あと、もうちょっとかしらん。

  • 2020.05.20 Wednesday
  • 12:12

 

全国的に感染者数が減って、ほとんどの県では緊急事態宣言が解除されました。やっと出口が見えて来た気がしますね。もちろんまだ油断は出来ませんが、感染者数がどんどん増えていった頃の、危機的な状況はどうにか脱したのではないでしょうか。

 

平常時には、目の前のタスクに追いまくられて忙しく過ごしている現代人。私もその中のひとりです。日々がいくら忙しくても、なるべく自分自身の内面と向き合うことを心がけているつもりではありましたが、これだけ自粛の期間が長びくと、どうしても心はより内省的になります。自身の健康面や経済面の不安はもとより、社会の行く末も心配です。しかし不安だからと言って、ネガティブな想念の沼に沈んでしまって絶えずため息をつくような心でいると、姿勢は乱れてあちこちが凝るし、胃腸の動きは悪くなるし、とっても健康に良くありません。

自分の心を深く覗き込んで、自分自身を探求することは人間であることの証明。ただ、沼に足を取られそうになったら、自分のことを客観的に観察する視点も忘れないことが大切だと思います。

こんなときは誰かに、「あなたは大丈夫。そのままでいい」と言ってもらえると、ものすごく心が救われますよね。もし自分の身の回りですこし元気がなさそうに見える人が居たら、そう声をかけてあげましょう。

 

メンタルをコントロールすることがたいへんな上に、自粛期間中はお勤めの方も自宅で勤務する時間が長くなっています。自宅では、会社のデスクのように長時間のパソコン操作を前提とした環境が整っていないことが多く、不自然な作業姿勢で調子を崩して来院される患者さまが増えています。やはり身体のためにも心のためにも運動は必要です。時間や場所を選び、もちろんマスクなど十分な対策を講じた上で短時間でも外へ出て、ウォーキングやサイクリングで筋肉のポンプを働かせることをお勧めします。

 

 

写真は、去年の今頃に次男と秩父へオートバイでツーリングに出かけたときのもの。気分のおもむくままに遠出できる日が待ち遠しいですね(^_-)

 

 

 

 

 

 

 

旧作映画な日々(その11)

  • 2020.05.12 Tuesday
  • 11:40

 

時節柄、どうしても家に居る時間が長くなりますので、アマプラで鑑賞した映画はここ1ヶ月で20本近くに上ります。

東京都の一日の感染者数が200人を超えて不安な気持ちが強くなった頃には、ドンパチ物のアクション映画でストレス解消していましたが、やはり飽きました(^^; ここのところの志向は、本来の自分の好みに合った作品に戻りつつあります。

 

 

 屮侫トグラフ〜あなたが私を見つけた日〜」

2019年の作品。日本では未公開のようです。

田舎の村から出てきて、インド・ムンバイのインド門前で観光客の記念写真を撮ることを生業とする主人公のところへ、会計士を目指す富裕層の女学生が現れて物語が始まります。昭和40年代頃の日本の街の風景や、当時の男女のおくゆかしさに通じるものを感じて、なんだか懐かしい気分にさせてくれる映画でした。

インドはいまだ格差の大きい社会。収入差はもちろん教育面の差も大きく、被差別カーストの識字率は66%に留まっています。ちがう階層に属するふたりの偶然の出会いは、本来その先に発展していくはずのないものでした。しかしふたりは、衝動的な恋愛感情というよりも、お互いの人格に対するリスペクトから惹かれ合うようになり、ついに階層の壁を乗り越えてしまいます。

主人公も会計士を目指す娘さんも、どちらも理系脳の設定ですので感情はほとんど表情に出ません。そこをどう酌むかがこの映画のお楽しみポイントかも知れません。

本編中に何度も登場するインドの国民車、ヒンドゥスタン・アンバサダー(1958〜2014生産)のタクシーが印象的でした。

 

 

 

 

◆屮僖拭璽愁鵝

2017年日本公開のアメリカ映画。監督はジム・ジャームッシュ。ひさしぶりに彼の映画を観ました。

思えば、1986年に日本公開された「ストレンジャー・ザン・パラダイス」は私にとって衝撃的な映画でした。当時の私は、大学を出てふつうにサラリーマン生活を送っていたものの、少々退屈で夜には港区あたりのクラブに出入りしたりしていた20代半ば。時代の流行りは自分たちが作っている、なんて感覚が仲間たちの間で共有されていたあの頃。モノクロの画面にスクリーミン・ジェイ・ホーキンスのクレイジーなシャウト。 奔放すぎる登場人物たちの生き方に共鳴したわけではありませんが、人生のつまらなさ、おもしろさをクールに表現したジム・ジャームッシュの感覚には一発でやられました。この映画、当時のアンダーグラウンド好きはみんな観てると思います。その後も彼の映画は6本ほど観ましたっけ。

 

キレッキレだったジム・ジャームッシュも60才を過ぎて”丸く”なったのか、「パターソン」では伝えたいことが穏やかなかたちで表現されています。 世界の中の自分を生きつつ、自分の中に世界を持っている人たちのお話。その自分だけの世界の価値を理解し、愛してくれる人がいることがどんなに幸せであるかを表現した映画。

ニュージャージー州の小さな街、パターソンのバスの運転手である物静かな主人公(アダム・ドライバー)は詩人でもありますが、作品は妻にしか見せたことがありません。妻もアートや料理、音楽などで自分を表現する楽しさを知る人。そんな主人公夫妻の何気ない日常を描いた作品です。好い映画でした。

 

 

 

 

 

 

「ベロニカとの記憶」

英米合作。2018年日本公開の作品。

この作品を観るちょっと前に、シャーロット・ランプリングが主演してアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた「さざなみ」を観たばかりでした。45年連れ添い、おだやかな日々を送る老夫婦。しかし、ある出来事をきっかけに妻の心にさざなみが立ちます。こちらもなかなか味わい深い映画でした。

 

今回の「ベロニカとの記憶」ではシャーロット・ランプリングは脇役です。しかし、ほかの映画と同じで彼女の存在感は圧倒的でした。

ロンドンで小さなカメラ店を営む60代半ばの主人公のもとに、彼が学生時代に交際していた相手(S・ランプリング)の母親が亡くなり、彼宛の遺品がある、との手紙が届きます。しかし、その交際相手とも学生時代に別れたっきり。なぜ彼女の母親から私に?遺品は何?というところからお話が始まります。静かにストーリーが展開していくドラマなのですが、主人公はいわゆるビミョーに空気が読めない人で、知らず人を傷つけてしまいます。若い頃は高い自意識によってその罪を意識しないまま生きて来ましたが、年齢とともに少しづつ周囲からの疎外感を受け容れざるを得なくなりました。

相手に悟ってもらえないほどの程度の軽い形質はほんとうに罪なもので、”ちょっとおもしろい人”と認識されて、友人や恋愛の対象として人間関係を持ってくれる人は多いものの、「あれ?」っと気づかれた瞬間から、あっという間に距離を取られるようになります。主人公の空気の読めなさの加減が、まさに自分に近い気がして、見ていて「アイタタタ!」という感じでした。

映画としては、とてもよく出来た作品でした。おすすめです。

 

 

 

テレビでの映画鑑賞、クセになると止まりませんよね。とは言え、早く映画なんか観てるヒマがない日常に帰りたいなー(^^;

 

 

 

 

 

 

どんどん暑くなれ〜!

  • 2020.05.05 Tuesday
  • 15:15

 

コロナ禍、少しづつ感染者数が減少する傾向が見られるものの、まだまだ油断できない状況ですね。ここのところの暑さでヴァイラスなあいつが弱ってくれることに期待!

 

さて、心身のコンディション維持のために、この日曜日もノンビリ荒川サイクリングロードを走って来ました。

朝の走り出しで18℃。日中は夏日になるとの予報でしたので、今年お初の夏装備で出発。ウォーマー類を身に着けずに走ると、身体だけでなく心の自由度も上がる気がします。

 

 

 

 

 

 

 

荒川河川敷のスポーツ施設も、そのほとんどがガランとしていて不思議な感じ。

 

 

 

 

 

 

じつは、この日のサイクリングには目的がありました。サイクリングロード沿い、入間大橋を越えたあたりにある「三又沼ビオトープ」の小さな手作り看板がいつも気になっていて、連休で時間に余裕があるこの日こそ、その正体を突き止めてやろうと意気込んで出かけたのです。

サイクリングロードから農道を数百メートル進んだ場所がビオトープなのですが、途中で田植えのおじさんのおじゃまを(^^;

田植え機が転回した部分を手植えされていました。

 

 

 

 

ビオトープ内のグラベルロード。三又沼までは200mほどだったでしょうか。新緑の小径の心地よさは格別でした。

 

 

 

 

三又沼到着。迂闊にもサイクリングシューズで来てしまったものですから、核心部分に深く分け入ることは出来ませんでした。

 

 

 

 

ミドリシジミは、1991年に埼玉県の「県の蝶」に指定されています。昆虫を県のシンボルに指定したのは埼玉県が初めてだそうです。ミドリシジミはハンノキの枝や幹に卵を産みつけます。4月〜5月、ちょうど今時分に孵化した幼虫は、新芽の中に入り込んで若葉を食べ、大きくなると葉を巻いてその中に隠れ住み、葉が硬くなる6月頃には蛹になってその後羽化するそうです。三又沼周辺にはハンノキがたくさん植えられていました。この看板の上にかぶさる葉もハンノキです。

 

 

 

羽化した荒川のミドリシジミ。写真は蝶を撮る趣味の方のブログから拝借しました。 か、かわええ!

 

 

 

 

その後は物見山へ。この日の二つめの目的地はここ。何度走りに来たのか分からないほど通った物見山ですが、いつも麓にある「足利基氏館跡」の看板にそそられながら素通りしていました。足利基氏は足利尊氏の次男です。鎌倉公方として東日本に睨みを利かせていました。

ただ、ここは水堀のあとが水田として残っているだけでほかの遺構は何も。 とは言え、ビオトープとここに来れたことで、10年来気になっていたことがスッキリしました(^^)

 

 

 

 

 

60年も生きているのに、アヤメとショウブとカキツバタの区別がつかない私は、種まき中のおじさんに聞いてみました。

私より年上のおじさんも分からないそうです。ふたりで「そんなん知らなくても生きていけますもんね?」「ねー」という、子どもみたいな会話をして失礼しました(≧▽≦)

 

 

 

 

帰りの入間大橋。河川敷で虫捕り中の兄妹。お隣に佇む木は台風19号の影響で傾いだまま。

 

 

 

 

まもなく荒川CR離脱というところで、路面をモニョモニョ動く何かを発見。全長5cmほどのクサガメの子どもでした。こいつもかわええ!

 

 

 

 

 

あちこちで油を売りまくっているうちに、帰路にはどんどん南風が上がってしまい、ヨレヨレで帰宅しました。 その分、お風呂とビールはサイコーでしたけどね!

緊急事態宣言は延長されてしまいましたが、たしかに自粛の効果は上がって来ています。あと少し辛抱すれば、きっと日常が帰ってくると信じて頑張りましょうね(^^)

 

 

 

 

 

 

寄付やボランティアの公表は?

  • 2020.04.21 Tuesday
  • 11:39

 

今回のこのコロナ禍、なかなか先が見通せない状況が続いてほんとうに不安な気持ちになりますね。

 

さて数日前のこと、院で購読しているスポーツ新聞に目を通していると、芸能面にジャニーズ事務所のタレントさんたちが医療機関にマスクや防護衣を寄付したことが大きく取り上げられていました。その下には小さく、俳優の坂上忍が緊急事態宣言が解除されるまでの自身の収入を全額寄付するとというお話も。坂上は、寄付の公表を売名行為と受け止められて、批判を受けることも承知の上での公表だと話したようです。彼のことは好きでも嫌いでもありませんが、りっぱな行いだと思いました。

 

10年ほど前に、児童養護施設に”伊達直人(タイガーマスク)”と名乗ってランドセルを寄付する運動が起こりましたね。日本人は、寄付やボランティアなどの善行は人知れず行うことを美徳とする傾向があるように思います。

 

以前、カンボジア在住の方のツイートで、プロ野球の鳥谷敬選手(前阪神・現千葉ロッテ)が、カンボジアで子どもたちに野球を教えている写真がアップされました。調べてみると鳥谷選手は、ミャンマーやベトナム、フィリピンなどの東南アジアの国々に直接赴いて、現地の子供たちが必要としている物を届けたり、野球を教えたりする運動を継続して行っているとのこと。もう50年も阪神ファンをやっている私は誇らしい気持ちを感じつつも、応援している選手の善行をまったく知らなかったことがショックでした。

 

テレビのバラエティ番組でスポーツ選手や芸能人が、所有している高級車や高級時計を自慢する企画を何度も目にします。彼らが決まって口にするのが「成功すればこんな生活が出来ることを子供たちに教えて夢を与えたい」というようなこと。

たしかにそれは、子供たちがひとつの事に一所懸命取り組む大きなモチュベーションになるかもしれません。ただ、お金は稼いだ額よりもその使い方で人の値打ちが決まるのだ、ということも教えてもらいたいと思いました。成功者になることは、すばらしい人間になるための鍵を手に入れることだと。影響力のある人がりっぱな行いをすることに子供たちが憧れをもつようになれば、次の世代へ、また次の世代へと良い連鎖が生まれていくのではないでしょうか。

 

子どもたちは、学校の教育だけでなくテレビからも多くのことを学びます。テレビ関係者の方々は目の前の視聴率だけでなく、人を育てる責任も感じて番組作りをして頂きたいものです。また著名人の方たちも坂上忍さんのように、どんどん自分の活動を公表してもらいたいと思います。

 

 

 

 

鳥谷選手が理事を務めるボランティア団体の動画。三百数十回しか再生されていないのが寂しい、、

 

 

 

 

 

 

 

不安な心と暴力衝動

  • 2020.04.13 Monday
  • 16:43

 

4月7日の非常事態宣言発令から6日が経ちました。新型コロナウィルスの潜伏期間は1〜14日間(平均5.6日)と言われていますので、自粛強化の成果が表れてくるとすれば、この先新規感染者数が減少に転じて来るはずです。油断しないで感染予防に努めて行きましょうね。

 

先日のこと、何の気なしに観ていたテレビで心理学者の先生が、「キャンプなどで、子供に怖い話をいくつも聞かせて不安な気持ちにさせると暴れはじめるのですが、現在のような状況での主婦層の買い占め行動はそれと同じ心理から来るものです。」と話していました。心理学や精神医学には明るくないのでそれが本当なのかどうかは分かりませんが、SNSでの怒りツイート増加やテレビのコメンテイターなどの言動、DVが増加傾向であることなども含めて、たしかに不安な気持ちが攻撃性につながっているのかも知れません。

 

日曜日、少しサイクリングしたあと本を読み始めたものの、いつものように没入できません。やはり不安な心が邪魔をしていたのだと思います。そこで、自分の心理を利用してちょっと実験してみようと考え、プライムビデオでふだんはあまり観ることのないドンパチ物のアクション映画を観てみました。不安な心が暴力衝動を呼ぶとすれば、そっち系を観て発散すれば少し気分に変化が起きるのではないかと考えたのです。

観たのは「コロンビアーナ」。脚本・制作は「ニキータ」「レオン」のリュック・ベッソンです。父親をマフィアのボスに殺された少女が成長して殺し屋になり、ついには復讐を果たすというもの。主演はゾーイ・サルダナ。 何しろこれでもかと言うくらい殺しまくります。2時間近い作品なのですが、すっかり没入してしまい、あっという間に観終わってしまいました。結果気分はスッキリ! このテは使えそうです。

 

自分の息子が思春期の頃、戦闘ゲームにハマッていることを少し心配な気持ちで見ていましたが、大人に成長した今はメンタルのバランスに問題はありません。ストレスフルな思春期の暴力衝動を仮想空間で発散していなのかも知れませんね。まさかこの齢になって息子の思春期と同じ次元の憂さ晴らしをすることになるとは(^^;

 

こんなことを書いちゃった私は、こんなご時世に人殺し映画など不謹慎だとお叱りを受けるかも知れませんが、みなさんがこっそり観る分には誰にも叱られません。ちょっとストレス溜まって来たなァ、と感じている方はいちどお試しになってみては?(^_-)

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよかー(>_<)

  • 2020.04.07 Tuesday
  • 11:03

 

いよいよ緊急事態宣言が発令されるようですね。

60年の人生で”緊急事態宣言”自体がはじめての経験ですので、院長として、個人として何をどう対応すればいいのか、まだよく分かっていません。法的には接骨院や鍼灸院は医療ではなく「医業類似行為」という括りです。とは言え、緊急な対応を要する骨折・脱臼・打撲・捻挫・挫傷を治療することが主たる業務ですので、緊急事態宣言が発令されたあとも消毒や換気を徹底しつつ、通常通り診療する予定です。ただ、今後の診療予定につきましては、社会の状況に合わせて対応していくことになります。

 

さて日曜日には、塞ぎがちな心をいっとき解き放つためにソロサイクリングに出かけて来ました。

ほんとうは、春の山の空気を胸いっぱい取り込んで心をリセットしたかったのですが、東京から他府県への移動は憚られる状況。輪行袋を抱えて電車に乗ると、サイクリスト全体の良識が問われてしまいかねないので自粛しました。まぁ自走で行けば済むハナシなのですが、劣化した脚で距離を乗って体力を消耗し、免疫力を落とすのもこれまた上手くないので、、

 

早いハナシが結局、いつもの荒川サイクリングロードに出かけたということです(^^;

 

 

 

 

 

 

他県への移動は自粛すべきとは聞いていますが、コンビニで補給食を買う(マスク着用)以外は誰とも接触しないわけですから、荒川から入間川サイクリングロードへちょっとだけ埼玉県に侵入。どこを走ってもサイクリストはまばらでした。グループサイクリングでなければ自粛すべき項目には含まれないはずなのですが、やはり皆さん気分が乗らないのかしら(>_<)

 

荒川の河川敷には、何人ものプロ野球選手を輩出しているリトル・シニアチームのグラウンドがいくつかありますが、どのチームも練習はお休みのようでした。草野球やテニス、ゴルフなど数えるくらいの人たちが、何となくおたがいに配慮しながら身体を動かしていましたっけ。

 

昨年10月の台風19号の被害でサイクリングロードの一部である秋ヶ瀬公園が通れないため、ずっと一般道を迂回して走っていたのですが、たしか4月から開園と聞いていましたので、ホームページを確認しないまま公園入口へ向かいました。しかしまだ修復が終わっていないようでゲートは閉鎖されたままでした。あてにしていた公園内のトイレに寄れず、数キロ先のコンビニまでモジモジしながら走ることに(^^;

 

秋ヶ瀬公園方面へ向かうサイクリングロードは昨年11月にはこんな状況でした。

 

 

 

この日の同じ場所。ちゃんと修復されていました。

 

 

 

しかし、ゴルフ場のフェンスはまだサイクリングロードへ倒れ掛かったまま。気をつけて走らねばです。

 

 

 

 

不安な心で過ごす時間が長くなって来ましたね。今回のCOVID-19を引き起こしているコロナウィルスはSARS系。SARS系はほかのコロナウィルスに較べれば高温多湿環境に強いとのことですが、それでも暖かくなれば活性は抑制されて行くはず。立場上無責任なことは言えませんが個人的には、夏だった南半球で大きなオーバーシュートが起こっていないことから考えると、もうしばらくのあいだ適切な対応を継続すれば、感染の広がりも抑えられていくのではないかと希望的に考えています。

たぶん、おそらく、きっと、もうしばらくの辛抱かと。がんばりましょう!

 

 

 

 

 

 

「BIUTIFUL」。スペルはこれで。

  • 2020.03.31 Tuesday
  • 11:50

 

こうなったらもう、家でゴロゴロ映画でも観てるしかないじゃないですか(^^;

さて、とっくに書いたと思っていましたが、どうやら自分がイニャリトゥ作品のファンであることを書き忘れていたようです。

 

はじめて彼の映画を観たのは、2004年に日本公開された「21グラム」でした。

その後、監督作の「アモーレス・ペロス」「バベル」「BIUTIFUL」「バードマン」「レヴェナント:蘇りし者」はもとより、彼が制作として関わった「ルド&クルシ」「愛する人」と、日本公開された作品は劇場やDVDでぜんぶ観ました。

 

その中でも、私がいちばん好きなのが「BIUTIFUL」です。週末の外出自粛を受け、ひさしぶりにDVDを引っ張り出して観ました。

スペルは あえて「BEUTIFUL」ではないところに意味があります。主演はハビエル・バルデム。この人の演技を初めて見たのは、彼がアカデミー賞助演男優賞を受賞した「ノー・カントリー」でした。無表情のまま淡々と仕事を完遂していく殺し屋役のハビエル・バルデムの、まぁ恐ろしかったこと(◎_◎;)

 

その彼が、この「BIUTIFUL」ではスペイン・バルセロナの下町に暮らす2児の父親、ウスバルを演じています。

ウスバルは生まれた頃に相前後して父を失いました。苦しい少年時代を経て、今ではセネガルや中国からの不法滞在者たちのブローカーという非合法な仕事で生計を立てているものの、生活はカツカツ。家族で囲む夕食の食卓がシリアルだけのことも。妻は双極性障害で入退院を繰り返しており、躁状態のときにはウスバルの兄とも関係を持ったり、、学校にも通えなかったウスバルはある日、娘に「ビューティフル」のスペルを聞かれて「BIUTIFUL」と答えてしまいます。

そんな彼が余命2ヶ月の末期ガンを宣告されます。もちろん死の恐怖は感じつつも、残していかざるを得ない者たちのために奔走する彼。 ここまでネタバレさせても、ストーリー全般のほんの一部を紹介したに過ぎません。ほかにもスペイン内戦の傷跡、貧富の差、LGBT、汚職、さまざまな要素が盛り込まれており、それらが複雑に絡み合って、苦しい状況から抜け出せない中で懸命に生きる人々の姿が描かれています。

 

イニャリトゥはインタビューで、この作品は黒澤明の「生きる」からインスピレーションを得て撮ったと言っています。

1952年に公開された「生きる」は、事なかれ主義で生きてきた市役所の課長が胃ガンを発症して余命が半年足らずと悟り、残された時間を住民のために尽くして人生を終えるというお話。「生きる」も「BIUTIFUL」も、残された時間を自分以外の人々ために使い切るという意味では共通しています。違いをさがせば、「生きる」の主人公は家族との関係構築が苦手な人。せめて社会への貢献で自らの生きた証を残そうとして実際に成果を上げ、すこしの寂しさを伴う達成感に浸りながら最期を迎えるのに対し、「BIUTIFUL」の主人公はあらかじめ家族や近しい人に愛され信頼されています。彼はその人たちのために可能な限りの努力をするのですが、残念ながらすべてが裏目に。それでも愛され必要とされていると感じながら命を終えるのです。

イニャリトゥには、両方観た人にだけ分かるその対比でニヤッとして欲しいという狙いがあったのでは?と思わずにはいられません。

 

この映画に限らず、イニャリトゥの作品には見る者の死生観を問うものが多いように思います。自分や大切な人の死を受け容れることはとてもつらいことですが、それはいつか必ず訪れるもの。死を不吉なものとして遠ざけて過ごさず、いつも身近に存在することを前提に生きよう。そんなメッセージを感じるのです。そこには、イニャリトゥ自身が生まれてすぐの息子を亡くしたことが関係している気がします。あるいはアステカの時代から受け継がれたメキシコ人の死生観も反映しているのかも知れません。

 

困難な状況はもうしばらく続きそうですね。自分や家族の身体と心のコンディションをよく観察しながら、免疫力を上げて乗り切りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

離島へIターンの自転車仲間

  • 2020.03.24 Tuesday
  • 11:39

 

日曜日のこと、いつもお世話になっている ”サイクルショップあしびな” の自転車仲間が、今週末に東京を離れるというので急遽送別会が催されました。

 

場所は荒川土手です。この日の予想最高気温は24℃。おそらく桜もいっぺんに開くはずですが、時節柄目立つ場所での花見宴会は憚られます。それほど人目につかない場所を見つけて短時間・少人数・静粛なランチ会を、ということになりました。

飲みたい人はバス亭から徒歩。私はノンアルコールの(はずの)ビールや、ノンアルコールの(はずの)ワインを舐めるだけなので自転車で(^^;

 

 

 

 

下赤塚のブーランジェリー・ケンでカスクートを3種ほど買って、高島平から荒川サイクリングロードを南下。集合場所の江北橋を目指します。背中のリュックの中にはカスクートサンドのほかにも、牛乳パックで作ったまな板、パン切り包丁、ポータブルチェア、ウクレレ、アルコールフリーの(はずの)ワインなどでずっしり。なのでカメラは置いて来ました。この日の写真はすべて骨董品のiphone5Sです。

京浜東北線南の土手の芝桜は五分咲き。ソメイヨシノは三分咲きというところでしょうか。土手では少年野球の子供たちが休憩中。

 

 

 

 

岩淵水門あたりで鷹の訓練をする鷹匠さん。2才のこの鷹、フォルムや色合いも美しいのですが、なによりジッと見合ったときの、その眼の力に怯んでしまいました。生きるために迷いも容赦もない眼。人間の世界では不条理とされる行為が彼らにとってはあくまで正義なんですもんね。

 

 

 

 

 

繰り返しますが宴会ではなく、あくまでもサイクリングやウォーキングの合間のランチです(^^;

今回東京を離れるM間くんは31才。都内の某有名国立大学を出て一流企業で社会人生活を送って来ました。ふつうに考えれば、そのまま成功者のレールに乗って定年まで過ごせば大満足な人生。しかしどうやら数年前からヘンなムシが騒ぎ始めたらしく、休みのたびに国内の離島という離島を旅してまわるようになりました。おそらくそこで出会う自然や人が彼を変えてしまったのでしょう、島根県と雑誌ソトコトがコラボして運営される「しまコト・アカデミー」という講座に参加してことをきっかけに、ついに会社を辞めて、島根県は隠岐へ移住することを決めてしまったのです。まずは市の職員として働きながらクラフトビール作りを学び、隠岐でブリューワリーを立ち上げる予定なのだとか。早く飲ませてほしいわあ(*^-^*)

しんどくても何でも、楽しめる人生がいちばん。がんばりや〜!

M間くんはアタマしか写ってなかった(^^;

 

 

 

えんか、、いやランチ会は13時過ぎには解散。あくまで日焼けで赤らんだ顔のまま家路に就きました。

今年8月から段階的に閉園することが決まった家の近所の ”としまえん”。新型コロナウィルスの影響で先月29日から休園していましたが、この週末から営業再開しました。閉園に向けて名残りを惜しむ方たちでしょう、午後だというのに次々に入場されていました。

 

 

 

 

帰宅。自宅前の公園のコブシも満開です。東京の空がもう少し青ければもっと花が映えるんだけどなあ(^^;

 

 

 

 

 

 

 

 

いつものサイクリング曜日

  • 2020.03.17 Tuesday
  • 11:43

 

日曜日には山方面へ出かけようと楽しみにしていたのですが、土曜は都内でもみぞれが混じりの雨で冬に戻ってしまったような寒さ。奥武蔵の山々はやはり雪が降ったようです。朝には路面が凍結している可能性が高いので、あきらめて荒川へ。 5年くらい前ならリスクなど気にしないで峠へ向かっていたのに、齢を取ってすっかりいい子ちゃんになってしまいました。

 

写真は川島町あたりから眺めた奥武蔵・秩父の山々。武甲山をはじめ、高い峰はぜんぶ真っ白です。

 

 

 

 

荒川サイクリングロードを流していたら、10年来の自転車仲間、I川さんが声をかけてくれました。かなりの吞兵衛なのに毎週日曜に早起きして走れるのすごい(@_@)

 

 

 

 

田植えに向けて田んぼの土が耕されていました。 掘り起こされて土中の養分が目を覚まし、「さて稲でも何でも育ててやるぜ!」って感じの気合いの入った匂いが辺りに立ちこめて、春を感じさせてくれます。

 

 

 

 

物見山の尾根道に満開の山桜が。まだ3月半ばだというのに、この日は東京でもソメイヨシノの開花宣言が出たそうですね。

私は、どちらかと言うと花と葉がほぼ同時に開く野趣に富んだ山桜派。思わぬ花見初めでした(^^)

 

 

 

 

台風19号の際に氾濫した都幾川の早俣橋下。 おそらく濁流に洗われたはずの堤防内側にも一面の菜の花。たくましいなあ。

菜の花の匂いが郷愁を誘います。しばし50年も前の子供時代の思い出に浸りました。

 

 

 

 

 

向こうに見える丘が物見山。高坂駅南側の跨線橋のアクリル壁に埼玉県のマスコット”コバトン”のシールがたくさん貼ってありました。コバトンは好きです。こないだ地上波で放映された、映画「飛んで埼玉」はおもしろかったなぁ(≧▽≦)

 

 

 

 

 

サイクリングロードを歩く野良っぽいネコ。そぉ〜っと近づいたのですが、おもっきしニラまれました(^^;

 

 

 

 

 

秋ヶ瀬取水堰。35年くらい前のこと、当時ウィンドサーファーだった私は、海に行く時間がない日に風が上がると、ここへ飛んできてファンボードの練習してましたっけ。

 

 

 

 

昨日は一日雨だったので、荒川土手にはさまざまな趣味人がそれぞれの時間を楽しんでいました。

秋ヶ瀬取水堰のあたりには、ノスタルジックなレーサーを調整したり走らせたりするイカしたおじさま達。

写真は1970年代のCB125JXベースのレーサー。CRキャブをバラし中のオーナーさん。

 

 

 

 

こちらは1960年代のスズキAS-50ベースのレーサー。シブい、シブすぎる。

 

 

 

私が乗っていた1969年式ヤマハR3。デザインもメカニカルノイズ&排気音も、人の手がたくさん入っているのが良く分かり、まるで血の通った生き物のようでした。 車、オートバイ、音楽、ファッションなどは、1970年代までのものとそれ以降のものでは何かがはっきり違う気がします。

 

 

 

 

「後ろ姿を撮らせてください」とお願いしたら、「はずかしいなぁ(^^;」とか言いながら、ビッシビシにタイトなプレイを聴かせてくれた50代のおじさま。カッケー!♡

 

 

 

 

ショートのポジションでノックを受ける小学低学年の子どもたち。

 

 

 

 

 

あちこちで油を売りながら走っているうちに、空には巨大ジンベイザメのような雲が何匹も。 天気予報で「昼過ぎには雷雨があるかもね〜」って言ってたのを思い出して、スタコラ逃げ帰りましたとさ(≧▽≦)

 

 

 

 

 

 

痛みの閾値

  • 2020.03.11 Wednesday
  • 15:25

 

接骨院院長のブログなのに、いつも遊びのことばかり書いてしまっていますので、たまには身体のことも。

 

ときどき「痛みに強い人」とか「痛がりさん」という言葉を耳にします。なぜ受傷した本人ではない人が痛みの程度を評価出来てしまうのでしょう。

正常な中枢神経・末梢神経を持つ人の多くは類似した疼痛閾値を持つことが知られています。閾値とは組織から発せられる情報を痛みとして認識するかどうかの敷居値のこと。「閾値が高い=痛みを感じにくい」「閾値が低い=痛みを感じやすい」ということです。他者が見ても、ある程度損傷の評価が可能な切り傷すり傷などでは、その評価から予測される痛みを大きく上回る訴えがあると「痛みに弱い」とか「痛がりさん」と言われてしまうのです。

 

接骨院の治療対象は、切り傷すり傷などの「創」のないケガの患者さまですが、それでもやはり他覚的な所見とご本人の訴えに開きがあることはめずらしいことではありません。

 

ただ、同じ個体であっても疼痛閾値は常に固定されているわけではなく、さまざまな要因で上がったり下がったりします。季節の変化、あるいは日々のお天気の変化、疲労の度合い、精神的なコンディションなどなど。

 

痛みは身体の異常を知らせる重要な情報ですので、やたらに痛みに強ければ良いというわけではありません。しかし、現代人の生活習慣では、痛みに過敏であることが悩みの種になることの方が圧倒的に多いようです。

 

疼痛閾値を高く保つための対策のひとつに、適度な運動が挙げられます。

ある程度の強度を伴う運動を習慣にしている人は、運動しない人に比べて疼痛閾値が高いことは知られています(exercise-induced hypoalgesia:AIH)。野生動物はもちろんですが、人間も原始の頃には狩猟や採集で毎日運動をしていたわけですから、運動することで身体のバランスが調うように出来ているのでしょうね。

ほかにも、深呼吸、音楽、アロマテラピー、気の合う仲間とのおしゃべりなども疼痛閾値を上げるために有効だと言われています。

時節柄、屋内のスポーツ施設には足が向かないかも知れませんが、木の芽もほころび桜もまもなくです。強度がそれほではない有酸素運動でも経験的には効果があると思われますので、広々とした公園でウォーキングなどいかがでしょう(^^)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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