若さもいろいろ

  • 2018.07.18 Wednesday
  • 10:06

 

日々の診療では、さまざまな年齢層の患者さまとお話しをさせて頂きます。

中高年になっても若々しく見える方は、身体だけではなく心の在り方も若さを保ち続ける魅力的な方が多いように思います。

 

その”若さ”もいろいろで 自分自身が輝いていた若い頃の体力や感性をそのまま維持しようと頑張っている方もあれば、なにも頑張らず飄々としていてながら、今の若い世代の感性に苦もなくチャンネルを合わせる柔軟性が若さにつながっている方も。

 

先輩方を観察していて、自分がめざしたいのは後者だなと思っています。

 

人はある程度の年齢を重ねると、だんだん若い頃には解けなかった謎が解けるようになり、生きることに対して確信を伴う気づきが生まれてくるのがふつうです。 謎解きに苦しむ若い世代がヒントを必要としているときには、どうにか応えてあげたいと思うのが人情というもの。 しかしいくらありがたい内容のアドバイスでも、感性のチャンネルが合っていなければただの雑音にしか聴こえません。 

 

周波数が自在な人、多様性を尊重する感覚を持っている人は、それが目や表情、声のトーン、発する雰囲気などに現れています。私はそんな人に出会うと警戒心など抱かずに「この人に自分のことを聞いてもらいたい。この人の考え方をもっと知りたい」と思います。

 

反対に、性別、先輩後輩、社会的なステイタスなど、自分と相手の立ち位置をはっきりさせてからその差に応じて対応を変える人と相対すると、値踏みされていることが伝わって来て警戒心を解くことが出来ません。

 

暑さのせいで?論旨がしっちゃかめっちゃかになりましたが、結局何が言いたいかというと、若い世代に可愛がってもらえる年寄りになることが、自分のためにも世の中のためにもとても大切なんじゃないかなー、ということでした(^^)

 

 

日曜日には、これで3週連続となる奥武蔵グリーンラインへサイクリング。

下界が35℃近い日中でも稜線はだいたい28℃くらい。もうここしか走れません。 暑いしのんびり涼みながら走ろうと思っていたら、チームメイトのタツロー氏に遭遇。 息も絶え絶えになるほど引きずり回されました(>_<)  

 

まだしばらく暑い日が続きそうですね。 みなさまご自愛くださいませ(^_-)

 

 

 

 

 

 

 

 

「トシのせい」にするのはやさしさかも

  • 2018.05.29 Tuesday
  • 17:13

 

ある程度の年齢になると、通院する診療科目が複数にわたってしまうことは珍しくありません。

中高年の患者さまの中には「どこのお医者に行っても、何でも齢のせいにされておもしろくない(`ε´)」と不満を口にする方が多いのですが、この医師の対応にはやさしさが含まれているような気がしています。

 

もちろん加齢が生理的機能に及ぼす影響はとても大きくて、ある程度の年齢からはどの診療科目においても若い方とは違った所見が見られるのが一般的です。

 

加齢のほかにも症状の発現に大きく関わっているのが生活習慣です。食事や嗜好品、睡眠時間や運動の習慣など。あるいは心の在り方までもが、健康の維持に重要な意味を持っているのです。

 

加齢は誰にも起こる現象で、言ってみればお天気と同じで避けようのない因子です。しかし生活習慣は自分で管理できるもの。その長年の過ごし方が症状の原因であるとダメ出しされると、自分の人格そのものを否定されたように受け止めてしまう方がいらっしゃいます。増して生活習慣の変更を強要されることはなおさら受け容れがたく、頭では筋が通ったアドバイスであることを理解しながらも、治療家のデリカシーの欠如に対する怒りの感情を大きくすることで自分の心が守ろうとする機転がはたらいてしまうことも、、

 

自分のせいにされるより、年齢のせいにしてもらったほうが話を聴きやすいのはそういうことかと考えています。

 

医師や治療家も人間です。人は基本的に自分がされたくないと思うことは人様にはしませんし、自分がしてほしいことをしてあげたいと思うもの。「自分が患者だったらこういう対応をしてほしい」と思う対応を実際に行っているのがふつうです。

 

私自身は、遠まわしな表現をされても意図を理解できないタイプなので、患者さまに対してもずうずうしく生活習慣や心の在り方まで踏み込んでしまいがち。もちろん問診中に患者さまがどういうアプローチを望まれているかを探りながら対応を決めていくわけですが、説明に夢中になるとつい”聴きやすさ”があと回しになってしまうこともたびたびです(^^;

トシのせにするやさしさは持ち合わせていません!(≧▽≦)

 

 

痛みや苦しさはとてもイヤなものです。しかし患者さま本人にとってそれよりももっと受け容れがたいのは、次の世代の負担になることではないでしょうか。

 

患者さまが子育てされていた頃、子どもが「宿題なんかやらないで友だちと遊んでいたい」と言い出したときには「将来困るのは自分だよ」と諭したのではないでしょうか。家族内のイニシアティブは子どもたちに移行し、こんどは自らの心身を健康に保って彼らの負担にならないように過ごすことが何より大きな仕事になった今、「やりたいこと」と「やるべきこと」を彼らに諭したように、自らをを律して過ごすことが次の世代のお手本になります。

 

かく言う私自身も、あと1年ちょっとで還暦を迎えます。自分の口から出た言葉を自らにも言い聞かせて過ごしたいと思います。

 

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食事は年に一度ですむサメ

  • 2018.05.15 Tuesday
  • 15:13

 

NHKスペシャル「ブループラネット」を録画で見ました。

海とそこに暮らす生き物を追ったドキュメンタリーです。 昨年放映された「プラネットアース供廚汎韻犬BBCとの共同制作で、4年の歳月をかけて撮影されたそうです。 近年の水中撮影技術は飛躍的に進歩し、潜水時間は以前の5倍以上。 泡の音も小さくなったので、生き物たちを驚かせることなく決定的な瞬間をとらえることが出来るようになったのだとか。

 

番組の中で興味深い魚が紹介されていました。 それは「カグラザメ」という名の深海ザメ。 体長は6mほどで2000mまでの深海に生息。 Wikiにもその程度の情報しか載っていないナゾの多いサメです。

 

プランクトンがいないので生き物の個体数が少なく、捕食で命をつなぐ者にとって過酷な環境の大海原。 そこにザトウクジラの死骸が浮いています。 匂いを嗅ぎつけたホホジロザメやヨシキリザメが群がり、栄養価の高い脂肪を食べつくすと、比重が重くなった死骸は深海へ。 そこで待ち受けているのがカグラザメ。 脂肪分が剥ぎ取られたとはいえ、深海では貴重な食糧をしっかり食べたカグラザメは、その1回の食事だけで1年間も生きられるのだとか(@_@)

それを聞いた私は、「うらやましすぎる!」と心の中で叫びました。

 

子どもの頃の私は食べることが大嫌いでした。 いつもお腹が空くまえに食事の時間が来てしまい、憂鬱な気分になったものです。

世界のあちこちで食料が不足して困っている人には申し訳ないハナシですが、、(>_<)

当時ADHD気味だった私は、破裂音や閃光、皮膚感覚などの感覚過敏で苦しんでいました。 味覚も同様で好き嫌いが多く、肉・魚・ピーマンやトマトなどの香りの強い野菜はまったく食べられませんでした。 不思議と卵とエビ・カニ・イカ・タコ・貝は大好物。牛乳もキライだったなあ。

それでも中学の陸上部で長距離を走るようになると、成長期の身体が要求するのかやっと鶏以外の肉は食べられるようになりました。

 

大人になって形質がゆるんでくると感覚過敏はかなり軽くなりましたが、なかなか魚ぎらいは治りませんでした。  しかし結婚して子どもを授かると、魚を食べない父親で居ることはさすがにきまりが悪く、好きではなくてもどうにか食べられるようになって現在に至っています。

 

今でもふつうの人よりは食べることに対する執着はうすく、ふつうはおいしそう!♡となりそうなSNSのきれいな料理の画像も、スプラッター画像とあまり区別がつかないのですぐスクロールしてしまう始末。  自分で摂る食事も見た目を楽しむことなくさっさと胃袋に押し込むだけですから、つまらないことこの上ありません(^^;

 

子どものはげしい偏食が、ただのわがままだけではなく発達障害に由来することもあるということが分かってきたのは最近のこと。 子どもの感覚の特性に合わせたアプローチで好き嫌いが改善することも多いようです。 以前は親子それぞれが「きっと自分がいけないんだ」と苦しんでいたことが、脳の構造によるものであると理解できていればそれだけでずいぶん救いになる気がします。 もっと前に分かっていれば、ひょっとしたら私ももっと食事を楽しめる大人になれたかもしれません。

 

ほんとはカグラザメになんか憧れたくはないんですけどねー(^^;

 

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カグラザメの写真は「おもしろ生物図鑑」より拝借

 

 

 

 

 

 

 

 

日野原重明さん

  • 2017.09.28 Thursday
  • 18:28

 

昨朝の食事中にNHKの「おはよう日本」を見ていたら、この7月に亡くなった医師の日野原重明さんのインタビュー(亡くなる半年前に収録)が放送されていました。 

 

印象に残ったのは 「人は病を得ると本当の自分があらわれてくる」 「本当の自分と出会えることはすばらしいことだ」 という言葉。

 

当院の患者さまでも大病を経験された方が何人もいらっしゃいます。 なかには日野原さんと同じような思いに至ったことを話して下さった方もありました。

 

ランス・アームストロングという自転車選手は25才のときにガンを発症。その後闘病生活を乗り越えて、有名な自転車レースのツール・ド・フランスを7連覇しました(後にドーピング問題で剥奪されてしまうのですが、、)。 そのランスはインタビューで、「もし次に生まれかわったとき、ツールを7連覇する自転車選手としての人生と、一人のガン患者としての人生。どちらかを選べるとしたらどちらを?」 と訊かれ、「迷わず一人のガン患者としての人生を選ぶ」 と答えたそうです。 それは日野原さんの言葉とまったく同じ理由からだったと記憶しています。

 

日野原さんはたくさん本も書いていますが、私は一冊も読んだことがありません。 しかしインタビューでの彼の言葉を聞けば、どういう人であったのかは何となく理解できる気がします。きっと共感できる部分がたくさんあるのではないかと。

 

終末期医療の普及に尽力された日野原さんでも自らにその時が近いと感じる日々に 「ただ恐怖でおののいている」 と告白していました。 だからと言って彼はけして死にたくなかったわけではないのだと思います。

 

いつか私にも必ずそんな日が来るわけですが、死を忌むべきものして遠ざけないで、自らにデス・エデュケーションを課しつつ生きていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

木の芽どき

  • 2017.02.09 Thursday
  • 11:52

 

ここのところ来院される患者さまの数が増えています。 外出するのがためらわれるくらい冷え込んだ朝でも、早くから多くの患者さまがいらっしゃいます。

日によって、あるいは1日の中でも昼夜の寒暖差が大きくなる春のこれからの時期を、昔の人は ”木の芽時” と呼びました。 「きのめどき」 と読んだほうが通りが良いので、ついそう使ってしまいますが 「このめどき」 が正しい読み方なのはいちおう知ってはいましたヨ(笑)

 

昔から、木の芽時にはおもに心が不安定になりやすいと言われています。  そしてもちろん、心と密接に関係し合っている身体も同じように調いにくくなるのは不思議なことではありません。

 

木の芽時が心や身体の健康に影響を及ぼすおもな原因は一般的に 「寒暖差によって自律神経のバランスが不安定になるため」 と言われています。 しかしそれは自律神経だけの問題ではないように思います。 この時期、動物が冬眠から覚めるように人間も身体全体のシステムが秋冬の自己保存モードから春夏の活動モードに切り替わり、その際に心身が消耗するではないでしょうか。 鏡に映った自分の顔は昨日までと何も変わっていないように見えますが、季節によって劇的に変化するのはまわりの植物や動物だけではないはずですよね。

 

木の芽時という言葉からは、心がふわふわと落ち着きがなくなる状態がイメージされがちですが、じつは ”うつ” の傾向も強調されやすい時期のようです。 実際、統計的にこの先3月から5月までの自殺者数はほかの月に比べて突出して多くなっています。 決算期であることや生活環境の変化が大きい時期と重なることもありますが、やはり気候的な影響も大きいのではないでしょうか。

 

都会で生活していると、この世界がきゅうくつな人間社会だけで出来ているような錯覚に陥ってしまいがちですが、日に日に増していくお陽さまの光の強さや公園の木の芽を観察していれば、自然の一部である自分自身に日々心身の変化があっても不思議なことではないと再確認する機会になるかも知れません。 寒くて多少身体はギクシャクしますが、お天気の良い日にはぜひ外に出かけてみましょう!

 

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NHKスペシャル 「ママたちが非常事態!? 最新科学で迫る日本の子育て」

  • 2016.02.16 Tuesday
  • 18:10

ちょっと前にNHKスペシャルで放映された 「ママたちが非常事態!?  最新科学で迫る日本の子育て」 を録画で見ました。

’タ唄間中の幸福感と出産後に突然襲ってくる不安や孤立感とのギャップ ∪屬舛磴鵑量覽磴 2〜3歳頃のイヤイヤ期 ぅ僉璽肇福爾悗離ぅ薀ぅ藉兇覆鼻⊃景謄泪泙燭舛絶望的な心に追い込まれてしまう原因となる現象を科学的に分析するという番組でした。

〇左紊良坩臓Ω瀕感・・・妊娠以降、出産に向けて急激なカーブを描いて増加する女性ホルモン (エストロゲン) が出産を機にガクンと分泌が低下するため。
人類はほかの霊長類とちがって、短いスパンで妊娠できるように乳児のうちから子育てを共同で行うようにできているそうです。 エストロゲンの急激な分泌低下による不安・孤立感も共同育児を促すためではないかとのこと。 しかし現代の都市部においては、母子が1対1で向き合い続ける時間が長くなりがちですよね。 今まで私はベビーシッターなどに任せる海外の子育てスタイルを少し否定的に見ていましたが、どうやら理に適っているらしいです、、

∪屬舛磴鵑量覽磴・・・妊娠中の胎児は絶えず深い眠りと浅い眠りを繰り返しているのですが、母体の負担にならないように母親が就寝中に浅い眠りの割合が高くなるのだそう。 出産後しばらくの間はそのリズムが変えられないことが夜泣きにつながるとのことでした。

イヤイヤ期・・・人類は二足歩行を獲得したために産道が細くなり、赤ちゃんが充分に発達した状態では通れなくなってしまいました。 衝動的な欲求に抑制をかける機能が育ってくるまでは、聞きわけがないのはしょうがないことなのだそうです。

ぅ僉璽肇福爾悗離ぅ薀ぅ藉・・・出産時から大量に放出されるオキシトシンは愛情ホルモンとも呼ばれるように、母子の絆を強めるためには無くてはならないホルモン。 しかし、子育てを阻害する対象となる人間に対しては攻撃性を現す性質を併せ持っているのだそうです。 パートナーが育児に対して非協力的であったり、作業は分担していても心の部分で寄り添っていなかったりすると、この攻撃性がイライラ感につながってしまうとのことでした。

自分の子どもがバブちゃんだった25年くらい前を思い起こしてみるといろいろ思い当たります。 かえりみてみると、自分なりにはベストを尽くしたつもりでしたが、作業の分担だけでは足りなかったんですね(汗)

当院にもときどき、妊娠中や産後の子育てで不調を感じて受診するお母さんがいらっしゃいます。 赤ちゃんの体重増加や授乳時の偏った姿勢が不調の直接の原因であるのは間違いないのですが、いろいろお話を伺ってみるとどうも原因はそれだけではなさそう。 

科学的な根拠も複合的に関わる要因のひとつに過ぎないとは思いますが、それでも苦しさの原因が少しでもあきらかになることは心の救いになるのではないでしょうか。


ここのところ何人もの友人に孫が生まれています。「孫もかわいいけど、子育てに真剣に向きあう我が子にキュンとする」 のだそうです。
ウチは息子ふたりなので孫はいつになることやら。 うらやましいなあ (*^^*)

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(写真はスタッフ女史が撮った彼女の孫です)







 

2016 あけましておめでとうございます!

  • 2016.01.05 Tuesday
  • 11:16

新年あけましておめでとうございます。

今年はおだやかなお正月でしたねえ。 お天気は良すぎるくらいでとても暖かく、のんきなテレビ番組で笑って三ヶ日を過ごしました。

さて、子どもの頃にはお年玉と同じくらい大きな楽しみだった年賀状。 最近は少しおっくうになって来ましたが、何年いや何十年会っていなくても、良い思い出を共有した人とのつながりは断ちがたいもの、年に一度の近況報告はいまでもやはり楽しみです。 みなさんもきっとそんな感じなのではないでしょうか。

暮れも押し詰まった頃、近所の本屋さんで年賀状の作成ソフトを物色していると、あるデザイン画に目が止まりました。 「三猿」をモチーフにしてはいるものの、内容が本来の意味とは正反対の 「観ようぜ!聞こうぜ!言おうぜ!」? に変えられています。

三猿2.JPG



三猿は大陸から伝わった教えのようです。 モチーフ自体は古代エジプトやアンコールワットにも見られるものの、教えの由来ははっきりしていないとのこと。 論語にも同様の一節があるらしいので、日本に伝わった直接のルーツはそのあたりでしょうか。

いずれにせよ、この教えは社会システムを維持するためには不都合なことに首を突っ込まずに過ごすのがよろしい。と言うことだと理解しています。 ADHD気味だった私は子どもの頃からこの教えが大きらいでした。 思ったことを黙っておけない形質の私にとってこの教えはとても窮屈で、空気を読むことよりも率直に意見を言うほうが誠実なのではないか? なんて毒づいていましたっけ(笑)
そんな私は、このデザインの三猿を見て思わず心の中で快哉を叫びました。 デザイナーさんもひょっとしたら同じ形質の仲間かしらん、なんて考えながら(笑)

個人のプライバシーに関することであれば三猿の教えはとても正しいと思います。 ただ、孔子の頃よりもずいぶんと社会が成熟した現代においては、さまざまなことに関心を持ち、浴びるように降ってくるおびただしい情報の中で感覚を研ぎ澄ませ、見て聞いてよく考え、本質を見出したと確信したときに自分の意見を発信することは、ひいては社会を正しい方向へ導くことに貢献することになると思います。

年初からこんな感じなので、おそらく今年もうっとうしい内容が多くなるとは思いますが、拙ブログをどうぞよろしくお願いいたします!






 

腰痛についてのテレビ番組を見て

  • 2015.07.21 Tuesday
  • 11:28

テレビ番組で何度も特集されたこともあり、最近では患者さまにおいても腰痛に対する認識が変わりつつあります。
私も週末に録画でNHKスペシャル 「腰痛・治療革命〜見えてきた痛みのメカニズム」 を見ました。

器質的な病変は無いのに強い痛みが3ヶ月以上も続いてしまう慢性腰痛の患者数は、全腰痛患者数の半分以上を占めるとのこと。
ギックリ腰(筋膜の炎症や椎間関節捻挫)など何らかの腰痛の原因が発生すると、脳の中に ”痛みの回路” が出来上がりますが、通常は治癒すればその ”痛みの回路” に抑制をかける脳の局在(DLPFC)が働いて、痛みを感じなくなるとの説明でした。 

ところが慢性腰痛の患者さまでは、いちど経験した強い痛みの再発に対する不安な気持ちがDLPFCの機能を働きにくくしてしまい、痛みの感覚だけが残ってしまうのだそうです。 そこで不安を取り去るために心理療法のひとつである「認知行動療法」を用いたところ、6割の例に改善が見られたとのこと。 病識についての動画を観る簡単な認知療法から、強迫性障害などに用いられる暴露反応妨害法のような行動療法まで、程度によっていろいろな治療法が紹介されていました。 


精神的な要因が痛みの閾値に影響を及ぼしていることは、ほとんどの治療家が経験的に知るところです。
私が精神分析や依存症についての本を読み始めたのも、画像診断や他覚的な臨床検査でも問題がないのに、症状の訴えだけがあるケースが非常に多いことに気づいたからでした。 ただ、具体的な根拠もなく心の領域に踏み込まれることに抵抗する患者さまが多かったことも事実です。 おそらく「痛みの原因は自分の心の弱さですよ」 と突き付けられているような気持ちになったのだと思います。

患者さまからすれば、痛みの原因となる脳の局在が見つかったことで、出来事を 「構造的な不具合に苦しめられている自分」 という図式に書き換えが可能となり、受容がしやすくなるのではないでしょうか。  このようなことからも、脳の局在の発見にはたしかに大きな意味があると思います。

ただ、腰痛を物理的な側面から考えると、椎間板ヘルニアや分離・すべり症、脊柱管狭窄などの器質的疾患を含めて、すべての腰痛の潜在的な誘因には重力的なバランスの乱れ、すなわち身体の使い方の問題があると考えています。

野生動物たちはインストールされたソフトウェアの支配が強いので、考えることよりも感じて反応することを優先して生きています。 重力バランスもしかり。 姿勢の悪いライオンなどは見たことがありませんよね。 二足歩行の人間はなおさら重力バランスを優先する必要があるのに、社会生活のためについつい前頭葉での情報処理を優先してしまい、姿勢が乱れがちです。 とくに、考えても答えが出ない想念を頭の中でぐるぐる巡らせる習慣がある方は、腰痛だけでなく、肩こり、膝痛も起こりやすいので要注意。

こう考えると腰痛には始まりから終わりまで、脳のはたらきが密接に関わっているんですね。 テレビでよく見る元十種競技選手のあの人のように、みなさんも野生に帰る努力をしましょう!










 

成長とか老化とか

  • 2015.07.03 Friday
  • 19:03

若いころは子どもが苦手でした。 わがままでうるさくて思慮が浅くて、、 

それが自分に子どもが出来たとたん、自分の子どものためなら迷わず死ねると思いましたし、仕事のストレスも半減しました。
そしておもしろいことに、他所のお子さんまでみんなかわいくてしょうがなくなったのには驚きました。

自分自身の脳の情報処理パターンに、それほど大きな変化が起こったのは初めてのことだったのでかなり戸惑いましたねえ。

人間も動物ですので、種の存続のためにはたくさんのエネルギーをつぎ込みます。
自身の知力・体力の向上を図り、同性・異性に対して優秀な遺伝子の継承者であること、また目的のために努力を継続できる個体であることを証明し、優秀な子孫を残していく。その目的を達成するまでは何よりも自分の事を大切にするべきで、その頃は自分以外の人に対してのやさしささえも、結局自分自身を生きやすくするための知恵によるものだと思います。

ただ、子に恵まれ、その子どもたちが自立したあとは、もう何かを証明するための努力に意味を感じるのは難しくなってきました。 ここから先、自分を大切にして生き残るための努力をすることは、自分のためにも社会のためにもかえって負担になるような気が、、
昔の人が早死にだったのも、医療技術の水準というより、隠居したあとの家族や社会からの疎外感や退屈が原因していたのでは? という説も頷けます。

最近では、選挙権年齢を18才に引き下げることが決まりましたね。 独身時代〜我が子が小さかった頃までは、子供たちが暮らす自分の国を守るためには戦争も致し方ないと考えていましたが、今は息子たちが戦場で人を殺してその罪悪感で苦しむような悲しい時代なら、無理に生き延びてくれなくてもいいよ、って言ってあげたくなります。 この思考パターンの変化にも我ながらびっくりです。

やはり政治の方向性は若い人優先で決めていくべきだと思います。 齢を取ってミョーにマイルドになったり、逆に過激になったり。 ぼんやりしたりした頭で考えても、現役世代にとって最善の政治判断が出来るとは思えません。 今の自分の劣化ペースから考えると、そうだなぁ、65才くらいで参政権を取り上げてもらえば、疎外感が感じられるようになり、現在の異常な長さの平均寿命も世界の平均に近くなれるのではないでしょうか ←これは完全に言いすぎましたね(笑)

今日はひどい雨で患者さまが少なかったのと、朝の通勤路でほどよく褪せた紫陽花の写真なんか撮ったものだから、くだらないことをつらつら書いてしまいました。 いつも以上に自分に向けたひとり言みたいなものです。 あんまりマジメに読まないでくださいね。

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空に向かって跳びはねてみませんか?

  • 2015.05.20 Wednesday
  • 14:05

5月4日に再放送されたNHKの 「君が僕の息子について教えてくれたこと」 を観ました。
重度の自閉症をもつ詩人で絵本作家の東田直樹さんと彼を支える人、そして彼の本に救われた人たちのお話しです。

連休明け、当院のスタッフ女史にその番組の感想を話したところ「彼の本、うちにあります」 とのこと。 すでに昨年の初回の放送を観ていた彼女は、そのあとすぐ東田さんの 「跳びはねる思考」 というエッセイ集を読んでいたのです。

成人しても自らの形質に気づかず適応に苦しみ、それを身体の症状として自覚して受診する患者さまも多いのですが、そんな彼らのことを知るために、すすんで自閉症スペクトラムについて勉強していた彼女には頭が下がりました。

さっそく私も借りて読んでみました。

ぜんぶで37のエッセイのうち、はじめの3タイトルは「僕と自閉症」「刺すような視線」「障害を抱えて生きること」 で、自閉症を生きることについて書かれていました。 これらはとても重要な内容なのですが、自閉症を紹介する本はほかにもたくさんありますので目新しくは感じませんでした。

4つめのエッセイのタイトルはとつぜん「夏が来るたび」。  ここからは彼が心を奪われるほど好きなもの、心が安らぐ時間や対象がいくつも紹介されます。 そのどれもが私の好きなものと重なるので、ついブログに上げてしまいたくなったのです。

「夏」「植物」「水」 どれも私がとくべつに思いが強いものばかりです。

「夏」 の強烈な陽射しや朝の草いきれは、故郷の室戸への郷愁を誘いますし、何より夏は、目に入るもの、耳に聴こえるもの、肌に感じるもの、そのすべてがにぎやかで、落ち着きのない自分の心を開放しても許される気がして安心できるのです。

「植物」 以前このブログにも書きましたが、もし生まれ変われるなら、湖を見下ろす斜面に立つ梢の高い針葉樹になりたいと思っています。 なぜか、と訊かれてもうまく説明できませんが、私にとって植物はとても純粋な命に思えるのです。 しずかな心で光や風や四季を感じて過ごしてみたいなあ。

「水」 これもやはり子どもの頃、川や磯や浜で海に潜ったときの身体の自由度や心の開放感は、今でも鮮烈な記憶として刻み込まれており、ふたりの息子にも水に関わりのある名前をつけたほどです。

こんな純粋で感性のゆたかな人と好きなものがいくつも共通するなんて、うれしいかぎりです。


最後に 「言葉」 というエッセイの一文を引用させていただきます。

「話ができず不便だったり、大変だったりすれば、どうしたら少しでも言葉が伝わるか、自分でも工夫し、何とかしようとするはずです。 これは、報われるためではなく、生きるための努力なのです」

一般に自閉症スペクトラムの人は、他人の心を理解するのが苦手なのですが、自らの心を記述するトレーニングをすることで、少なくとも他人に自分を理解してもらうことができるようになり、コミュニケーションの糸口がつかめる。 そんな達成感が自己肯定感につながるという意味だと思います。 共感能が心もとない私自身もまさしくそうやって対人関係を維持してきたので、彼が言わんとすることが痛いほど理解できました。

彼らと同じ 「形質」や「素因」 は、多かれ少なかれ誰にも存在するもの。 自閉症の人の心を知ることは、いわゆる 「健常者」 であるあなた自身の純粋な心を再発見することにつながるかもしれませんよ。

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