刺激的だわプノンペン♡ 最終日

  • 2018.02.04 Sunday
  • 10:04

 

 

この日も早朝豪雨。 乾季ちゃうんかい!(ーー゛)    残念ですがPinさんにはサイクリングのお断りを入れました。

しかし、こんなこともあろうかとバックアッププランは練っておきましたヨ。 きのう空振ったAAA(アプサラ・アート・アソシエーション)の先生から、「ふだんは日曜で休日ですが、明日はアメリカからのツアー客のために朝9時から練習を公開します」と聞いていましたので、まずはそこへ。

もちろん今日もトゥクトゥク移動です。 ホテルからは濡れるほどの距離でもないロイの奥さんの食料品店に走って、電話で彼を呼んでもらいました。

 

 

 

 

ロイの奥さんと赤ちゃん。そう言えば、きのうのランチは彼女が作る肉の麺でした(たぶん50円くらい。おいしかった)。 昨日今日といろいろ話すにつれ打ち解けてくれて、身の上話なんかも聴くことに。

彼女の英語はとても聞き取りやすかったので、そこを褒めたら「語学を学びに大学に行くはずだったけど子ども産まれちゃって、、」みたいなことから(^^;

彼女に限らず、カンボジアの女性はとてもひかえめでシャイなのですが、こちらが真剣に何かを伝えたがっていると分かると、まっすぐこちらの目を見て心をさぐってくれます。 若い男性ならその眼差しにやられちゃうかもね(≧▽≦)

 

 

 

ロイが来たのでAAAへ向かいます。ホテルはチェックアウトしましたので、自転車も一緒にトゥクトゥクに。 

 

 

 

途中線路を横切りました。 カンボジア唯一の鉄道は、プノンペンから南西方向へ250kmほどのビーチリゾートであるシアヌークビルまで週末に1本だけ。 7時間の旅だそうです。  時間的には東京へ帰るより遠いけど、こんど来たらぜひ乗ってみたいなあ。

 

 

 

 

今日は見れました、AAAの練習風景。 動きがとてもシルキーで見とれてしまいます。アメリカ人ツアーの現地ガイドが先生の解説を通訳するのをタダ聴き。 ロイの英語では今いちアレで、、(^^;

 

 

 

 

 

 

 

小一時間舞踊を観賞したあとは、家人と私からのおみやげを渡しにPinさんの自宅へ向かいます。 まもなく到着というときにまたロイの急停車グセが。

焼いたトウモロコシを鍋の中のスープに浸けて食べるみたいです。 日本のトウモロコシより甘みが少なくて歯ごたえがあります。 焼き目の香ばしさと、きっとプラホックが入ってるであろうスープの旨みの組み合わせは、わるくないかも(^^)

 

 

 

 

Pinさんのおうちに着いて、今日の予定を相談。「ゆっくりしていって下さい」とのことでしたので、2日間の相棒ロイとはここでお別れ。 しかしロイは空港まで走るはずの約束の金額を払うと言っても、「近くに親戚があるから話が終わるまで待ってる」と言って聞きません。「My Friend」と呼んで名残り惜しんでくれる気持ちがうれしかった。「こんど来たらまた君に頼むから」と言って、やっと帰ってもらいました。

 

 

Pinさんは家人が勤めていたNPOの現地スタッフだった人。 今は通信関係の会社に勤務しています。 カンボジアではもっとも優秀と聞く王立プノンペン大学の日本語学科を卒業されたとのことで、日常的な日本語はだいたい通じます。

生後9か月の息子さんは、少し熱があるようですが元気。 抱っこしてもぜんぜん動揺せず、状況把握するために脳がフル回転しているのが伝わって来ます。 まるで大人のこちらが見透かされているよう。 賢い人になるんだろうなあ。

 

 

 

Pinさんの奥さんも素敵な女性でした。 とつぜん押しかけたのに歓迎してくれてありがとー!

おみやげのキッズ用サイクルジャージは2〜3年後には着れるかな。

 

 

友人のじゅんろーさんが昨年フランスのグランフォンド世界選手権を走ったときのお土産でくれた、フランス自転車協会のボトル。今回の旅行のお守り代わりに持ってきたのですが、これもはずみであげちゃった。 じゅんろーさんごめんなさい(^_^;

 

 

 

突然おじゃましたうえに、ランチまでごちそうになってしまいました。 坊やも一緒にね♡

カンボジアの家庭ではテーブルを使わず、床に置いた料理をみんなど取り分けて食べることが多いようです。

 

 

 

夢中でおしゃべりして、気がつくとあっという間に3時間くらい経っていました。 Pinさんにトゥクトゥクを呼んでもらい、あらかじめ仮眠用に押えておいた空港ちかくのホテルまで。 明日は成田に6:30に着、そして午後からは仕事です。 22:50の出発まで少し寝ておこうと思いましたが、目が冴えてしまってまったく眠れません。

 

 

 

バタバタと寝返りを繰り返したあと、もうすっかり眠るのはあきらめました。 ヤケクソでホテル脇の路地を歩いてみることに。

この国でもサッカーは大人気。

 

 

 

奥へ進むにつれだんだんスラム臭が、、

 

 

 

 

 

かわええ♡

 

 

 

 

長屋のような建物のドアはどこも開けっ放し。 昼間っから酒盛りしてる部屋もありましたが、それほどヤバい感じはありません。 

まぁ、とにかくみんなフレンドリィ(^_-)

 

 

 

 

 

いよいよカンボジアとさよならです。 出発ロビーにはたくさんの日本人が。 そう言えば、滞在した4日間で日本人に会ったのは児童養護施設の理事長とIさん、あとはトゥールスレンの若い二人づれのバックパッカーだけ。 みなさんは世界遺産のアンコール・ワットを見に行ってたんでしょうね。 行きでお隣の席だった相馬市からのご夫婦、こんどは私の前の席でした。 「縁があるねぇ」なんて言いながら、おたがいのすばらしい旅に祝杯を上げました(^^)

行きは封切り直後のゴーギャンの映画でしたが、帰りはこちらも1月封切りの「ジャコメッティ 最後の肖像」をチョイス。 途中で寝ちゃいましたけど(^^;

 

 

今回の旅の動機のひとつは、言葉も通じない国に裸一貫で乗り込んで、間もなく還暦を迎える自分という人間がどう受け入れられるかを知りたい、という衝動でした。 ほんとうの自分の価値が量られる機会になる気がして、治安や衛生面よりもそこが出発前の私を緊張させていたのです。

杞憂でした。 レンズに向けてまっすぐこちらを見るその目に警戒心は感じられず、それは結果人としての私を励ましてくれることになりました。 もちろんそれは彼らの包容力によるもので、私自身の人間力によるものではないことは分かっています。 それでも私は褒められて伸びるタイプなので、思い込みでいいんです!(≧▽≦)

 

んで、つぎはいつ行こうかな(*^^)v

 

 

 

 

 

 

 

刺激的だわプノンペン♡ 3日め

  • 2018.02.02 Friday
  • 16:30

 

今日来院された患者さまに、「きのうのブログ長いよ」とツッコまれました。 ただ、このシリーズは自分用の旅の記録でもあるのでどうかご容赦くださいませ。 じつは今回も長くなります(^^;

 

きのうの朝はトロピカルな鳥たちの声で目覚めたのですが、この日は5時前から窓を打ち始めた雷雨にたたき起こされました。

もっとも今日は自転車はなし。トゥクトゥクドライバーに乗せてもらってあちこち見学に行きます。

バイクの3人乗りはふつう。子どもにもちゃんとヘルメットを被せてる人はめずらしいかも。

 

 

 

 

日本で使い倒されたあとも、こんなところで活躍を待つ”郵政カブ”。 

 

 

ご存知、世界のトップブランド「Keweseki」いや、よく見ると「Kewesekl」でした(≧▽≦)

なぜこんな中古バイク屋街に来たかというと、このあたりにトゥクトゥクドライバーのロイのお気に入りの弁当屋があるらしいのです。 彼はこのあともお腹が空くと勝手に寄り道を繰り返します(^^;

 

 

 

 

 

この日、最初の目的地は「アプサラ・アート・アソシエーション」。 カンボジアの伝統舞踊、アプサラ・ダンスの教室です。

ポル・ポト政権時代、伝統文化はすっかり破壊されてしまいました。 ここは内戦終結後に、貧困にあえぐ子どもたちの救済と伝統舞踊の復活を目指して立ち上げられたNGOです。

土曜日のこの日は7:30から練習が公開されるはずでしたが、門には鍵が締まっていました。 ロイが隙間からスルッと侵入して先生を連れて来てくれましたが、説明によると、たまたまこの日はアプサラ・ダンスのコンクールがある日だったようで、練習はお休みなのだとか。

残念ですが寄付だけして失礼しました。それにしてもさすが先生。立ち姿が美しかった。

 

”AAA” についてご興味のある方は↓をご覧になって下さいね(^_-)

http://apsaraaaa.web.fc2.com/

 


 

 

 

次なる目的地は「トゥール・スレン」。「S21」とも呼ばれ、ポル・ポト政権時代に極秘とされていた拷問・虐殺の機関をそのまま保存してある博物館です。

猜疑心の強かったポル・ポトは、彼の原始共産主義政権に敵なす可能性のある知識人たちをここに集めては拷問・虐殺を繰り返していました。

おもに密告によって逮捕され、収容された人の数は2万人とも言われています。そのうち生還できた人は7人だけ。

収容された人のほとんどは”濡れ衣”で、「外国語がしゃべれる」「メガネをかけている」「手がやわらかい」が逮捕の基準だったのだとか。

 

もともと”リセ”(エリートのための中等教育の学校)だった建物を拷問用に改造して使用していたようで、子どもたちがロープ上りで遊んでいたこの遊具は、逆さ吊りで頭を水に浸ける拷問具として使われていたそうです。

向こうに見えるA棟には、各部屋の中央ににマットレスを取り外されたベッドが1台ポツンと置いてあり、被尋問者を固定するための金具とともに錆びるにまかせて保存されています。 それぞれの部屋の壁にはベトナム軍が踏み込んだときにベッドに放置されていた、人のかたちを留めない遺体の写真が、、

 

 

 

 

 

上にも書いた通り、ここに収容されて生きのびた人は7人だけ。 職業が芸術家ということで、所長の”ドッチ”から「使い道があるかも知れないから生かしておけ」と処刑されなかったBou Mengさんはそのうちの1人。 当時のトゥール・スレンの状況を伝える絵を見たことがある人もいらっしゃるかと思いますが、おそらくそれは彼の手によるものです。 歴史を繰り返させないための使命感からなのか、サバイバーズ・ギルティによるものなのか、いずれにせよ毎朝ここに来るのはきっとつらいことでしょう。

写真は拷問による背中の傷を見せてくれているところ。

 

以前、ブログの題材にしたヴィクトール・E・フランクルの「夜と霧」では、ナチスの収容所などでも、サディスティックな形質が濃い個体がしかるべき部署にスカウトされるようだ、と書いてありました。 おそらくどこの国にも同じ形質の人間は一定数存在するのですが、「類は友を呼ぶ」で、必要とされれば同じ形質はあっという間に集まってくるのでしょう。 おとろしや(◎_◎;)

 

 

 

 

 

トゥール・スレンで刑が確定した受刑者は郊外のチューン・エックにある処刑場、いわゆる「キリング・フィールド」に連れて来られます。ここが今日の最後の目的地。

 

写真は女性や子どもが処刑された場所。

 

 

その東屋の横にある「キリング・ツリー」と呼ばれる木。 裸にした母親を処刑する前に、彼女たちの目の前で、子どもの両足を持った兵士がこの木に頭を叩きつけて殺していたのだとか。 後年、木に埋まった歯や髪の毛から、その実態が明らかになったそうです。犯した罪の重さを母親に知らしめるためだったのでしょうが、何とも、、

 

 

 

 

このような穴が無数に空いています。発見当時、この穴に埋められていた遺体の発するガスで地表は膨れ上がり、たいへんな悪臭が立ちこめていたそうです。

 

 

 

慰霊棟には発見された遺体の頭蓋骨が無数に安置さてています。

カンボジアにはこのようなキリング・フィールドが100ヵ所以上あるのだとか。

考えてみると一連の悲惨な出来事は、素朴でおだやかで真面目な国民性の国だからこそ起こったのではないかと思えてなりません。そんな皮肉は歴史のあちこちに散見されますもんね。

 

 

 

 

 

 

「キリング・フィールド」の駐車場で待っていてくれたロイは、おそらく蒼白だった私の顔を見て「Are You Happy?」と冗談をカマして来ました。そして帰りみち、頼みもしないのにパゴダ(仏塔のあるお寺)に寄ってくれたのです。彼なりの気配りなのでしょう。

師匠と問答する若い僧侶。まじめな顔して修行に励んでいるのかと思いきや、ちみジュース飲んでるやん、、

 

 

 

境内でたまたま見つけたタマリンドの木。じつは私がカンボジアに興味を持つきっかけになったのは、若い頃に’85年に公開された映画「キリング・フィールド」を見たことと、’91に書かれた池澤夏樹の「タマリンドの木」を読んだことでした。 どれだけこの木に逢いたかったことか。

ロイが「噛んでごらん」と若芽をちぎって渡してくれました。 かすかな刺激と爽やかに鼻に抜ける独特の香り。

実も食べてみたかったのですが、落ちていたやつは雨でグショグショ(>_<)

イケイケキャラなのに、寺院の中では帽子を取って僧侶に深々と頭を下げ手を合わせるロイ。 かわいいとこあるじゃん(^^)

 

 

 

 

 

渋滞でお子ちゃま爆睡中。

 

 

 

 

 

 

 

1時間ほどで渋滞を抜けてプノンペン市内に戻って来ました。あとはホテルで昼寝かな、なんて思っていたら、またロイが急停車。

途中でいろいろ話をしながら客の指向を読むのでしょう。 地雷被害者やポリオ後遺症、知的障害、視覚障害、難聴などの女性が裁縫技術を身につけて自立することを支援するNGOのお店に寄ってくれたのです。

店の奥には作業スペースがありました。みんな楽しそうに会話しながら作業していましたよ。

 

 

 

 

 

 

ロイと別れ、ホテルで30分ほど昼寝をしたあと、徒歩10分ほどの場所にあるセントラルマーケットへ。 ここでの目的はタマリンドの実を仕入れることと、タランチュラの唐揚げを食べること。

 

 

エビもカニもシャコも青みを帯びててフシギ。

 

 

 

 

見つけました、タマリンドの実。でも何かがちょっと違う気が。

 

 

この日はタランチュラ料理は作らなかったのだそう。がっかりしたような、ほっとしたような(^^;

 

 

 

 

マーケットをあとにして、リバーサイドに向けて歩いてみます。 ブラシ売りのあんちゃん。

 

 

 

結婚式? お葬式? よく分かりません(^^;

 

 

 

 

隣接する国立博物館と国立芸術大学の北側の通りは、通称”アートショップ・ストリート” 。 芸大の学生や先生の作品を売る店が並びます。 観光客向けに分かりやすくアンコールワットを描いたものが多く、とくに興味を引かれる作品には会えなかったかなー。

それでも、このモノクロの絵だけはちょっと気になって5分くらい眺めていました。 ほんとは載せてはいけないんでしょうけどゴメンナサイ(^^;

 

 

 

店番の学生。

 

 

 

 

トンレサップ川沿いに整備された公園シソワット・キーに出ました。 右手下流でメコン川と合流するのが見えます。

 

 

 

 

 

歩き疲れたので、帰りはトゥクトゥクで。 左下のソラマメ状のが熟成したタマリンドの実。干し柿のような風味でした。 左上はご存知マンゴスチン。 そのとなりのアルマジロみたいのは、おそらくサラク(スネークフルーツ)だと思います。 これは皮がかたくてけっきょくギブしました。

 

 

 

夜はまたお向かいの「Romdeng」。 今日もおいしかった。黄色いのはパパイヤ♡

 

 

 

ホテルに戻るとロビーが騒がしい。 何かと思ったら、テレビでU-23アジア選手権のベトナム×ウズベキスタン戦が放映されており、ベトナムからのツアー客がほっぺに国旗を描いて応援していました。 惜しかったね!

 

明日はフェイスブック友達のPinさんと、南方のトンレバティにあるタ・プロームという遺跡まで往復80kmのサイクリングを予定していますが、天気予報ががが(;_:)

 

 

 

 

 

 

 

 

刺激的だわプノンペン♡ 2日め

  • 2018.02.01 Thursday
  • 17:16

 

今日はついにカンボジアをサイクリングします。 目的地はコンポンスプー州のクロン・チバー・モンにある児童養護施設。 

家人が以前に3年ほどウェブデザイナーとして勤めていたNPOが設立した施設で、今は14人の子どもたちが暮らしているとのこと。

ちょうどこの日は、日本人里親のIさんを案内して同NPOの理事長も同じ日に施設を訪れるとのことでしたので、通訳してもらって子どもたちと話せればうれしいな、とわくわく。

 

 

ライトを点灯して薄暗いなか5時半に出発。いくら朝の早いカンボジアでも、ホテルの朝食は6時から。まぁどうにかなるでしょと漕ぎ出したら、2ブロックほど行ったところでおじさん2人が何やらもぐもぐしているのを発見。

 

 

 

 

ごはんの上に乗っているのは、すこし乾燥させた豚肉を炒めたもの。スープの中には、野菜と豚レバーなんかが入っています。あとセロリとにんじんの漬物。 このメニューで1$。

カンボジアでは、ほとんどの料理に「プラホック」という調味料が使われているのですが、これは琵琶湖の13倍の広さをほこるトンレサップ湖で獲れるコイ科の淡水魚を数ヶ月発酵させたもの。 この匂いが苦手でカンボジア料理を一切うけつけない人もいると聞いていました。 本来魚料理が得意ではない私ですが、言葉の通じない店で料理を頼んでもし食べられなかったら、日本男子として一生の恥。 苦手でも丸飲みするくらいの気持ちで挑戦しましたが、なんとこれがおいしい!

 

 

おばちゃんごちそうさま!  たぶん「あしたもおいでね♡」って言ってくれたと思うのですが、意訳です(≧▽≦)

 

 

 

 

クロン・チバー・モンへ向かう国道4号線沿いは工場が多く、市内へ流入する車両だけでなく市内から工場へ出勤する車両も多いため、プノンペンから20kmくらい離れるまでは気を抜けませんでした。

写真はオーバーパスの側道。もちろん車が正しい進行方向でなだれ込むバイクたちは逆走です(^^;

 

 

 

道路わきのあちこちで放牧されている牛。 フォトジェニックな佇まいなので、ついカメラを向けてしまいます。

 

 

 

午前中は幸いうす曇りでしたが、それでも気温は30℃近いので喉が渇きます。道端のあちこちではココナツジュースやドリンクの出店が出ていました。 クーラーボックスでほどよく冷やしてくれてあるので生き返る〜♡

 

 

ココナツジュースを飲み終える頃、おばさんの孫が登場。 カンボジアでは金のネックチェーンをしている子どもが多いのですが、きっとお守りなのでしょうね。

 

 

 

建築中の中国系の工場。

 

 

 

そしてまた牛。

 

 

 

国道沿いのところどころに市場があります。活気がすごい!

 

 

 

リュックに入れてたのでつぶれてしまいましたが、あちこちの屋台で売ってる「ヌンパン」。バゲットサンドです。3000リエル(75円)。おいしいです。

 

 

 

コンポンスプー州に入ってしばらく走ると、州立のリハビリテーションセンターがありました。 職業柄興味が止められず、ドクターにお願いして見学させてもらうことに。

 

 

 

運動機能に障害がある数人の子どもたちの機能訓練の写真も撮らせてもらいましたが、アップは自粛しておきます。

このおじさんはやはり地雷で左足を失ったそうです。カンボジア全土ではまだ600万個の地雷が埋まっているとのこと。 除去に励んでいる方たちの苦労が実って、早く子どもたちが野山で自由に遊べる日が来ることを祈ってます。

 

 

 

 

 

小学校も見学させてもらいました。どこかの学校に寄贈しようと日本から持参していた文房具も校長先生に渡せました。

カンボジアの子どもたちの明るさと純粋さにはほんとうに心を打たれますし、元気をもらえます。

 

 

郡部からの子どもたちでしょうか。 トラックの荷台で発車を待ちくたびれてこの表情。 きっとおなかも空いてたんだろうなぁ(^^;

今回の旅でいちばん気に入ってる写真です。

 

 

 

 

 

 

 

いろいろ寄り道しましたが、やっと施設に到着しました。 出迎えてくれた子どもたち。 中央の高校生のキンキャンが最年長。

シャイでやさしい彼が子どもたちのまとめ役なのかと思いきや、この施設でもやはり女性上位なのだそう。どこも一緒ね〜(≧▽≦)

 

 

 

マンゴーの花が終わって実がついたところ。奥には大きく育ってるやつも見えますね。

 

 

マンゴーにバナナやパパイヤ、野菜、ニワトリ。 自給できるものは自給。

 

 

 

 

 

 

明日、コンポンスプーの郡部に住む5人の里子に会いに行くIさん。 日本から釣り道具やエサまで持参して、施設内の池で子どもたちに釣りを教えていました。 コイやナマズまで居るのだそう。 20cmくらいの見たことのない魚が何匹かかかりました。

 

 

 

サドルを下げて、子どもたちにロードバイク体験講座。

 

 

 

まだ生まれて2〜3ヶ月と思われる子犬がおっぱいをもらっていたので、カメラを向けたらお母さんを驚かせてしまいました。

 

 

 

 

煮炊きは炭です。

 

 

 

右端の女性はこの施設で働く保母さん。 彼女自身の子どももここで育っています。 やさしくきびしく、素敵な女性でした。

料理や配膳もみんなでお手伝い。

 

 

 

私もご相伴に預かりました。 理事長は急用が出来てしまって施設をあとにしましたので、言葉が通じるのは片言英語の保母さんだけ。 それでも子どもたちとはおたがいの目を見ればちゃんと気持ちが通じ合えるような気がして、まったく気づまりはありませんでした。

ごはんに海藻のスープとひき肉の炒め物を乗せていただきました。おいしかったなあ。

 

ふだんは奥の右側に写る男性と保母さんの2人で施設を見ているようです。みんな両親が居ない子どもたちなのに、きちんと前を向いて育っていることが伝わって来ます。 日本人の里親さんの援助で大学まで進む子も多いのだとか。

 

 

 

もう少し子どもたちと話したかったけど、またあの洗濯機の中に放り込まれたような4号線の交通ラッシュに巻き込まれるのはいやなので、お昼過ぎには出発しました。

 

 

 

 

 

インドシナ〜、ってかんじの風景。そしてまた牛。

 

 

 

 

後ろに見えるお父さんの作業待ちの男の子。

 

 

 

帰りみちはお天気が良すぎて、サイクルコンピュータ読みで42.7℃まで上がりました。 注文してから絞ってくれる"さとうきびジュース"は干からびた身体にとって夢のようなおいしさ。 奥さんが入れようとしてくれた氷の誘惑に打ち勝つのには、かなり悶えました。 屋台の氷はポンポンピーになると聞いていたのでキケンキケン(>_<)

 

 

 

 

巨大タニシとナツメを売っていた女の子。 この国にはめずらしく笑わない子だった。 きっといろいろあるんだろう。 あなたから買ったナツメはおいしかったヨ(^_-)

 

 

 

ハイスクールも下校時間らしい。 やっぱりみんなシャイ。

 

 

かと思ったら、この子だけはポーズとってきた! やるなあ(^.^)

 

 

 

 

どうにかラッシュアワー前にプノンペンにたどり着き、シャワーを浴びてディナーへ。

今夜は私が泊っているタウンビューホテルの真正面にある「Romdeng」。  大きな木に囲まれた白い建物の階段を上がったところにある最高のテラス席に案内され、まずはアンコールビールの大びんで、ぷは〜〜♡

 

 

ここは何を食べてもおいしかった!  ワタリガニのフライと、キノコやタマリンドのサラダ。 ジャスミンライスもおいしく炊けていました。

 

 

 

 

ホテルに戻って洗面所でジャージを洗濯。 今日は105kmでした。 この水の色の分だけここんちの風土と触れ合えたんだな、と感慨もひとしおです。

 

 

ほんとはJazzを聴きにいきたかったけど、マウンテンバイクのほうが向いてそうな4号線の路面に体力を削られてヘトヘトなので、21時にはベッドへ。

明日はトゥクトゥクで内戦時代の爪跡を訪ねます。

 

 

 

 

 

 

 

 

刺激的だわプノンペン♡ 1日め

  • 2018.01.31 Wednesday
  • 18:15

 

暮れに未遂に終わったカンボシア旅行。 今度はちゃんと飛行機に乗れました。 ただ、成田まで次男に車で送ってもらうはずが、週あたまの大雪の影響で首都高の通行止め区間が多く、たっぷり荷物を詰め込んだ輪行袋を担いでヨロヨロしながらの電車で移動することに。 出発前から身体はちょっとキツかったけど、暮れの精神的ダメージから考えればこんなのどうってことありません(^^)

 

旋回時にボーイング787の窓から見えた成田あたりの田んぼはまだ真っ白け。

 

 

 

機内では、この1月27日に封切りになったばかりの「ゴーギャンータヒチ、楽園の旅」を観たあと、うとうとしているうちに、あっという間に6時間が過ぎて、飛行機はほぼ定刻にプノンペン国際空港に到着。

自転車の荷解きを、最初は遠巻きにチラ見していた何人かのおじさんたち。 目があった際についほほえんでしまったものだから、タイヤやらサドルやらを触りに来て、なかなか作業がはかどりませんでした。

 

 

 

片側2車線の国道ですが、走行車線の路肩側は逆走車がふつうに突進してくるので、自転車は命がけ。

 

てな写真を撮っていると、野菜の屋台裏で酒盛りしていたおじさんが、「まぁ、こっち来て一杯やれよ」と、しきりに誘ってくれます。しかし、陽も傾きかけたことですし、暗くなってからこの国道をホテルまで走ったら、まちがいなく3回くらい死ねます。「わりぃ、またこんど!」と手を振ってプノンペンの中心部へ。

 

 

 

逆走、信号無視、ノーヘル、ナンバーなし、カブ4人乗り、何でもあり。125ccまでは運転免許も要らないとのことで中学生もふつうに運転してます。

 

 

 

めずらしく自撮り。 いやいや、この国の交通事情に馴れるまでは、きっと誰でもこんな顔になりますって(^^;

ただ、ルールはおおまかでも、ここんちの交通が思いやりで成立していることが分かってくると、回遊魚の群れのようなこのバイク集団の中でリラックスして走れるようになりました。 絶えずあちこちでクラクションは鳴っていますが、よく観察していると、鳴らした方も鳴らされた方にも怒りの表情はありません。注意喚起のためのものであることが多いようです。 ただ、ときおり見かけるLEXUS、V8のランクル、タコマあたりはオラオラ系の人が乗っているようで、渋滞した道をクラクションでかき分けながら走っていました。

てか、職場のクロゼットにサングラスを忘れて来てしまった(T_T)

 

 

 

宿はよく考えた末にシティホテルにしました(1泊33US$)。ほんとうはゲストハウスに泊まってほかの宿泊仲間から市内の情報収集をしたかったのですが、若い人たちの空気の中に加齢臭を持ち込むのもどうかと思い、遠慮しておきました。

 

 

 

トリップアドバイザーで評判の良かったレストランで食事を済ませたあとホテル前に戻ったら、路上でカードゲームに興じる人たちが。日が暮れるとそよそよと気持ちのよい風が吹くので、外で憩いのひとときを過ごしたくなる気分もわかります。

ちなみにレストランは地元料理のジャンルで選んだのに、白人シェフのこじゃれた料理の店でした(>_<) 明日はちゃんとリサーチしようっと。 アンコールビールはとってもおいしかったです1

 

 

明朝は5時起きで100km強のサイクリングなので、この夜は早めにやすみました。

 

 

 

 

 

 

 

カンボジアサイクリング未遂

  • 2017.12.22 Friday
  • 16:07

 

やらかしてしまいました。

 

じつは、乾季になったらカンボジアへサイクリングに行こうと8月に飛行機を予約。 プランはプノンペン経由でシェムリアップに降り立ち、観光客だらけの遺跡見物はほどほどにして孤児院や小学校を見学。 あと伝統工芸の工房「アーティザン・アンコール」も。

それからスープドラゴンかレッドピアノで ”生”胡椒と海鮮の炒め物「チャーモッチァ・ムオーイマレッ」をいただいて、そのあとはバックパッカーたちがたむろってるタケオゲストハウス泊。 

翌日から自転車旅をスタート。途中、竹筒で炊いた豆おこわやタランチュラのから揚げなどをいただきながら、コンポンクディ、コンポントム、スクン、プノンペンと泊まり、プノンペンでは家人が以前勤めていたカンボジアの子どもたちのためのNPO法人の元現地スタッフで、サイクリストでもあるPinさんに、自転車で街を案内してもらうのを楽しみにしていました。

 

20日の深夜出発の予定なので、必要だったのは21日の0時台の予約。 ところが私は20日の0:30を予約してあったらしく、どこを探しても羽田に私の飛行機は見つかりませんでした(>_<)

受け取っておいた海外Wifiルーターと両替したばかりのドル紙幣を持ったまま、自動チェックイン機にゴメンナサイされてハッと事態に気づき、そのまま1分くらい固まっていましたが、とつぜんどうしようもなく笑けてきてしまいました(^^;

車で送ってくれたり荷物を運んでくれたりと、いろいろ活躍してくれた次男のほうが私以上に凹んでしまったようで申し訳ないくらい。 我ながら気持ちの切りかえの早さにはちょっと驚きました。 

 

 

カンボジアは、1970年代にポル・ポト派が支配した5年間で800万人足らずの人口のうち120〜230万人(発表者によって異なる)が亡くなっていますが、そのうちの相当数が虐殺によるものでした。 当時中学生だった私は、父親が新聞を広げたときこちらを向いた国際面からやっとベトナム戦争の記事が少なくなったなと思った矢先、それと入れ替わるように取り上げられはじめたカンボジア内戦の記事をどう読み取ればよいのか、当時はまったく分からないでいました。

そこで何が行われていたのか、本当のことを知ったのは1985年に公開された「キリングフィールド」という映画を見たときでした。

 

23年間の長きにわたったカンボジアの内戦は、1990年に開催された「カンボジア和平東京会議」をもってようやく終結しました。

 

私が生まれたのは太平洋戦争の終戦から15年が経った年。すなわち日本の国民の多くが戦争を体験として知っている時代でした。 私たちの世代は 「何があっても戦争はダメだわ」 という確信を持った人たちに育てられたのです。 

 

もちろん虐殺の現場がそのまま保存されているトゥールスレンや、刑場となったキリングフィールドには行ってみるつもりでしたが、私がカンボジアを旅行したいと思った最大の理由は、1000年前の風化した歴史の見物ではなく、内戦の傷跡を見ることでもなく、厳しい時代を生きた大人たちや、彼らが育てた屈託のない子どもたちとふれあって、私自身が生まれ育った時代の空気感をもう一度肌で感じてみたかったからです。

 

まぁ、ちょっと意識高そうなことを言っても、大ヘマやらかしたあとじゃぜんぜんカッコつかないんスけどね(≧▽≦)

今回は未遂に終わったカンボジアサイクリング、そのうちもっかい企てようと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

2014/7/28 夏の北海道自転車旅 最終日

  • 2014.08.03 Sunday
  • 16:41

早朝から北風が強く、やはり今回の旅のメインイベントとして予定していたモーターパラグライダーは中止になりました。
おかげでのんびり過ごせることになり、朝食を摂ったあとパニアバッグやキャリア、宗谷湾から運んできた大量の昆布、洗っても取れないレインウェアに着いたオイルの汚れなど、いろいろな旅の思い出をまとめて自宅へ送るためにパッキング。

のんびり出発して、まずは富良野チーズ工房で若い女性や子ども達にまじって、アイスクリーム作り体験なんかしてみました。 ワッフル風のコーンも自分で焼いてね。 バニラも入れていないので富良野産の新鮮な牛乳の香りが後味にすっきりと感じられるすばらしい出来栄えでしたヨ。

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その後は30分ほど乗馬体験。 少しレクチャーを受けたあとは短いトレイルへも連れて行ってもらいました。 これは気持ちよかった。 二人とも初めてではないので御者も付いたり付かなかったり。もっと長い時間のコースにすればよかったなぁ。
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男ふたりで風のガーデンやら富田ファームやらを見学してもしょうがないので、ぼちぼ旭川空港へ向けて北上開始。
中富良野のメロン直売所で給水代わりにカットメロンを。 直径20cm近いルビーレッドのハーフカットで400円。 昼食でお世話になった富良野の寿司屋の大将が薦めてくれた美瑛選果のソフトクリームを食べる予定がなければ、カクジツ一人でまる1個行ってましたね。
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美瑛の丘に広がる色とりどりの畑の風景は時間を忘れてしまうほど美しいのですが、兼業とはいえ農家出身の私は、厳しい気候に負けずこの広大な土地を開墾した先人たちの苦労や執念を思うと、ただ切りとられた風景としては楽しめませんでした。
実際、おじいさんが香川から移り住んで、代々農業を営んでいるという方に苦労話をうかがったのですが、自分なんかにはとてもやりとげられる人生ではないように思われました。
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美瑛選果のソフトクリームは評判どおりおいしかったです。 東京では乳製品といえば濃厚なものが良しとされる傾向ですが、地元の方が薦めてくださる乳製品は、ほとんどがすっきりと淡泊でいて牛が育った環境がイメージできるような、しっかりとした後味が残るものが多いように思います。
ブツの見た目は東京の物でも同じなので、写真はソフトクリーム後に、疲労と旅が終わる寂しさで口数が減った次男を、彼が連れてきたグルーミーで表現してみました。
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半年ちかくもふたりで楽しみにしてきた旅も終わろうとしています。 旭川空港がある台地に上がってからも、ミラーを覗くと夕陽に映える北海道の風景をちらちら眺める次男の横顔。 空港に隣接する見晴しのよい田んぼで脚をとめてしばらく名残りを惜しみました。
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もうこれで北海道自転車ふたり旅は最後かもなぁ。 いや、どうかなー(笑)
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2014/7/27 夏の北海道自転車旅 4日め

  • 2014.08.02 Saturday
  • 20:27

今朝は、というか昨夜から降りっぱなしでした。 今日の行程は短めの90km弱とはいえ、きびしい一日になりそうです。
出発間際、宿の車寄せを汚さぬように気をつけながら、この旅で初めてのウェット用チェーンルブを注しました。

深い轍の水たまりが、なお叩き続ける雨に乱され空さえ映さぬねずみ色の道を、500mほど走った右手の丘にひろびろとしたひまわり畑。 空の暗さに向けて光を放つ、まるで黄色い照明装置のようなひまわりを見ていると、なんだか励まされたような気がしてすこし元気が出ましたヨ。
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雨は時間を追って強くなり、雨竜町から滝川市がピークでした。 東京で言うゲリラ豪雨のような時間帯は路肩に水が溜まってしまうので段差がほとんど見えず、しばらく様子を見ざるを得ません。 平成6年に廃坑になった赤平市の 「旧住友赤平炭鉱立坑櫓」 の写真も撮りたかったのですが、カメラどころかケータイを出すのもありえない雨量でした。 ただ、600mの地底から石炭を巻き上げていたという滑車が豪雨に煙るさまは記憶に残る迫力でした。

こんな状況も自転車旅の醍醐味。 そんなことは言われなくてもわかっているようで、次男は毒づくこともなく淡々と付いてきます。 父親としては2年前からの成長が見てとれて、まぁ少しはうれしかったかな。


こんなに降るとは思わず、お気に入りの白いキャップをかぶって来てしまったことを後悔しました。
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空知川を遡上したところにひらけるのが富良野盆地。 宿まであとひと頑張りです。
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夕食は地元農家出身のオーナーシェフの店へ。 自分はちょっと苦手な羊。 次男が食べたことがないというので、飼料にこだわって育てられたという富良野産のサフォーク羊のステーキを注文してみました。 臭みではなく風味が生きたお肉でした。 おそらくきちんと運動させて育てているのでしょう、ほどよい噛み応えも。 年齢とともに牛肉が重く感じるようになった私でもどんどんすすむおいしさでした。 
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ケータイ写真ですみません。




今回の旅の動機となった富良野上空から十勝岳を眺めるモーターパラグライダー。 問い合わせたところ、明日は風が強そうなので飛行中止の可能性が大とのこと。 ふたりともここまでの旅を十分楽しんだので、思いのほか落胆することはありませんでした。 さて、最終日の明日はどう過ごそうかと考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていました。
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2014/7/26 夏の北海道自転車旅 3日め

  • 2014.08.01 Friday
  • 18:14

今日から2日間は、お天気が良くなさそうなので気分もすこし湿りがちの出発となりました。 天文台の猫もかったるそう。
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留萌までは昨日と同じ海岸線。 ただ、オロロンラインと違ってだいたい10kmごとには小さな町があり、神コンビニの「セイコーマート」が迎えてくれますので補給のストレスはなくなりました。 今にも泣きだしそうな空を見上げながら1時間も走ると、さっそくパラパラと。 お天気好転する見込みはないのですぐ脚を止め、廃校になった小学校で雨支度のフル装備。
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途中、海水浴場がある鬼鹿の町で食事をとりました。 雨の中、テントを張ってでもビーチを楽しみたい家族連れがあちこちに。 ちょっとシュールな画でしたが、短い北海道の夏はそれほど貴重な時間なのでしょうね。
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店内にひとりもお客のいない海の家のスタッフ女史たちも 「ヒマ疲れしちゃうなぁ」 なんて嘆きながらぼんやり海を眺めていました。 30代の豪快で明るい方と、もうひとりは20才前後の笑顔に不思議な魅力をたたえた小柄な娘さん。 聡明さが目や言葉選びに表れていました。 きっと地域の役に立つ人になると思われましたが、東京の話題になると憧れとあきらめが表情にうかびます。
若い頃、都会から遠く離れた町で長男として育ったものの、自分らしく生きるために大きな選択をしなければいけなかった頃の葛藤が思い出されて少し切なくなりましたっけ。






いつもはおやじギャグに冷たい次男ですが、疲労からかテンションがヘン。 留萌にあった「増毛」(ましけ) の標識がツボにハマッたらしく、どうしても写真撮れと。
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人のことは言えません。 補給のセイコーマートから出ようとすると、タンクローリーが頭を振って目の前の駐車スペースに入って来たのを見て大笑いしてしまいました。 白線にはそのアタマしか入っていません。 どうやって発車するのか興味がありましたが、運転手さんはのんびりお弁当を食べ始めた様子なので後ろ髪を引かれながら出発しました。
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内陸の山あいに入ると雨足は強くなりました。交通量も増え路肩の荒れも目立つようになってきたので、キャリアの浅い次男には集中力を切らさないよう、くどいくらいに声をかけます。


視界が開けて風景が田園風景に変わると、そこが今日のゴール北竜町。 宿まであと2kmというところにある果物屋さんで道を尋ねたのですが、話してるそばから次男は茹でとうきび、私は真っ赤に熟したソルダムが気になってしょうがありません。
写真を撮るから動くなと言っても耳に入らない様子でブレブレ写真です。
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大きなひまわり畑は宿からはすこし離れていましたが、窓の外の小さな畑にもつぼみがたくさん。
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2014/7/25 夏の北海道自転車旅 2日め

  • 2014.07.31 Thursday
  • 16:02

宿に送っておいたパニアバッグを振り分けて、いよいよ旅らしい装束になった自転車。 今日は道北の日本海側を南下します。
ふだん乗りには、じゃまくさく感じるコラムを切らないのは、旅でパニアを付けたときに極端なアップライトポジションの方がママチャリっぽくポタポタ踏みやすいですし、なにより視界が広がるからです。
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稚内からノシャップ岬の付け根を横断すればすぐ日本海です。 波頭の白さが重なる海が目に入ると同時に、予報どおり目を細めたくなるくらいの南西の風。 今日は厳しい行程になりそうだなァ。
右に利尻島、左にサロベツ原野を眺めながら、商店も民家もないオロロンラインをひたすら南下。 絶えず吹きつける風に耐える姿勢がそのまま生きるかたちになってしまった木々、湿原の沼に繁る青草のあいだでくつろぐ昆虫たち。 きびしさとおだやかさが混在する原野の匂いをかき混ぜる海風。この区間は今回の旅でいちばん印象に残る景観だったかも知れません。
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左下の道に小さく次男がいます。


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オロロンラインのあちこちに群生する野ばらの一種、ハマナスのピンクの花。


サロベツ原野を抜けようかという場所にある 「砂の駅」 というドライブインでひと休みしたのですが、ここで飲んだ地元産の牛乳は、やっと人心地がついたこともあってか過去イチのおいしさでしたねえ。 


遠別を越えて、今日の目的地である初山別の標識が見え始めた頃だったでしょうか、右手の丘に小さな牧場が見えました。
牛が伝染病に感染することを防ぐため、ほとんどの牧場の入り口には「立入禁止」の看板が掛けられています。 こちらの牧場にも番犬の小屋の脇にしっかりと掲示されていました。 ひるまず隣接する牧場主さん宅のカギのかかっていない玄関を開け 「牛の写真を撮らせていただけませんか?」 とお願いしたところ 「いいよいいよ、なんなら撫でてあげて」 と快諾をいただきました。
無類の動物好きで進路に畜産を考えたこともある次男は、いろんな動物とすぐ仲良くなるのですが、観察しているとまず声を発することがありません。 動物を擬人化してこちら側の感覚を押し付けるのではなく、自分自身を動物の感覚に添わせることに集中しているように見えます。 人間なにかしら取り柄があるものだなあ、と少し感心しました。
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初山別では海岸の段丘の宿を予約してありました。 隣接する天文台は一般に開放されており、天体観測を楽しみにしていたのですが、あいにくの曇天で叶わずでした。。。
天文台のとなりにあるキャンプ場では、キャノピー付きの原付で日本一周をするお父さんがテントを張っていました。 もう少しゆっくりお話しすればよかったなあ。
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2014/7/24 夏の北海道自転車旅 1日め

  • 2014.07.30 Wednesday
  • 18:49

ほんとうのところ、今年の夏は屋久島をトレッキングしてやろうと、昨秋から歩く練習をしていました。
ところが2月のある日、リビングで動画を観ていた次男に、うっかり富良野でのタンデムのモーターパラグライダー体験者の動画を見せたのが運の尽き 、「これやりに行こうよ」 と、まさかのリアクション。 まあ、もちろん私もそういう返事を少しは期待していたところもあるのでしょう。 一昨年の道東サイクリングが最初で最後の親子旅のつもりだったのですが、つい「お、おう・・・」と返事をしていました。

せっかくの北海道です、自然の濃さと人のおおらかさを感じたいので、今回も大きな街ははずして稚内空港から南下、富良野を経て旭川空港がゴールのルートを引きました。

当初の週間予報はわりと良好で、油断の上にあぐらをかいて荷物をパッキングしていましたが、台湾で大きな被害を出した台風10号が大陸で温帯低気圧に変わって北海道にまわってくるとのこと、旅の後半部分は雨覚悟です。

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昼過ぎに稚内空港に到着後すぐに宗谷岬をめざしました。 かなりの追い風をもらって45km/h以上で23km。 ふだんほとんど自転車に乗らない次男は、もともとうらやましいほど先のことを気に病まないキャラ。折り返して同じルートを戻ることを説明しても動じる様子はありません。
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しばし脚を止めて、自営業の厳しさをしみじみ語る父。
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追い手に帆立ててしゅらしゅら行くうちに、あっという間に宗谷岬が近づいてきました。 切り立った岬の断崖の尾根には40基を超える風力発電機が華奢な白い羽根にオホーツクの風をうけ、ゆったりと回転子に力を伝えています。
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もう間もなく宗谷岬という入江にある、富磯漁港わきの浜にさしかかると、干した昆布をせわしく取り込む漁師さんの家族があちこちに。 写真を撮らせていただけないかとお願いすると、「ちょっと手伝っていきなよ!」といたずらっぽい笑顔。 若い次男に貴重な経験をさせてあげたいというやさしさがうれしくて、選別のコツを教わったあと、ほんの15分ほど手伝わせていただきました。 帰りにはビニル袋に大量の昆布を詰め込んでリュックにくくりつけられ、海風にヒラヒラ遊ばせながら走りました。
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水平ががが・・・

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いちおうお約束の。
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のっけから、道北の人のあけっぴろげパワーに触れ、すでに成立してしまったも同然の旅の充足感にひたりながらの帰路は、もちろん向かい風なんか苦になるわけもなく、あっという間に稚内市内の宿に。 


夕食は宿で教えて頂いた、地元の人が通う食堂 「竹ちゃん」 で。
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