「予告された殺人の記録」ガブリエル・ガルシア=マルケス

  • 2020.01.14 Tuesday
  • 16:46

 

音大生の患者さまのウッシーとはもう10年以上のつきあいになります。音楽については、彼の本職であるラテンはもとより、ブルース・ジャズなど好みが合うのは分かっていたのですが、あるとき面白半分で私が読破に苦戦したフアン・ルルフォの「ペドロ・パラモ」を貸したところ、どうやらこれがドはまりしたらしく、彼まですっかり南米マジック・リアリズムの虜になってしまったのです。

 

先日のこと、その彼が治療に来た帰り際に「これどうぞ」と置いていったのが、ガブリエル・ガルシア=マルケスの「予告された殺人の記録」。140頁ほどの中編小説なので、ひまを見つけて読んでも2日ほどで読み切れました。

 

ガルシア=マルケスの「百年の孤独」については以前に書かせていただきました。私が今まで読んできた小説のなかでも強く印象に残っている作品のひとつです。

 

南米マジックリアリズムの最重要作家であるガルシア=マルケス。 しかし、今回読んだ「予告された殺人の記録」は、「百年・・・」にくらべるとマジック・リアリズム的な要素はかなり控えめ。 彼が若い頃に住んでいた、コロンビアのスクレという田舎町で実際に起こった殺人事件を題材に、事件発生から30年後に発表されました。事件には彼自身の身内や知人が事件に関係していたことから、関係者の多くが故人になってやっと小説にすることが出来たのだそうです。

 

ある兄弟が名誉を守るために知人の男を殺してしまいます。 その兄弟はコトを成し遂げるまでに、自分たちが何をしようとしているのかを何人もの人に予告します。しかしそれを聞いた人は冗談だと思ったり、ありえるハナシだと思っても被害者への警告を後まわしにしたりします。そしてほんとうに被害者の身を案じて駆けずりまわる人は、的外れな場所ばかりを探して当人の居場所にたどり着けません。

大勢の人に殺人が予告されていたにも関わらず、不幸な偶然が重なって殺人は実行に至ってしまったわけですが、そのたくさんの偶然には、妬み、差別意識、悪意や憎悪など、町の人々にゆるやかに共有されたさまざまな感情が反映していたのです。このような民衆感情の残酷さは、今現在を生きる私たちの中にも存在するもの。そこにあるブルースが乾いた文体で表現されています。

 

ガルシア=マルケスは生前、この「予告された・・・」を自身の最高傑作だと称していたそうです。もちろん自分の思う通りに書けた作品であったことに間違いはなかったのでしょう。しかし、同時に自身の作品群の中でも飛びぬけて「百年・・・」の評価が高いことも承知していたはず。

ここからは私の勝手な想像です。何かが降りてきて筆の赴くに任せて書けてしまった「百年の孤独」。作品を生み出すときも、生み出したあとの評価も自分ではコントロールできないバケモノになってしまったこの作品に、彼自身が恐怖を覚えていたのではないでしょうか。それにくらべて、自制が効いた「予告された殺人の記録」は、出来の良い息子のように思えたのかも知れません。

どちらも素晴らしいのですが、両作品を音楽に例えるなら「予告された・・・」はスタジオ盤で、「百年・・・」はインプロヴィゼイション要素に満ちたライブ盤という感じがします。

 

「百年・・・」と同じように時空を超えたトリップ感を期待するとちょっと肩透かしを食らうと思いますが、「百年・・・」がしんどくて読み切れなかった人でも、この作品からならスムーズにガルシア=マルケス沼にハマって行けるはず。ぜひ!

 

 

 

 

 

 

正月早々、スター・ウォーズ

  • 2020.01.06 Monday
  • 18:12

 

私は元旦に還暦を迎え、ついに映画もシニア割で観られる齢になりました。

さっそくその元旦に「スター・ウォーズ /スカイウォーカーの夜明け」を観ようと近所のシネコンへ。

 

スター・ウォーズ シリーズの最初の作品、エピソード4の日本公開は47年前、私が大学1年の夏休みのこと。 もはや遠い昔、遥か彼方の銀河系での思い出です。

SF小説やSFアニメで膨らんだイメージを、ハリウッドの最新技術で映画化したらどんな素晴らしい作品になるのだろうと、わくわくしながら劇場へ向かいましたっけ。

しかし、宇宙船内のオモチャっぽさや、ストームトルーパーの衣装や動きのショボさにがっかりして帰ったことを覚えています。その後は続編が公開されてもまったく食指は動きませんでした。

 

ところが1999年に「エピソード1/ファントム・メナス」が公開され、当時小学生だった長男にねだられたので、しょうがなく劇場へ付き合うことに。

この作品は、のちにダークサイドに落ちて、悪のカリスマ、ダース・ベイダーになってしまうアナキン・スカイウォーカーの少年時代のお話でした。 この作品を観た私は、アナキン役のジェイク・ロイドの純粋さと、クイーン・アミダラ役のナタリー・ポートマンの可憐さにやられて、すっかりスター・ウォーズの虜になってしまったのです。

 

もちろんすぐに貸ビデオ屋へ走り、旧作の「エピソード5/帝国の逆襲」、「エピソード6/ジェダイの帰還」をビデオで観たことは言うまでもありません。

ここまでのスター・ウォーズ シリーズ全般に通じるテーマは、ひとりの人間の中に善と悪の心が共存しているのは自然なこと。ただ、そのどちらにも偏らず、常に両者のバランスの維持を心がけることこそが正しい在り方であるという考え方。そこには東洋哲学的な要素が感じられてとても共感しました。

 

ところが、2012年にルーカス・フィルムがディズニーに買収されてから制作された続三部作と言われる作品群には、哲学的なメッセージはほとんど含まれておらず、観客が喜びそうなストーリーと派手な戦闘シーンに終始。 完結編にあたる今回の「スター・ウォーズ /スカイウォーカーの夜明け」も、予定調和的なハッピーエンドでした。

この三部作はジョージ・ルーカスが構想していたものとはかなり違った作品になったと言われています。 古いSWファンとしては、もうちょっと鑑賞者にモヤッとした気分を残し、思索にふけるためのタネを植え付けて欲しかったというのが正直なところです。

 

ただ、47年前、最初にエピソード4を観た10代の私がスター・ウォーズにそんな説教くさいメッセージを期待したかと言えば、ノーです。 約半世紀も経つと古くからのファン自身の感受性も大きく変化してしまいますし、興行的なことを考えれば若い世代にも受け入れられなければなりません。作る側からすれば、なかなかしんどい作業だったことでしょう。

 

ともあれ半世紀、作る側も観る側もおつかれさまでした!

 

 

 

 

 

 

 

 

2回目でもやっぱり刺激的だわプノンペン(最終日)

  • 2019.12.28 Saturday
  • 16:12

 

カンボジアの旅もいよいよ今日が最終日。

5日くらいの滞在では忙しい旅になってしまってあとを引くので、けっきょくまた来ちゃうんだろうなあ(^^)

おなかの具合はほんの少しマシになりましたが、まだ予断を許さない状態です。

当初の予定ではこの日はPinさんのトゥクトゥクを借り切って遠くの田舎の方へ出かけて行き、土地の方たちの暮らしに触れる予定でした。しかしこの体調では、、

 

朝、Pinさんと連絡を取った際にはとても心配してくれて、日本の民間会社が運営する病院での受診を勧めてくれました。

心配な原因による不調ではないと確信していましたが、下痢止めのストッパでは腸自体の回復には効果が見込めません。香辛料の過剰摂取でむくんだ腸の調子を整えるお薬を処方して頂ければありがたいなと思い、その病院を受診することに決めました。この国の医療の現場を見てみたいという興味もありましたし、海外旅行中に病院を受診する機会もそうそうありませんしね。

 

 

ホテルのお隣は大きな寺院。右寄りの木のてっぺんに独立記念塔の頭が見えています。

 

 

 

 

カンボジアのホテルはだいたい朝食付き。洋食はもちろん郷土料理など多彩なメニューがいわゆるバイキング方式で供されます。

しかし、この日はパンと目玉焼きと紅茶だけにしておきました。カンボジアのパンがおいしいことは有名です。プレーンなものだけでも10種類以上。これだけでも十分幸せな朝食でした。

 

 

 

 

カンボジアでは食事中にネコがおねだりに来るのはふつうです。ときにはテーブルに上がって来たりすることも。

もちろん衛生的には好ましいことではありませんが、それをゆるす鷹揚さには癒されます。

 

 

 

 

このホテル、「・・・ブティック・ホテル」という名称を謳うだけあって調度や対応も気が利いていました。プールサイドではウェディングドレスの撮影なども。それでも宿泊料は50ドル以下です。

 

 

 

 

 

Pinさんが迎えに来てくれましたので、「Japan Sunrize Hospital」へ。

病院内の設備やサービスはすべて日本のスタンダード。とても清潔です。受付には日本語が話せる女性職員が居ますし、コンシェルジュ的な日本人女性も巡回しています。ドクターも日本人で、処方して頂いたのはツムラの「五苓散」と三共の「ビオスリー」。

清算は旅行保険の加入証明を見せてキャッシュレス。待ち時間も短くてストレスなしの受診でした。

 

内戦時代、医師や教師など知識階級から先に虐殺されましたので、内戦直後には国内の医師は43人しか残っていなかったとのこと。経済はどんどん発展していますが、医療の体制はいまだ整っているとは言えません。医大も国立2校、私立2校のみ。富裕層は健康診断を受けるときでさえタイやベトナムへ向かうのだとか。そんな中、2016年に開院したこの病院の地域の医療に対する貢献度はかなり大きいとのことでした。

 

 

 

 

今日行きたいところは昨夜のうちに決めていました。コーダッチ島の農村です。プノンペン市内から10kmしか離れていませんし、先日のサイクリングで通過した際にこの土地がすっかり気に入ってしまったのです。それはサイクリング中、ついPinさんに「住むなら いかほど?」と不動産の相場を訊いたほどでした。

 

 

体調的にレストランで食事できないので、地元民の間では有名らしい「Bayon Bakery」でパンを買って行きます。

山積みのバタールが飛ぶように売れて行きます。そらそうよ、おいしいもの(^^)

 

 

 

 

パン屋さんの目の前で巨大バッタとイモムシの佃煮を売っていました。カンボジアでは内戦時代の食糧難でタランチュラまで食べるようになったと聞きます。前回の旅行ではセントラル・マーケットでタランチュラ屋さんに行ったものの、たまたまその日はお休みでありつけませんでした。残念ですが今回も節足動物を消化できる自信がありませんでしたので遠慮しておきました(^^;

 

 

 

 

 

この旅で8回目のフェリー。となりに停まったカブ。こんなのがいっぱい走ってるんです(^^;

 

 

 

 

フェリーが接岸したところで、物売りのおじさんが乗って来て何か売ってます。近寄ってみると、まぁまぁいい感じのサイズの生きたヘビでした。おばちゃんがニコニコしながら3匹ほど買っていましたっけ。Pinさんに言わせれば鶏よりぜんぜん美味しいとのこと、、

 

 

 

 

 

コーダッチ島の村に着きました。そう、あんな家に住みたいんです。以前は、シアヌークビルというビーチリゾートが妄想移住先の第1候補でしたが、いやぜったいこっちだわ♡

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここでおみやげを買いました。お店で買う価格よりぜんぜん安くて、日本ならバンダナかハンドタオルの値段で質の高い手織りのシルクスカーフが頒けてもらえます。

 

 

 

 

 

 

機織りの手を休めてヤシの実を切ってくれる女性。「ココナッツジュースはおなかにやさしいですヨ」とのことでしたので、奥のテーブルで頂きました。ココナッツジュースについてあとで調べてみると消化時間は早いのですが、食物繊維量は多めだそうです。

マンゴーの木陰のテーブルでしばらくのんびり過ごさせてもらいました。時間を忘れてしまいます。

 

 

 

こんなおうちもいいなぁ。バルコニーでウクレレ弾きたいわー。

 

 

 

 

夕方プノンペン市内に戻り、ホテルで仮眠を取って22:50の便で帰国。

 

 

いろいろありましたが、今回も自分にとって意味のある旅になりました。

ものすごいスピードで変化するプノンペンに驚きも感じましたし、自分の状況への対応力のトレーニングにもなりました。

 

前回もそうでしたが、カンボジアから日本に帰って来て感じるのは、日本はいろいろちゃんとしすぎていてちょっと窮屈だということ。自分にも他人にも厳しすぎるような気がします。もう少しゆるく生きていきたい私には、コーダッチ島の空気は魅力的すぎましたねえ。日本が発展の過程で置き忘れてきてしまったものをカンボジアで見つけた気がしました。

 

最後になりましたが、今回の旅ではPinさんには本当にお世話になりました。また行くね♡

 

あ、おなかは丸一週間経ってやっと元通りに回復しました。遅ればせながら旅の成功を祝ってひとりで祝杯を上げました!(≧▽≦)

 

 

 

 

 

 

 

 

2回目でもやっぱり刺激的だわプノンペン(4日め)

  • 2019.12.26 Thursday
  • 11:53

 

それは深夜3時にやって来ました。まさに恐れていたことが起こったのです。

心地よい夜風に吹かれて蚊帳の中でスヤスヤ眠っていた私のおなかに急な差し込みが! 跳ね起きて蚊帳をめくるのももどかしくトイレへ直行しました。

その後は30分〜1時間おきに背中が伸ばせないほどの腹痛が断続的に襲ってきました。熱はないし嘔吐もなし。だるさもそれほどではありませんから、食中毒や感染症は除外できそう。思い当たるのはアレしかありません。今まで香辛料で下痢をしたことがなかったので油断しました。後悔で悶々としながらも、うつらうつらして朝を迎えました。嗚呼、私のカニはもうどんどん水揚げされている頃なのに、、(T_T)

 

 

本来、この日はクラブマーケットのほかに、ケップ国立公園のトレッキングロードを2時間ほど歩く予定でした。しかし私のおなかはとてもホテルを離れられるコンディションではありません。

じつは私が泊まっているホテルは山の斜面に建っており、山側の裏門はそのトレッキングロードに開いているので、気分だけでも味わおうと、すこし歩いてみることに。

 

 

 

 

ここもぜったい行ってみようと決めていた場所。トレッキングロードの途中にある「Led Zep Cafe」。ツェッペリン好きのフランス人オーナーの店です。オーナーと音楽談義をしたかったのですが、時間が早すぎてまだ開店していませんでした。

 

 

 

 

 

Cafeからは、遠くカンポットあたりまで望めます。

 

 

 

 

20分ほど歩いたところで、おなかが気になり始めたのでホテルへスタコラ。

写真は私のビラのドア前に咲く花とメダカの壺。ホテル内は隅々まで手入れが行き届いています。フロントの若い女性もなにかと私の体調を気遣ってくれました。

 

 

 

 

しかし、ホテル内の小径にはムカデが寝てるし、シャワールームには大きなクモや毛虫が出没しますので、昆虫苦手な方はこのホテルはやめといたほうが無難ですね(^^; ちなみに宿泊料は朝食がついて50ドル以下でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

そよぐ風、鳥の声、やわらかい陽射し。ここんちのプールサイドはほんとうに居心地が良くて、体調わるくて凹んでいた気持ちがずいぶん救われました。プールの右側は睡蓮の咲く池です。

 

 

 

 

ウクレレ持ってきてよかったです。たいくつしないで済みました。

演奏がひどいのは、楽器が弾きなれないソプラノサイズであることと体調のせいにさせてください。ほんとはもうちょっとマシなんだけどなー(^^;

 

 

 

 

 

バスは13:30発。 早めにバスステーションに着いたので、目の前のビーチでまたちょっとウクレレタイム。

地元の方はシャイなので近寄って来ませんが、ビキニのフランス人マダムが近くに来て演奏を楽しんでくれました。

 

 

 

 

プノンペンへの帰路は2,000リエル(0.5ドル)ほど余分に奮発してミニバンを予約していました。大型バスより1時間早く着く(約4時間)と聞きましたし、ミニバンならサスペンションはコイルなので乗り心地も良いんじゃないかと思ったのです。

甘かったです。車両はフォードのいわゆるマイクロバスでリーフサス。しかもボロボロ。ドライバーは英語がまったく通じず、もしおなかが緊急事態になったら、と考えるとスリル満点。

写真は道路いっぱいに広がって歩く牛の群れ。

 

 

 

 

大型バスより1時間早く着くということは、その分飛ばすということですよね。車内はこんな感じ。お尻がまったく落ち着きません(^^; 

ただ、おかげで交感神経が緊張した状態が保てたので消化器の活動は抑制され、ストッパの効果と相まってプノンペンまで一度もトイレに行かずに済みました。

 

 

 

 

この日のホテルはちょっと洒落たポンケンコンエリアにあります。歩いてすぐのバサックレーンには気の利いたバーが何軒もあると聞いて楽しみにしていたのですが、もちろんお酒はムリなので次回のために偵察だけ。

 

 

 

 

最初に泊まったホテルの近く、カンダルマーケットあたりのおねいさんが居る店が多い繁華街はこんな感じ。街によって棲み分けされているのは日本と同じですね。

 

 

さて、明日は最終日。私の旅はどうなっていくのでしょうか(^^;

 

 

 

 

 

 

2回目でもやっぱり刺激的だわプノンペン(3日め)

  • 2019.12.25 Wednesday
  • 17:01

 

3日めの朝は7時のバスで海沿いの街、ケップを目指します。

カンボジアのタイ湾沿いの地域、とくにケップやカンポットでとれる胡椒は、世界で最も質が高いと言われています。

今日はその胡椒農園を訪れてみるつもりです。そしてそこで前回の旅で食べそびれた「チャー・モッ・チァムォーイ・マレッ」(イカの生胡椒炒め)を食べるのです!

 

国道3号線は”酷道”でした。150km以上(約5時間)の行程のうち、おそらく1/4は不整路を走ります。ただ、それだけバスに乗っても料金は7.5ドルくらい。

 

 

 

このバスの外国人客はフランス人のフィリップと私の2人だけ。最前列の席が割り当てられていました。

同い年であることや、息子が2人いることなど、共通する話題が多くて気が合ったので退屈しないバス旅でした。

共通しないのは、彼は50才でリタイアしてその後は極楽トンボ生活。ケップに着いたら船で30分の離島カオー・トンザイで1ヶ月滞在するとのことでした。1泊だけの私とはぜんぜんちがう(T_T)

 

 

 

 

途中1回だけバス会社が運営する休憩所でトイレ休憩。出発が早すぎてホテルの朝食にありつけなかったので、ショーケースの中の炒め物を2種類とごはんを盛ってもらって掻き込みました。おなか一杯で2ドル。

 

 

 

 

ケップに到着しました。ここは胡椒のほかにカニ(ワタリガニ?)も名物。明日にはクラブマーケットに出かけて食べられるだけ食べる予定です。

左に見える島がフィリップが滞在するカオー・トンザイ。

 

 

 

 

 

ホテルのレストランからの眺め。左のワイヤーのあたりに海が見えています。敷地のほぼ中央にはプール。左下に見える屋根の小さなビラが今夜の私のねぐら。

 

 

 

 

中はこんな感じ。床も天井も壁も素通しなので、夜は天蓋に結んである白い蚊帳を下ろして寝ます。

 

 

 

 

 

フロントでレンタル・モトをお願いしました。業者が届けに来たバイクはホンダの125ccのスクーター。ちょっと期待したけどホテルの車庫に置いてあったこのロイヤル・エンフィールドではありませんでした。

 

 

 

 

 

日本とちがってレンタルしたバイクのタンクはほとんどカラですので、借りたらすぐガソリンを入れます。路肩に点在する露店ではコーラ瓶に入ったガソリンを売っていますので2L購入。おばちゃんが手際よく注いでくれました。

 

 

 

 

 

今日の相棒のオドメーターは67,000km。ドライブベルトさえ交換してあげれば、スクーターでも意外にもつんですよね。

 

 

 

 

 

カンボジアの鉄道はプノンペン⇔シアヌークビルだけしかないはずなんですが、地図にはない軌道が。レールの表面を見ると現役で使われていそう。興味はそそられるけど、通りかかる列車を待つほど時間の余裕はありません。

 

 

 

 

 

山手にある「Sothy's Pepper Farm」はもうすぐそこ。しかしこの道、その先にある採石場に往復するトラックが通るたび、ひどい土ぼこりで前がまったく見えなくなります、、

 

 

 

 

 

着きました。農場前の駐車場ではフニャフニャハンマーでじゃれ合う中学生男女。

 

 

 

 

 

左端のサングラスがここんちの番頭さん。彼のカンポット・ペッパーに注ぐ情熱と誇りは相当なもので、座学から始まり30分以上かけて農場内を案内してくれました。一緒に説明を聞くのはカナダ人青年3人組とスペイン人のカップル。

 

 

 

 

選別の様子。

 

 

 

 

農場のレストランでランチ。

2年越しでやっとありついた「チャー・モッ・チァムォーイ・マレッ」正確にはイカ以外にエビやタコも入っているので、呼び名はもっと複雑なはずです。

美味しかった〜♡  ただ推定70個以上の胡椒の粒を食べていますので、あとがちょっと心配(^^;

 

 

 

 

 

パパイヤ!

 

 

 

 

農場をあとにして、海沿いの道へ戻ります。道ばたの川で水浴びする子どもたち。しかしチミたちその水だいじょうぶなんか?(^_^;

 

 

 

 

木の上にはサル。顔つきはニホンザルに似てるけど、尻尾が長〜い。

 

 

 

 

明日の下見をしに、クラブマーケットに寄ってみました。その辺にカニかごを沈めておくだけで朝にはカニが満パイらしいです。

そして水揚げしている先からどんどんカニを買って、その場で茹でてもらえます。たのしみ〜♡

 

 

 

 

売れ残りのカニで小腹を満たすマダム。

 

 

 

 

 

ケップは緯度的には亜熱帯なのですが、1日を通して気持ちよく風が流れているので、エアコンなどは必要ありません。

ハンモックやプールサイドのベッドに横になってうつらうつらしていると、自分と自然との境目がなくなっていく感じ。

 

 

 

 

夕食はホテルのレストランで。夜風に吹かれてアンコールビールをおかわりしながらメニューを眺めていたのですが、ここで私は痛恨のミスを犯します。昼に生胡椒をしこたま食べたのに、カレーをオーダーしてしまったのです。

その後の顛末は4日めに〜。

 

 

 

 

 

 

 

2回目でもやっぱり刺激的だわプノンペン(2日め)

  • 2019.12.24 Tuesday
  • 11:37

 

未だ明けやらぬ5:20にホテル前にPinさんが迎えに来てくれました。 持参した灯火類を点けて今日のMTBサイクリングの出発地点である独立記念塔へ。

ここへ至るプレア・ノロドム通りは広い歩道が整備されており、こんなに暗い時間から多くのランナーやウォーカーが朝の運動を楽しんでいました。

2年前に訪れたときより確実に街のゴミの量は減っていますし、健康意識が向上したようでタバコを吸う人はほとんど見かけません。それどころかエクササイズを日課にする人が激増。あらゆる面で市民の意識が向上していることを実感します。もともとが勤勉なカンボジアの人々ですから、このままこの国はどんどん発展していきそうな予感がします。

 

私を含めて14人のメンバーで出発。言葉は通じなくてもお互いサイクリストであるという共通項があれば充分。みんな最高の笑顔と握手で迎えてくれました。

 

 

 

 

プレア・ノロドム通りに建つシハヌーク殿下の像。

 

 

 

 

ふたたびカンダールへ向かうフェリー。やっと朝日が昇って来ました。

 

 

 

 

 

カンダールへ着いて、メコン川沿いのダートを北上。1時間足らずで朝食のお店に。

Pinさんのおとなりに座っている方は私と同じ還暦世代とのこと。しかし、あのきびしい内戦時代をくぐりぬけて来た人ですから、高度成長期とバブルな時代をぬる〜く生きて来た私とちがって威厳があります(^^;

 

 

 

 

 

 

 

ヤシの実ジュースを飲んだあとのココナッツミルクを頂きます。例えれば、甘さひかえめのババロアかしら。

 

 

 

 

 

カンダールをもっともっと北上して、小さな渡し船でメコン川の巨大中州、コーダッチ島へ。

何の目印もない路地を曲がってたどり着く船着き場。地図にも載っていない航路です。

 

 

 

 

 

雨季にぬかった道路が、乾季になって不整な路面のままカチコチに固まったトレイルを30km以上。ド平坦ですので体型に余裕のあるメンバーも意外と(失礼)速かったです。GIANTのバイク自体に不満はなかったのですが、ステムが短すぎて窮屈なポジションがしんどかった。あと、土ぼこりがものすごくてボトルの水は飲む気になれませんでした(^^;

ちゃんと走った証拠に、メンバーが撮ってくれた写真を上げときます。 当初は40kmくらいのコースと聞いていたのですが、走ってみると約10km増し。「どこの国でもサイクリストはウソつきね〜」と言うと、みんな爆笑してましたっけ。

 

 

 

ここは古いお寺の敷地内。巨木がたくさん残されています。

 

 

 

 

高さ30mはあろうかという巨木。プノンペンあたりも、本来はこんな木が生い茂る森が広がっていたんだろうなあ。

 

 

 

ハーイ!♡

 

 

 

 

ダートコースのゴール、コーダッチ島北端。

 

 

 

 

帰路はみんなと別れ、Pinさんとふたりでコーダッチ島の農村の生活を見学しながらのんびりと。コーダッチ島の産業は畑と絹織物が主体。とてものどかな島です。高床式の住居の1階部分にはだいたい織機が置いてあって女性が作業をしています。

この日も気温は33℃くらいあったのですが、おかあさんてばウールのセーター(◎_◎;)

 

 

 

 

 

 

そしてその横ではお姉ちゃんが弟?のお守り。

 

 

 

 

この日は日曜日。ルート上で2件の結婚式が行われていました。

ルート上というのは、じつはリアルにルート上なんです。式場は公道を通行止めにして道路上に設営したもの。この辺りで自動車を所有しているおうちはほとんどありませんが、バイクは迂回。そして歩行者や自転車はなんと式場の列席者の席の間を押して通過、、

Pinさんに訊くと写真を撮っても失礼には当たらないというので、進み出て新郎新婦の写真を撮っていたら、変な格好のガイジンのほうが目立ってしまってキマリわるかったです(^^;

 

 

 

 

道ばたでナツメとトロバエク(グァバ)を売る少女。Pinさんはどちらも好物とのことでたくさん買っていました。

ナツメは私の実家の近くにもたくさん成っていたので子供のころにはよく食べたなあ。なつかしかった!

 

 

 

 

プノンペンに帰るフェリーの上でトロバエクを頬張るPinさん。私もひとつ頂きましたが、熟す前のグァバは硬いしシブいし(>_<)  でもPinさんに言わせれば、地元の人にはこの硬さと味がいいんですって。下痢止めの効果もあるのだとか。

 

 

 

 

Pinさんの自宅へ寄り道。奥さんのサランの手料理も2年ぶり。酸味の効いた魚系のディップと、キノコと牛肉をレモングラスで香り付けしたスープ。生野菜はおとなりのおばちゃんの差し入れ。空芯菜やバナナの木、カンボジアきゅうりのサラダなどが入ってます。Pinさんが「サランのスープはほんとうに美味しいんです」と自慢するだけあって、ほんとサイコーでした!

 

 

 

バナナの木。食感がおもしろかったです。

 

 

 

 

おとなりのおばちゃんはちょっと日本人的な顔立ち。ほんとは笑顔が素敵なのですが、カメラにキンチョーしてしまいました。

 

 

 

 

ごはん御馳走になったらもう、渋滞の市内を自転車で走るのがめんどくさくなって、PinさんのトゥクトゥクでMTBの返却へ。

 

 

 

 

ひとり息子のナサが一緒に行くと言って聞きません。Pinさんの膝の上に乗せて出発。

 

 

 

 

ホテルに送ってもらってシャワーを浴びたあとは市内をひとりでブラブラ。ここは「ワット・プノン」。

「ワット」は寺院、「プノン」は丘の意。ペンさんという未亡人が川に流れついた流木の中に4体の仏像を見つけ、その仏像を祀るためにこの丘に寺院を築いたことがプノンペンの街の名の由来なのだそうです。

 

 

 

 

ワット・プノンのすぐ北にあるアメリカ大使館前のオブジェ。銃で作られた平和の鳥です。このオブジェ、ガイドブックにもネットの旅情報にもぜんぜん載っていません。カメラを向けているうちに、ダジャレじゃないけど鳥肌が立ちました。もしプノンペンを訪れることがあれば必見です。

 

 

 

 

 

 

 

 

ずんずん南へ歩いて、セントラルマーケット脇のバスターミナルで明日のケップ行きのチケットを予約。

いつ来てもセントラルマーケットの活気はすごい!

 

 

 

 

 

 

 

夕食はプノンペンでいちばん気に入っているレストラン「Romdeng」で。

 

 

明日はバスで160km先の海沿いの街、ケップへ向かいます!

 

 

 

 

 

 

2回目でもやっぱり刺激的だわプノンペン(初日)

  • 2019.12.23 Monday
  • 12:37

 

2年ぶりにカンボジアを旅して来ました。

前回は深夜0時発という紛らわしい時間の飛行機を予約してしまったものですから、うっかり出発日をまちがえてしまい、深夜に羽田からトボトボ帰宅という羽目に。しかしどうしても行ってみたい気持ちが抑えきれずその1ヶ月後に執念でこの地にたどり着いたのでした。

前回の旅日記はこちら→http://blog.matsumoto-sekkotsu.com/?eid=333

 

もう、そうそう海外旅行することもないだろうと思っていましたが、この夏のある日、クレジットカード会社から利用明細が届いた際に何年ぶりかでポイント残高を確認してみたところ、なんとマイルに変換すれば余裕でプノンペン往復の飛行機代が出るではありませんか! そうなるともう気はそぞろ、さっさと乾季に入る12月の飛行機を予約してしまいました。

 

前回はロードバイクを持参して、家人が勤務していたNPOが運営する孤児院や、その途中にあるリハビリ病院や小学校の授業風景を見学したり、トゥールスレン(虐殺博物館)やキリングフィールドなど内戦時代の爪痕を訪れたりと、おもにお勉強的目的の旅でした。生きる意味を考える上でとても意味のある旅になりましたが、やはりメンタルはかなり削られましたので、今回は純粋に楽しむための旅にする予定。

 

飛行機は往復とも前回と同じ便で、席も往復同じ31ーGを予約しました。なにせ掛布ファンなもので(^^;

 

 

プノンペン国際空港には、上記のNPOの現地スタッフだったPinさんが迎えに来てくれていました。彼は今は自営のトゥクトゥク(バイクタクシー)のドライバーに転職していたのです。前回は持参した自転車を空港前で組み立てて走り出し、ほとんどの行程をひとりで過ごしましたが、今回はPinさんのアテンドでよりカンボジア

 

まずは、彼が懇意にしている自転車屋さんへ翌日のサイクリングに使うMTBを借りに行きました。そのショップがあるのはメコン川の対岸。乗船時間10分ほどのフェリーで渡ります。

ここで私は偶然2年前に果たせなかったある目的を果たすことになります。それはおばちゃんが頭に載せている”クロラン”を食べること。じつはこのクロラン、アンコールワットがあるシェムリアップあたりの名物でプノンペンで見かけたことはありません。

前回、当初の計画ではシェムリアップからプノンペンまでの約300kmをサイクリングして、途中の補給でこいつを食べるつもりだったのです。けっきょく再出発の旅程ではシェムリアップには行けませんでした。今回もプノンペン以北に行く予定はありませんでしたので、まさか出会えるとは!

 

 

 

クロランは、もち米、小豆、ココナッツミルクを竹筒に入れて真っ黒になるまで焼いて中身を蒸しあげた食べ物。焼いた後の外皮はあらかじめ剥がしてくれてありますので、てっぺんのフタ役の葉っぱをポイして薄皮を大まかに手で剥がしながらかじります。3000リエルでしたから75円くらい。素朴ですがとてもおいしい、というか、感慨が深すぎて味覚以外のところで味わってしまった気がします。

 

 

 

 

 

プノンペンの対岸カンダールからの夕焼け。

 

 


そしてそれを眺めてた美人さん。カメラに気づくと「あらひゃだ〜!♡」なリアクションいただきました。カンボジアの女性たちは若くてもご年配でも、表情や対応がとてもチャーミングです。

 

 

 

 

自転車屋さんの坊や。 まぁ元気! 店に"ガイジン"来てテンション上がってマス(^^;

GIANTのMTBが2日間のレンタルで12ドル。安っ! ひょっとしたらこの日は夕方からのレンタルだったので、オマケしてくれたのかも。

 

 

 

 

さっきクロランを食べたばかりなので夕食は軽めに。 トリップアドバイザーで評価の高かった「David's Noodles」へ向かいました。

 

 

 

店頭で若いあんちゃんがバッシバシに打った麺は沖縄そばっぽい食感と風味。しかしカンボジアのスープは何を食べてもほんとに美味しい。ハーブの使い方が絶妙なんだよなあ。

 

 

 

 

 

明日はMTBサイクリングで4:30起きなので、21時には夢の国でした。

 

 

2日めに続きます〜。

 

 

 

 

 

今さらですが、石牟礼道子「苦海浄土」を読みました

  • 2019.12.05 Thursday
  • 12:12

 

「苦海浄土」。タイトルには”浄土”なんて言葉が含まれていますが、宗教の本ではありません。水俣病を題材にした石牟礼道子の小説です。

私の好きな池澤夏樹が「現代世界の十大小説」にリストアップしていたのは知っていました。 ただ、そのタイトルからしてもうしんどそうだし、なんたって作品の題材があの水俣病だしで、なかなか手に取ろうという気になれなかったのです。 しかし現役時代は新聞社に勤務されていた患者さまが最近読まれたらしく、「ぜひ」とお薦めして下さったので読んでみました。

 

作者の石牟礼道子は、地元の高校を卒業したあと数年間代用教員を務めたものの、その後はふつうの主婦として暮らしていました。

当時、彼女が住む水俣市の財政や雇用を支えていたのはチッソ水俣工場。 その工場の廃液に含まれていたメチル水銀が魚介類の食物連鎖によって生物濃縮し、それを日常的に食べた地元の人々がメチル水銀中毒症を発症しました。それが水俣病です。

 

水俣病については社会科の授業や鍼・柔整の専門学校の衛生学で何度か勉強しましたが、罹患した子どもたちの写真を見るたびに心がつらくなってしまい、表層をなぞるだけで自らすすんで水俣病のことを調べてみようとしたことは一度もありませんでした。

 

水俣病の被害者が増えたのは、チッソや行政が対策を打たなかったことが原因です。 原因物質の究明にもっとも近いところにいたのは工場内部の技術者や専門家。 工場内の動物実験で水俣病の原因が明らかになっていたにも関わらず、彼らはその事実を公表しませんでした。 熊本大学の研究班が会社側からの妨害を受けながらも原因物質を突きとめたのは水俣病が公式に発見された3年6ヶ月後の1959年。 しかし発病までのすべての因果関係が完全に証明されないことをいいことにチッソ側は対策を打たず、その後も9年間にわたり汚染された廃液を流し続けたのです。

 

水俣病発見当時の水俣市長は橋本彦七氏。その数年前までチッソ水俣工場の工場長だった人でした。 1968年1月になってやっと水俣病対策市民会議が発足しましたが、その段になっても市民の間では「水俣病ばこげんなるまでつつき出して、大ごとになってきた。会社が潰るるぞ。水俣は黄泉の国ぞ。水俣病患者どころかよ」という声が多かったようです。 そんな市民の声を後ろ盾に、橋本市長は市民会議の発足当時、会長に対して「線香花火のような市民運動ではネ」と言って、水俣病患者の身体の動きをマネてからかったと言います。 市民同士の感情対立もあり、その年の9月に初めて行われた市主催の水俣病死亡者合同慰霊祭には、なんと市民はただのひとりも出席しなかったとのことです。

 

同じ1968年の9月、政府ははじめて水俣病と工場排水の因果関係を認め、チッソの企業責任を明確に打ち出しました。 このとき政府は、それまで認定されていた111人の患者の見舞金を増額すれば問題は終わると考えていたようです。 しかし、それまで上記のような市民感情に配慮して申し出ていなかった人たちが認定を希望し始め、補償対象者は7万人に上りました。 罹患を申告しなかった人を合わせれば濃厚に汚染された人だけでも二十万人以上と言われています。

 

患者が多発したのは貧困層の漁民が住む地域。 社会全体の利益のために少数の弱者が犠牲になり、救済されないどころかあたかもその出来事がなかったかのように秘かに処理され、忘れ去られていくという図式は全体主義の国ではよくあることですが、終戦から十数年後の私が生まれた頃になってもまだ日本人の意識はこんな感じだったのですね、、

 

苦海浄土の本編を読了後、あとがきをつらつら読んで驚きました。 作品中に何度も出てくる被害者たちの声は実際に取材した聞き書きだと思って読んでいたのですが、かなりの部分は彼女が患者とふれあい、そこで手にした事実からふくらませていった創作だったというのです。 ふつうに考えると、このような被害に遭われた方のコメントを創作することはタブーの領域だと思います。しかし、この水俣に暮らすふつうの主婦であった石牟礼道子は、身近な人たちの身体や心や生活が壊れていくことをただ見ていることができず、自らの権利や意見を表象できない社会的な弱者であり少数者であった彼らの心の声を代弁したのです。

 

良い文の特徴は、読んだあとに世界が変わって見えてくることだと言った人がいますが、苦海浄土はまさしくそんな本です。

ご年配の患者さまから、目が疲れて年々本を読むことがおっくうになってきたとこぼされることが多いのですが、私も老眼の進行でその気持ちが分かるようになって来ました。読もうと思っていた本は先延ばししないで、少しづつやっつけていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

映画「JOKER」を観てきました(ネタバレあり)

  • 2019.11.28 Thursday
  • 16:30

 

ずいぶんと評判が良いうえに、次男や患者さまのアメリカ人青年に強く薦められたりもしたので、ロングラン中の「JOKER」を観て来ました。

 

これでもか、というくらいの不幸を背負いこんだ主人公の「JOKER」ことアーサー。最下層の生活。そして社会への適応が難しい形質を持ちながらも、そこを言い訳にすることなくそれこそ必死で適応の努力を重ねる彼。 しかしその努力の成果が少し積み上がりそうになったところで、必ずいわゆる”ふつうの人”の心無い仕打ちがそれを意味のないものにしてしまいます。 健気にもそのたび自分を立て直そうと試みますが、ある日の仕事帰り、酒に酔った富裕層の3人組にからまれていた女性を助ける際にその3人組を殺してしまった彼。 まっとう過ぎるほどの倫理観で自身を律してきた彼は、どれほどの罪悪感に襲われるかと怯えますが、意外や何かに囚われていた自分が解放されていくように感じます。

 

彼がその事件を起こす際に身に着けていたのが、仕事着のピエロの衣装。 貧富の格差による不満が暴発寸前だったゴッサムシティでは事件をきっかけに、ピエロのメイクで破壊や略奪行為を行う暴動が拡大。 JOKERは彼らの英雄になり、それまで感じたことのない充実感に浸りながら、燃え盛る街の車のボンネットの上でいつまでも踊るのでした。

 

上記のアメリカ人青年は、「アメリカ社会に内在する問題がよく表現されていて、考えさせられた」と言っていましたが、貧富の格差、あるいはその連鎖、社会への適応が難しい人々の苦しさ。それは日本にも存在する問題です。 その階層に所属しない人のほとんどはその問題について、たいがい政治まかせになりがち。むしろあえて目を背けて過ごしているのではないでしょうか。

 

この映画を見た人がどんな評価をしているか知りたくて、映画ドットコムのレビューをのぞいてみました。

多くの人はそれぞれに作品の特異性を挙げながら、高い評価をされていました。 ただ、JOKERほどではなくても、きゅうくつな日々を送り、ちょっとした暴力衝動をため込んでいる人は、主人公に同化していっとき「ヒャッハ〜!」な気分になるようですし、苦しみの連鎖から離脱できずに苦しむ人を「努力不足」と断じる人や、障害を持つ人の苦しみを題材に映画を製作することが信じられないとか、不幸の押し売りで嫌な気分になったという人も。

 

社会への適応の難しさから心がつらくなり、それが身体の症状として発現して受診される方はとても多く、私自身もこの職業を選ばなかったとしたら、この問題にきちんと向き合うことはなかったかも知れません。

 

ともあれ、主人公を演じるホアキン・フェニックスの迫真の演技は一見の価値ありです。いや、ネタバレさせておいてこんなこと言うのもアレでしたね(^^;

 

 

 

 

 

 

 

 

ひさしぶりにトレイルへ

  • 2019.11.19 Tuesday
  • 15:06

 

週に1〜2度通勤に使うのみで、きほん舗装路しか走っていない私のマウンテンバイク。なんだか野生動物を都会で飼っているみたいで、ちょっと可哀そうに思っていました。 そこで天気の良かった日曜日、ひさしぶりに狭山湖一周のトレイルを走って来ました。

ルートはいつものように所沢から南下して、八国山緑地→西武園遊園地→六道山トレイル。 自宅から往復75kmのコースです。

八国山の尾根への取りつきでは、タイヤのグリップ力を上げるためにちゃんと空気圧を下げて万全を期したのに、ひさびさのボヨンボヨン感がつかめていなくて、最初の丸太の階段で後ろ向けにゴロリン。ジャージは土まみれです。あー恥ずかし(>_<)

 

 

 

 

チームメイトのシブさんちはここから徒歩圏内。 武蔵野の雑木林がそのまま残るこの緑地が近くにあるという理由だけでも、このあたりに住む価値あり、と思わせるほど気持ちの良い場所です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西武園遊園地や西武ドームを右に、多摩湖を左に見ながら多摩湖サイクリングロードを進み、少しだけ一般道を通って六道山トレイルへ。

ブロックタイヤが落ち葉を踏む音を心地よく聴きながら進んでいると、左側の急斜面を下りたところにある里山民家から、見覚えのあるジャージのサイクリストが上って来ました。 訊いてみると彼は愛三工業のトレーニーで、今日はオフトレを兼ねてのんびりライドを楽しんでいるのだとか。とても感じの良い好青年でした。

 

 

 

 

湖畔に出ました。 左端にうっすら写っている富士山が見えるでしょうか。

湖畔の森も少しづつ色づいて、晩秋の趣き。

人間の身体の熱の6割は筋肉が作っていると言われています。 暖かい季節から急激に気温が下がっていく今時分は、産熱のために余分に筋肉に力を込めてしまい、あちこちの筋肉に強ばりが出やすいもの。 適度な運動で筋肉のポンプを働かせて疲労物質の代謝を促進し、来るべき本格的な寒さにも負けずに過ごして行きましょう!

 

 

 

 

 

 

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