることはなかったそうです。 そんな心休まらない状況の中、家畜の世話をしながら歌を歌って育った彼女は、12才になると故郷の村を離れて首都リマに移り、教員をしながらアヤクーチョ民族舞踊団の一員として活動をしていました。 そこでペルーの伝承音楽を研究しに現地を訪れていたギタリストの笹久保伸と出会い結婚。秩父へ移住することになったとのこと。

 

映画は、そんなイルマの現在の日常と、娘を連れて7年ぶりに訪れた故郷の村の様子を通じて、彼女の音楽的なルーツ、また人生そのもののルーツを辿ります。 母親や親戚の人たちに迎えられ、アルパ(アヤクーチョ・ハープ)やヴァイオリンに合わせて歌い、踊りながら再会を喜び合うのですが、母親は終始遠巻きにイルマのことを見つめながら涙を流し続けます。 幼かったイルマを暴力から守るために必死だった頃のことを思い出したり、せっかく再会出来てもまた遠い国へ戻ってしまう寂しさがこみあげてしまうらしいのです。 何より子供の幸せを祈りながらも、年老いて行く心細さからつい泣けてしまうのでしょうね。

どこに住んでいても、歌って踊ることは生きることと同じというイルマ。そんな生き方は娘のクシちゃんにも受け継がれていくことでしょう。

 

イルマの歌は、インカ帝国の公用語であったケチュア語で歌われる高いトーン。小魚のターンのようにクルクルこぶしが返る独特の歌唱法です。ただただヒステリックなだけのハイトーンだと、耳から入ってきても自動的に脳のシャッターが下りてしまうのですが、彼女の声や歌には彼女自身の人格と伝承されるスピリチュアルな要素が反映していて、なにか神秘的な気持ちにさせられます。

 

映画が終わったあと、ご主人の笹久保伸さんがステージで静かにギターを弾き始めたかと思ったら、劇場の客席からイルマが現れて1曲歌ってくれました。ギターも歌も鳥肌が立つほどすばらしかったです。

 

私はアフリカにルーツを持つ黒人の音楽が大好きなのですが、人類が誕生したアフリカと、彼らが太古の昔に自分の足でたどり着いたもっとも遠い場所である南米大陸。それぞれの地域でそれぞれに育まれた音楽にものすごく魂を揺さぶられることが、なんとなく興味深く、そしてまたうれしくもあるなあ、と感じた夜でした。

 

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イルマのアルバムの版動画。TAKIとはケチュア語で「歌」という意味だそうです。

 

 

 

笹久保伸のギター。

 

 

 

 

 

 

こんどはカマシ・ワシントン聴いてみたYo!

  • 2019.07.15 Monday
  • 11:36

 

ちょっと前の更新で、行きつけのバー”スプラウト”のバーテンダーのあべちゃんにロバート・グラスパーを教えてもらって、すっかりどハマりしていることを報告させていただきました。

先日、久しぶりにスプラウトへビールを飲みに出かけたところ、「いや、じつは最近のジャズシーンには、もっとヤバいやつが居るんですよ」とのお言葉。 それがカマシ・ワシントンでした。

 

さっそく、あべちゃんお薦めの3枚組CD「THE EPIC」をポチッて聴いてみました。

ジャケット写真の彼は、どう見てもナゾの教祖様。怪しさこの上ありません。しかし 1枚目からビッグバンドの圧がグイグイ。疾走感満点のアフロなグルーヴと、エレガントなクワイアのミスマッチがカッコいい!

数曲聴いて完全にカマされました。 風体同様、音もスピリチュアルな仕立てですが、’60〜’70年当時のコルトレーンほど深刻ではなく、サン・ラーほどぶっ飛んでいません。なので昔の御大たちのスピリチュアル・ジャズとちがって、消耗することなく何度でも気持ちよく聴けてしまいます。

 

ロバート・グラスパーもそうですが、最近の若手ジャズ・メンは、ヒップホップのミュージシャンとの交流が自然なことのようで、カマシもスヌープ・ドッグやケンドリック・ラマーなどとも共演しています。 ヒップホップ・ムーブメントが日本に上陸した頃、音楽的には魅力を感じたものの「マザーファッカー!」な感じの視野の狭い詞と、何より当時敏感に反応したのがいわゆるヤンキー層だったこともあり、これまであまり聴いて来ませんでした。 しかし、R.グラスパーとK.ワシントンの縁で、ケンドリック・ラマーの「To Pimp a Butterfly」を買ってみました。 いや、カッコいい!  詞はまるで内臓をぶちまけたような生々しい言葉の洪水ですが、音楽的にものすごくクールで、まさに「Fuck'n Dope!」って感じ。 実質’70年代で止まって化石化していた私の音楽的な感受性にちょっと血が通ったみたいです。 若い世代の音楽か知らんけど、ジイさんだって同じ時代を生きているんですから、共感したっていいじゃんね(≧▽≦)

 

さて、ハナシはカマシ・ワシントンに戻ります。 彼は9月の「東京JAZZ」に出演するとのことなので、学生時代のバンド仲間たちと聴きに行くことにしました。

「東京JAZZ」を聴きに行くのは、2002年の第1回を聴きに行って以来です。 その日、H.ハンコック、W.ショーター、O.ポルトゥオンドなどと共に出演した今は亡きマイケル・ブレッカーは、空が夕焼けに染まる頃ステージに立ち、東京スタジアム(味スタ)の銀傘を震わせるソロを吹いてくれましたっけ。そのソロでうっかり泣けてしまったを思い出しました。

今回の東京JAZZもそのとき一緒に聴きに行ったメンバー。楽しみです!

 

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「ビル・エバンス タイム・リメンバード」を観て来ました

  • 2019.07.03 Wednesday
  • 17:35

 

私と同世代のプロピアニストの患者さまから、「とても印象的な映画だったので観たほうがいいよ」と聞いたのは1ヶ月以上前のこと。自転車に乗れない雨の日曜日があったら観に行こうと思っていましたが、この日曜日、上映終了の週になってやっとチャンスが訪れました。

この映画、アップリンク吉祥寺でこの映画が封切られたのが4月27日なので、もう2ヶ月以上の長期にわたって上映され続け、この日も満席でした。

 

ジャズという音楽の進化に大きな功績を残したビル・エバンスですが、じつは私は彼の演奏は好きでも嫌いでもありません。 耳に心地よく知的(モードなんちゃら)でクール。 ジャズ初心者が受ける印象は美しく抒情的。超高度な音楽的感受性が備わった人は、その奥に秘められた狂気を感じるらしいです。 そのどちらでもない私には、何かすべてが整いすぎた彼のピアノはまったく響いて来ないのです。 世界中のジャズファンにこれだけ愛されたピアニストですから、彼が音に込めたものを感じ取れないのは、私の感性の問題なのはまちがいありませんが(>_<) 

 

以前にも書いたように、私が音楽や文学・アートに求めるものは、遺伝子のひだの裏の裏あたりにある、人類の祖先から刻まれた記憶を呼び覚ますスイッチとしての役割です。そう、もっとエモーショナルな激しさであり、美しさなのです。構築された”美しさ”は私が求めるものではありません。

 

映画は評判通りすばらしい作品でした。 才能が突出している分、何かが欠落した人の物語。同じく破滅的な人生を送ったジャズ・トランペッター、チェット・ベイカーの映画「Lets Get Lost」「ブルーに生まれついて」にも通づる切なさでした。

ビル・エバンス史上、最高の録音と言われた1961年のヴィレッジ・ヴァンガードの夜の直後に、盟友のベーシスト、スコット・ラファロが事故死。 仲の良かった兄は病気を苦に自殺。 恋人を苦しめて自殺に追い込み、自身はヘロイン中毒で45分に1回注射。 心身ともにズタボロな状態だった彼。 仲の良かった友人によると「彼の死は、時間をかけた自殺というべきものだった」とも。 CDから聴こえてくる、美しく繊細なタッチのピアノとの対比がますます皮肉です。

 

ビル・エバンスのピアノを聴きに行ったのではなく、ジャズの歴史の勉強のつもりで観に行ったこの映画。 結果、彼の音楽からは感じられないブルースを、彼の人生から感じることになりました。

 

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映画「パーソナルソング」を観て音楽療法の勉強

  • 2019.06.27 Thursday
  • 17:03

 

「パーソナルソング」 。2014年サンダンス国際映画祭ドキュメンタリー部門で観客賞を受賞した作品です。

もともとIT関係の仕事をしていた新米ソーシャルワーカーのダン・コーエンは、認知症患者も自分の好きな歌(パーソナル・ソング)を聞くことによって、音楽の記憶と一緒に何かを思い出すのではないかという着想を得ます。その着想に基づき認知症の方が入所する施設を回って、入所者に当人が若い頃に聴いたであろう楽曲をipodで聴いてもらいました。

 

娘の名前すら思い出せないほど認知症が進行していた94歳のヘンリーは生気がなく、車椅子の上でうなだれて過ごす日々。 ところが彼の好きな曲を聞かせた途端、目を見開いて陽気に歌いはじめ、仕事や家族のことまで饒舌に語りだすという効果が表れました。

彼だけでなく、この音楽療法によって劇的な変化を見せる入所者が何人も紹介されます。

おそらく映画では著効が見られた例のみを取り上げているのだと思います。 それでも入所者が音楽を聴く前と聴き始めてからの変化の大きさには驚かされます。 もし自分が現場に居合わせたら、まちがいなくハグしちゃうだろうなあ。

 

この試みを支持するドクターのコメントも多数紹介されます。 あるドクターによると、施設の認知症患者の肉体・精神活動がかなり抑制されているように見えるのは、薬の作用が大きいとのこと。 発症後、患者は自分の混乱した心を伝えようともがきます。 それを薬で抑え込んでしまうと、彼らは自分の問題を伝えられなくなって心を閉ざし、世界とのつながりを失ってしまう。 こうして彼らは選択肢を失い、人に管理されるしかない状況に陥ってしまうのだと。

 

施設内の安定した状況を維持するために、抑制的にはたらく薬の投与はやむを得ないのかも知れません。 音楽による刺激は脳の広範囲に及んで平和的な気分のまま高揚感が得られる刺激でもあります。 先のドクターはこうも続けます。「音楽は認知症患者に自発性を与えて、彼らが自分自身の世界で本来の自分を取り戻す助けになる」と。

 

この映画が製作されたのは2014年。 この映画を撮り始めたときには、音楽療法を導入してくれる施設はなかなか見つからず、各方面にipod購入のための寄付を依頼しても取り合ってもらえない状況でしたが、撮り終える頃には650もの施設に普及したとのこと。

第二次世界大戦で大量の傷病兵を出したアメリカの野戦病院で、音楽を流してみたら傷病兵の治癒が早まったことから、音楽療法に対する関心が高かったアメリカ。 そのアメリカでも現場レベルでは理解を得るのがたいへんな状況。 わが国でも認知症はもとより、発達障害者や身体障害者、不登校児、高次脳機能障害者などへのケアの一環として、音楽療法を取り入れる活動が活発化しつつあるものの、エビデンスが取れている方法論は限られており、医療として認められるにはまだ時間が必要なようです。

 

よくテレビで見かける脳科学者の茂木健一郎さんは「脳にとって音楽は食べ物です」と言っていました。 脳の報酬系は本来食べ物を食べたり、生きるために必要な刺激に対してのみ働くものなのに、なぜか好きな音楽を聴いたときにも報酬系が活動するのだそうです。


音楽は聴くだけでも認知症予防の効果がありますが、楽器の演奏を続けていると発症する確率がもっと低くなることはよく知られています。 私自身も次の誕生日が来れば60才。これからは次の世代の負担にならないように生きるのが最大のミッションです。 精出してウクレレ弾かねばです!(*^-^*)

 

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「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」と「彷徨える河」

  • 2019.06.11 Tuesday
  • 17:44

 

日曜日、ほんとうは自転車初心者の友人をアテンドして名栗みちをサイクリングする予定でしたが、朝目覚めて耳を澄ませると窓の外からは雨音が、、

ここのところ、梅雨入り前後の気候の変化で不調を訴える患者さまが多くて仕事が忙しかったこともありましたし、たまには自分自身の体も休めることに決めました。

 

「ゴジラ  キング・オブ・モンスターズ」。 長男は3才くらいの頃に初めてウルトラマンを見せたときには、ジラースのえりまきが剥がされるシーンでギャン泣きしたくせに、その後すっかり怪獣好きになり、今回のゴジラも封切り初日に観たとのこと。 彼の「サイコーだった!」との感想で私も観に行ってみる気になりました。 あ、もちろん私もゴジラ映画は日米の作品のほとんどを観てます。

 

私の感想は「爆音シーンが多くてキツかった〜(>_<)」です。 ストーリーや音楽は1960年代のゴジラ映画へのリスペクトが感じられ、古くからのゴジラファンはニヤッとする場面がたくさん。 怪獣同士の対決シーンはお約束のプロレス仕立て。 いつも通りわざとらしさを楽しむヤツでしたがそこはハリウッド映画、2Dで観ても思わず腰が浮くくらいの迫力でした。 観に行こうか迷っている「爆音カモ〜ン!」な方はぜひ(^^)

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ゴジラの咆哮で耳がキンキンしながら帰宅したわけですが、つい欲張ってamazonプライムビデオで以前から気になっていた映画も観てしまいました。

「彷徨える河」は2015年制作。コロンビアのシーロ・ゲーラ監督の作品です。 20世紀初頭にアマゾンを調査で訪れたドイツ人民族学者と、その約40年後に訪れたアメリカ人植物学者。 それぞれの手記に触発されて監督自身が原住民への取材を繰り返し、4年がかりで書き上げた脚本にもとづいて撮られた作品とのことです。

 

自分以外の部族全員を白人に殺された放浪のシャーマンが何の因果か、40年ほどの時間をまたいで幻の薬草ヤクルナを探すその2人の学者を案内することになり、アマゾン川をひたすら遡って行きます。 旅の途中では現地の人々がゴム農園でひどい扱いを受ける姿や強引にキリスト教に改宗させられるシーンも。

 

この映画、極彩色のアマゾンが舞台なのにモノクロームで撮られています。 遠い記憶や夢の中にいるようなモノクロームの風景。 また、カヌーの速度や櫂の音には一種催眠作用があるようで、見ているうちにだんだん自分も記憶の川を遡る旅の道連れになったような錯覚に陥りました。

 

昨年の暮れの頃だったでしょうか、NHKスペシャルで「アウラ 未知のイゾラド 最後のひとり」という番組が放映されました。 1987年に発見されるまでその存在さえ知られていなかったアマゾンの部族の最後の生き残りで、今は保護されているアウラの日々の暮らしや、彼がひとりぼっちになった理由を探るドキュメンタリーでした。 まさに「彷徨える河」の主人公カラマカテと似た境遇でした。

 

自分自身は文明社会に身を置いていても、遺伝子に残る記憶を新石器時代にまでさかのぼると彼らに行きつくわけですよね。 戦国時代や古代ローマの浴場にタイムスリップする映画はありますが、1万年近く昔を生きる人とコミュニケーションする機会はファンタジーを超えた現実。 おそらくそんな場所はもうアマゾンかアンダマン海の北センチネル島にしか残されていません。 文明世界の存在を知りながら接触を拒否して生きるにせよ、徐々に文明世界に取り込まれていくにせよ、彼らは大きな葛藤と向き合うことになります。 我々はただ感傷的な気持ちで見守るしかありませんね。

 

「ゴジラ」と「彷徨える河」、どちらもちょっと浮世離れした映画でした。おかげでつかの間現実逃避できましたし、梅雨入りした東京の日常をまた元気にがんばって行きます〜(^_-)

 

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ロバート・グラスパー

  • 2019.05.21 Tuesday
  • 11:35

 

ちょっと前のこと、地元の行きつけのバーで一杯目のヒューガルデンに「プハァ〜♡」てなってはじめて、そのときかかっていた音楽が耳に入って来ました。 軽い衝撃を感じるほど印象的だったので、思わずバーテンダーのアベちゃんに 「これ誰!」 と訊くと、「ロバート・グラスパーのCOVERDですよ」 との答え。 ずいぶん前から活躍してる人らしいのですが、まったく知りませんでした。 私は若い頃からブルースやジャズを聴かない日はありませんが、考えてみればもう何十年も新しい音を探さず、自分が30代くらいまでの古い音源ばかりを繰り返し聴いていたのでした。

 

帰宅してYoutubeで 「ロバート・グラスパー」 を検索してみるとどれも私の感性にぴったりの作品ばかり。 ジャズをベースにヒップホップやR&B、ゴスペルなどの要素をクールに取り込んで、それでも押しつけがましくならないところにインテリジェンスが感じられます。 数日中には彼の名義でリリースされたアルバム10枚のうち、6枚を購入していました。

 

もともとジャズにヒップホップやソウルなどを混ぜる試みをしたのは’80年代のロンドンのDJたち。 クラブジャズとかアシッドジャズとか呼ばれてましたっけ。

’70年代後半からのフュージョンの流行に辟易してほとんどジャズを聴かなくなっていた私ですが、’80年代に入り、ウィントン・マルサリスやマイケル・ブレッカーなどがモダンジャズを復活させてくれて、ひさしぶりにタワー・レコードやHMVなどをのぞくようになりました。 そのときにいわゆるアシッドジャズのCDも試聴してみたものの、クラブでのダンス用にひとつのファッションとしてジャズを扱ったそれらの音源はなんだか平板な印象で、まったく惹かれるものがありませんでした。

そんな私が30年ぶりにハマッたのがロバート・グラスパーです。

 

ロバート・グラスパーの初期の作品は、ブラッド・メルドーなどにも通じる内省的な精神世界を見せてくれるオーソドックスなスタイルでした。しかしもうこの頃からところどころに、言葉ではなくフレーズで韻を踏むヒップホップの要素が感じられます。その後の作品はどんどんジャンルレス化して行き、かえってジャズの要素は減るばかり。 それでもアシッドジャズを毛嫌いしていたモダンジャズ・ファンにも受け入れられているのは、そこにジャズのスピリットが生きているからだと思います。

 

それなりに刺激的な歌詞のラップの背景にリリカルなフレーズのピアノ。 彼が多用するこの手法だと、見えてくる世界に奥行きが感じられて、攻撃的なラップも内省的なひとりごとのようにソフィスティケイトされて聴こえるからふしぎ。

 

私のグラスパー・ブームはしばらく続きそう。おっつけ彼のCDはコンプリートしてしまうと思います。

じつは、ロバート・グラスパーはこの夏のサマーソニックに出演が予定されています。しかし、おぢいさんには8月の野外フェスはしんどそうで、、(^^;

 

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ひさしぶりにナマ田中泯

  • 2019.05.07 Tuesday
  • 12:17

 

家人から、池袋の東京芸術劇場を中心に毎年開催されているTACT(Theater Arts for Children and Teens Festival)で田中泯の場踊りが観れると聞いて、連休最終日の6日(月)には、めずらしく街方面へ出かけてきました。

 

以前にも書きましたが、私がはじめて田中泯のことを知ったのは俳優としてでした。 NHK「龍馬伝」の吉田東洋役の鬼気迫る演技に魅了されて、それと知らずにすでに観ていた「たそがれ清兵衛」を観直したりもしましたっけ。

 

田中泯本人はとても肩書きにこだわりがある人で、俳優としての仕事をしているにもかかわらず”俳優”という肩書きを嫌うようです。 あくまで舞踊家であり、”舞踏家”とも違うと。

私は彼のこだわりを聞くまで舞踏と舞踊のちがいを考えたことがありませんでした。

舞踏という字からは、リズムに合わせてステップを踏むことに重点を置いた、おもに自分が楽しむための西洋風ダンスがイメージされますし、舞踊という字からは人が見ていることを前提とした、表現としての踊りがイメージされます。

しかし、土方巽を中心に活動していた「暗黒舞踏」などは、舞踏という呼称でありながら、踊りという手段を用いた前衛的なアートであったように思います。けっきょくよく分かりません(^^;

はたから見ると呼称に縛られたくないように見える彼。 呼称にこだわればこだわるほど、かえって窮屈な思いをしそうに思うのですが、、

 

そんな、ちょっとめんどくさいところにこだわりを見せる田中泯さんですが、実際にはこの笑顔を見ればお分かりいただける通り、とても気さくな人で、ぜんぜん”わからんちん”ではありませんでした。

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10年近く前に一度、彼のライブを見に行ったことがあるのですが、そのときはコンクリート打ちっぱなしの薄暗いステージで彫像のような半裸姿。見ているこちらも息が出来ないほど緊張感を伴った踊りでした。 しかし、この日は街中でのパフォーマンスということもあり、ふだん前衛的な踊りを見ることのない方にも分かりやすい踊りで、観客からもときおり笑い声がもれるほど終始ほっこりした空気でした。 動きや表情、目の力、声、どれを取ってもとても74才には見えなかったです(@_@)

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30分ほどのダンス・パフォーマンスのあとは、地べたに座って彼の踊りが何に由来して何を表現しているのか、もともと彼がなぜ踊る生き方を選んだのかを話してくれました。 言葉や表情から彼の実直な人柄が伝わる、とても良い時間でした。2019.5.6aCT8.jpg

 

 

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お昼は「フォーティン・トーキョー」で。

ハノイの人気店フォーティンの2号店がこの3月にオープンしたと聞いて、いつか行ってみたいと機会を狙っていました。

13時過ぎの入店でしたが、数人待ちで入れました。お客さんの半分以上はベトナムの方のようです。 やはり現地の人気店とのふれ込みに間違いはなさそうです。

メニューは牛肉フォーのみ。 普通盛りと大盛り、パクチーの有無が選べます。 化学的な味がしないやさしいスープ。 シャキシャキねぎとパクチーの香味が新緑のこの季節にぴったり。 美味しかったです♡

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連休明け、ニュースでは体調を崩される方が多いと言っていました。 みなさまご自愛くださいませ〜。

 

 

 

 

 

 

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