林道奥武蔵支線

  • 2017.03.21 Tuesday
  • 17:50

 

ここのところすっかり春めいて来ましたね。 日曜日はいつものようにサイクリングに出かけて来ました。

標高が高い奥武蔵の林道の雪もそろそろ解けた頃かな、と最近気に入っている「奥武蔵支線」からアプローチ。

 

都幾川沿いの梅の花にも春を楽しむ仲間がいましたヨ。

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私は海の近くで育ったのですが、母の里は山間部の村でした。 彼の地にもこのような言い伝えがいくつもありましたっけ。 もちろん最初に言い出した人がいるはずなのですが、きっとみんなが信じてしまうくらい話が上手だったんでしょうね。 そんな人の話を「マジすか!?(◎_◎;)」とか言いながらナマで聴いてみたかったなあ。

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こちらのおとうさんは山仕事の人。 愛らしく片耳の折れた白い犬は子犬から育てた14才らしいのですが、左の茶は山で迷っていた犬を育てたので年齢不明だそう。

この犬とは別に、先日山でガリガリにやせ細った猟犬を保護したときのことを話してくれました。 どうやら猟で使えなくなった老犬や飼いきれない子犬を山に捨てていく人が多いらしいのです。 すぐ死んでしまうだろうと思いながらその老犬を連れて帰って世話していたらどんどん元気になって知り合いのハンターにもらわれて行き、今でもそれなりに猟で活躍しているとのことでした。

そんなことを話してくれる彼の目には怒りも悲しみもありませんでした。ただ自分のやるべきことをやっただけ、という感じ。 ダンディな見た目だけでなく、ハートもカッコいい人でした。

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のどかな山里とまったくのどかでない標識 (^^;)    とは言えキツい区間は少しだけで、おとなりの白石峠より交通量が少ないうえ、より風景や勾配の変化に富んだ8kmの上りは、のんびり走るにはとても気持ちの良い道です。

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奥武蔵の山々は稜線を境に南斜面には針葉樹が植えられていますが、北斜面は落葉広葉樹の林であることが多く、グリーンラインの稜線に北側から取りつく奥武蔵支線も、稜線が近づいて勾配がゆるくなるあたりにはブナやミズナラの林が広がっています。 この林のぜんぶが新緑に覆われるのを浮き立つ気分で想像しながら上りました。

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路肩には少しだけまだ雪が残っていました。

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あずき色の広葉樹の林は飛び込んでもふんわり受け止めてくれそうですが、杉の木は背中に刺さりそうですね(笑)

靄って見えるのは春霞なのか? それともアイツなのか?(>_<)

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尾根道に出ました。 ここから刈場坂峠までほんの少しだけグリーンラインを走ります。

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看板の中央部の向こうの、稜線のハゲた部分のちょい右に堂平山の天文台が。 見えますか?

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国道299号をすこし下って天目指峠越えで名栗みちへ。 そしてもいっちょ小沢峠を越えて飯能駅に。 80kmで1400mアップの、のんびりパスハント・サイクリングでしたとさ。

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すっかり立ち枯れしているように見えるアジサイの枝から、あざやかな緑の芽が顔を出していました。 これから初夏の開花に向けて猛ダッシュで茂っていくのでしょう。 何が、ってこともないけど、すごいもんだなあ。

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河岸忘日抄

  • 2017.03.09 Thursday
  • 11:16

 

眠ることが好きな私は、7時間眠れることが日々の小さな幸せです。 ただ、そうすると帰宅後の自由時間は90分をひねり出すのが精いっぱい。 ここのところはずっとamazonのプライムビデオで映画を観て過ごしていましたが、読みさして机の上に置きっぱなしてあった本にふとうしろめたさを感じて4ヶ月ぶりに頁を進めました。

 

堀江敏幸の作品は芥川賞受賞作「熊の敷石」以来何冊か読んでいましたが、この「河岸忘日抄」もほかの作品と同じように、不思議な浮遊感を味わいながら彼の心の中を遊ぶ、まるで仙人のひとり言を聴くような小説でした。

 

300頁を超える長編なのに、この小説にはストーリーらしいストーリーがありません。 日本で忙しく過ごし、少し働きすぎたと感じた主人公の「彼」は、以前暮らしたことがあるフランスの街にしばらく逗留していわゆる充電を決め込みます。 知り合いの所有する係留された船に庵を結び、備え付けられていた本を読んだり音楽を聴いたりコーヒーを淹れたりして過ごす内省的な時間をそのまま文章にしただけの内容です。

 

とくに印象に残ったのは、直流・交流の話でした。 小学校の頃の理科の実験で先生が直流・交流の違いを教える際、まず交流で点灯された豆電球の明るさを生徒たちに見せ、次に直流に繋ぎ直して、ぱぁっと明るくなったときに生徒たちから歓声が上がるシーンは誰の記憶の中にもおぼろげに刻まれているはずですが、主人公はその明るさが変化しない並列つなぎの方に強く惹かれるタイプだったというくだり。 

 

もちろん私を含めてふつうの生徒たちは、ただ直流の魔力に魅かれたのではなく、物理の不思議さに讃嘆の声を上げたのだと思います。 おそらく作者自身もそこは同じだったのではないでしょうか。 ただ、この比喩には直流型の人間が作る直流型の社会に対するやんわりとした皮肉が込められているのだと思います。 思うことを口にすると「変わってるね」と言われ続けてきた私などは、「彼」という三人称ではぐらかしてはいますが、他ならぬ堀江自身と思われる主人公の人格に深く共感しました。

 

だいたい堀江敏幸は、インタビューでも 「ずっと流れのままに生きてきました。自分の書きたい文章を自分の好きなペースで書いてきて、いつのまにか作家といわれるようになっていました。けれど、自分からそうなりたいと思ったことは一度もありませんし、そうなるためにどこかに働きかけるといったことも、一切してきませんでした。」 などと答えるような人です。

 

誰の心の奥底にも潜んでいるエゴイスティックなどろどろを、自らの心身を削って表現することが芸術としての文学なのだとすれば、ずいぶん肩の力の抜けた彼の作品を物足りなく思う文学ファンも多いのではないかと思います。 たし算がたし算でないと気が済まない直流型の人が読み始めたとしても、10頁くらいで放り出すのが目に見えるようです(笑)

 

ものすごく才能のある人がほどよく力を抜いて書いたこの小説は、たとえばCTIレーベルのjazzを聴いているような、あるいは大谷翔平にキャッチボールをしてもらっているような感覚?  そりゃもちろん大谷の試合での全力投球を観るのは興奮はするけど、直に感じることは出来ませんもんね。 素っ頓狂な例えですが、なんとなく分かってもらえるかしら(笑)

 

ともあれ、世俗の価値観や成功への野心とは縁のない ”世捨て人臭” ぷんぷんな彼の作品は、私にはものすごくしっくり来るのでこれからもずっと読み続けることになると思います。

 

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旧作映画な日々(その7)

  • 2017.02.20 Monday
  • 16:40

 

最近はまた読書を再開しましたので、旧作映画鑑賞はペースダウンしてます。 それでも週2本は観てますヨ。

 

「コンセント」★★★★★

2001年公開。 とても興味深い内容の映画でした。 現代医学はシャーマン的意識状態を病気と見なしていますが、時代をさかのぼればシャーマンは社会にとって、なくてはならない存在でした。 映画はその資質を持った主人公の女性が、苦しみながらもその能力を自覚し、精神的に傷ついた人に救いをもたらすことの喜びに目覚めるというお話し。 監督は中原俊。 東大文学部宗教学科を出たあと日活でロマンポルノを撮っていたという、ちょっと変わったキャリアを持つ人。 しかしこの映画はそのキャリアがどちらも充分に生かされた内容でした。 スピリチュアルな要素をクールに分析していくので胡散臭さは感じませんでしたし、たびたびおとずれる濡れ場のシーンも自然な印象。 主演の市川美和子のお人形さんっぽい個性的なルックスと棒な感じのセリフ回しが、いかにも ”自問する人” という風に見えるので、かえって映画のメッセージを伝わりやすくしていた気がします。

信心するにせよしないにせよ、現代においては世界中の人の宗教観はだいたい三大宗教の影響を強く受けてしまいますよね。 昔は世界中に無数に存在したシャーマニズムや新興宗教も今ではサブカルチャー扱いされる傾向ですが、しかしそれでないと救われないという人が居るのも事実なんですよね。 いや、わたしは無宗教ですが ←誰へのイクスキューズやねん(^^;

 

 

「メゾン・ド・ヒミコ」★★★☆☆

2005年公開。 こちらは性的マイノリティのお話し。 主人公の女性(柴咲コウ)に、何年も会っていないゲイの父親(田中泯)がガンで余命いくばくもないので看取ってほしいと告げに来たのは、父の愛人のイケメン(オダギリジョー)でした。 父は伝説のゲイバーを閉めたあと、海岸沿いのラブホを買い取ってゲイ専用の老人ホームの館長をしていました。 そのホームにアルバイトに通うようになり、思い込みを克服して正面から向き合う覚悟を決めた主人公ですが、彼ら?との関係が近くなるに連れ、その深い苦悩を知ります。

LGBTの人たちの生きにくさは何となく想像できますので、「性的描写を見て自分も目覚めてしまったらどうしよう」 という恐怖からついついこのテーマの作品は避けてきましたが、「龍馬伝」の吉田東洋役で田中泯さんを知って以来、本業の舞踊の独演も見に行ったくらい彼のファンなのでついつい見始めてしまいました。 

ここのところ、世の中の流れは少しづつLGBTの人たちを理解し応援する方向に向かっていると感じています。 いわゆる”ノンケ”ではありますが、私も応援してますヨ! ←これも誰への言い訳やねん(≧▽≦)

 

 

「バンク・ジョブ」★★★★★

2008年公開。 舞台は1971年のロンドン。中古車店を経営するも借金取りに追われる毎日の主人公(ジェイソン・ステイサム)は、幼馴染みの女性から銀行強盗計画を持ちかけられます。 地下の貸金庫には王室のスキャンダルの写真が隠されており、事件はMI-5やギャングを巻き込んだ大騒動に発展していきます。 私はこの時代の車、とくにイギリスの小型車が大好きでしたので、冒頭に主人公の店に並んだ車を見たときにはよだれが出そうでした。 写真の左側は ’62シンガー・ガゼル、右側は '56ビッグヒーレー。ヒーレーの横にはMG1300も並んでいます。ほかにもフォード・トランジット、トライアンフやウーズレー、ミニ、ジャガー、ベンツ、ルノーなどが登場。 ため息が出ます。 私も20代の頃にはジョン・クーパーチューンのミニに乗っていましたが、これは過去に乗った車のなかでももっとも思い入れの深い一台です。

車のハナシばかりになってしまいましたが、映画はとても良く出来ていて楽しめましたヨ。 ここのところシリアスなテーマの邦画ばかり観ていましたので、よい息抜きになりました。 ノンクレジットのチョイ役でミック・ジャガーが出ていたのですが、それを知らなかった私は 「あれ?彼に似てるなァ」 と3回も巻き戻してしまいました。

 

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こちらが今から30年前に私が乗っていたMini。1971年に生産中止となったミニ・クーパーですが、1987年に日本のミニ丸山というショップが当時ご健在だったジョン・クーパー氏に依頼して新たにチューニングパーツを開発。 これはその1987年モデルでした。 ノーマルの42馬力から65馬力まで引き上げられており、峠道をスポーツドライブするにはほんとうに楽しい車でした。 当時ミニ用のエアコンは効率が悪く8馬力も食われてしまうので、夏は扇風機でしのいでましたっけ。 その後、結婚を機にステーションワゴンに乗り換えてしまったので、この車はレース車両として友人にドナドナされて行きました (T_T)

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木の芽どき

  • 2017.02.09 Thursday
  • 11:52

 

ここのところ来院される患者さまの数が増えています。 外出するのがためらわれるくらい冷え込んだ朝でも、早くから多くの患者さまがいらっしゃいます。

日によって、あるいは1日の中でも昼夜の寒暖差が大きくなる春のこれからの時期を、昔の人は ”木の芽時” と呼びました。 「きのめどき」 と読んだほうが通りが良いので、ついそう使ってしまいますが 「このめどき」 が正しい読み方なのはいちおう知ってはいましたヨ(笑)

 

昔から、木の芽時にはおもに心が不安定になりやすいと言われています。  そしてもちろん、心と密接に関係し合っている身体も同じように調いにくくなるのは不思議なことではありません。

 

木の芽時が心や身体の健康に影響を及ぼすおもな原因は一般的に 「寒暖差によって自律神経のバランスが不安定になるため」 と言われています。 しかしそれは自律神経だけの問題ではないように思います。 この時期、動物が冬眠から覚めるように人間も身体全体のシステムが秋冬の自己保存モードから春夏の活動モードに切り替わり、その際に心身が消耗するではないでしょうか。 鏡に映った自分の顔は昨日までと何も変わっていないように見えますが、季節によって劇的に変化するのはまわりの植物や動物だけではないはずですよね。

 

木の芽時という言葉からは、心がふわふわと落ち着きがなくなる状態がイメージされがちですが、じつは ”うつ” の傾向も強調されやすい時期のようです。 実際、統計的にこの先3月から5月までの自殺者数はほかの月に比べて突出して多くなっています。 決算期であることや生活環境の変化が大きい時期と重なることもありますが、やはり気候的な影響も大きいのではないでしょうか。

 

都会で生活していると、この世界がきゅうくつな人間社会だけで出来ているような錯覚に陥ってしまいがちですが、日に日に増していくお陽さまの光の強さや公園の木の芽を観察していれば、自然の一部である自分自身に日々心身の変化があっても不思議なことではないと再確認する機会になるかも知れません。 寒くて多少身体はギクシャクしますが、お天気の良い日にはぜひ外に出かけてみましょう!

 

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「沈黙」サイレンス(ネタバレあり)

  • 2017.01.31 Tuesday
  • 12:13

 

すこし前になりますが、封切り初日に映画 「沈黙」 を見てきました。

 

遠藤周作の原作は読んでいませんでしたが、有名な小説ですのでおおよそのあらすじは把握していました。 見る人によってさまざまな解釈が可能な映画だと思いますので、無宗教ではあるものの人間がなぜ宗教を必要とするのかということには関心が高い一観客の感想としてお読みいただければ幸いです。

 

江戸初期、おもに政治的な理由から幕府は禁教令を発布します。 その後、島原の乱を経てますますキリシタンへの弾圧は激しさを増していくのですが、そんな中、布教の使命感に燃えた二人の若いポルトガル人司祭が長崎のある村へ上陸します。

 

現地の司祭がことごとく連行されてしまったため、道標を失っていた信者たちは彼らの訪日を大いに喜びます。 しかしほどなく密告によって二人とも捕縛されてしまうのです。 一人は信徒を救おうとして殉教してしまうのですが、残った一人は牢に繋がれます。自らは拷問を受けず、その代わりに来る日も来る日も信徒たちの拷問や死を見せられて、ついには棄教してしまいます。

信徒を処刑しても彼らは殉教と受けとめて喜んで死を受け容れたため、幕府は信徒を拷問にかけ、それを指導者である司祭たちに見せて棄教をせまるという手段に方針転換していたのです。 

 

主人公の司祭の苦悩は、信徒の苦しみを見かねたからという単純なものではなく、「殉教」に至るにも複雑な教義があることを知らず、信心をつらぬいて死を得れば必ず天国に行けるという誤った思い込みで死んでいく信徒を見送ることに対する罪悪感。 そして布教の際の民衆や投獄後に接した現地の役人の哲学的な理解度を知るにつけ、自分の行いが思想的に真っ白の未開の地で教えを説いているのではなく、文化的・思想的水準の高い国にある意味戦いを挑む行為であり、はざまに立つ信徒たちにかえって苦悩をもたらしていることへの気づきから来るものでした。 そして何日も苦悶に喘いだあげく、幻聴とはいえ直接神の声を聞いたときに決断するのです。

 

棄教のあと、その司祭は武士として幕府のために働くことになるのですが、その辺はほとんど描かれていません。ただ、彼が亡くなった際、日本人の妻はなんと火葬される彼の手に信者から受け継いだ木彫りの十字架をひそかにしのばせるのです。

 

棄教後の司祭がどう生きたのかは、このラストシーンだけで理解できました。 教義を説いて信者を増やすという大きな達成感を伴う聖職者としてのキリスト教ではなく、教義抜きの実践のキリスト教を生きて、彼自身や彼に関わった人を救ったのだと。

 

 

監督のマーティン・スコセッシはインタビューで試写を見た神父の言葉を紹介していました。 幕府の拷問は疑いようもない暴力ですが、宣教師が民衆に 「これが普遍的な唯一の真実である」 と思い込ませたことも、ある意味暴力なのではないかと。

たしかに、本国の教会からすればキリスト教の影響力を広めていくために信者を洗脳し、消耗品として現地の宗教や政治体制と戦わせることは、自らの腹の痛まない ”戦争” だったのだと思います。

 

宗教は、人の心を救済したり社会に秩序をもたらしたりと、その権威が行き届く範囲ではとても有益なものですが、ひとたび他の宗教や同じ宗教の他宗派との対立の構図が生まれてしまうと、とたんに表情を変えて無慈悲な行いを厭わなくなります。

それは過去の、いや現在に続く歴史が証明していますよね。 フォロワーさんを失いたくないのでこれ以上は書きませんが(笑)

 

 

この映画、スコセッシ作品ということで気合いが入ったのか、俳優たちの身体は干物みたい仕上がっていますし、アカデミー賞撮影賞にノミネートされたように映像の迫力はもの凄いです。スタッフ全員がこの映画に込めた熱量がビシビシ伝わってきました。 なかでも私がいちばん印象に残ったのは、自身も映画監督である塚本晋也が演じるモキチの演技でした。 ”水磔”(干潮のとき磔にし、満潮になると溺死に至る拷問)でなかなか死にきれないシーンの撮影では、日米のスタッフ全員が涙したそうです。

彼の表情や演技を見るだけでも、この映画を観に行く意味があると思います。

 

予想通り 「沈黙」  は今回のアカデミー賞作品賞にはノミネートもされませんでした。 キリスト教社会では受け容れられにくいテーマをあえて映画化したマーティン・スコセッシ監督に敬意を表したいと思います。

 

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狭山湖って北側も走れるのね

  • 2017.01.24 Tuesday
  • 13:34

 

いよいよ冬将軍が本気出してきましたねえ。 週に一度の日曜サイクリングもスピードの出るロードバイクだと私のゆるゆる強度ではまったく身体が温まらないので、マウンテンバイクで出かけてきました。

 

コースはいちばんお手軽な狭山丘陵。 今までは八国山緑地から六道山トレイルを往復しておしまいだったのですが、所沢に住むチームのシブさんから聴いた話では、狭山湖は南側の六道山トレイルだけでなく北側を周回する未舗装路があって、ぐるっと一周できるのだとか。 マウンテンバイクでここに通いはじめて丸4年、なんともったいないことを、、(*´Д`)

 

 

一般道は所沢まで。 そこからはいつもどおり八国山緑地のトレイルへ。

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コナラやブナの落ち葉の吹き溜まりは、後輪の埋まり方でお分かりのように寝転んでみたくなるほどふかふかでした。

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尾根道西端のいつもの休憩ポイントの木。 アフロヘアーみたいにまあるく茂っている姿しか見たことがなかったのですが、骨組みはこんなだったのね。 毛足の長い犬をシャンプーしたときのあの感じ?

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西武園遊園地を右手に見ながら多摩湖自転車道へ合流。

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西武ドームを過ぎたら多摩湖とさよならして、狭山湖南側の尾根道 六道山トレイルへ。 ”芝生の丘へ上るのに往生している弟くんをおねえちゃんが手助けしている図”を撮ろうと思ったんだけど、カメラを出すのが間に合わず、、

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南国生まれの私はシダが大好き。 カメラを向けてたら 「なにか珍しいものがあるの?」 とマダム。「シダ撮ってるんです」 と私。「シダ!?  アタシなんか庭に生えたらぜんぶムシッちゃうけどねー、ガッハッハ」 だって(^^;

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六道山の展望台を過ぎたら右に折れて北岸へ。 こちらは自動車の侵入も許されているようで、かなり踏み固められたジープロードでした。

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途中にあった案内板には小規模な湿地がいくつか表示されていました。 そらはじめての場所に来たら探検してみたくなるじゃないすか。 「大谷戸湿地」を選んでゴー。 しかし、順路には自転車進入禁止の表示が。 しかたなくハイキングコースを10分ほど歩いたのですが歩いて正解、ふかふか落ち葉の散策路は気持ち良かった。↓こんなんいらんけど(◎_◎;)

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たどりついた大谷戸湿地は冬枯れ中で地味〜なかんじでした。 春になればきっと青々とした葦の原にトンボや蝶があそぶ姿が見れるのでしょうね。 

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湿地の畔にある案内所をたずねてみると、人の良さそうな職員さんが話しかけてくれました。 狭山湖北側の雑木林や湿地、里山の景観を野外展示とする 「さいたま緑の森博物館」 の責任者の長谷川さんでした。 

私の自転車装束を見て、学生時代は旅が好きで自転車にテントを積んで日本中を走ったことなんかを話してくれたり、ブログ用にと写真を撮らせて頂いた際には当方のDP-1に 「いいカメラをお使いですね」 とのコメント。 変わり者しか使わないこの偏屈カメラのこともご存知とは。 ホジればそうとうおもしろい人なのは間違いありません。  春になって湿地がにぎやかになった頃にまたお話しを聴きに行こうと思います。

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遊歩道脇にとつぜん現れる母子地蔵。 夜にはちょっと出会いたくないかも(^_^;)

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風もなくおだやかな湖面に陽射しがキラキラ。 うっかり昼寝でもしてしまいそうでした。

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ほなさいなら♡

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旧作映画な日々(その6)

  • 2017.01.17 Tuesday
  • 17:50

 

録画しておいたテレビのお正月特番もひと通り見終わり、またまた旧作映画な日々がもどって来ましたヨ♡

 

 

「レスラー」★★★★☆

2008年公開。 当時56才のミッキー・ローク主演で、'80年代に全米のスターだった初老(中老?)の現役プロレスラーの苦闘の日々を描いた映画です。 私と同年輩の主人公を見ているとすっかり身に詰まされてしまって一度では観きれず、何回にも分けてやっと観終えました。

仕事も私生活もうまく行かず、齢を取って男性ホルモンの分泌も低下して行き、何か心細くなって今までほったらかして来た娘や心を寄せる女性にすがってみるもののうまく関係を構築できず、最後に自分を救ってくれたのは、、

プロレスラーの日常が、そこまで曝す?ってくらい赤裸々に描かれていて、プロレスファンな方はがっかりしてしまうかも知れません。

思えば、同じ’80年代に 「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」 「ナインハーフ」 でブレイクしたあと、スキャンダルや2度の離婚などもあり、すっかり影を潜めていたミッキー・ローク。 主人公のプロレスラーに自分の人生を重ねたのではないでしょうか。

 

 

「マシンガン・プリーチャー」★★☆☆☆

2011年公開。 実話です。 麻薬密売人のサム・チルダース(実名)が、ある事件をきっかけに更生し、現在も内戦状態が続いている南スーダンに孤児院を建てるまでを描いた作品。 

ウガンダ北部と南スーダン南部で活動する反政府組織LRAのリーダー、ジョゼフ・コニーは集落を襲っては子ども達を誘拐し、強制的に戦闘員や性的奴隷にしており、その数は2万人以上に上るとのこと。 本来被害者であるはずの子ども達が殺戮を繰り返すことが問題をより複雑にしているようです。 日本の自衛隊が派遣されている国がどのような状況なのかを知りたくて見てみました。

 

先進国の人々に現地の状況を知らしめるためには意味のある映画だとは思いますが、マシンガン・プリーチャー(牧師)と呼ばれる主人公チルダースにすっかり感情移入してしまうと、観る人によっては、ものすごく複雑な経緯で生まれた状況を正義と悪の二元論的な思考で認識してしまう怖れがある気がします。 その感覚こそが今の世界の状況を難しいものにしている根源。 いかにもアメリカの映画だなあ、というのが率直な感想です。

 

 

「トト・ザ・ヒーロー」★★★★★

1991年公開。 ベルギー・フランス・ドイツ合作。 子どもの頃から妄想癖のある主人公にはある種の ”形質” が感じられます。

その彼が老人になり、自らの人生を振り返るのですが、回想された事実も混乱を極めたものになります。ただ彼の中でひとつだけゆるがないのは、向かいの家に住む幼馴染みへの嫉妬心。 

この映画の主人公にははっきり ”形質” が見てとれますが、世の中の「自分はまともだ」と思い込んでる人にも程度は違えど必ずなんらかの形質は潜んでいるものです。 社会に適応しにくい主人公を病的な形質と突き放して見るか、彼に自分を重ねて見るかで受けとめ方が変わる映画だと思います。

ラストシーンで主人公は火葬されてしまうのですが、遺言なのでしょう、遺灰は飛行機から撒かれます。 このとき初めて彼の魂は解放され、ほんとうの幸せを感じるのです。

監督の、ポジティブな意味での死に対するあこがれが色濃く反映した映画です。 ものすごく共感しました。

 

 

「ミッドナイト・イン・パリ」★★★☆☆

2011年公開。 脚本・監督ともにウディ・アレン。 婚約者とパリを訪れた小説家が、ある夜単独行動することになり、道に迷ってひと息ついた路地に横づけされたのは1920年代製のプジョー。 車内でどんちゃん騒ぎする男女に誘われるまま車に乗り込み、着いたクラブでは、本物のコール・ポ−ターがピアノを弾いており、スコット・フィッツジェラルドやヘミングウェイが哲学的な議論を楽しんでいました。 そうです、主人公は1920年代にタイムスリップしてしまったのです。 

ほかにもゴーギャン、ドガ、ダリ、ガートルード・スタイン、T.S.エリオット、マン・レイなど、私の知っている範囲だけでもそうそうたる顔ぶれの創作家たちが登場します。

とくに心に残るものはありませんでしたが、なにしろ奇想天外な着想とよく書けている脚本のおかげで、とてもおもしろく観れました。 

 

 

「捨てがたき人々」★★★★★

2014年公開。 原作は 「銭ゲバ」「アシュラ」 などで人生のブルースを描いて、人の心の深層に哲学的な問いを投げかけ続けるジョージ秋山の漫画です。

主演は大森南朋。 「ヴァイブレータ」を観て、もうすこし彼の出演作が見てみたくなり、リストを検索してこの作品にたどり着きました。

親からの愛を充分に受けず、自己肯定感を持てないまま成長してなげやりな人生を送る主人公。 シニカルな言動の奥には心のつながりを渇望する自分が居るのですが、また裏切られることが恐くて、女性との身体の関係にしか人の温かさを見出せないで生きてきました。  あるときそんな彼が強姦同然の行為で子どもを授かりました。 さて、彼の心に何か変化が起きたのでしょうか。

それから何年か経って迎えたラストシーン。ひとり海辺を歩く彼の心が満たされたのか、あるいはより絶望が深くなってしまったのか、はっきりとした答えが示されていません。 それを観客に考えさせることが、すなわちこの映画のテーマなのかも知れません。

 

 

「ムーンライズ・キングダム」★★★★★

2012公開。 ウェス・アンダーソン監督の作品は「ダージリン急行」しか観ていませんでした。 ヒューマンコメディの 「ダージリン・・・」 は、なにしろ水平移動のカメラワークと全編を通じてのキッチュな色彩が強い印象として残っています。

この 「ムーンライズ・・・」 では、それにも増してものすごく長いレールで撮ったと思われる、まるでドールハウスを見るような水平移動による撮影法、そして’60年代という時代設定にもとづいて当時流行したシャーベット・トーンで彩られた映像は一度見たら忘れられないインパクトです。

ボーイスカウトのキャンプに参加している12才の少年は、空気が読めずまるで集団生活に適応できません。 キャンプ地近くに住む少女も同様の形質。 偶然出会ったふたりは魅かれ合い、脱走&家出による駆け落ちに踏み切ります。

私の記憶が正しければふたりとも最後まで一度も笑顔を見せることはありませんでした。 絵画など突出した才能や知能はあるものの共感能が欠落したふたり。 明らかに "ある形質" をもった彼らを最後には周囲がゆるしサポートしていくストーリーは、現実世界ではなかなか起こりにくいファンタジーです。 ただ、ほんとうにそんな心豊かな社会が実現すればいいなあ、と温かい気持ちになりました。

 

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ことしも正月は箱根駅伝!

  • 2017.01.09 Monday
  • 11:32

 

もう1週間経ってしまいましたが、すっかり日本のお正月の風物詩となった箱根駅伝。 今年も去年同様好天に恵まれて、沿道で応援された方には絶好の観戦日和だったのではないでしょうか。 ただ、すこし気温が高かったせいで体調に不安を抱えたまま出走した選手の何人かが脱水気味でペースダウンしてしまい、ちょっと気の毒ではありますが観ているファンにはかえってレースの展開がおもしろくなりましたね。

 

それにしても優勝した青山学院大学は強かったですねえ。 昨日には渋谷センター街で優勝パレードまで行われたとのこと。 選手もファンもいい顔してました。 3連覇ということでもうすっかり強豪校の仲間入りです。

 

箱根駅伝が好きな私は10年以上前から高校生の実績上位のスカウト状況を観察していますが、青学がずいぶんスカウトを強化したな、と感じ始めてほんの数年で初優勝までこぎつけてしまいました。

 

青学が強化を図る数年前、川島伸次監督が就任した頃からスカウトを強化した東洋大学も、監督が酒井監督に変わった今に至るまで実績を残し続けています。 やはり駅伝で結果を残すには有力な高校生のスカウトが必須であることは間違いないようです。

 

しかし、じつは青学のスカウト強化と同じ頃に、久しく箱根とは縁のなかったある旧強豪校が青学に負けないくらい有力高校生を入学させ始めましたが、いまだにまったく結果につながっていません。 どうしてそれほどの差が生まれるのでしょう。

 

本を出したりメディアに露出することも学生の勧誘にプラスになると考えているフシのある青学・原晋監督の指導方法を聴いていると、やはり人の集団を踊らせることができる人なんだなあ、と感じます。 プロ野球の監督などでも同じことが言えますが、自身の選手時代の実績よりも人間的な魅力や指導力が、すばらしいチーム、すばらしい人を作るのでしょう。 昨年にはちょっと調子に乗りすぎた元エースのスキャンダルもありましたが(^^;

 

今春高校を卒業する高校生の中で、大学に入ってもエースと呼ばれる選手に育つ可能性の高い5000m 13分台の選手は9人。 予想される彼らの進路は、実業団へ2人、青学へ2人、東海へ2人、東洋へ2人、駒澤へ1人というところです。 新人の補強状況や監督の指導力から、この先数年は青学、東洋、東海、早稲田、駒澤が上位を争うことになると予想します。

 

 

駅伝観戦は、優勝争いに固唾を飲んだり、思い入れの強い学校を応援しながら観ると楽しいものですが、ひと手間かけて暮れの高校駅伝や、来る1月22日に行われる全国男子駅伝から選手たちをチェックして、表情やフォームなどから気になる選手をピックアップしておくと、彼らを箱根でみつけたときに、ひいきのチームでなくてもその成長ぶりに驚かされてうれしくなります。 箱根駅伝がよりたのしく観られますので、みなさまもぜひ!

 

トップを争う選手たちに限らず、次の世代を担う若者たちが生きることの充実感を感じて自分を精いっぱい表現する姿は、ほんとうにまぶしく頼もしく、見ているこちらもエネルギーをもらえる気がします。

 

来年も楽しんで、そして楽しませてね〜♡

 

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2017年は元旦からスターウォーズ

  • 2017.01.02 Monday
  • 17:50

 

暮れから続くおだやかな陽気で、ほんとうに良いお正月になりましたね。

旧年中は拙ブログにおつき合い頂きまして、ほんとうにありがとうございました。 みなさまのアクセスが励みになって、飽きっぽい私がどうにか3年半も書き続けて来られました。 今年もときどきのぞいてみてくださいね。

 

私は元旦生まれなので正月のたびに齢を取ります。 なので私にとってのお正月は、自分を見つめなおして成長と老化を評価するための、なかなか厳しい機会でもあります。

 

さて、子どもたちもみな成人してお正月はそれぞれの都合で過ごすようになったので、私ものんびり好きなように過ごさせてもらいました。 元旦は午前中から近所のシネコンで 「スターウォーズ ローグ・ワン」 を観てきましたヨ。

 

ご存知のようにスターウォーズシリーズはハリウッドのドル箱作品です。 題材は文字通り宇宙戦争。 40年前に最初の作品であるエピソード4が公開されたときには、共和制が崩壊して帝国制になった宇宙にふたたびデモクラシーによる共和制を取り戻すべく抵抗する反乱軍の活躍に正義を認めた、わりと分かりやすいテーマでした。 帝国軍の将校はナチス風の衣装に身を包んでおり、兵たちの呼称もストームトルーパー(ナチスの突撃隊シュトルムトゥルッペンが語源)で、いかにも第二次世界大戦の同盟国軍と連合国軍を象徴するような設定でした。 しかし映画公開当時は東西冷戦まっただ中でしたので、観客は帝国軍にナチスというより全体主義という共通点からソ連をはじめとする共産主義の国々を見ていたのではないでしょうか。 

 

それが時代が下って冷戦が終わり、スターウォーズもシリーズが進むにつれ、その主題は政治や戦争ではなく哲学的なことに変化していきます。 主役のひとりアナキンは 「愛する人を救いたい」 という純粋な思いが強い執着に変化していき、生前から授かる強大な力で自分の周りの状況をコントロールしようとしてダース・ベイダーとなり、宇宙のバランスに大きな影響を及ぼします。 

 

〇×を判定したり、優先順位を決めたりする能力を競わせる教育で育つ現代人に対して、世の中は正義と悪で出来ているわけではなく、それぞれの心の中には葛藤があるのが自然なことで、それをバランスさせることこそが絶対的な正義(フォース)であるというメッセージが伝わって来ます。 これってなんとなく古来の修験道や神道的な感覚ではないでしょうか。 日本刀風の武器であるライトセーバーや衣装を含め、そこここに日本の伝統的なアイコンが顔を出すことからも、監督のジョージ・ルーカスが精神性においても多分に日本の影響を受けていることがうかがえます。

 

近年日本のアニメがこれだけ世界で認められているということは、とりもなおさず日本人の精神性がリスペクトを受けているということですよね。 資源のない日本が輸出するべきはテクノロジーよりも、私たちの心の奥に伝わる高い精神性なのではないでしょうか。 それこそがフォースを受け継ぐ私たちの使命であるように思います。 そしてそれが世界の平和につながるという皮算用です。 て、何もしないくせにどんだけ大風呂敷やねん(笑)

 

ハナシが大きくそれてしまいましたが、ローグワンは過去の作品のような哲学的なメッセージはほとんど感じませんでした。 昨年公開されたエピソード7もそうでしたが、シンプルな戦争映画という感じ。 それでもスターウォーズファンならこれはぜったい観るべきです。単純におもしろい! 第1作であるエピソード4からまた1周見直したくなること請け合いです。 

 

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旧作映画な日々(その5) 邦画編です

  • 2016.12.28 Wednesday
  • 18:34

 

amazonプライムビデオを観はじめて3ヶ月が経ちましたが、もう40本近く観たでしょうか。 なんでこんなにハマッっちゃったんだか(^^;  ここのところは邦画づいてて数本続けて観ましたので、ご紹介させていただきます。

 

「しあわせのかおり」★★★☆☆

2008年公開。 中谷美紀主演ですが、実質的な主役は助演の藤竜也だと思います。

金沢のはずれにある小さな中華料理屋の主人の王さん(藤)の料理は、市内でも評判でした。 そこへ地元デパートの社員で、王さんに出店してもらえるよう交渉を任された貴子(中谷)が訪れます。 しかし王さんは 「料理は客の顔を見ながら作りたい」 と取り合いません。 客として辛抱強く店に通ううちに王さんの料理に魅せられていく貴子。 そんなある日、王さんは脳梗塞で倒れ料理が出来ない体になってしまいます。 そこで貴子は大きな決断を下すのです。

若い頃の藤竜也は、やたらとシブがるだけで演技力は?の印象でしたが、久しぶりに見た彼は素晴らしかった。 その眼差しには大らかな人間愛が込められていて、彼のやさしい言葉にはうそがありませんでした。

あと、王さんが貴子を伴って故郷である上海・紹興へ里帰りするシーンでは、現地の人々の穏やかな日常や空気感がとても印象的だったなあ。

 

 

「恋せども、愛せども」★★★★☆

2007年公開。 もともとはWOWWOWが制作したの2時間ドラマを映画で公開した作品とのこと。 レビュー欄での高評価に釣られて観てみました。 血の繋がらない、それでもそれ以上の固い絆で結ばれた3世代女性4人の家族。 複雑な家族構成のうえに、恋愛してみたら相手が実の兄弟だったとか、、 これでもか!ってくらいこねくり回したストーリーは、まるで少女漫画のおとな版です。 かなりわざとらしいストーリーなのに、そこにはまったくわざとらしくないbluesがありました。 それは内省的な気持ちを誘う画面のトーンやスチールカメラ的な画、主演の長谷川京子の独特のセリフのタイム感に依るところが大きかったのではないかと思います。 良い映画でした。

 

 

「滝を見にいく」★★★☆☆

2014年公開。 紅葉と滝を見に行くバスツアーに参加した7人の40〜70代のおばちゃんたちが、頼りにならない新米添乗員に置き去りにされ、山中で一夜を明かすお話しです。 女優さんたちは全員オーディションで選ばれたそうで、主婦やアマチュア劇団員、ロケ地のサポートスタッフだった人など、プロの女優ではない人たちがそれぞれの人生が刻まれた顔で演じるものですから、「あー! こんなキャラのおばちゃん身近にいるし」 となること請け合いです。 いがみ合ったり寄り添い合ったりしながらピンチを切り抜けていく様子のなかに、そこそここなれた年代の女性たちのタフさと可愛らしさがとてもよく描かれていました。 ストーリーはかなりブッ飛んでいますので好みが分かれるかもです(^^;

 

 

「ヴァイブレータ」★★★★★

2003年公開。 建て前で成り立つ人間関係にリアリティを感じられず、酒と”食べ吐き”でかろうじて自分の心のバランスを取っているフリーのルポライターの寺島しのぶは、酒を買いに入ったコンビニで長距離トラックの運転手大森南朋と目が合います。 そこで彼女の 「いいかんじ」「あれ食べたい」 というモノローグ。 彼の後を追いトラックに乗り込んで新潟までの納品に同行します。

中学もきちんと卒業しないでホテトルのマネージャーなど裏稼業を数年やって足を洗い今の仕事にたどり着いた彼の人柄は、やはり彼女のモノローグが見事に評しています。「この人が優しいのは感情じゃなく本能だよ。感情が無くとも優しくする。柔らかいものには優しく触る。桃にやさしく触るのと同じこと。動物みたいなもんだ。でも桃傷んでても気にしないやつとかさ、、いい男じゃんこいつ。」 3日間を共に過ごして自分が求めていた種類の ”やさしさ” に触れることが出来た彼女は、元のコンビニでトラックを降ろしてもらう頃には、自分の人生にもう一度価値を見出していました。

動物的な感覚がつなぐ、打算のまるでないヒリヒリするような男と女の話し。 良かった!

 

 

「春との旅」★★★★★

2010年公開。かつてはニシン漁でにぎわった北海道増毛の町もすっかり廃れてしまい、妻や娘に先立たれ、自らも脳卒中の後遺症で身体が不自由になった老漁師を演じるのは仲代達也。 ともに暮らす孫娘の世話になっていましたが、給食作りで彼女が勤務していた小学校が廃校になってしまい、彼女の人生のお荷物になることを嫌って生れ故郷の宮城県に住む兄弟たちに自分の面倒を見てくれるよう頼んでまわりますが、、

羽振りのよかった頃に尊大な態度で接していた老人が、大滝秀治や柄本明、淡島千景演ずる兄弟たちに頭を下げに行ったときの、名優同士バチバチ火花が飛ぶようなやりとりは、見ているこちらも緊張感で血圧が上がりそうでした。

当初は手のかかる老人から解放されたいと思っていた孫娘の春の気持ちが、老人と旅をするうちに少しずつ変化していく様子は、齢とともにいろいろ自信がなくなってだんだん心細くなってくる私ども世代には心に沁みるものがありました。 やっぱり若い人にかわいがってもらえる年寄りを目指さネバダ!  しみじみこの映画良かったなぁ。

 

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