百年の孤独

  • 2018.11.21 Wednesday
  • 15:39

 

同名の焼酎のハナシではありません。 ずっと前から読もう読もうと思いながら、なかなか手を着けられなかったガブリエル・ガルシア=マルケスの「百年の孤独」。 やっと読了しました。

1967年に発表されるや世界中にラテンアメリカ文学ブームを巻き起こし、20世紀文学の最高傑作のひとつと言われたこの作品。 いつも次に読む本の候補には挙げつつも、自分自身のコンディションが調ったときに取っておこうと先延ばしにして来ました。

 

やはりすごい作品でした。和訳だと473頁。私の通常ペースなら3日もあれば読み終われるボリュームなのですが、読み進むのためにかなりのエネルギーが必要なので1日に30〜40頁が精一杯。結局2週間ちかく楽しみました。

 

南米の架空の街「マコンド」を開拓した一族6世代の物語。 彼らの屋敷を中心に現実と非現実が混在する不思議な世界が展開します。 読んでいる自分も19世紀〜20世紀にかけての南米、熱帯特有の熱気と狂気に近い旺盛な生命力に満ちた濃密な空気の中に身を置いた気分になって、気分は高揚するのですがちょっと息が上がる感じ(^^;

 

この作品を読み進むうちに、ふと既視感にとらわれました。 30年以上前に「夏の朝の成層圏」を読んで以来、長編はぜんぶ読んでいる池澤夏樹が書く小説の空気感によく似ていたのです。 読後に知ったのですが、どうやら池澤夏樹本人が、「本書を読まなければ ”マシアス・ギリの失脚” は書けなかった」と言っているくらい強い影響を受けたようです。やっぱしか〜(^^)

ほかにも、阿部公房、大江健三郎、筒井康隆、村上春樹など、ガルシア=マルケスの ”魔術的リアリズム” の影響を受けた作家はたくさんいるみたいですね。

 

あとがきによると、ガルシア=マルケスは本書の出版後に42の矛盾点に気づいたそうですが、あえて加筆・訂正はしなかったそうです。「なぜならそれは本書の連続性を失わせることになるから」とのこと。だいたい少々矛盾していても、もともとのハナシがぶっ飛んでいるので、細かいことはどうでもいい感じ。

 

奔放な性の描写や中南米特有の楽天的な死生観は刺激的。 物心つく前から社会で生きるためのがんじがらめの刷り込みを繰り返され、自分が窮屈な人生を生きていることにさえ気づけない日本人にはまぶしく映ります。 この本を読んで「いままで騙されてた!」と気づく人がいるかも知れませんヨ(≧▽≦)

 

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秩父〜石間峠〜神流湖〜長瀞サイクリング

  • 2018.11.13 Tuesday
  • 12:00

 

先々週は奥秩父でドンピシャのタイミングだった紅葉。 今週は里の方にも下りて来てるかなと、石間峠越えで神流湖・長瀞あたりをひとりのんびりサイクリングして来ました。

 

 

秩父大橋から。日陰を流れる川面の石による波紋がまるで枯山水のようでした。←主客転倒ですが、まぁそんなかんじ(≧▽≦)

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ピラカンサスの剪定に必死のおかあさん。「もうね。正月近くなったら寒くてやってられんからね。」というひとり言が聞こえて来そう。 あまりに一所懸命でしたのでとても話しかけられませんでした(^^;

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葉脈のフシギにカメラを向けながら、私の頭に浮かんだのは「ペスター」の姿でした。

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こちらがペスター。ウルトラマンに出てくる怪獣です。

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強制乾燥される干し柿。

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上りが始まりました。吉田町あたりではもう、里でも落葉が始まっていました。 ここの葉っぱは緑のまま落ちるやつ。 この先、標高を上げるにつれ、いろんな色の落葉を楽しむことになります。

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アバンギャルドなアートの花器と化したホンダ・ライフ360。

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こちらもシュールな佇まいの郵便ポスト。東京で見慣れたサイズの1/3くらいの大きさ。

たしかに向こうの方に家は一軒みえていますが、ほかには家は見当たりません。 ひょっとしたら以前はここに商店か何かがあったのかも知れませんね。 横っ腹の記載によると1日1回は郵便局の方が集配されてるようです。 きっとこのあたりで見かけるあの真っ赤なジムニー郵便車が集めにくるんだろうな。

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石間峠への上りは6km強で平均斜度は10%ほど。 私の脚だとのんびり楽しめるギリギリの斜度です。

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あまり眺望のないこのコースですが、峠近くになると林のすき間からやっと遠景が。 逆光で飛んでしまいましたが、向こうに霞む山並みの手前にスタート地点の秩父盆地が望めました。 ここであんパン休憩。

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ほどなくこの日の最高到達地点、石間峠へ。 標高956mです。

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峠を越えてすぐの路面は針葉樹の落葉とクヌギ・ミズナラの丸まった葉が多く、赤錆色の風景。

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北斜面をもうちょっと下るとウリハダカエデが多くなり、路肩は赤や黄色。 視界がいっぺんに明るくなりました。

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ウリハダカエデの葉が2枚ウリウリしてて、ちょっとかわいかった♡

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神流湖まで下りて来ました。 目論見通りこのあたりの紅葉は見事でした。

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長瀞の紅葉もたのしみにしていたのですがスルー。 あちこちで景色を眺めながら小休止したので長瀞着は14時過ぎ。 あまり遅くなると池袋で乗り換えたあとの下りの西武線が買物客の皆さんで混雑してしまいます。 そこへ自転車を持ち込むのは迷惑になりますので、ゴールの小川町駅へ向けてスピードアップ。

85kmで獲得標高1300m。 しっかり晩秋の空気をたのしんできました。 次に秩父に来るのは新緑の頃かなー(^^)

 

 

 

 

 

 

今さらですが「カウンティング クロウズ」気に入ってます

  • 2018.11.08 Thursday
  • 16:01

 

何回か前の更新でご紹介させて頂いた名栗みちの「Cafe やまね食堂」。 その後再訪したときに店内でかかっていたアメリカンなロックがすっかり気に入ってしまって、ここのところ毎日聴いています。

 

「カウンティング クロウズ(Counting Crows)」

CDを聴きながらご店主からバンド名を教えて頂いたとき、枯れかけたアラ還のイマジネイションの泉にぐるぐると渦が巻き始めました。 勝手な想像ですが、その名が「何かを生み出すでもなく、何かを攻撃するでもなく、ただ、世界のあるがままを観察するんだ」というバンドの姿勢の表れのように感じられたのです。

 

’70年代初頭、ロックという音楽が生まれてそれほど間もない頃に音楽に目覚めた私は、思春期の繊細な感受性や暴力衝動をロックを聴いたり演奏したりすることで増幅させたり発散したりして成長しました。 しかし、レコードやCDの制作技術のみならず、表現の手法にまでテクノロジーの波が押しよせると、そのリズムやメロディーに心は動いても、生の空気を震わせて作られたそれまでの音楽のように、本能的な部分で音を感じ取ることが出来なくなってしまいました。

以降はすっかり新しい音楽を追いかけるモチュベーションを失ってしまい、ふだん聴く音楽も打ち込み成分の少ないジャズや古いブルースなどがほとんどでした。

 

 

さて、音楽を言葉で語るのは無粋なことではありますが、批評するわけではなく「こんな風に好きなんだ」っていうのはアリですよね(^^;

 

カウンティング クロウズの音楽は、カントリーやブルースなどのアメリカの伝統的な音楽をベースにしているので、私たちの世代には馴染みの音作り。 バンド全体のトーンにもボーカルのアダム・ドゥリッツの声にも強い説得力を感じます。 とは言え私は英語が得意ではありません。 まぁ、もともと私は和物でも洋物でも歌詞の内容はろくに聞いてないので無問題。 きほん音楽は動物的に理解したいので非言語情報のほうが圧倒的に重要なのです。 意味が限定されてしまう言葉なんてオマケでいいのかなと。 それでも一応つたない英語力で歌詞を拾い読みしてみました。 バンド名から想像した通り歌詞は私的で日常的で且つ抽象的。 もちろんボブ・ディランやニール・ヤングのような挑発的な表現などまるでありません。 時代の空気感がよく反映されているように思いました。

 

下の写真は1993年のデビューアルバム「August And Everything After」のジャケット。 youtubeで検索すると、明らかなヒット狙いの「Mr.Jones」は再生回数がなんと1億回を超えていて2重にびっくりしました。 そんな大ヒット曲を今まで知らなかった自分に対してと、もうひとつはこんな昔ながらのアメリカンなロックがヒットしたことに対してです。

 

今の時代にこんなスタイルのバンドが売れたと知ってちょっと、いや、かなりうれしくなりました♡

 

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秋色の奥秩父へ

  • 2018.10.30 Tuesday
  • 12:37

 

日曜日、ほんとうはあしびなメンバーのM間くんと、名栗湖で名栗カヌー工房の手作りウッドカヌーをレンタルして楽しもうと相談していました。 ところが団体さんの予約が入っていて空きがないとのことで断念。

代わりに奥武蔵に紅葉を見に行くことにしました。 ルートは、以前新緑の頃にサイクリングして、その広葉樹の多さにきっと紅葉も見事だろうと再訪を企んでいた大血川林道です。

 

 

西武秩父駅前のコンビニで補給しているときに駐車してあった車。車内からの視線にドキッとしました(◎_◎;)

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上の車の写真を最後にデジカメが電池切れ。 ここからはiPhone 5Sの画像になります(T_T)

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国道140号線(秩父往還)を三峰口駅の先で左折して対岸へ。

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先週までは不順だったお天気もこの先しばらくは晴れマークが続き、空の高い秋晴れが期待できそうですね。

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滝口の蛇腹っぽい岩の”生き物感”がおもしろかった。

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標高を稼ぐにしたがって、視界のぜんぶが橙色になるほどの紅葉の世界でした。

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上の写真でM間くんが撮っていたのがこの木。太陽光の入り方が絶妙でしばらく見とれてしまうくらい見事な色だったのですが、私のスマホで撮るとザンネンなことに。

M間くんのスマホはライカチューンのカメラがくっついててうらやま〜(*´Д`)

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太陽寺の高さまで上ると、見上げて楽しんでいた向こう尾根の紅葉が正面に望めました。 以前にも書きましたが、ここは平将門の妻の桔梗やその従者99人がかくまわれていたと伝わっており、その全員が自害した際に麓の川が血で七日七晩赤く染まったことから大血川と名付けられたとか。 でもできればもうちょっと違う名前に、、ねえ(^^;

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林道のピーク三峰トンネルを越えて下りに入ると、まだ正午だというのに凍える寒さ。 三峰神社まで下り、参道の茶店で新そばとけんちん汁をいただいてやっと人心地がつきました。

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M間くんとは、先週のあしびなの房総ツーリングでも午前2時までおしゃべりしたのですが、この日も上り坂の区間や電車の中ではずっとしゃべりっぱなし。

私の長男と2つしか違わない彼。私の長男は子どもの頃から夢見ていた今の職業に就くために、周りにずいぶん心配をかけつつも困難を克服したのですが、M間くんも新たなステージに向けて準備を進めている最中。 積み上げてきたキャリアをぜんぶ放り出して、逆らえない衝動に身を任せることへの高揚感や不安が頭のなかでぐるぐるしてるのが伝わって来ました。

そう言えば、私が脱サラして今の仕事へ転職したのもM間くんの年齢でしたっけ。「ここからほんとの自分の人生が始まるんだ!」とワクワクした気持ちになったことが思い出されます。 踏み出すにせよ踏み止まるにせよ、彼にはその先の人生を楽しめる才能がありそうなので心配はしていません(^^)

 

 

 

 

 

 

 

あしびな合宿(私はズルして単車で)

  • 2018.10.23 Tuesday
  • 16:20

 

週末、いつもお世話になってる ”サイクルショップあしびな” のツーリングに参加して来ました。

と言いましても、サイクリングのメインメニューは土曜日。 残念ながら仕事が休めない私は、サイクリングはあきらめて半ドン後にオートバイで駆けつけることにしました。 なにせ、メインメニューよりもっとおいしいのはその夜の宴会だということを知っていましたしね(≧▽≦)

 

サイクリングなみなさんから90分ほど遅れて千葉・館山のホテルの到着。 着くやいなやタクシーに分乗して宴会前の腹ごしらえに ”スーパー回転ずし やまと” へ。

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無類の貝好きの私。 ふだんは食べ物の写真を撮るのも見せられるのも好きではないのですが、つい一枚。 このお店は房総の水産会社が経営しているので鮮度もお値段の安さもすばらしく、他県ナンバーの車多数。 写真は載せていませんがこの日の房総地魚にぎり3点盛りはキンメダイとイシモチとカンパチでした。 お酒はそれほど飲んでいませんが好き放題に食べてE千ちょっと。 すごいお店でした。ここはリピート確定です。

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ホテルに戻ってからは宴会本番。 あしびなには宴会のヌシが居ます。 そのヌシは話を盛り上げるのがとても上手です。 そしてみんながその話に夢中になっているスキを見計らって、スルッと特濃のハイボールをあてがうのも神業。 ふと気がつくとあちこちでベッドへ落車する人多数。 日付が変わる頃にはヌシ本人も自爆して大いびきでした(≧▽≦)   

私はその”爆弾ハイボール”をほどほどにして、ものすごくおもしろい感覚を持ち、思わず膝を打つような着想をいくつも披露してくれる若者ふたりの哲学的な話を、午前2時まで楽しませてもらいました。

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(このホテルはスポーツの合宿などでも使われるとのことで、特殊な客室がいくつか。1段高くなったフロアにベッド5台で雑魚寝。たのしい♡)

 

 

 

 

 

朝、部屋のカーテンを開けたら目の前に富士山が。 沖の波頭に白ウサギが跳ねていましたのでかなりの強風。 今日のサイクリングはいい練習になるでしょう! 私は別行動でのんびりと外房をオートバイ・ツーリング予定ですが(^^;

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朝のお散歩。 ホテルから海へ向かう小径に咲く「厚葉君が代蘭」。 カメラを構えた私の横を軽い会釈を残して自転車の地元マダムが過ぎて行きました(写真中央) ひとりで海を見に来る習慣をもつ女性。きっとおもしろい人かめんどくさい人かの、どっちかだなー(^^;

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糸先に天秤は付いているものの、ほとんど釣る気がなくて「せ〜の!」なんて言いながら飛距離を競う姉弟。

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内房サイクリングのみんなとは、ホテル駐車場で別れて私は外房へ。 外房はブルベという自転車の長距離イベントで何度も走ったなつかしい道です。 あ、あと次男ともふたりで何度か走りに来ましたっけ。

まずは洲崎灯台へ。 ここは初めて上りました。 灯台よりもこのコンクリート製の階段手すりの意匠に興味をひかれて、しばらく撫でまわしてしまいました。

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この日和田浦はオフショア。 いい波立ってましたねえ。 このあたりの海岸線は郷里の室戸の雰囲気によく似ていて大好きです。

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千葉県のブルベを主催するAJ千葉の代表だったチームメイトのラルさんは写真も上手でした。 毎年、正面に見える朝焼けをバックにこのS字カーブを上ってくるブルベライダーの写真をアップしてくれていたのを思い出します。

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やはりブルベでよく走った鴨川有料道路から房総スカイラインを通ってアクアラインで帰京。 宴会も楽しかったし、思い出も辿れたし、楽しい休日でした。 あしびなのみんな、ありがとねー!♡

自宅へのおみやげは次男の好物カマスの開き。 スタッフ女史には、いつもサイクリングの補給で立ち寄る和田浦「盛栄堂」のさざえ最中とくじら饅頭でした。

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へっぽこウクレレ。録画してみました

  • 2018.10.17 Wednesday
  • 11:35

 

ウクレレを再開してあと2ヵ月で1年になります。 7〜8年前、初めてウクレレを購入したときには半年くらいで飽きて弾かなくなってしまいましたので、今回はわりと長続きしてます。

というのも、来月下旬に予定されている学生時代の音楽サークルのライブでは、なんとトップバッター(前座とも言う)で演奏させて頂くことになっており、練習しないわけにはいかないのです(^^;

 

今年のお正月のこと、しばらくぶりに弾いてみるかとウクレレを構えたとき、以前覚えた曲の運指がただのひとつも出てこないことに愕然としました。 私は五線譜が苦手なので脳で運指を記憶するしかないのですが、なにせアラ還の脳ミソ。それこそ指からこぼれ落ちる砂粒のようにはらはらと、、

 

それでもYoutubeなどの動画で気に入った演奏を見つけては、また一からパズルでも組むように目コピを続け、今では15曲ほどの運指がどうにかこぼれ落ちないで脳の中に収まっています。 残念ながら身体の使い方がヘタなので、弾いても弾いてもガチゴチに固い演奏になってしまって一向に上達しませんが(>_<)

 

数日前、ふと思い立って昼休みに録画してみました。どれもライブの本番では演らない曲です。

何度か撮りなおしましたが、カメラに見られていると、手なぐさみでぼんやり弾いているときにも増してひどい演奏になってしまいます。 ライブで活躍しているピアニストの患者さまに話してみたところ、「録音・録画は客前で演るよりヤバイですよ」とのこと。

ちょっと慰められましたが、まぁヘタクソなことには変わりありません(^^;

本番に予定している曲はもっと難易度の高いものばかり。さてどうなることやら、、

 

 

 

 

 

 

 

 

この曲は元ネタの動画からTAB譜がダウンロードできたので助かりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋空へ召されたミント

  • 2018.10.08 Monday
  • 12:02

 

土曜日の朝、愛犬のミントが15歳と半年の一生を終えて旅立ちました。

 

次男は2歳の頃から、自分より何倍も大きなよそんちの犬にベタベタじゃれついて行くほどの動物好きでした。 彼が小学2年生になった春、家族で私の友人に紹介してもらったミニチュアダックスのブリーダーさんの犬舎を訪れ、生後2ヵ月ですでに賢さとエレガントさが際立っていた雌のミントを頂いて帰りました。

 

その後、それほど動物に関心のなかった長男も積極的に世話をするようになりました。 ミントの存在はふたりの子どもたちの精神的な成長にどれほど貢献してくれたか分かりません。

 

今は動物同伴禁止になってしまった自宅前の公園を伸びやかなフォームで駆け、猟犬の本能そのままに鋭いターンを決めてこちらに戻って来る美しい姿がありありと思い出されます。

 

 

ミントが最初の癌の手術を受けたのは約1年前。 同じ頃に椎間板ヘルニアも発症してしまいましたので後ろ脚がまったく立たなくなり、身体の力はどんどん落ちて行きました。 それからはずっとオムツの生活。 帰宅してみると尻尾の穴から漏れてリビング中がエライことになっていることもしばしばでした。

 

この8月には乳腺の腫瘍が大きくなってしまい、とても辛そうでしたので2度目の手術。 術後の経過は良好だったのですが、ここ1週間で急激に容態が悪化して食事も摂れなくなってしまっていました。

 

もともと吠えることのない犬でしたが、オムツになってからはトイレを知らせたり、自分で起き上がることが出来なくなった最後の1ヶ月ほどは「起こしてよぅ」などのメッセージで深夜にも吠えるようになりました。 家族のほとんどが最初の一声で反応するので、深夜にリビングで集合なことに(^^;  それでも最後まで誰も不満を感じずに世話ができたのは、ひとえにミントの徳によるものだったと思います。 子供たちが社会人になってからは全員揃って話す機会も少なくなっていましたが、ミントのおかげで家族のコミュニケーションも復活。

 

旅立ちの前夜、千葉県の友人宅に泊めてもらうことになっていた次男にミントの容態を報告すると、雨の中をオートバイで帰って来て、ミントの居るリビングのソファで寝てあげていましたっけ。

 

 

その日のうちに、幼い頃ミントが走り回っていた公園前で、花や家族の写真、次男の書いた手紙と一緒に火葬してもらいました。 家族全員で見送ることが出来てよかったです。

 

日曜日にサイクリングから帰宅すると、家人と長男がリビングのケージを片づけてくれていたのですが、その広さにまた寂しさを誘われましてね、、

 

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晩年のミント。

 

 

 

 

 

 

NHK「東洋医学 ホントのチカラ」

  • 2018.09.28 Friday
  • 12:00

 

先日放送されたNHK「東洋医学 ホントのチカラ〜科学で迫る 鍼灸・漢方薬・ヨガ〜」を見ました。

番組の前半部は鍼治療の紹介にかなり長い時間が割かれていました。

 

いや、期待し過ぎました。「科学で迫る」のふれ込みでしたが、ふたを開けてみるとよくある健康番組の鍼治療の取り上げ方と同じで「この経穴(ツボ)に刺激を加えればこういう効果が得られます」的な、パフォーマンスで視聴者の関心を引く構成でした。

 

以前、NHKでは鍼治療の作用機転の新発見について紹介していました。 従来の説では、鍼が筋肉を緩める作用が強いのは、皮下に鍼や灸の侵害刺激が加わると、白血球やリンパ球などの免疫系を遊走させるためにフレッシュな血流が患部に届くので、疲労物質や発痛物質の排出がスムーズになる。すなわち血行が促進されるためと言われていました。

しかしその番組では「ツボを刺激すると筋肉が自分自身を緩める化学的な成分を放出するから」という新説を紹介していました。 その時点ではまだすべてが明らかになっておらず、近い将来にきちんとした学説として発表されると聞いたように記憶しています。

きっと、その説の全容が紹介されるのでは!?とワクワクしながら帰路を急いだのでしたが、、

 

私の空振りはさておき、やはりテレビ番組の短い時間で視聴者に東洋医学を理解してもらうのは無理があるなとも感じました。

 

番組では、鍼灸治療において治療の指針になるのは気血の流れを表した「経絡」という考え方だと紹介されていました。

しかし、実際にはインフォームド・コンセントが当たり前のいま、現代の科学で解明されていない経絡のみを治療の根拠とする治療家はそれほど多くないと思います。

 

私も鍼師になった頃は、治療に窮すると古典的な理論に頼ることもありました。 しかし長年治療を続けていると患者さまの筋肉や関節の痛みの多くは日常的な身体の使い方に原因があることが分かって来ました。 重力バランスや呼吸法の乱れ、頭や手足が先に動いてしまう末梢主導の動きによる負担が積み重なって不調につながるケースがとても多いのです。

患者さまの身体の使い方の問題点を診れるようになると、その動きの中で過剰な負担にさらされる箇所の連鎖が診れるようになります。その連鎖が経絡と重なるのはとても興味深く、おそらく先人たちもそのような経験から経絡という考え方を編み出したのではないかと想像します。

経絡図は、経験の浅い治療家がその必然を理解しないまま図を頼りに治療箇所を決めても、ある程度の効果が期待できるところにその素晴らしさがあると思っています。 あるいは辺境の地の無医村などにおいても経絡図はおおいに活躍したことでしょう。

経絡については現代医学的な検証を重ねて研究を続けている先生もいらっしゃるので、今後の成果に期待したいと思います。

 

 

私が鍼師になった頃は、西洋医学の先生の中には東洋医学を「根拠のない野蛮な治療」と考える方が多く、それに対し東洋医学の治療家は「歴然とした効果が認められるのに理論的に説明できないのは西洋医学の限界」と反発していました。

 

最近では、大きな病院のペインクリニックなどにも鍼師が常駐しているところが増えていると聞きます。 とても好ましいことですね。

やっぱりどんな世界でも、仲良くするとみんながしゃーわせになれますね(^^)

 

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Cafe やまね食堂

  • 2018.09.18 Tuesday
  • 17:02

 

日曜日には、3週間ぶりにサイクリングへ出かけて来ました。ここのところ1ヶ月に一回くらいしか自転車に乗れていないので、漕ぐ力が落ちててしんどいのですが、そのぶん自転車で出かけることがちょっと新鮮に感じられました。

 

 

車に遠慮して路肩近くを走っていると夏草が脚に触れます。 子どもの頃、半ズボンで走り回ってたときのあの感じ(#^.^#)

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流れ着いた草が積もった中の島でくつろぐ鴨三羽。

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刈り取り間近の稲穂の匂いに郷愁を感じて脚を止めるとそこにお地蔵さま。

花崗岩が風化して「かしまし娘」の歌江さんっぽい表情になってました。 いや、お地蔵さま、歌江さん、どちらにもごめんなさい(^^;

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光りを求めガードレールをくぐって咲く花。名前は分かりません(>_<)

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ひさびさの林道奥武蔵支線。前回来たのはまだ新緑の頃だったかしら。 この日はもう初秋の空気でした。

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「朝夕には雨が降るかも」という予報でしたので、このコースで唯一眺望が開けるこの場所に脚を止めても、見えるのは谷筋の民家だけ。

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いつものように刈場坂峠を下り、国道299号を少し下って久通川沿いの道へ入ると陽が差してきました。 ハヤの泳ぎを眺めながらいっとき脚を休め、もういっちょ頑張って天目指峠を越えたらあとは下り基調の名栗みち。

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天目指峠を名栗みちへ下りきった場所に「Cafe やまね食堂」という小さな看板が出るようになったのは、昨年あたりからだったでしょうか。 気にはなっていたものの、お腹いっぱいになったあとにまた飯能駅までの20kmを走るのがおっくうで、いつもスルーしていました。 ですがこの日はどうした加減か足が向き、河原のお店まで下りてみました。

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お店に入ったとたん、居心地のよさを確信しました。 スピーカーからは古いラグタイムが流れ、奥の壁面いっぱいに設えられた書棚には、ご店主の好みを反映した小説や雑誌が並んでいます。

私はその中にめざとく「Guitar Mgazine」の”材”の号を見つけました。 この雑誌はかなりマニアックなアコースティックギター弾きしか読みません。 その中でも材木だけを特集した号だけを棚に並べるとは、、これは確実にご店主が仕掛けたトラップです(じつは私もマーチンを弾いてた頃にこの号を買っていました)。 私のような客がご店主に音楽との関わり方を詰問しないわけがありませんもの。 書棚の中央には年季の入ったソプラノのウクレレが引っかけてありますし、ご店主が私と同じ音楽志向のアコースティックギター弾きなのは間違いありません。

メニューから、野菜の天ぷらと小鉢が添えられた手打ちうどんを選んで注文しつつご店主に探りを入れてみたところ、やはり思った通りでした。 忙しい時間にも関わらず、奥からPONOのテナーサイズのウクレレを出してきて下さり、しばらく音楽談義。 ふだんはマーチンD28でラグタイムなんか弾いてるそうです。

 

食後に頂いたコーヒーも絶品だったので、もしやと訊いてみたら、やはり名栗みちのヤナギコーヒーの豆でした。

また奥武蔵に出かけるたのしみが増えました♡

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お寺で合宿

  • 2018.09.12 Wednesday
  • 10:55

 

以前にも書きましたが、この11月に大学時代の音楽サークルの仲間たちと35年ぶりのライブを予定しています。

そのライブに向けて合宿をしようと言うことになり、4人のメンバーが浜松の先輩が住職を務めるお寺に集まりました。

ほんとうはもう一人参加表明していた先輩が居たのですが、単身赴任先の札幌で先日の地震に遭ってしまい、残念ながら不参加となってしまいました。

 

私以外のメンバーは昼頃には集合して乾杯らしいので、もうすっかり出来上がっている頃だろうなと思いつつ、半ドン終えて新幹線で駆けつけます。 晴れたり降ったりとめまぐるしく天気が変わったこの日、新幹線の車窓からどしゃ降りと晴れ間を何度も繰り返していると、まるで時間が早送りされているようで、到着したころには浦島太郎のような老人になっているのでは? などと、くだらない妄想で時間つぶし(^^;

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新幹線は浜松駅まで。 そこで遠州鉄道に乗り換えて終点の西鹿島駅まで30分のローカルな単線の旅。

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このお寺に泊めてもらうのはこの40年で5回目。 あまりの広さに何度来てもかならず迷子になります。 酔っぱらってしっまうとトイレにもお風呂にもたどり着けません(^^;

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音楽合宿のはずなのに、夜が更けるまで昔話に花が咲き、あやうくただの飲み会になるところでした。

しかし昔話とはおもしろいもので、みんなで会うたび何度も同じ出来事について話しているのに、今さらながらやっと謎が解けたり、新しい解釈が生まれたり。 中には40年ちかく内緒にしていた恥ずかしい秘密をうっかりカミングアウトしてしまう人も(≧▽≦)

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疲れとお酒であくびが出始めた頃、やっと和尚さんの遊び部屋に異動して本番に向けた打ち合わせ。

近隣にほかのお家がないのをいいことに、深夜なのに大音響で(^^;

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欄間の聴衆。 ほかにもGな虫や、おつまみにたかるアリさんなどもその辺をウロウロ。なごむわぁ♡

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宿坊で川の字になって爆睡。 床に就く頃はバケツをひっくり返したような雨でしたが朝にはすっかり上がっていました。

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お世話になったお寺は、浜松市天竜区にある光明寺。 西暦717年に行基(聖武天皇から東大寺大仏造立の責任者として招聘された大僧正)が開いた歴史あるお寺です。 正面に見えるのは大黒殿。 日本一大きな大黒像があります。 一本の杉の木で彫られているそうです。

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こちらがその大黒さま。 境内で「大黒天がヒンドゥー教のシヴァ神の異名であり、日本に伝わったあと”だいこく”の読みが通じることから、神道の神である大国主命と混同・習合されてその後の大黒信仰につながった」などと、昨夜はベロベロに酔っぱらっていた和尚様から大黒さまの歴史をご教授いただき、その流れでこの日は光明寺の歴史もたどってみようということになりました。

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今では標高数十メートルの山の斜面にある光明寺ですが、本来はこの「元光明」と呼ばれる山の頂上にあったのだそう。

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こんな山奥に、今の光明寺よりも大きい伽藍が存在したようです。 残念ながら昭和6年の火事で焼失してしまったのだとか。

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山頂を抜ける心地よい風で涼を取りながら、和尚さまから光明寺の歴史を聞かせてもらいました。

このお寺の門前を通る古い山道は縄文時代から存在していたとのこと。 北は刃物や矢じりの材料として貴重であった黒曜石の産地である八ヶ岳や諏訪方面につながっており、遠州灘で取れた塩と交易する際に使われていたのだとか。 その後も交通の要衝であったらしく、戦国時代には今川氏に城として召し上げられ、その後武田、徳川と所有者が変わりました。 この地が城として使われている間、光明寺は現在の平地の場所に移されていたとのこと 。 江戸時代になり平和が訪れてやっと光明寺はこの山に戻れたそうです。

そしてまた昭和の火事で現在の場所に戻ることに、、 まぁ、平地のほうが先輩の通学は楽だったでしょうけど(^^;

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参道跡にある多羅葉の巨木。 樹形がおもしろかった。

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その後、みんなで昼食を共にして解散。 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいますねえ。

 

 

 

帰宅してひと息ついた頃、釣りに出かけていた長男が帰って来ました。「管理釣り場で60cmのニジマス釣ったからさばいて」とのこと。家人は所用で外泊していたため、ふたりでクックパッドを見ながら理科の解剖感覚でなんとかやり遂げて塩焼きに。 ちょっと大味でしたが美味しかったです。

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やっとベッドにたどり着き、ライブの打ち合わせ事項を反芻してみましたが、酔っぱのテキトーなやりとりだけで本番に臨むのは、何かとってもヤバい気がしてなかなか寝つけませんでしたっけ(^^;

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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